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3. 師匠の家

 父と母の「師匠」の家は大きな通りを抜けた先、再び入りこんだ細い道のずっとずっと奥にあり、よくよく見なければ気付かないような建物と建物の間にある細長い家だった。


「家っていうか、入り口かな。」


 右には花屋が、左には薬屋が入った建物がある真ん中に、ほぼ扉だけしか設置できないような幅の建物が、きれいに挟まっている。


 マイラはふむ、と腕を組んで一旦考えてから、バッグの中からお弁当の真下に入れていたある紙包みを取り出した。


「よし。きちんと挨拶、きちんとお礼!」


 自分にきっちり言い聞かせた後、紙包みを片手でしっかり抱えてその古びた茶色い扉をノックした。


 しばらくそこには静かな時が流れていたが、少しすると中からカタカタという音が聞こえ始める。一瞬無音になった後ガチャンと鍵が開くような音が外に響いてくると、目の前の扉がギイと音を立ててゆっくりと開いた。


「あら、本当に見つけられたのねえ、ここ。」


 目の前に現れたのは、花柄のワンピースとその上にレースの長いカーディガンのようなものを纏った若々しく美しい女性だった。


「はじめまして!ケントとアンジュの娘、マイラ・マリーです。お手紙ではお願いしていましたが、今日からしばらくお世話になります!よろしいでしょうか!?」


 大声でそう挨拶をすると、目の前の美しい女性は大きな目をさらに開いて口を閉じた。だがマイラが手に持っていた紙包みを確認すると、一気にその表情が変わる。


「まあ!アンジュったらさすがね!これを持たせるなんてあの子らしいわ。ええとあなたマイラと言ったわね。いいわ、入りなさい。宿代は前払いで多すぎるほど貰ったから、ゆっくりしていくといいわ。」


 マイラはその紙包みをすぐさま彼女に手渡すと、にっこり微笑んでお礼を言った。


「ありがとうございます!!お世話になります!!」


 きちんと挨拶、きちんとお礼。アンジュに幼い頃から言われ続けてきた家訓を守り切ったマイラは、笑顔の師匠の後ろについて、ほっとしながら家の中へと入っていった。


 中に入ると細かったのは玄関だけで奥に行くにつれ幅が広くなり、大きくはないが十分な広さのあるリビングに行き着いた。そこで大まかな部屋の位置を教えてもらい、階段を使って上に向かう。


 二階につくと師匠はまず「今日からこの部屋を使って」と言って、ベッドだけが置いてある小さな部屋に案内してくれた。ベッドのすぐ上には窓があり、そこから外を覗くと建物の裏手にある細長い庭が見えた。


「師匠、素敵なお部屋を貸してくださってありがとうございます!!庭も見えるなんて最高!!」


 マイラが嬉しそうにそう言うと、なぜか師匠は不思議そうな顔で見つめていた。


「変わった子だね。こんな狭くて何もない部屋に、文句を言わなかったのはあんたが初めてだよ。」

「文句を言う!?そんな失礼な人がいるんですか!?」


 マイラが真剣にそう言うと、師匠は弾かれたように笑い出した。


「あっははは!アンジュの教育がしっかり行き届いてるんだね。いや、それだけじゃないか。あんたは面白い子だ。いくらでもここを使うといい。それと私のことは『エドラさん』と呼びなさい。私はとてもあんたの師匠にはなれそうもないからね。」

「え?あ、はい!わかりました、エドラさん!」


 エドラは再び美しい笑顔を浮かべると「素直でいい子は好きだよ」と言ってから部屋を出ていった。



 夕方、エドラに食事の支度を手伝うように言われたマイラは、目の前で燃え盛る紫色の炎を見つめていた。


「どうした?色はアンジュと一緒だろう?」

「はい。でも熱量が全然違いますね。普通のかまどでもこんなに熱くできるってすごいなあ。」


 エドラはじっとマイラの様子を窺っていたが、何かを小さく唱えるとその紫色の炎を消し去った。


「マイラ、あんたの炎を見せてごらん。」


 マイラは一瞬驚いたが、軽く額に右手を当ててから目を閉じ、再び開くと目の前のかまどに右手をかざした。


 すると手から少し離れた場所から勢いよく火が噴き出し、エドナがかまどに投入した薪を燃やし始める。そしてその色はごく普通の、オレンジ色をした火の色だった。


「なるほど。これは確かに外で使えないわけだね。本物の炎が出せる魔法使いを私は知らない。魔法の火の熱量が強すぎて本物の火がつくことはあるけどね。・・・あんたがどれだけ特別か、これでよくわかったよ。」

