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2. 刺激的な旅の始まり

 マイラの出発の日、朝からマリー家は大騒ぎだった。


 ケントは泣きながらあれもこれもとマイラの荷物を増やし、アンジュはそれを適当に止めながらバタバタとお弁当を作ってくれていた。


 そこにいつも野菜を分けてくれる話好きのおばさんや近所に住む子ども達までもが冷やかしに来たりお土産をねだられたりして、マイラはすっかり行く気が失せて、玄関の前にある木の切り株に座り込んでしまった。


「はあ。どうして出発前にこんなに疲れなきゃいけないのよ!行く気なくすよほんと。あ、マルク!」


 一人でぶつぶつと文句を言っていると、少し遠くの方からマルクが歩いてやってきた。


「やあ、そろそろ出発だろ?あれ、なんか疲れてない?」

「朝から父は大泣きするし近所の子はあれ買ってこいこれも欲しいって大騒ぎするし、出発前なのにもうクタクタだよ。」

「あはは!大変だったね。おじさんはまた荷物増やしてるんじゃない?昔学校の宿泊合宿の時も酷かったもんね。」

「そうなの!そんなに何ヶ月もいるわけじゃないんだからいらないって言ってるのにまったく・・・」


 マルクは少し困った顔で笑いながら言った。


「でも、それだけマイラがみんなに大事にされてるってことだよ。あ、僕からは餞別は無し!これ以上マイラの荷物を増やしたくないからね。」


 マイラはその言葉に苦笑を返しながらマルクに向き合った。


「ありがとう。見送りに来てくれたことが何より嬉しいよ。私、絶対にあの絵を描いてもらうから。ジェイクの思いを無駄にしないためにも。それに・・・」


 言い淀んでしまったマイラの顔をマルクは静かに見守っていた。そして慰めるように肩に手を置くと、優しい微笑みを見せながら言った。


「うん。その気持ちだけであいつも喜んでると思う。」

「・・・そうかな。」

「そうだよ。」


 マイラは気持ちを切り替えるように頷くと、ニコッと元気に微笑んだ。


「よし!じゃあもう一度いらない荷物を放り出してから出発するね。また帰ってきたら声かけるよ。」

「うん。気をつけて。」

「はーい!」


 マルクとそこで別れると、宣言通り父の詰め込んだ余計なものを床に放り出し、必要最低限の荷物に絞る。そして母から受け取ったお弁当を一番上に詰めこんだ。


「よし!これでいいわ。じゃあお父さん、お母さん、行ってきます!」

「マイラ〜、できるだけ早く帰ってくるんだぞ〜。」


 涙声の父がブンブンと大きく手を振った。母は苦笑いしながら隣でマイラに指示を出す。


「気をつけて行ってきてね。あ、途中までマルクのお父さんが『鳥』で送っていってくださるそうだから、しっかりとお礼を言うのよ。草原の真ん中にある木の近くにいるそうよ。」


 マイラはそれを聞いて一気にテンションが下がってしまった。


「おじさんの『鳥』に乗るの?」

「あら、まさか断るなんて言わないでしょうね?そもそもあんな遠くの町まであなた一人でどうやって行くつもりだったの?」

「うう、そうだけど・・・。わかったよ、怖いけど乗ります。」

「しっかり掴まって、振り落とされないようにね。」

「ひいっ!?やめてよ怖がらせないで!・・・はあ。じゃあとにかく行ってきます。」

「行ってらっしゃい!」

「マイラ!町にいる男には気をつけるんだぞ!!」


 そうしてマイラは、遠くの町に向けて、人生で初めての一人旅へと出発していった。



「いやあああああ!!」

「マイラ、耳がおかしくなるから叫ぶのはやめてくれ!!」

「おじさん、たいていのことは頑張れるし我慢できる!でもこの子だけは無理!!」


 マイラが『この子』と呼んでいるのは、マルクの父であるジャンが操る、魔法で動く『鳥』だ。鳥と言っても本物の鳥ではなく、鳥と同じような形をした羽のついた屋根のない乗り物だ。


