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29. 学園祭は波乱の予感②

 それはマイラが十四歳の時のことだった。


 その日は前日から強い雨が降り続き、村では大人達が災害が起きてもすぐに対処できるようにと、魔法を使って様々な対策を進めていた。土砂崩れ防止、川の氾濫防止、家の補強、畑の保護など、大人達はやるべきことの多さに忙殺され、ほとんどの者が外に出払っていた。


 小さい子供達は丘の上にある教会兼学校で数名の大人達の保護の元避難をさせられていたが、マイラと変わらない年頃の子ども達の多くは家で待機していた。


 マイラもまた、何重にも掛けられた強化魔法に守られた自宅の中で、窓の外の強い雨や風を不安に思いながら一人寂しく両親の帰りを待っていた。



 午後になると黒々とした雲が空を覆い始める。さらに暗くなっていく窓の外がふと気になったマイラが庭の向こう側を見ていると、外を誰かがヨロヨロと歩いているのが見えた。


 窓に張り付き、その人影が誰なのか確かめようと目を凝らして見ていると、それはいつも学校で一緒に勉強している二つ年下の女の子だということがわかった。彼女は強い風雨に翻弄されてふらつきながら歩き、何かを叫んでいるようだった。


 これはまずいと思ったマイラは慌てて家を飛び出し、彼女のいる方へと走っていく。


 その頃ようやく自分なりにいイメージできた魔法がいくつか使えるようになっていたマイラは、自分の周囲に風を作り、雨を弾き返しながら急いでその子の後を追った。


 必死で走ってどうにか彼女に追いつくと、そこから動こうとしないその子を無理やり引っ張って自宅に連れ帰った。


 帰り道だけでなく家に着いてからも彼女は「お父さんが、お父さんが」と繰り返し叫び、泣きじゃくってまた外に出ようとする。困り果てたマイラは仕方なくある決断をした。



「取り乱している彼女を宥めるために、私が外に出て彼女のお父さんを探しに行ってあげると約束したんです。」


 マイラは真剣に耳を傾けてくれている兄の顔を見ながら、話を続けた。


「それからすぐに外に出て、川の近くで魔法をかけていたその子のお父さんを無事発見できました。それでその人に、娘さんが心配して探し歩いていたこと、彼女がうちにいることを伝えて家に帰ろうとしたら、増水した川から一気に溢れてきた水に飲み込まれちゃったんです。」

「そんなことが・・・マイラは平気だったのか!?」


 エリクスはまるでその場にいたかのように不安そうな顔でマイラの話の続きを待っている。


「はい。少しは流されたんですけど、私が外にいることに気付いて追ってきてくれたジェイクという幼馴染が助けてくれて・・・」


 徐々に悲しみを深めていくマイラの手を、エリクスは先ほどより少しだけ強く握った。


「彼は魔法を使って私を川から救い出してくれました。でもその時に力を使いすぎたみたいで、力尽きた彼が今度は水に流されてしまったんです。」

「・・・それで、彼は?」


 マイラは顔を下に向けたまま、静かに言った。


「すぐに近くにいた大人達に助けられました。でも彼はその日体調を崩していて、川に落ちたせいでさらに具合が悪くなって・・・肺をひどく痛めて高熱が続いたせいで、数日後に亡くなってしまったんです。」


 学園祭の騒がしい音や声が少し遠くから聞こえてくる。活気のある楽しい音が伝わってきているはずなのに、保健室の中には何とも言えない重苦しい空気が流れた。


「私のせいでジェイクは・・・私の初恋の人は死んだんです。私が無理をして外に出なければ、私がまともな魔法が使えていれば・・・そうしたら彼は死ななかったかもしれないのに。」

「マイラ・・・」


 マイラは目を閉じ、苦悶の表情を浮かべた。


「だからあの日私は決めたんです。彼が命を賭けて助けてくれたこの命を、人を助けるために使うって。そのためにも絶対に『治癒の魔法』を習得するって。それが幻の魔法だってことは知っています。それでもやるだけやってみたい。できることは全部したいんです!もう二度と、私のせいで誰かに苦しんでほしくないから。」


 エリクスはマイラから手を離すと、椅子をガタンと揺らしながら勢いよく立ち上がった。


「・・・わかった。マイラの覚悟の意味がようやくわかった。絵はもう描き始めているが、完成までにはまだまだ時間がかかる。それでも必ず描き終える。マイラとの契約を終えるまでには必ず納得のいくものを仕上げる。だから、信じて待っていてくれ。それと・・・」


 マイラは口ごもったエリクスをゆっくりと見上げた。彼の暗い表情が、切なそうな笑顔に変わっていく。


「すまない。俺がいたら休めないな。さあ、もう少しここで寝ていなさい。この後少し休んだら、お友達と一緒に店を回るんだろう?」

「お兄様?」


 エリクスは、心配そうに彼を見上げているマイラの頭を優しく撫でた。


「ほら横になりなさい。俺はそろそろ戻らないといけない。明日は一緒に過ごせるんだから今日は俺から離れて、辛かったことも忘れて楽しんでおいで。いいね?」

「・・・はい。」


 マイラが素直に頷くと、エリクスは再び優しい笑顔を見せた後、静かに保健室を出ていった。



 ― ― ― ― ― 



「俺は、マイラのことを何も知らなかったんだな・・・」


 保健室のある一階奥の廊下を少し歩いていくと、人が滅多に来ない小さな庭のような場所に出る。そこはエリクスがだいぶ前に見つけた穴場だ。だが静かなその場所にさえも今日は微かだが学園祭の喧騒が伝わってくる。


