15. パーティーは戦場①
新入生歓迎パーティーの準備のため一旦帰宅したマイラは、イリスではさすがにまずいということで、数少ない女性のメイド達に手伝ってもらいながらドレスに着替えた。
エリクスが準備してくれたドレスは、マイラの髪の色を引き立てるような美しく淡いブルーに白いレースがふんだんに使われている可愛らしいものだった。こんな豪華なドレスなど一度も着たことのないマイラは戸惑いながらも少し嬉しくて、つい何度も鏡を見てしまう。
「まあ・・・マイラ様、とてもよくお似合いです!」
そのうちの一人、マイラととても気が合うエレンというメイドが、ドレスの後ろから大きな鏡の前に立つマイラに話しかけた。
「エレン、ありがとう。でもこういうのは慣れてないから何だか変な感じ。」
「そんなことはありませんよ。でもこんなお姿を見たらエリクス様はまた大騒ぎされるかもしれませんね。」
「うわあ、嫌だなあ。」
二人で同じ表情をしていることに気づき、笑い合う。
「マイラ様ったらそんなに嫌な顔をなさって!駄目ですよ。今日は特にエリクス様を女子生徒達からお守りしないといけないんですから。」
マイラは笑顔をなくしため息をついた。
「そう!それなのよねえ。どうあしらうのが正解なのかしら?実際に魔法で争うことは規則で禁じられてるから出来ないのはありがたいけど。」
エレンは少し考えてから、マイラの横から顔を出し、鏡越しに見つめ合いながら言った。
「その女性達に、『お兄様は私が認めた方とならお付き合いするかもしれない』と言って味方につけてしまえば良いのではないですか?」
「あら、駄目よ!そんな期待を持たせるようなことをしてうまくいかなかったら恨まれちゃうわ!」
マイラの言葉に納得したエレンは再び考え込んだ。するとその時、部屋のドアを誰かがノックする音が響いた。
「エレン、開けてもらってもいい?」
「はい。」
エレンがドアを開けると、目を大きく開いてマイラを見つめるエリクスの姿がそこにあった。
「お兄様?」
「・・・マイラ。」
「は、はい?」
マイラはビクビクしながら防御態勢になる。エレンも心配そうに二人を交互に見ながら様子を窺っている。
「せっかくのドレスに何かあってはいけないからこれ以上は近寄らない。だが!本当に可愛らしいとだけ伝えておきたい!!」
拳を握り熱く語る兄をマイラは少し鬱陶しいと感じつつ礼を言った。彼も今は家で見せる変な姿からは想像できないほどスタイリッシュな姿に着替えている。
「あ、あはは、ありがとうございます。あの、お兄様も正装がとてもよくお似合いです。」
「マイラ・・・」
近寄ってきたエリクスをエレンが必死で引き留める。
「駄目ですよ!せっかく綺麗に仕上がっているのですから!さあ、もう参りますから下でお待ちくださいませ。」
名残惜しそうに何度も振り返りながら部屋を出ていく兄の姿を見送ると、マイラは最後にエリクスに買ってもらったかなり高価なネックレスとイヤリングを身に付けた。
「さて、じゃあ行きますか、戦場に!」
「うふふ、行ってらっしゃいませ。ご武運を!」
パーティーという場にそぐわない挨拶を交わし、マイラは部屋を出発した。ドアの外にはイリスが控えており、マイラがドレスで転ばないように家の外まで付き添ってくれた。
「行ってらっしゃいませ、マイラ様。」
「ありがとうイリス、行ってきます!」
いつもの優しい笑顔のイリスに見送られ、エリクスのエスコートを受けながら『馬』に乗り込む。
「さてマイラ。今日はできる限り俺と一緒に過ごしてくれ。この日は毎年憂鬱なんだ。だが今年は違う!マイラがいれば百人力だな。」
「頑張ります。でも寄ってくる女性達にどう対応したらいいか悩んでいて・・・」
エリクスはいつもと違い大人っぽく自然な笑顔をマイラに向けた。
