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14. 憂鬱な入学式

 花の季節が終わりを告げ、太陽の季節が始まる。


 この時期は各地の学校が新しい一年を始める季節であり、少しずつ暑さを増していく季節でもある。


 そしてマイラも例に漏れず、翌日に入学式を控えていた。


「はあ・・・」


 文房具でいっぱいの書き物机に肘をついてため息をついているマイラに、イリスは心配そうに声をかける。


「マイラ様、最近お疲れのようですね。もしよろしければマッサージができるメイドをお呼びしましょうか?」


 彼の優しい気遣いに、マイラは力無く首を振った。


「ありがとうイリス。大丈夫、体は至って元気よ。でもねえ、明日からあのお兄様と一緒に学校に通うのかと思うとちょっとね・・・」


 イリスは黙って深く頷いた。



 ここ二週間ほど入学式に向けての準備の様子をつぶさに見てきたイリスは、エリクスの過保護ぶりを目の当たりにし、マイラと共に呆れ果てていた。


 マイラ自身も学用品の準備の段階でエリクスの溺愛ぶりは十分すぎるほど理解していたが、その後も四六時中ベタベタとマイラに付きまとい、いちいち「心配だ」「もっと良いものを準備しよう」と口も手もだすシスコンぶりにだいぶうんざりしていた。


 挙げ句の果てには学校内にマイラのためだけの専用勉強部屋を確保しようとして、堪忍袋の尾が切れたマイラに雷を落とされる始末だった。


「もう!いい加減にしてください!!いくらなんでもやり過ぎです!!」

「そんな・・・俺はこんなに心配しているのに・・・」


 そう言ってシュンとしているエリクスに追い打ちをかけるようにイリスが言う。


「心配なお気持ちはお察しいたしますが、これ以上は・・・マイラ様に嫌われますよ?」


 それを聞くとエリクスは真っ青になりしばらくそこで動かなくなった。


 だが結局それ以降も彼の暴走ぶりを誰も止めることができず、入学式前にすでに部屋はたくさんの学用品とドレスで溢れてしまい、マイラはその疲弊した気持ちをリアへの手紙にめいいっぱい書き込んで憂さを晴らしていた。



「はああ。とにかく学校ではあまり会いたくないんだけど、でもお兄様の女性避けのお手伝いをしなくちゃいけないしなあ。面倒だなあ。」


 イリスは苦笑しながらお茶を淹れ、マイラの目の前にそっとカップを置いた。


「心を穏やかにするハーブティーです。どうかあまりお気に病まず、まずはお勉強の方を頑張ってきてくださいね。」


 マイラは「ありがとう」と言いながらカップに口をつける。ほんのりと香る爽やかなハーブの香りが、ささくれだっていた心をほんの少しなめらかにしてくれるように感じた。




 そして翌日。


 マイラは初めての制服に身を包み、専用のカバンを持って学校の門をくぐった。隣にはエリクスが涙ぐみながら立ち、その様子を驚くほど多くの女子生徒達が遠巻きに見守っていた。


(何?何なのこの光景!?)


「マイラ、俺は嬉しいよ。お前の晴れ姿をこうして隣で見ることができるなんて・・・!」

「・・・あ、ありがとう、お兄様。」


(演技だとわかっていてもちょっと鬱陶しいな・・・リアの気持ちが少しだけわかってきたよ)


 引きつったような笑みを浮かべながら、マイラは女子生徒達の視線を一身に受けつつ兄と並んで歩いていく。



 入学式の会場では当然一年生と上級生達は別々の席となるため、マイラはやっと解放されたという喜びに満ち溢れ、笑顔で席に着いた。


 落ち着いてからチラッと後ろを振り返ってエリクスの様子を確認すると、彼はマイラとは対照的にすっかり意気消沈し、男子生徒の中にひっそりと埋もれながら寂しそうにこちらを見つめていた。


(これは後で慰めないといけない、のかな・・・?)


 振り返った顔を元に戻すと、壇上にいる校長の姿が目に入る。以前一度会った時のように、キリッとした目で一年生を見渡し、そして新入生への挨拶が始まった。


「新入生の皆さん、私立フェリシア魔法上級学校へのご入学、誠におめでとうございます。皆さんもご存知の通り、ここは討伐科、調査科、そして研究科に分かれて学ぶことができるこの国では唯一の学校になります。一年次は全員が同じ科目を勉強し、二年次からそれぞれのコースに分かれていきます。」


 そこで一呼吸おくと、彼女は突然手のひらから大きな魔法の炎と水を噴き出した。そしてそれは空中で一瞬にして消え去る。


「おおお!!」

「すごい!同時だよ!?」

「あの人が有名なペロー先生だよね?」


 一年生の席からは多くの歓声が上がる。皆、口々に彼女の魔法の素晴らしさを讃えている。


「どのコースも専門の先生が楽しくみっちり指導しますので、今のような魔法も少しずつ使いこなせるようになるでしょう。厳しい授業もありますが、それぞれが実りある学生生活を送れるよう、教師全員で見守っていきます。いつでもどの先生にでも、何でも相談してみてください。皆さんがこの学校で素晴らしい三年間を過ごせるよう、心から願っています。」


