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28. 学園祭は波乱の予感①

「いらっしゃいませ!」

「今お持ちしまーす!」

「コーヒー、お待たせいたしました。」


 学園祭初日、ジェックスクラスのカフェは盛況だった。


 マイラは裏方担当ということで最初は洗い物や食器の片付け、テーブル周りの掃除などを担当していたのだが、お昼近くになり接客担当のイライザ・ハントが体調を崩して保健室に行ってしまうと、「人手が足りないの!」とジェンナに無理やり引っ張り出され、さらにイライザの服を手渡された。


 背の小さいイライザの服はマイラには少し小さく、ピチピチの状態の上スカートの丈も短めで、着替えて鏡の前に立った瞬間マイラは青ざめた。


「これはまずいよ・・・」


 制服ですらくるぶし辺りまで長さがあるのに、このメイドが着るような服は膝が見え隠れするような短さだ。


「どうしよう!?」


 すっかり困り果てて更衣室であたふたしていると、痺れを切らしたジェンナが迎えに来て、嫌がるマイラをズルズルと店まで引きずっていった。



 そして一時間後。


「え、マイラ!?」

「うわっ、何この状況・・・」


 用事を済ませて急いで戻ってきたミコルとケイトは、その光景を見ると目も口も大きく開き、店先で固まってしまった。


 マイラは短めのエプロン付きのワンピースを着てせっせと接客の仕事をこなし、その姿に多くの客達が熱い視線を送っている。店は一時間前もそこそこ混み合ってはいたが、今は店の外まで人が並び、満席の店内の多くが男性客だった。


「大変だわ!私のマイラがこんな格好をさせられて!ちょっとジェンナ、いったいどういうことなの!?」


 ミコルが忙しそうに動いているジェンナを捕まえて問い詰めようとしたが、ジェンナはいいのいいのと言って笑って逃げていく。


「ミコル、これは八割方マイラ目当ての客ね。」

「何てこと!マイラをどうにかして救出しないと!!」


 ケイトは最初こそ驚いていたものの、マイラが楽しそうに働く様子を見て次第に笑顔になっていく。


「いいんじゃない?何だかマイラも生き生きしてるし。それに・・・ほら、何だか今から面白くなりそう!」


 そう言ってケイトが目を向けた方向にミコルも顔を向けると、この世の終わりが来たような顔のエリクスがそこに立っていた。さらにその後ろには、イリスも口を開けてマイラを見つめ呆然としているのが見える。


「まあ!大変だわ!ケイト、このままでは店が崩壊するわよ!?」


 ふふんと鼻で笑いながら、ケイトは言った。


「いいからいいから!ちょっとだけ、ね?」

「でも・・・」


 心配のし過ぎで無意識に自分の手をぎゅうっと握りしめたミコルが仕方なく状況を見守っていると、ついにエリクスが動き出した。


「マイラ!!」

「え?お兄様!?あ、イリスまで・・・」


 コーヒーをテーブルに置いたマイラがまずい!という顔で裏に逃げる。客達は何事かとその様子を見守っていたが、そのうちに店の中に次々にエリクス目当てと思われる女性達がなだれ込んできたことで、店内はさらに騒がしくなっていった。


「あの方とても素敵ね・・・」

「何だ何だ?ずいぶん騒がしくなったな。」

「あの金髪の方、制服を着ているわ!ここの生徒さんかしら?」

「おい、さっきの可愛い女の子どこに行った?」

「声をかけてみてもいいかなあ?」


 マイラ目当ての男性客とエリクスに惹きつけられた女性達でカフェは一瞬にして飽和状態となり、混沌となった店内からはクレームの声が噴出し始める。


 ミコルはさすがにこれはまずいと判断し、ケイトに接客を任せるとマイラを裏から急いで連れだし、更衣室へと走って向かう。


 その間に機転を効かせたイリスがエリクスの周囲に簡易的な魔力遮断魔法をかけ、彼を店から廊下に素早く逃した。


「エリクス様、ここは一旦店を出て、人気のない場所に移動しましょう。」

「・・・わかった。」


 イリスの冷静な判断にエリクスも同意すると、力の影響が薄れた女性達の隙を見て二人は急いで店を離れた。




 そして、場面は女子更衣室に移る。


「マイラ、大丈夫?」

「ミコル、ごめんね、心配かけて。イライザが具合悪くなっちゃったらしくて仕方なく彼女の服を着て働いてみたんだけど、何だかどんどん混んできちゃって本当に困ってたの。助けてくれてありがとうね!」

「いいのよ。それより・・・その格好、ルーイ先輩に見られちゃったみたいだけど、平気かしら?」


 マイラはゆっくりと目を逸らす。


「あー、うん。まあ、平気ではないかな。」

「そうよねえ。イリスさんも来ていらしたわよ。びっくりした顔をしていたわ。私も驚いたけれど。」

「あははは・・・参ったわね。はあ。」


 少しクラっときてマイラは近くにあった小さな椅子に腰を下ろした。


「あら、貧血かしら?きっと立ちっぱなしで働いたから疲れたのね。マイラも保健室で少し休むといいわ。午後は元々交代する予定だったでしょう?後で迎えに来るからそれまでゆっくりしていて。」

