16. パーティーは戦場②
マイラがパーティー会場となっている講堂内をキョロキョロしながら歩いていると、急に後ろ向きでさがってきた男子生徒にぶつかってしまった。
「きゃっ!?」
「うわっ、すまない!大丈夫か!?」
その生徒が持っていたグラスのジュースらしき液体がマイラのドレスにかかり、綺麗な淡いブルーが薄いオレンジ色に染まる。
「ああ・・・どうしよう、ドレスが・・・」
ドレスを着てみせた時のエリクスの嬉しそうな顔を思い出し、マイラはすっかり落ち込んでしまった。目の前に立つ男子生徒は狼狽えながらポケットからハンカチを取り出す。
「本当に申し訳ない!こんなものではどうにもならないが、使ってください!」
マイラは力無く微笑むと大丈夫ですと言ってそれを断った。
「でも!」
その時、めげずにハンカチを差し出し続ける彼を遮るように、そこに音もなくエリクスが現れた。
「マイラ」
「お兄様?あの・・・ごめんなさい、せっかく買っていただいたドレスを汚してしまって・・・」
「いえ!それは僕が」
男子生徒が青くなりながら自分が悪かったのだと主張しようとするのを軽く遮り、エリクスは微かな笑みを口元に浮かべてドレスに手をかざした。
「うわあ、すごい・・・」
するとドレスに染み込んでいたジュースがエリクスの手に引き寄せられるようにしてするするっと抜けていく。取り出されたジュースは男子生徒のグラスの中に入り、マイラのドレスは元通り、湿った感触ひとつ残らない美しい状態に戻った。
「お兄様、本当にありがとう!」
マイラの満面の笑みをエリクスは優しい微笑みで受けとめた。
「よかったな、マイラ。さあ、お友達を探しておいで。」
「はい!」
そうしてマイラが上機嫌でそこを離れると、エリクスは男子生徒の方に顔を向けて言った。
「気をつけなさい。彼女は俺の愛する妹だ。今後彼女を傷つけるようなことがあれば俺が容赦しない。」
「は、はい!申し訳ありませんでした!!」
男子生徒はエリクスの威圧感に飲み込まれそうになりながら何度も頷き、頭を下げた。
ウロウロと歩き回った後、マイラは無事ミコルとケイトを発見し声をかけた。ミコルは目の覚めるような明るいピンクのドレスを、ケイトはシンプルだが彼女のスラッとしたスタイルの良さがよくわかる落ち着いたシルバーのドレスをそれぞれが身に纏っていた。
「よかった会えて!二人ともドレスが本当に素敵ね!」
にこやかな笑顔でミコルがマイラのドレスを見つめる。
「マイラこそ、素敵な色ね!それお兄様のメインカラーじゃない。二人は本当に仲良しなのね!」
(メインカラー?ああ、魔法発動時の色のことね)
「本当よね、しかもそのレース模様、マーゴット・リーの店のものじゃない?あそこ、ドレスの予約なんて当分先まで取れないって噂なのよ!」
ケイトも興奮しながらマイラに近寄り、ドレスを眺めた。
「そ、そうなんだ。お兄様にお任せで私あんまりよくわかってなくて・・・」
(そんな高級なお店に頼んでたの!?今度しっかり問い詰めてみないと!偽の妹にお金かけすぎ!!)
額に青筋が立っていくのを笑顔で誤魔化しながら、マイラはエリクスの姿をそっと探した。どうやらまだ先ほどのお友達と話をしているらしい。
「ねえ、向こうにクラスの人達が集まっているみたいなの。行ってみない?」
ミコルがマイラの腕に優しく手を載せた。ケイトも嬉しそうにそれに同意する。三人は揃ってクラスメート達が集まっている場所へ向かうと、先ほどマイラにジュースをかけたあの男子生徒がその輪の中にいるのが見えた。
彼もマイラに気付くとハッとした表情を見せ、急いで近くにやってきた。
「さっきはごめん!もしかして同じクラスの子?俺はカイル、カイル・アグレル。本当にごめんな!」
マイラは笑顔で首を横に振ると、言った。
「こちらこそ、さっきは何も言わずに離れてごめんね。ドレスはこの通りもう大丈夫だから心配しないで。」
カイルはほっとしたように頷くと、ようやく笑顔を見せた。
マイラ、ミコル、ケイトがそれぞれにカイルと自己紹介を済ませると、四人はすぐに他のクラスメート達の会話に混ざり、気がつけばほぼ全てのクラスメートと友達になることができた。
「いいわねこのクラス!みんなとても優しくて明るい人達ばかりだわ。ふふ、これならクラス対抗試合もいい結果を残せるわね!」
ミコルが不敵な笑みを浮かべているのを見て、ケイトはうわあ、と口を動かしながら『恐ろしいものを見た』という表情でそれを見つめる。
「お!そうだよ、確かあれって風の季節に開催だよな!涼しくなってからなら嬉しいよ。俺暑いの嫌いだからさ。それに俺達のクラスは他のクラスよりもみんな仲良くなれそうだし、協力し合って絶対に勝とうぜ!」
カイルはすっかりやる気になってミコルの言葉を後押しした。だがマイラはその言葉に少し戸惑いを感じはじめていた。
(私の魔法じゃみんなの足を引っ張っちゃうんじゃないかなあ?うん、やっぱりもう少し訓練を徹底しないと!)
