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22. ケイトの魔法特訓

「マイラ!!ついにこの時が来たわ!!」


 放課後の教室で突然肩をがっしりと掴まれてギョッとしたマイラは、体を強く揺さぶられて目が回っていた。


「あああ、ケイト?ちょっと揺らさないで、この時って何?」


 マイラの弱々しい声に気付きケイトが揺らすのをやめて顔を近付ける。


「マイラ、元気が無いわね。何かあったの?」

「えっ!?」


 突然の追及に動揺してつい目を逸らすと、ケイトはニヤリと笑って肩を組んだ。


「さあマイラ、ケイトお姉さんとゆっくりお話ししようか?」

「ひっ、やだなんか怖いんだけど!?何を話すの?その前にこの時って何よ!?」


 マイラの質問を全て無視してケイトは笑顔でマイラを教室から連れ出す。ミコルは今日、研究科の先輩に進路の話を聞きにいくと言って放課後になるとすぐに教室を離れていた。


 ズルズルと廊下を引きずられるようにして歩き、校舎の裏庭までやってきた二人は、いくつか設置してあるベンチの一つを陣取ってヒソヒソと話を始めた。


「マイラは今日一日何か悩んでいたでしょ。さあ、ゆっくり聞いてあげるから、悩み事があるなら何でも話してみなさいな!」


 ケイトの期待するような視線に耐えきれず、マイラはつい目を伏せてしまう。そんなことをすればケイトはもっと気になってしまうのだろうが、正直者のマイラは正面切って嘘をついたり誤魔化したりするのが本当に苦手だった。


「えっと、悩みってほどのことは本当に何も無いの。ただこう、ちょっとモヤモヤすることがあって。」


 ケイトの口元に再びあのニヤリとした笑みが浮かぶ。


「ねえ、それってもしかして恋の悩みなんじゃない?」

「え!?」

「ミコルほどじゃ無いけど、私のこの手の勘は外れたことがないんだよね。あの子は恋愛話には全く興味無いし、話をするなら私にしておきなよ!役割分担ってことで!」


 自慢げにそう話すケイトに困ったような笑顔を向けると、マイラは少し考えてから言った。


「本当に恋愛とかじゃないの。ただ色々生活に変化があったから、ちょっと不安を感じることが多いだけ。あ、でも友達とかクラスの仲間とかには恵まれてると思うし、本当に何かこれっていう理由があるわけじゃないのよ?」


 ケイトは「ふうん」と意味ありげな返事をすると、上を見上げて何かを考え始める。校舎裏のその小さな庭は北側にあり、日陰になる場所が多い。暖かい季節になってきてはいたが、さすがに夕方ともなると少し肌寒く感じる。


「わかった。じゃあ今日はもう遅いし寒いから、今度うちでゆっくり話さない?そうそう、それとさっき言ってたのは実技訓練のことよ。父がうちの庭でも魔法の練習してもいいって許可してくれたの!ついに!ね?だから今度の休み、うちに来て一緒に練習しない?」


 ケイトの提案をマイラは二つ返事で了承する。そして早速細かい時間などの予定を決めると、二人は教室に戻り帰りの支度を始めた。


「あれ、二人ともまだいたんだ!」


 さあ教室を出ようかと話していると、そこに汗をかいた様子のカイルがやってきた。彼の焦茶色の短い髪が少し濡れている。


「カイルこそ何してたの?うわあ、服が大変なことになってるよ!?」


 よく見ると彼の服は砂や泥、葉っぱなどが付いてかなり汚れている。彼は恥ずかしそうにへへっと笑うと、驚いているマイラに言った。


「実はさっきまで知り合いの先輩の実技指導を受けてたんだ。俺、討伐科に入りたいんだけど、どのくらいのレベルにならないと入れないのかわからなくてさ。相談して、訓練もしてもらってたんだよね。」


 入学してすぐのこの時期からみんながそれぞれの進路を考え努力している姿に、マイラは感銘を受ける。


「そうなんだ。カイルってすごいね!」


 マイラが笑顔でそう言うと、なぜか彼は顔を片手で隠し、小さく呻いた。微かにその耳が赤くなっているような気もする。


「そ、そうかな。別に普通だと思うけど。」

「そんなことないよ。ミコルもケイトもそうだけど、みんなきちんと先のことを考えて頑張ってて本当に尊敬する。私も頑張らないと!」


 そう言ってカイルに微笑みかけると、彼も今度はマイラの目を見て頷いた。するとケイトが何かを思いついた様子で手を軽く上げる。


「ねえ、今度の勉強会、カイルも来る?」

「え?」

「あ、そうだね。人数多い方が楽しいし!」


 突然の勉強会の誘いに驚いたようだったが、カイルはチラッとマイラを見るとゆっくり頷いた。


「俺が参加してもいいなら、ぜひ。」

「いいよいいよ!ふふ、楽しくなりそうね!」

「ん?」


 ケイトの含みのある笑顔と話しっぷりにマイラは首を傾げた。カイルは日程を確認するとじゃあ、と言って教室を出ていく。そして入れ替わりにそこにエリクスが現れた。


「マイラ、迎えにきたぞ。帰ろう。」


 制服姿が凛々しい彼は、今日も爽やかな笑顔でマイラに声をかけた。ケイトは本当にエリクスには興味が無いようで、どうも、と言うとマイラにだけ笑顔を向け、手をヒラヒラと振って帰っていった。



