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24. 兄の過干渉

 最近、イリスがおかしい。


 エリクスは、マイラに近付こうとするとそれを阻むようにタイミングよく現れるイリスに敵対心を抱き始めていた。


(それに昨日俺がいなかった間に絶対に何かあったはずだ!)


 マイラと朝食を食べながら二人の様子を窺っていると、仲の良さは変わらないが、マイラが時々変な動きを見せることがあった。しかもそれをイリスも面白そうに笑っている。


(おかしい。絶対におかしい!)


 これは登校中にしっかり問い詰めてみなければ!と決意していると、イリスが側にやってきてコーヒーを置いていく。すると耳元に小さな声が聞こえてきた。


「エリクス様、あまり追及されますと鬱陶しく感じてしまうかもしれませんよ?」


 ハッとしてイリスの顔を見ようとした時にはもう彼はマイラの側で彼女に何やら話しかけていた。マイラの顔が少し赤くなる。


(何なんだ!?今のは牽制か!?いや、牽制って・・・何を考えてるんだ俺は!)


 一人でぶつぶつと呟きながら考え込んでいると、マイラが心配そうに声をかけてくれた。


「お兄様、大丈夫ですか?何か先ほどから独り言を仰ってますけど・・・具合でも悪いんですか?」

「大丈夫だよマイラ!何でもない。さあ、そろそろ学校に行こうか。」


 無理やり冷静さを装って立ち上がると、エリクスがコーヒーをまだ一口も飲んでいないことに気付いたマイラが、顔を顰めて呼びとめた。


「お兄様が朝のコーヒーを飲まないなんておかしいです!本当に体調がお悪いのでは?」

「あ、いや、違う!ほら・・・ふう、飲んだよ!ちょっとぼーっとしてただけなんだ。至って元気だから心配はいらない。行こう、マイラ。」


 まだ訝しげに見ているマイラを促し、外に出る。イリスが間に割って入るようにマイラに近付きカバンを手渡した。


「マイラ様、お気をつけていってらっしゃいませ。」

「えーと、うん、ありがとうイリス。」


 マイラがなぜかイリスとまともに目を合わせようとしない。エリクスの眉が自然と寄っていく。


「エリクス様も、いってらっしゃいませ。」

「あ、ああ。」


 二人の不自然な空気をひしひしと感じながら、エリクスは結局何もマイラに問いただすことができず、途中までほぼ無言で歩いていくことになってしまった。



「エリクス様!おはようございます。偶然こんな所でお会いできるなんて嬉しいですわ。このままご一緒に学校まで行きませんか?」


(まずい!ナタリアに声をかけられてしまった!)


 つい集中して考え込んでいるうちに、エリクスはナタリアの接近を許してしまった。


 いつもはその気配を察するや否や、マイラを伴って歩くスピードを速めたり別の道を通ったりして逃げることにしている。だがこの日はマイラもぼーっとしていたのか、二人とも後ろからそっと近付いてきていた彼女に全く気が付かなかった。


「ナタリアさん、おはようございます。申し訳ないが、妹と少し大事な話があるので。」

「まあ、でも妹さんは何か深く一人でお考えのようですよ?」


 マイラはその声にハッとして振り返り、あの日パーティーで見せた余裕の笑みをナタリアに向けた。


「ナタリア様、おはようございます。大変失礼いたしました。兄とこれから話がありますので失礼いたします。ナタリア様は今日もお美しくて羨ましいです。では。」


 流れるように挨拶と断りの言葉と賛辞が送られたナタリアは何も言えなくなり、二人がさっさと先に歩いていってしまうのを呆然としながら見送っていた。



「マイラ、その、ありがとう。」


 エリクスが戸惑いながら腕を組んで歩くマイラの顔を見下ろす。


「いえ。お仕事ですからね。それより珍しいですね、お兄様がナタリア様の気配に気付かないなんて。」

「お前もだろう、マイラ。」

「あはは、そうですね!」

「・・・」


 エリクスは元気がない様子のマイラを引き止めるようにして立ち止まった。


「マイラ、昨日、何かあったのか?」

「え?えっと、その、あったというか何というか・・・」


 動揺して目が泳ぐマイラが可愛い。彼女は嘘がつけないタイプだ。それもまた可愛い。だがエリクスは追及の手をゆるめなかった。


「お兄様に話してごらん。家族なのに隠し事は無しだよ?」

「・・・ずるいですね、その言葉。」


 ずるくても構わない。イリスのあの顔と言葉には絶対に何かある。今聞かなければきっと後悔することになるだろう。


「さあ、話して。マイラ。」


 マイラは珍しく目を泳がせながらカバンをぎゅっと胸に抱きしめ、ポツポツと話し始めた。


「昨日・・・イリスに・・・女性として好きだと、告白されたんです。」

「な、何だと!?」


 エリクスの大声は辺りに響き渡り、通りを歩いていた人達が何事かと振り返っていく。マイラは驚き、慌てて路地にエリクスを引っ張っていくと、ため息をついてからシーっと小さな声で言った。