 人が座る場所には座席などといった大層なものは付いておらず、木の枠でできた箱のような場所に荷物と自分をロープで括り付けて飛ぶという恐怖の乗り物である。


 魔法を使った乗り物の中でも特に珍しいこの『鳥』を持っているのはこの辺りではジャンしかおらず、遠くまで行くにはこの乗り物がベストな選択だとマイラも理解はしていた。


 だが、とても揺れる。恐ろしいほど揺れる。


「うわわわわ、また揺れてるガタガタいってる絶対壊れるよー!!」

「大丈夫大丈夫!もう二十年近く使ってるけど一度も壊れてないからさあ!」

「二十年!?絶対劣化してるよこれ!!おじさん早くおろしてー!!」


 結局マイラの絶叫は下に降りるまで続き、耳が痛くなってしまったジャンは二度とマイラを乗せないと心に誓っていた。



 なんとか町の近くの人気のない場所に降り立つと、マイラは真っ青な顔でジャンにお礼を言った。人に感謝の気持ちを伝えることはどんな時でもどんな状態でもしっかりやりなさいと教育されてきたマイラは、ここでもその教えを忠実に守っていた。


 そんなマイラに苦笑しながらも優しく地上へとおろしてあげたジャンは、マイラに地図を手渡すと再び『鳥』に乗って村へと帰っていった。


「おじさーん、ありがとう!!気をつけてねー!!」


 マイラはゆらゆら揺れているあの恐怖の乗り物を心配そうに見守っていたが、さて今度は自分も頑張らないと!と意識と顔を町の方に向けた。



 大きな荷物をしっかり背負うと、ジャンに貰った地図を開く。思っていたより細かい地図で、町の中の主要な建物や道の情報も詳細に書き込まれていた。


「これがあれば何とか師匠のお家にもたどり着けそう!よし、行くか!」


 マイラは地図をポケットにしまいこみ、地面をしっかり踏み締められる幸せを実感しながら前へと歩き始めた。



 三十分ほど歩いたところでこれから行く町の一部が見え始める。そこはこの辺りでは最も大きな町だが、町の周辺は草原や森林、山などに囲まれていて比較的自然豊かな場所だ。今回は草原地帯で降ろしてもらったので、マイラは平らで安全な道をてくてく歩いて進んでいくことができた。



 そして大きな建物が見え始めると、肺にめいいっぱい息を吸い込んだ。その目は新たな世界に踏みいれた感動でキラキラと輝いている。


「ここかあ!絵でしか見たことがない町を実際にこの目で見ることができるなんて、最高!」


 マイラはウキウキと心を弾ませながら、地図を片手に町の中へとぐいぐい突き進む。初めのうちはまばらにしか見えなかった人の姿は徐々に増えていき、大きな通りに出ると一気に混雑した通りの中に突入した。


「うわ、すごい熱気!なんだろう、でも見覚えがあるようなこんな体験をしたことがあるような・・・見覚えっていうか、こんなに人が多い場所に来たことなんてあったっけ?」


 マイラは生まれてから十七年間、あの小さな村とその周辺の自然の中にしかいたことがないのに、なぜ自分はそんなことを思うのだろうと首を傾げた。


 するとその時、マイラの後ろの細い裏通りで何やら男性が騒ぐ声が聞こえてきた。何事かと思い身構えて振り向くと、大きく平らで四角い何かを布で包んだ男性が真っ赤な顔でこちらに走ってくるのが見えた。


 その彼を、数名のフードを被った男女が猛然と追いかけていく。


(町ってこんなに怖いところなんだ。気をつけよう・・・)


 振り返ったマイラの前を男性が走り抜け、その後ろに先ほどのフード集団がついていく。周りを歩く人々も唖然としながらそれを見守っていたが、結局マイラも彼らも何もできないまま、恐ろしげな集団はあっという間に遠くへと走り去っていってしまった。


 しばらくぼんやりと立っていたマイラは周りの人達が動き始めると我に返り、とにかく師匠の家に行かなきゃ、と気持ちを切り替え大通りの方に目を向ける。


 そしてつい力を込めて握りしめていた地図を開き現在地を確認すると、目的地を目指して再び元気に歩き始めた。


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