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17. マイラの初授業

 入学式の三日後、オリエンテーションや簡単な健康診断などを終え、ついに初授業がスタートした。


 あの新入生歓迎パーティーですっかり結束が固まったクラスの雰囲気はとても良いなと感じていたので、マイラはこの日特に不安を感じることもなく、ニコニコしながら登校していた。


「マイラ、今日はずいぶんご機嫌だな。あんなに不安がってたのが嘘のようだな。」


 一緒に歩いているエリクスがマイラの横顔を見ながら嬉しそうにそう言った。彼の手にも、時間の経過は感じるがしっかりとした素材の通学用のカバンが握られている。


「はい。魔法のことはまだ不安ですけど、とりあえず今日は実技は無いし、クラスのみんなに会うのも楽しみなんです。」

「そうか。それならよかった。」


 マイラもエリクスに笑顔を向けると、続けて言った。


「ミコルもケイトもいい子だし、ジュースをこぼしちゃったあのカイルって男の子も話したらすごくいい子で!」


 エリクスがふと立ち止まった。マイラは視界から消えた兄を探して後ろを振り向く。制服姿の兄の肩が少し震えている。


「どうしたんですか?」

「マイラ」

「はい」

「彼氏はまだ早いぞ。」


 エリクスが真面目な顔でマイラに訴える。


「・・・先、行きますね。」

「あ!おい!?」


 マイラの顔から笑みは消え、エリクスを置いてさっさとその場を離れた。彼が急いで追ってくる足音が聞こえる。


「マイラ!どうしたんだ?俺は何か変なことを言ったか?」

「お兄様、私はお兄様に絵を描いてほしくて『女性避け』のための契約は結びましたが、私の個人的なことまで管理されるなんて約束はしていませんからね!」


 眉を上げて怒っている様子のマイラにオロオロしながら、エリクスは必死で妹を宥めるための言葉を探す。


「そ、そうだが、兄を溺愛中という設定なのに他の男性に目が向くのは何か変だろう?せめて今年一年は兄一筋でお願いしたい!」

「・・・」


(まずい、これで誤魔化せただろうか?ん?誤魔化すってなんだ?)


 エリクスは自分の中に浮かんだ言葉にも動揺しながら返事を待つ。マイラはひとしきり考えていたが、パッと顔を上げると言った。


「わかりました。そもそも彼氏を作ろうなんて考えてもいませんけど、とにかく一年間は浮いた噂が出ないように努力します。」

「あ、ああ!頼む。ありがとう。」


 エリクスがほっとしたような表情を見せると、マイラもいつも通りの優しい笑顔に戻った。


「はい。じゃあ、行きましょう。」


 そしてマイラはスッとエリクスに腕を絡め、軽く引っ張りながら歩き始める。


「どうしたんだ、突然?」


 いつもはくっつかれるのを嫌がるマイラがずいぶん積極的に自分に触れてくることに驚き、エリクスはドキドキしながらマイラを見つめた。


「ほら、門の前、女子生徒達がお兄様を見て待ち構えているんです。きっちりお仕事しないと。ね?」


 そうしてにっこりと微笑んで兄を見上げる彼女の顔を、エリクスは思わず凝視してしまった。薄いピンク色に染まる茶色い髪がふわふわと目の前で揺れる。


(か、可愛い・・・うちの妹はなんて可愛いんだ!)


「どうしました?」

「いや!何でもない・・・」


 少し頬が赤くなっていないだろうかと焦って前を向いたエリクスの顔を、門の前で待っていた女子生徒達はいつもよりも素敵!と口々に話しながらうっとりと見つめていた。




 初めての上級学校での授業は、マイラにとっては拍子抜けしてしまうほど簡単な内容だった。


 授業の科目は魔法に関する知識や歴史、現在の形になるまでの大きな流れを学ぶものと、古代語や法律などそれに付随して覚えるべき細かな知識を学ぶもの、そして実技演習がある。


 一年次には魔法理論、魔方陣学、魔法の歴史、政治と法律、古代語、魔道具学などを教科書を使って学び、他の時間は実技演習として実際に魔法を使用する授業となる。



 そして初日の一番最初の授業では、マイラにとっては驚くほど簡単な古代語の基礎を学ぶことになった。


「古代語は難しいですが、きちんと学べば今の言葉を使っての詠唱よりも格段に威力もスピードも上がります。また、研究科を目指す人達は試験で必須の科目となるので、必ず優良判定をもらえるように頑張ってください。」