 その音を遠くに感じながら、エリクスは先ほどの話を思い出していた。そして普段は明るく振る舞うマイラの中にある闇を、苦しみを知ってしまったことを重く受けとめていた。


(俺は出会ってからずっと自分のことばかりで、マイラのことを本気で知ろうとしてこなかった・・・)


 彼女のあの小さな背中でどれほど重いものを背負ってきたのだろうと考えると、エリクスの胸は痛んだ。


「大切な人をそんな風に失う苦しみなど、俺は知らない。でも・・・マイラにもうそんな思いは二度とさせたくない。」


 もし今彼女が傷付いたり悲しんだりすることがあれば、自分の全てを賭けて助けたいと思う。何を差し置いても彼女を守りたいと思う。


(もし彼女に何かあったら・・・俺は・・・)


 自分の中にあるごちゃごちゃとした感情が溢れ出しそうになったその瞬間、誰かの視線を感じてエリクスは振り返った。


 するとそこには、姿勢の良いイリスが恭しく頭を下げて立っていた。


「イリス、どうしたんだ?」


 エリクスは驚いて思わず大きな声を出してしまった。イリスはその声に反応し顔を上げると、いつになく険しい表情を見せながら口を開いた。


「エリクス様。先ほどのマイラ様のお話、あれは本当にあったことでございます。」

「いきなりどうした・・・何が言いたい?」


 エリクスの周囲の空気が変わっていく。イリスは彼の持つ力の大きさに圧倒されながらも、冷静さを保って話し続けた。


「マイラ様はあの出来事の後、血の滲むような努力を重ねて様々な自己流の魔法を習得されてきたそうです。それと・・・これは見たわけでは無いそうですが、彼女は魔法を習得するためにかなり無理をしたらしく、身体中に訓練でついた傷が残っているとのことでした。ラウリ様から、先日宿泊した際にそう教えていただきました。」


 エリクスはその衝撃的な内容に言葉を失う。


 マイラが入学前に取り組んでいた訓練も、今思うとかなり過酷なものだった。


 その時は彼女が平気そうにしていたのですぐには気付かなかったが、後から振り返ってみると相当長時間、しかも体に負担をかけて魔法練習に取り組んでいたようだった。



 エリクスがその頃のことを思い出して暗い表情で考え込んでいると、イリスは普段の冷静な彼からは想像もつかないような感情的な声で、あることを宣言した。


「私は先日そのことを知って、彼女を支えるのは絶対に自分しかいないと確信いたしました。」


 ハッとして目を合わせたイリスの視線は、かなり挑戦的なものに見えた。


「エリクス様、どうか一日も早くマイラ様のために絵を仕上げて差し上げてください。過去の出来事に囚われ苦しむ彼女をあなたの絵で解放してあげてください。そして契約を満了した暁には、約束通り彼女の幸せにために力をお貸しください。・・・もちろんそれは早ければ早い方がありがたいです。」


 二人の視線が強くぶつかり合う。


「それは・・・つまり早く絵を描き、契約の三年よりも前に彼女を解放し、君達の仲を取り持てと、そういうことか?」


 イリスは黙ったままただ微笑んでいる。だがその目は全く笑っていなかった。


「直接の雇用主ではないあなたに敬語を使い、あなたの家でこうして指示に従って働いているのは全てマイラ様のためです。ですが、あなたの側にいつまでも彼女を置いておくつもりはありません。余計なことはお考えにならず、兄として、彼女との契約を全うなさってください。」


 イリスは言いたいことを全て言い終えたからなのか、再び頭を軽く下げるとすっきりした表情でその場を去っていく。


 秘密の庭に残されたエリクスは彼とは対照的に、苦悶の表情を浮かべながら自分自身の心と静かに向き合っていた。



 ― ― ― ― ―



 マイラはそれから一時間ほど休むと、パッと目を覚ましてベッドから起き上がった。


「お腹すいたわ。」


 空腹で目が覚めたことがわかり、一人きりなのに少し恥ずかしくなる。そして急いで髪を整え服を直すと、保健室を飛び出した。



 教室に戻る途中、手を振ってこちらにやってくるミコルとケイトに出くわし笑顔を向けたマイラは、嬉しそうに彼女達に駆け寄り無事合流を果たした。


「マイラ!もう調子は良さそうね!」

「うん。ありがとうケイト。ミコルも心配かけてごめんね。」

「いいのよそんなこと!マイラのお陰で初日の売上目標も達成してしまったしね。でも、あの格好はもう禁止よ!」


 二人がクスクスと笑っている。マイラは顔を赤くしながらうん、と頷いた。



 そして三人は当初の予定通り、残りの時間で学園祭をめいいっぱい満喫することができた。


 魔法で溢れる華やかで楽しいその場所で生き生きと友達との時間を過ごしていくマイラに、もう先ほどの暗い表情はどこにも残ってはいなかった。


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