「お兄様、大声をあげるのはやめてください!もう、恥ずかしいなあ。」

「それよりマイラは何と答えたんだ!?」


 エリクスはマイラの肩を両手で掴み、血走った目で見つめる。


「お、お兄様落ち着いて!何も答えていません。イリスも三年間はこれ以上何も言わないって言ってましたし。まあでも今朝も何か揶揄うようなことは言われましたけど・・・」

「イリスめ・・・」


 あの澄ました笑顔がエリクスの脳裏に浮かび、思わず強くカバンを握りしめた。マイラがその手にそっと自分の手を重ねる。


「お兄様、そんなに強く握ったら手が痛くなってしまいますよ?」


 マイラの優しい言葉と手の柔らかさが、エリクスの心の繊細な部分に触れる。胸がキュッと苦しくなる。


(なんて可愛いんだ!優しくて可愛いマイラをあんな澄まし顔の男に奪われるわけにはいかない!)


「マイラ、側にいるのはイリスじゃないと駄目なのか?ほら、エレンだって仲良くしているようだし、この際側につく者を変えた方が・・・」


 マイラが怖い顔になっていくのが見えて、エリクスは黙った。


「それは嫌です。イリスはきちんと三年間今までと同じように接してくれるはずです。それに私イリスのことは大好きなんです。だから他の人なんて考えていません。」

「だ、大好き!?」

「お友達としてです。」

「あ、ああ、なるほど。」


 マイラは腕時計を見ると兄を路地から引っ張り出し再び学校へと歩き始めた。


「ただ三年後のことはわかりません。その時になったらまた考えます。」

「・・・そう、か。」


(三年後、マイラは俺の妹ではなくなるのか・・・そしてもしかしたらイリスと・・・)


 その考えは、エリクスの心にまるで大きなゴツゴツした岩のように重く苦しくのしかかる。だが、自分には何一つそれを止める権利は無いのだ。


(そう決めたのは俺だ。それなのにどうして俺はこんなに嫌なんだ?)


 先をスタスタと歩いていくマイラの後ろ姿が目に眩しい。ああ、あの薄いピンク色に染まる髪を撫でてもっと甘やかしてやりたいのにとエリクスは密かに考えながら、その後ろをゆっくりと歩いていった。



 ― ― ― ― ― 



 その日も特に問題なく授業を終えたマイラは、ケイトとミコルと一緒にエリクスが迎えに来るまでの間、その日の勉強の復習をしていた。


 ケイトは相変わらず古代語に苦戦し、ミコルは歴史が苦手のようで、ノートに繰り返し流れを書き記しては、大きなため息をついていた。


 マイラはというと、図書館で借りてきた何冊もの『灰色の悪魔』について書かれた本をものすごい勢いで読み進めていて、それを見たケイトが「どうかしてるわ」と呟いているのを苦笑いで受けとめていた。



 三十分ほどそうしていると、ウィルとカイルが連れ立って教室に入ってくるのが見えた。今日はマイラ達以外にも勉強している生徒達がいたので、二人は彼らと少し話をしているようだった。


 するとケイトが突然顔を上げ、マイラの腕をペンで軽く突いた。


「ねえマイラ、この間の勉強会の日、カイルと何があったの?」

「え?いや、何もないけど。」


 ミコルもゆっくりとノートから顔を上げると、少し不機嫌そうに呟く。


「まあ、私のマイラに手を出そうっていうのあの男!駄目よ。マイラはまだまだこれから大きく羽ばたいていく人なのよ!カイルには勿体無いわ。」

「ミコル・・・」


 マイラはちょっとおせっかいな友人とよくわからないほど自分を大事にしてくれる友人に囲まれて、嬉しいやら困るやら、どうしたらいいかと悩み始めた。


 そんなマイラの表情に気付いたのか、カイルがスッと近寄ってきてマイラに声をかける。


「どうした?また変な顔してるぞ?」

「え?そうかな?大丈夫、何でもないよ。」


 勉強会の日から、彼はとてもマイラのことを心配してくれているようだった。その優しい気持ちが何だかくすぐったい。


「へえ、カイルはマイラの変化には敏感なのねえ。」


 ケイトがニコニコしながらカイルとマイラを交互に見つめる。ミコルはそんなやりとりには興味が無いようで、またノートの方に顔を向けてしまった。


 その言葉に何かを返そうとしたカイルをウィルが呼び、「じゃあ」と言って彼は気まずそうにそこを離れた。


「ケイト、カイル困ってたよ?」

「いいのよ。自分でも気付いてるはずなんだから。それよりマイラ、ここを教えて!」


 楽しそうに教室で話をするカイル達をチラッと見てから、マイラはケイトの古代語の質問に答えていった。


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