 古代語のギルズ先生からの言葉に、みんなは静かに頷いた。マイラは教科書をパラパラめくりながら最後まで一通り見てみたが、ほぼ全て基礎として村の学校で学んだものしか載っておらず、ひそかにがっかりしていた。


(上級学校だからもっと難しいものを期待してたのに・・・)


 背が高くひょろっとした体型のギルズは、前から二列目の席に座るマイラの表情に気付いたのか、首を傾げて声をかけた。


「何か質問はあるかな?ええと君は、ルーイさん?」

「え?あ、いえ!あの・・・じゃあ、一つだけ。」


 ギルズは嬉しそうに頷いた。顔を見上げると、彼の赤く短い髪がマイラの目に鮮やかに映る。


「この教科書は、次の試験までの内容ですか?」

「え?」


 クラス内がシーンと静まり返った。


「うーん、どういう意味の質問かはよくわからないけど、これは一年分の教科書だよ。そんなに焦って勉強しなくても大丈夫だから心配しないでいいよ!」


 ギルズの言葉にようやくみんなにも「ああ、マイラは不安だったんだな!」という空気が広がっていく。


(そういうことじゃないんだけど、これは下手なこと言わない方が良さそうな空気ね)


 マイラは曖昧に頷いて笑顔を見せると、ギルズにお礼を言って気配をそっと消した。だがその様子をマイラよりも少し後ろの席にいるミコルだけは、何かを深く考えている様子でじっと見守っていた。



 息が詰まるほど退屈だった古代語の授業を終えると、次は魔法の歴史の授業が始まった。


 こちらもある程度は知っている内容だったが、一つ、マイラの村ではあまり教えてもらえなかったことを学ぶことができた。だがそれはみんなの反応から察するに、ほとんどの人にはよく知られている話のようだった。


「魔法の歴史を学ぶ上で、やはり『灰色の悪魔』の話題は避けて通れません。嫌な気分になる生徒さんもいるかもしれないけれど、今後あなた達が進む道に少なからず関係してくるわ。しっかりと聞いておいてね。」


 そうして次の授業の教師、テレサが話し始めたのは、最も古い時代に現れた『灰色の悪魔』の話だった。



 その昔、人々はまだ魔法をうまく使えず、自然からの恵みを大切にしながら穏やかに生きていた。だがある時大きな災害が起こり、人々の中に大きな力を持つ者が何人も産まれるようになった。


 しばらくは彼らがその力の強大さを誇示しながら人々を恐怖で支配し、横暴な統治と欲望のままに私利私欲を満たす時代が続いていった。


 しかしそのせいで力を持たない者達の中に大きな不満や悲しみが生まれるようになり、それがある時からぼやっとした影として人々の中に蔓延するようになった。


 するとその不可解な存在を恐れた魔法使い達が結束し、力を持たない者達をその不穏な影ごと消し去ってしまおうと画策した。伝わっている話では数名で、かなり大きく殺傷力の高い魔法を編み出し、それを放って町ごとそれを吹き飛ばしてしまおうとしたのだそうだ。


 ところが魔法を持たない者達の中には知能が高い者達が多く、彼らはそんな企みに気付いて早めに逃げる算段を整えていた。ただ当然彼らの言うことを信じる者達ばかりではなかったため、町から逃げないと決めた人の方が多かった。


 そして迎えた運命のその日、魔法使い達は恐ろしい例の魔法を特殊な陣を使って発動する。それは巨大な魔法の火の玉のようなもので、狙い通りに町を直撃し、全てを砂にしてしまった。


 逃げた人々は町ごと大切な家族や友人、仲間を奪われ、その憎しみと悲しみは頂点に達した。その結果、その残された人々の中からその日初めて『灰色の悪魔』が生まれた、と言われている。


 灰色の悪魔達は町を破壊した魔法使い達を一人、また一人と襲い始め、多くの魔法使いがその犠牲になったのだそうだ。



 これが『灰色の悲劇』と後世まで語り継がれ、絵本や様々な書籍となって町の人々に当たり前の事実として伝わっている話のようで、マイラが周りを見渡すとクラスメート達は特に驚く様子もなくその話に聞き入っていた。


(村にいる時、その手の本を読むことはなかった。もしかして先生達がその情報を村に入れないようにしてたのかな?)


 マイラはそれに気付くとしばらく考えこんでしまった。なぜクラスのみんなが当たり前に知っていることを村では教えたくなかったのか?そしてそれを村の大人達が全員納得していたとしたらそれはなぜなのか?


 たくさんの疑問が頭の中をぐるぐると回っていたが、授業の終わりを知らせる鐘が鳴るとマイラははっと我に返り、眉根を寄せたまま静かに教科書を閉じた。


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