「うん、そうする。そうだ、今のうちに着替えちゃうね。」

「それがいいわ。あんなマイラの姿ををもう一度見たら、あなたのお兄様はきっと卒倒しちゃうわよ?」

「・・・」


 マイラは黙ってうんうんと頷くと、素早く着替えを済ませてミコルに連れられ保健室に向かった。イライザはもうだいぶ調子が良くなったとのことで、服を返して交代をお願いする。



 その後ミコルがイライザと共に店に戻っていくと、マイラはボフッと音を立ててベッドに横になった。働き疲れもあるが、多くの人の視線に晒されたことによる疲労感の方がきつかった。


(お兄様は毎日こんな思いをして過ごしているのね・・・私、もっと役に立たないといけないなあ)


 ベッドに横たわりながらそんなことをつらつらと考えているうちに、マイラはあっという間に浅い眠りに落ちていく。



 そして、夢を見た。


 それは不思議な夢と、思い出したくない過去の夢だった。



 一つは全く見たことのないベッドの上、真っ白い部屋の中、自分が様々なものに繋がれて横になっている夢だった。


 痛みも苦しみも夢だからなのか何も感じはしなかったが、ただとても悲しくて、悔しくて、カーテンの向こうに広がる世界を自分の手で開いて見ることすらできないことをただただ歯痒く思っている夢だった。



 そして場面が変わり、もう一つはあの日、死にかけたマイラをジェイクが助けてくれた時の夢だった。


 嵐の日、鉄砲水に流されたマイラを必死で助けてくれたジェイク。だがマイラを助けた後今度は彼が水に飲まれ、マイラの必死の叫びも虚しく彼は遠くに流されていく。


「ジェイク!!ジェイク!!」


 マイラは夢の中で叫び続け、思いっきり手を伸ばした。その手を、誰かに強く握られる。



「マイラ!?」


 誰かがマイラを呼んでいる。


「マイラ、しっかりするんだ!!」


(いや、離して!私はジェイクを助けにいくの!!)


「マイラ、頼む、目を覚ましてくれ!!」


(え?・・・お兄様の、声?)


 そこでようやくマイラはゆっくりと目を覚ました。


「マイラ!?」

「・・・お兄様?」


 目を開けたマイラの視界に、エリクスの青ざめた顔がぼんやりと見えた。横には白いカーテンが涼しげに揺れているのも見える。


「よかった!!突然叫んだから何かあったのかと・・・先生を呼ぼうか?どこか痛いのか!?」


 エリクスがマイラの手を真っ赤になる程強く握りしめている。マイラが「痛いよお兄様」と小さな声で主張すると、慌ててその手の力をゆるめてくれた。


「すまない!大丈夫なのか?具合が悪いんじゃないのか?」


 心配そうにマイラを見つめるエリクスに笑顔を見せ、安心させるように元気にその問いに答えた。


「大丈夫、ちょっと貧血っぽかっただけですから。心配かけてごめんなさい!」

「そうか・・・それならいいんだ。でも突然叫ぶから驚いた。何か怖い夢でも見たのか?」


 マイラの様子に安堵したのか、エリクスの顔に僅かだが赤みが戻る。


「驚かせてごめんなさい。叫んだのは、ちょっと昔の夢を見て、それで・・・」


 そう言って下を向いてしまったマイラの顔に、もう先ほどの笑顔は無かった。


 エリクスは少し冷静になったのか、一旦手を離して座り直すと、今度は両手でマイラの手を優しく包み込んだ。


「マイラ、それはどんな夢だった?本当にあったことなのか?もしよければ俺に話してくれないか?」


 彼の金色の前髪がサラッと目元で揺れる。マイラは無意識にその動きを目で追っていた。綺麗な人だなと思い、その胸の中に再び鳴った音の正体は何だろうと考える。


「マイラ?」

「・・・ごめんなさい、ぼーっとしちゃって。一つはよくわからない夢だったんです。でも二つ目に見た夢は、昔、本当にあったことなんです。」

「話しにくいことなのか?」


 マイラはゆっくりと首を横に振った。


「お兄様になら構いません。聞いてくれますか?」


 エリクスはマイラが自分に甘えてくれているような気がして、胸がいっぱいになっていく。ベッドの中から上目遣いをしながら縋るように自分を見つめるマイラの顔を、エリクスはただただ愛おしいと感じていた。


「もちろん。ゆっくりでいいから、話してごらん?」


 そうしてマイラは一つずつ記憶をたぐり寄せながら、エリクスにポツポツとその日の出来事について話し始めた。


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