「マイラは隣にいるだけでいい。俺の隣に。」
なぜかその瞬間、マイラの胸に小さな音が鳴ったような気がした。
(何だろう、今の・・・)
「わかりました。じゃあ何もしなくていいんですね?」
「ああ。必要があればその都度伝える。とにかく俺のことを大好きだというふりをしながら側にいてくれればいいよ。」
「わかりました。それが契約ですからね。結果を出しますよ!」
フッと微笑んだ彼の顔は、いつもの兄らしい顔に戻っていた。
会場に到着すると、先ほど行われた入学式の様子とは打って変わって、あちこちに花が飾られた豪華なパーティー会場という様相になっていた。
そこに入学式を終えた新入生達の美しいドレス姿も加わって、さらに講堂全体が明るく華やかな雰囲気となっている。
「マイラ、今日は新入生だけでなく、上級生達も半分くらいはここに来ている。その中には俺を狙っている数名の女子生徒達がいるんだ。おそらく校長の挨拶が終わったらすぐにこちらに向かってくるだろう。いいかい?怖がらなくていいから、必ず近くにいてくれよ。」
エリクスがマイラの耳元でそう囁いた。マイラも小さく頷いて了承したことを伝える。
少しして校長の挨拶が終わると、その場はさらに盛り上がった。校長の掛け声をきっかけにして教師達がそれぞれに得意な魔法を披露していったからだ。
「うわあ!すごい!!花びらが風に乗って舞い上がっているみたい!!あ、あっちはまるで・・・あれ?まるで何だろう?」
マイラはその魔法の火を使った大輪の花を見ながら、何かを思い出しかけて言葉をなくした。
「マイラ、どうした?」
「え?ううん、何でもないです。あ、お兄様、誰か来ましたよ!」
「ああ、一番厄介なのが来たな・・・」
厄介な、とエリクスに言われてしまったその女子生徒を見ると、真っ直ぐに伸びた金色の髪が目を惹く清楚な美人が目の前に現れた。
「まあエリクス様、ごきげんよう。こちらの方はどなたかしら。もしよろしければご紹介いただけませんか?」
(こんなに綺麗で素敵な人でも、お兄様は嫌なのかしら?)
ふと過ったその疑問は一旦胸の内にしまって、マイラはにっこりと微笑む。一方のエリクスは仏頂面になり、その顔のままマイラを紹介した。
「ナタリアさん、どうも。こちらは今年入学した私の妹のマイラ・リア・ルーイです。」
「まあ、そうだったのですね!可愛らしい妹さんですのね。私はナタリア・ローザと申します。エリクス様の妹さんならぜひ仲良くさせていただきたいわ!」
下心が丸見えの彼女が逆に潔いなと感じたマイラは、それほど嫌悪感も抱かず適度な微笑みを浮かべてその場をやり過ごした。だがエリクスは「それでは失礼します」と言ってマイラの手を取りさっさとそこから離れていく。
「お兄様、私睨んだりしなかったんですけどよかったですか?」
エリクスは面白そうにマイラを見ると、一瞬だけふっと微笑みを見せた。
「いいんだ。さっきの笑顔は良かったぞ。『あんたなんか眼中にないわよ』と言っているようだった。」
「うわあ、それすごく嫌な女じゃないですか!?」
「マイラの良さは俺だけわかっていれば問題ない。」
「・・・」
ちっともよくない!と思いつつも、とりあえず一人はどうにかできたと安堵していると、次の刺客がやってきた。
「エリクス様!こんばんは!あの、あの、こちらの女性は!?」
「エリクス様の今日のお姿もとても素敵です・・・よければ今日はご一緒に・・・」
「まあ!エリクス様だわ!」
今度は団体客に囲まれてしまった上ジロジロと上から下まで睨まれる始末。マイラは再びうんざりしながらも先ほどと同じ無難な笑顔を浮かべた。
そしてエリクスも先ほどと同じようにマイラを紹介すると、今度はしっかり釘を刺した。