「お兄様、今度のお休み、ケイトの家に行ってきてもいいですか?」


 帰り道、相変わらず彼が周囲の、特に若い女性達の視線を集めながら歩いている間、マイラは今度の勉強会について相談をし始めた。


「ああ、また勉強会をするのか?構わないが送り迎えはさせてくれ。もし俺が無理ならイリスに頼むよ。」

「わかりました。」


 それからしばらく黙って歩いていたが、家のすぐ前まで来た時、エリクスが突然声をあげた。


「あ!そういえばさっきあのマイラにジュースをかけた男子がいたね。まさか彼も勉強会に来るのか!?」


 勘がいいなと思いながら、つい面倒でそれを黙っていたマイラはきまり悪そうに小さく頷いた。エリクスの表情が徐々に険しいものに変わっていく。


「それは心配だ。男子生徒は他にも参加するのか?」

「ううん、今回は彼だけです。」

「今回はって、今後もあるのか!?」

「・・・お兄様。」

「うっ、いや、その、俺は大事な妹が心配で!」


 家の前まで到着すると、狼狽えながら門を開けてくれたエリクスにお礼を言い、マイラはその場で彼に向き合ってはっきりと言った。


「お兄様、前に私は『お兄様を第一にする、噂にならないようにする』と約束しましたよね。だから心配しないでください。それにカイルはただの友達です。これ以上干渉してくるなら、しばらく口をききませんから!」

「そんな!?」


 真っ青になったエリクスの前に、マイラにだけ優しい笑顔を向ける澄ました顔のイリスが現れた。


「お帰りなさいませ。マイラ様、今日は良いお茶が手に入りました。ぜひお部屋でお試しください。」

「ありがとうイリス!そうするわ。じゃあお兄様、そういうことで。」

「・・・失礼いたします、エリクス様。」


(イリスめ・・・俺がマイラに必要以上に近付けないようにしているな。ラウリ氏の指示か?)


 エリクスは悔しそうにカバンを強く握りしめると、さっさと中に入ってしまったマイラの後を追うように、家の中へと入っていった。




 数日後。その週の授業が終わり、今度はマイラがケイトの家を訪問する日がやってきた。


 朝からエリクスは不安げにマイラの周りでウロウロし一言言いたそうな顔をしていたが、あまりうるさく言うと嫌われてしまうと思っているのか、口は出さずに表情だけで何かを訴えかけている。


 マイラはこれ見よがしに大きなため息をつくと、あえてそれを無視して出かける準備を進めていった。


「それじゃあ、行ってきます。午後早くには帰ってきますので。」

「マイラ、迎えには行く。そのくらいならいいだろう?」


 エリクスの切なそうな表情に絆されて、マイラは渋々それを受け入れた。




 ケイトの家に到着すると、玄関の前で彼女が嬉しそうに手を振ってマイラを待っていた。その隣にはすでにカイルも来ており、三人はそのままケイトの部屋へと案内される。


 ケイトらしいシンプルなその部屋は、広々として風通しがよく、居心地の良い空間だった。


「さて、部屋では危なくないように水の練習にしようか。カイル、水は苦手って言ってたしね。」


 カイルが腕を組んでそうなんだよなあと呟いていると、ケイトが小さな声で詠唱し、その手から早速水が湧き出る。


 その魔法水の色は限りなく透明に近い緑色をしていた。水の質感も動きも本物の水のようだったが、机の上に溢れ出たそれは床に落ちると最初から無かったかのように跡形もなく消えていく。


「おお、すごいな!俺の水なんて全然水らしい動きじゃないんだよなあ。」


 今度はカイルが手を前に出し、ケイトより少し大きな声で詠唱すると、その手からコポコポと音を立てながら水が溢れ始めた。だが赤みがかったその水の動きは不自然で、途中からはまるで粘土のような質感になって下にポトッと落ちていった。


「な?苦手なんだよ。ケイト、何かコツがあるのか?」

「そうね、まず・・・」


 そうして二人は真剣に話し合い始め、マイラもしばらくはカイルの練習に付き合うことにした。ケイトの説明は決して感覚的なものではなく、普通の魔法は使えないマイラでもなるほどと思わされるような具体的なアドバイスになっていた。


「よし、じゃあもう一回だな。」


 カイルは再び手を出すと、今度は明らかに先ほどより滑らかな魔法水が現れた。ケイトも満足のいく質感だったようで、二人は水が消えるとガッチリと握手をして成功を喜んでいた。


「さて、で、マイラの水は?」

「ええと、やっぱりここで見せなきゃダメかな?」

「マイラ、自信ないのか?俺の酷い水を見た後だから気にしないでやってみろよ。」

「そうそう!練習なんだから気にしないで!」


 二人の温かく優しい言葉に、マイラは覚悟を決めて手をおずおずと差し出す。


 詠唱はできる限り小さく素早くタイミングが合うように調整し、マイラは右手からサラサラ・・・と水を溢れさせた。二人と違って本物の水を生み出しているマイラは、床が濡れていくのを確認しながら今度は目を瞑って消えるイメージを固めていく。


 溢れては消えていく水は当然本物そのものなので、ケイトもカイルも唖然としながらその光景を見つめていた。


「マイラ、すごいじゃない!」

「本物みたいだ・・・すごいな!」


 まあ本物だしなあ、と申し訳なく思いながら、何とも言えない表情で「そうかな」とだけ返した。


 魔法が得意なケイトとカイルに見破られなかったことに心から安堵したマイラは、少し冷めてしまったお茶をごくりと飲み込むと、再び練習を始めた二人の姿をしばらく黙って見守っていた。


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