「あの、私が料理、作りますか?」


 エドラは首を振って笑った。


「あんたは料理が下手ですと手紙でアンジュに言われてる。久しぶりに本物の火で、薪を使って料理をしてもみたいしね。いいからここは任せな。」

「・・・すみません。これから練習します。」


 しゅんとするマイラにエドラは噴き出しそうになるのを必死でこらえた。


「さあ、じゃあ食事の支度はいいから掃除を手伝ってくれないか?あっちの部屋の床を磨いてもらえると助かる。」


 マイラは一気に笑顔を取り戻し、「はい!」といい返事をすると、腕を捲って床の掃除に取り掛かった。




 そこから三日間、マイラは家の掃除を毎日必ず担当しつつ、町の中を隅々まで探索して何軒かの絵画を扱っている店に足を運んだ。隅々までと言ってもかなり大きな町のため、まだ確認できた場所は地図の中で見ると半分にも満たない。それでもマイラはへこたれることなくせっせと町の中を歩き回り、あのカードの絵を描いた人物を探し続けた。



 そしてさらに二日後のことだった。


「マイラ、今日も出かけるんだろう?悪いが今日はついでにお使いもお願いしたいんだけどね。」


 エドラの依頼を快く受けると、マイラはその日も元気に家を飛び出していく。


「ええっと、これって確かあの最初に大通りに出た時の裏の道沿いだよね。そういえばあの人大丈夫だったかなあ?」


 マイラはいつもの地図を手に、ふとあの逃げていた男性のことを思い出した。あの時助けなかったことに僅かな心の痛みを感じていたマイラは、次に困っている人を見かけたら絶対に助けよう!と心に決めて、いつもの探索前にまずその裏道へと向かうことにした。



 久しぶりに通るその道には、何軒かの飲食店と魔法道具店、そして手頃な価格の服や雑貨などを扱っている店が並んでいる。


 エドラからは魔法道具店への荷物の配達を頼まれており、マイラは無事に役目を終えるとチラッとその店の商品を確認してから店を出た。この店にも魔法道具を製作している有名なルーイ商会の商品が多く並んでいた。


(やっぱり魔法道具は高いなあ。しかもルーイの商品は性能が良いってお母さんが言ってた。高いけど便利なものが多いし、いつかは私も一つくらい欲しいなあ・・・)


 そんなことをぼーっと考えながら外に出ると、マイラをデジャブが襲う。


 それはこの町に来た最初の日に見た、大きな四角いものを抱えた男性が逃げている様子で、あの日のように今日も数名の男性に追われていた。一瞬夢かと思うほどそっくりな状況に目をこすって二度見したが、それは紛れもなく現実の光景だった。


「おじさん、こっち!!」


 だがこの日のマイラは反射的に声を出してその男性を呼び止めた。イメージして手から噴き出した煙を辺りに撒き散らし、マイラとその男性を煙の中に隠す。


 実は慣れたイメージのものは額に手を当てることなく一瞬で発動できるのがマイラの強みだ。


 もくもくと湧き上がる煙に紛れて、マイラは路地のさらに奥まった場所へと男性の服を掴んで引き込んだ。


「君、いったい何者だ?」


 男性は思わず大きな声でマイラに質問するが、マイラは唇に人差し指を当ててシーっと言いながら彼を黙らせた。


「追われてるんですよね?おじさん、悪い人ですか?」

「え?いや、まあ人並みかなあ?」


 マイラはニコッと笑うと右手を振った。その手から再び煙が溢れだす。


「おじさん、いい人だね。じゃあ逃げよう!」

「うわあ!?何だこりゃあ!?」


 増えていく煙の中を突っ切り、マイラは男性の手首を掴んだまま奥のそのさらに先へと、一気に走り抜けていった。


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