「私は今妹の勉強にかかりっきりですし、愛する妹が認めた人でなければどなたともお付き合いをするつもりはありません。だからと言って妹に取り入るような真似をされる方にも興味がありません。どうか私達のことはできるだけ放っておいていただけるとありがたい。」
エリクスの顔をうっとりと見つめていた女子生徒達は、その言葉にオロオロと動揺し始めた。だが彼のとりつく島もない態度に誰も声を発することができなくなり、二人がその場から移動してもついてくる者は誰一人としていなかった。
「はあ。とりあえず今日は役割を果たせたみたいですね。」
少し離れた場所でマイラが小さく兄に話しかける。
「ああ、そうだな。マイラのおかげだ。」
エリクスは優しい笑顔を向けるとマイラの肩にそっと手を置いた。その時後ろから誰かがエリクスを元気な声で呼びとめた。
「エリクス!久しぶりだな。」
振り返るとそこにはエリクスに引けをとらない美形の男子生徒が立っていた。黒くサラサラした髪に天井からの光が当たり輪のようになって輝いている。
(何だろう、見覚えがあるような・・・)
マイラが首を軽く傾げて二人を見守っていると、エリクスは明るい笑顔を見せながらその男子生徒と男の子らしい元気なハグを交わす。
「ディーン、久しぶりだな!ああ、こちらは俺の妹のマイラだ。まあ、察してくれ。」
ディーンと呼ばれた男子生徒はにっこりと微笑むとマイラに視線を合わせた。
「マイラさん、はじめまして。ディーン・ジェックスです。大丈夫、家族のことも含め事情はよく知ってるから。」
マイラは彼が事情を知っていることよりも担任と同じ名前であることに驚き、まじまじとディーンを見つめた。
「はじめまして、マイラです。あの、もしかして私の担任の先生のご家族の方ですか?」
「ああ、そうそう!あれは兄貴だよ。そうか、兄貴のクラスなんだ。一番上の兄でね。ぶっきらぼうだけど優しい人だから、安心してね。」
「はい。とても良いクラスで楽しくなりそうです。」
「そうかい?それならよかった!」
三人が和やかに会話を続けていると、突如会場が騒がしくなる。マイラが何事かと思い振り向くと、その目の前に一人の女子生徒がものすごい勢いでマイラに迫ってきているのが見えた。
(え?何!?)
思わず身構え、嫌というほど練習を重ねてきた『土の防御魔法』を発動できるようイメージする。
「そんな女のどこがいいのよー!!」
その瞬間、女子生徒は手から眩い緑色の炎を噴き出し、大きな声で叫びながらマイラに襲いかかった。
だが、一瞬早くマイラの前に巨大な青々とした水の壁が現れ、それが隣に立つエリクスの魔法だと気付いた時にはもうその炎は消え去っていた。
「おい、俺の愛する妹に何をする。」
エリクスの冷たい声が、静まり返った会場にこだました。
「い、い、妹・・・?」
床に青ざめた顔のまま座り込む女子生徒が、震えた声でそう呟いた。そこにディーンが近寄り何かを耳元で囁くと、彼女の顔はさらに真っ白な顔色に変わり、慌てて立ち上がって講堂を走って出ていった。
(あの人、何を言ったんだろう?)
最初は何があったのだろうと周りもザワザワしていたが、女子生徒がいなくなると次第にそれぞれの会話に戻っていく。
マイラは恐る恐る横を見ると、激怒したエリクスの冷ややかな目が彼女が出ていったドアをじっと見つめていた。エリクスがそんなマイラの視線に気付くと、彼はようやくいつもの笑顔を見せてくれた。
「さあ、マイラの仕事はこれでだいぶ片付いた。ここからはパーティーを楽しんでおいで。新しく友達もできたのだろう?」
「はい。じゃあ、ちょっと友達を探しに行ってきます!」
「わかった。用があればまた呼びに行くよ。」
マイラは嬉しそうに頷くと、今度こそ自分のための時間を楽しむために友達を探そうと、広く賑わう会場内を歩きはじめた。