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132. 新生活、そして再会

 風の季節、強い日差しもすっかり和らいできたこの日、マイラはとある小さな店の中で大きな箱達に囲まれながら、十分ほど頭を悩ませていた。エリクスの病院を離れてからちょうど四十日が経過していた。


「マイラさん!どう?お店の準備進んでる?」


 その時店のドアがガチャっと音を立てて開き、見覚えのある人物が笑顔で近付いてきた。


「あっ、テイラーさんこんにちは!うーん、進んではいるんですけど、実は家具の配置でちょっと悩んでます。」


 テイラーと呼ばれた若い男性はにっこりと微笑むと、持っていた籠を床に置いた。彼はこの村にマイラがふらっとやってきた頃から、何くれとなく面倒を見てくれた恩人の一人だ。


「今日は俺もう仕事終わったんで、よかったら準備、手伝いますよ?」


 マイラは下宿先から持参した大きな水筒からカップにお茶を注ぐと、テイラーにそれを手渡した。


「いえいえ、お仕事終わりなのにそんなご迷惑おかけできません!」


 するとテイラーはふっと真剣な表情を浮かべてから、カップごとマイラの手を両手で包みこんだ。


「えっ、あの」

「マイラさんのためなら大変なんてちっとも思わない。遠慮せず俺を頼ってください。それと・・・やっぱりジェイクって呼んではくれないのかな?」


 マイラはハッとして顔を上げると、カップだけを無理やり彼に手渡して自分の手を引き抜いた。


「ごめんなさい、それはちょっと・・・」


(テイラーさんはすごくいい人だけど、その名前を呼ぶことはどうしてもできない)


 マイラが俯きがちにそう答えると、テイラーはカップを近くのカウンターの上に置いてからマイラの手を再び掴んだ。


「あの、テイラーさん?」

「マイラさん、俺は・・・」


 その時室内にふわっと風が入りこみ、小さな間がそこに訪れた。そして二人は風の吹いてきた方向、ドアの方へと顔を向ける。


「すみません、ちょっとお聞きしたいのですが・・・」


 男性の声がかすかに聞こえる。今いる場所から少し向こう側にあるドアの前に、逆光の中で立つ背の高い人影が見えた。暗くて顔はよくわからないが、僅かに輪郭の部分だけ金色に輝いているように見える。


 マイラは急いで手を振り解くと、箱の間をうまくすり抜けてドアの近くへと向かった。


 そしてドアの前まで辿り着いた瞬間、マイラの思考は一瞬で停止した。


「え・・・」

「マイラ!?」


 そこでマイラが目にしたのは、髪が少し伸び、精悍な顔つきになったエリクスの姿だった。


 マイラは回らない頭を無理やり動かすと、エリクスを突き飛ばすようにしてドアをすり抜け、猛スピードでその場から逃げ出した。後ろからエリクスの声が聞こえてきたが、何を言っていたのかは一つもわからなかった。



 しばらく走って走って、ここなら見つからないだろうと思う場所まで走ったマイラは、近くを流れていた川に気付くとあまり高さのない土手を降りてその川縁に向かった。


 透明感のある美しい水の流れに午後の日差しがキラキラと映りこむ。この辺りは自然が豊かで水も美味しいのをマイラはもう十分に知っている。その川の水で手を洗い喉を潤すと、これからどうしようかと考えながら大きなため息をついた。


 だがそれとほぼ同時に後ろからガサっと音が聞こえ、驚いたマイラは大きく肩を揺らして振り返った。


「見つけた!」

「嘘・・・どうして!?」


 ハアハアと肩で息をしながら近寄ってくるエリクスの姿に、マイラはもう身動きが取れなくなっていた。仕方なく川に背を向けて立ち、こちらに向かってくる彼をじっと待つ。


「はあ・・・マイラ、そのバングル、ずっと身に着けてくれてたんだな。」


 エリクスはマイラの目の前までやってくると、息を整えてから静かにそう言った。よく見ると彼もまた、マイラとお揃いのバングルを左手に着けてくれている。


「これは、その・・・思い出に、と思って・・・」


 マイラの消え入りそうな声に、エリクスの表情が強張る。


「マイラは俺とのこの三年間を、思い出にするつもりだったのか?」

「だって、それは!」


 二人はそれぞれに抱えてきた想いが募り、そこでぐっと押し黙った。何とも言えない重い空気の中、川のせせらぎの音だけが辺りを包みこんでいく。


 しばらくしてからエリクスはふう、と大きく息を吐き出すと、マイラの手を優しく掴んでポツポツと話し始めた。


「マイラを追ってやっとここまで来たんだ。そのバングルは君のご両親にいただいたもので、相手の居場所がわかるという特殊な魔法道具らしい。だがわかると言っても、持っている人のイメージからしか場所がわからなくて、迎えに来るのにこんなに時間がかかってしまった。・・・すまなかった。」