不安を不安で終わらせないのがマイラの強みだが、それでも心のどこかで拭い去れない嫌な予感も感じていた。
「ねえ、そのクラス対抗試合ってどんなことするの?」
一旦その場を離れていたケイトが山盛りのオードブルをお皿に載せて戻ってくると、どこから食べようか悩みながらミコルに話しかけた。
「まあ、ケイト、いっぱい持ってきたのね!私も取りに行かないと無くなっちゃいそう。あ、そうそうクラス対抗試合についてはね、クラス内で役割を分担して、その時に出された課題を協力して達成するっていう内容なのよ。一番早く終わらせたクラスがもちろん高得点をもらえるのだけど、それだけじゃなくてクラスがどれだけ結束していたかとか、全員が何らかの役割を果たしていたかどうかも評価の対象になるの。」
ミコルがケイトの皿をじっと見つめながら丁寧に説明すると、カイルは上を見上げて唸っていた。
「うーん、難しそうなんだな。どんな課題が出るんだろう?今から準備できるのかな?」
「課題は三十日前にならないとわからないそうよ。それよりもまず私達は日々の勉強を頑張らないといけないんじゃないかしら?」
カイルは渋い顔になって冷ややかな表情のミコルを見つめた。
「俺、実技は好きだけど勉強は苦手なんだよなあ。はあ。試合の前に試験もあるし、そっちが先かあ。」
「そういうことよ。さあ、私も美味しそうなそれ、もらってこなくちゃ!全部ケイトに食べられちゃいそうだわ!」
そう言いながら腕を組んできたミコルに連れられて、マイラは料理がたくさん置いてある大きなテーブルの前に行く。
ミコルは次々に美味しそうなオードブルを皿に盛り付けるとマイラに手渡した。そして自分の皿にもケイトに負けないほど料理を山積みにすると、マイラに嬉しそうに話しかけた。
「マイラは細いんだから、いっぱい食べるのよ!」
「・・・ミコルはお母さんみたいね。」
「うふふ!そう?私それ言われるの嫌いじゃないわ。」
二人が笑いながら大盛りの皿を持ってケイトの元に戻ると、なぜかそこには先ほどは無かった人だかりができていた。
「まあ、何かしら?」
「何だろう?男の子達の背が高いからよく見えない・・・」
マイラが背伸びをして奥を見ていると、突如その人だかりの真ん中から青く光るリボンのようなものが何本も飛び出し、マイラのクラスメート達を覆っていった。数本が生徒達の髪に触れたがそれらはすぐに消えてしまい、そのうちの一本がマイラの方にも飛んでくる。
感心しながらそれを見つめていると、その一本がマイラの頭上からゆっくり降り注ぎ、その髪に綺麗な青いリボンとなって結びついた。
「あらマイラ、とても可愛いわ!でもすごい魔法ね!いったい誰が・・・?」
ミコルが皿を両手に抱えたままマイラを見つめていると、人混みの中から見慣れた金髪の男性が現れた。
「お兄様!?」
「マイラ!よかった、見つけた!」
どうやらこのリボンの魔法を発動したのはエリクスだったらしい。そしてクラスの女の子達はケイトとミコルを除いた全員が、エリクスにすっかり夢中になっているようだった。一方、男子達は見たこともない魔法に驚き感動している様子だ。
よそゆきの大人っぽい笑顔が今日も美しいエリクスは、マイラの手から皿を預かり空いた手を握ると、今自分がつけたリボンにそっと触れる。
「いいね、今日のドレスに似合っている。マイラのクラスの皆さん、彼女は僕の妹なんです。どうか仲良くしてやってくださいね。」
「「「「「はい!!」」」」」
息のあった大勢の「はい」が聞こえてきてマイラは仰天してしまう。エリクスはそんなマイラとは対照的にとても嬉しそうだった。
「ちょ、ちょっとお兄様!?恥ずかしいからやめてください!!」
「え、でもマイラが学校で楽しく過ごせるようにと・・・」
「もう!ちょっとこっちに来てください!!」
マイラは兄から皿を奪い返し、それを一旦近くにあった小さなテーブルに置くと、どうしたのかと心配そうに見守るミコル達の視線を感じながら会場の外へとエリクスを引っ張って連れていった。
人気のない廊下に出た途端、マイラは怒りながら兄に詰め寄った。
「お兄様!ああいうことはやめてください!!あんなことしたら同じクラスの子達が気を遣っちゃうじゃないですか!!せっかく普通に仲良くなれたのに・・・」
エリクスは苦笑するとマイラの頭に優しく手を載せた。
「ごめんマイラ。マイラが少しでも楽しく明るく学校で過ごせるようにと、ちょっと気を回しすぎたよ。もう仲良くなっていたならよかった。さあ、あの美味しそうな料理を食べてもう少しクラスの子達と話をしたら今日は帰ろうか。どうもまだ俺はナタリアに狙われているようなのでね。」
マイラは先ほど会ったナタリアという美しい女子生徒を思い出す。自分もあと一、二年もしたらあんな風に美しく淑やかな女性になれるのだろうか?
「ああ、あの方。わかりました。料理を食べたらお兄様のところへ行きます。私もちょっと疲れました。」
「そうか。・・・マイラ。」
「はい?」
エリクスは優しい目をマイラに向け、その手で再び頭を撫でながら言った。
「俺は今年一年しか一緒にはいられないが、できるだけマイラが楽しく笑顔で過ごせるように協力するから。何かあったら一番に俺に相談しなさい。いいね?」
金色の髪がサラッと揺れる。マイラはふと、兄が実はとても端正な顔立ちをしていることに今さらながらに気付いた。
「・・・はい。」
少し頬が熱くなったような気がしたが、そっと自分の手で冷やしてそれを誤魔化す。エリクスはマイラの頭から手を離すとその背中をそっと押して、二人は会場に戻った。