 そして最後はマイラにも見せてくれたあの優しい笑顔を浮かべ、彼女は大きな拍手の中壇上から降りた。



 その後もいくつかの説明や挨拶などが続き、少し眠くなってきた頃に入学式は恙無く終了となった。そしてそのまま一年生達はそれぞれの教室に向かう。


 クラスは五クラスあり、どのクラスも三十人ほどの生徒がいるようだ。コース分けされる前には成績や進路に関係なくクラス分けがされているらしい。


 クラス名は各担任の名前から取られているそうで、マイラはユギ・ジェックスという比較的若い男性教師が担任のクラスとなった。


「ジェックスクラスはこっちに入りなさい。」


 ユギが真っ黒いサラサラの髪を揺らしながら、大きな声で一年生達に声をかける。髪の印象とは対照的に、顎には無精髭が生え、少しくたびれた眼鏡をかけた姿が特徴的な先生だった。


 マイラが流れに乗って誘導された教室に入ると、そこは窓の外の景色がよく見える明るく大きな部屋で、全開になっていた窓から心地良い風が吹きこんでいる。


 テーブルと椅子は有名な私立の学校だからなのか、どれもしっかりとした木材が使われた素晴らしいもので、椅子の座りごごちも家のものと遜色なかった。


「席は適当でいい。・・・さて、まずは自己紹介をしよう。私はユギ・ジェックス。今年は一年生を担当するが、来年度以降は討伐科の担当となる。だがもちろん他の科についての質問にも答えられるから、いつでも気軽に質問してきていいぞ。」


 そう言うと彼は器用に配布物を魔法で配り始めた。物体の移動は魔法使いなら誰しもが憧れる力の一つだが、それをさらにここまで細かい調整をしながら使えるのは、さすがとしか言いようがない。


(すごいなあ、先生達ってみんなこんなにすごいのかあ・・・)


 マイラが感心しながら空中を飛んできた紙を受け取ると、ユギは再び口を開いた。


「生徒同士の自己紹介は省く。それぞれに協力しあって仲良くなってくれ。くれぐれも『灰色の悪魔』を呼び起こすような真似はしないでくれよ。一発で退学になる。当たり前のことだが、みんなが思いやりを持って行動すればいいだけだ。そして連携が取れているクラスはクラス対抗試合で良い結果を残せる。それが成績にも直結する。つまり、自分達でこのクラスを良くしていけ、ということだ。」


 その説明が終わると、それまで何となくざわめいていたクラスの中が驚くほど静かになった。


「この後は三十分ほど自由時間となる。仲違いするも、クラスが結束するも、君達次第だ。まあ、健闘を祈るよ。」


 それだけ告げると彼はすっと教室から出ていってしまい、残された生徒達は皆戸惑いの表情を浮かべた。


(うーん、ここはどんどん話しかけていい場面かしら?)


 マイラは少し悩んだが、大人しくしているのはどうも性に合わなかったので、とりあえず両隣の女子生徒二人に思い切って声をかけてみた。


「あの、私マイラと言います。お二人の名前をお聞きしても?」


 すると右隣の女子生徒はニコッと微笑んでから自己紹介をしてくれた。


「はじめまして。私はミコル・ケリーです。マイラさん、もしかして今朝あのルーイ家のご長男とご一緒だった方ではありませんか?」


 彼女は長く美しい、ゆるく波打った焦茶色の髪を揺らしながら、マイラの顔を横から覗きこんだ。その瞳の緑色がこの時期の若葉のように鮮やかだ。


「え?ああ、そうなの!あれは兄なんです。」

「まあ!じゃああなたが!?」

「あははは・・・」


(まさか一年生にも知られているなんて・・・お兄様って本当に有名人なんだなあ)


 すると今度は左隣の女子生徒が少し硬い表情でマイラを見て言った。


「私はケイト・アーネル、よろしくね。声かけてもらってよかった・・・実は緊張しすぎて喉カラカラだったの。」

「ケイトさん、よろしく!」

「そうよねえ、緊張しますわよねえ!」


 ケイトは肩まである薄い茶色のサラサラした髪を耳にかけて、照れたように微笑んだ。


 それからの三十分間、それぞれの家族や生い立ち、学校のことなどなど、気がつけばすっかり打ち解けて話が弾んだ三人は、ユギが戻ってくる頃にはお互いを呼び捨てで呼び合うほどに仲良くなっていた。


「よし、じゃあ今日はこれで一旦解散だ。夕方からは新入生歓迎パーティーが先ほどの講堂で行われる。参加は強制ではないが、来れる者はぜひ来てくれ。見たことのない魔法が飛び交うすごいパーティーになるぞ!」


 ユギはそう言いながらその日初めての笑顔を見せた。マイラはクラス全体の明るい雰囲気も、ユギのあの笑顔もすっかり気に入ってしまった。


 そうして面倒な兄のことなど綺麗さっぱり忘れてしまうと、これからの楽しそうな学校生活を想像しながら荷物を持ってウキウキと教室を後にした。


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