 マイラは握られた手を熱く、そして嬉しく感じながらも、素直にその言葉を受け入れることができずにいた。


「でも・・・エリクスさんは、あの日」

「何もなかった。ヨセフィーナさんとは何もなかったんだ、マイラ。」

「えっ!?」


 マイラは驚いて顔を上げる。そこには少し痩せて疲れた表情を見せる、懐かしく、愛しい人の哀しげな笑顔があった。


「誤解させたならすまない。だが本当に彼女とは何もないんだ。実際の彼女は俺よりかなり年上だし、メリーアンのことで協力し合う仲間のような関係でしかなかった。そもそも彼女は俺なんて眼中にないよ。」

「・・・そう、ですか。」


 しかし、一瞬輝きを取り戻したかのように見えたマイラの表情は、その後すぐに再び翳り始める。


「マイラ?」

「だとしても、私はもう戻れません。」

「どうして!?」

「どうしても、です!!」


 握られた手を魔法を使って無理やり引き剥がすと、マイラは土手を駆け上がり、先ほどまでいたあの小さな店へと戻っていった。




 店に戻るともうそこにテイラーの姿はなかった。マイラはしっかりと鍵を閉め、暗くなる前にと急いでランプを点ける。


 今回借りることとなったこの小さな店は、マイラが新天地として選んだこの村の中で生き抜くための、大事な仕事場だ。



 魔法が使えない人がほとんどのこの村では、マイラの魔法はとても役に立つ。ここに来てからお世話になった方々へのお礼として何度か魔法を使ったが、思いのほか喜ばれて逆に恐縮してしまったりもした。


 初めてこの村を訪れた時に出会った全ての村人達が、疲れ切って精神的にも弱っていたマイラを温かく迎え入れてくれた。


 小さいが温かく美味しい食事を出してくれる食堂、この村の職人達によって丁寧に織られた布を使った着心地の良い衣服、そして川や森、少し距離はあるが海からの恵みも十分に得られる生活しやすい環境・・・


 静か過ぎて前に住んでいた場所のような華やかさは微塵も感じられないけれど、優しく温かく自分を受け入れてくれたこの村を、マイラは今心から大切に思っている。


 だからこそこの村で、自分の力を使って村の人達の助けになりたいと思った。いつかは父と母がいるあの村へ戻るとしても、心の傷が癒えるまではここでささやかな仕事をしながら暮らしていこうと、そう考えていた。


(でもエリクスさんに見つかっちゃった。せっかくお店まで決めたのに、これからどうしよう?)


 以前住んでいた町から相当離れた場所にあるこの村なら、絶対にエリクスに見つかることはないだろうと踏んでいた。そもそもあの病院でヨセフィーナと親密な空気を醸し出していた彼が、自分を追ってくるとは夢にも思っていなかった。


 だが、彼はマイラを探してこんな遠い村までやってきた。


「ヨセフィーナ様とは何もなかったんだ・・・でも、どちらにしろ私じゃあの家には釣り合わないよね・・・」


 彼が自分を追ってきてくれたことを知って、マイラは泣き叫びたいほど嬉しかった。だがセシーリアに許されない関係なのだと思うと、どうしても素直にエリクスとの再会を喜びきれずにいた。



 はあ、と何度目かわからないほどのため息を再度吐き出すと、気持ちを切り替えてマイラは家具の入った箱を手で開け始めた。


 家具を保護している柔らかい板を丁寧に外し、それを壁に立て掛けながら一つずつ中身を確かめる。


 どれもさほど大きくはないが、村に住む家具職人達が作った使いやすく小ぶりで、可愛らしいテーブルセットだ。


「これでお客様とお話しする場所は準備できた。後はどこに置くかだよね。」


 そこまで広くはない店の中、迷うほどのスペースはないのだが、それでもあれこれと悩みながら魔法でテーブルと椅子を動かして位置を決めていく。


 納得のいく場所が決まると、マイラは梱包していた板を外に運び出し、店の中を掃除し始めた。そしてふと思い立って小さな風の魔法を使ってみる。


 ドアを開け、風で埃を巻き込みながら外へと払い終えると、今度は水を出して床を洗い流し、モップをかけてから最後は風で乾燥させた。


 そうして当初予定していた全ての作業を終えると、マイラは荷物を持って店を出た。外は、もうすっかり暗くなっていた。



(エリクスさん、今日は宿に泊まったのかな?)


 下宿先までの帰り道をとぼとぼと歩きながら、マイラはエリクスのことを考える。


 どれほどの時間、自分のことを探してくれていたのだろうか。


 どんな思いで、この四十日間を過ごしていたのだろうか。


「エリクスさんに冷たくし過ぎたかな。でもきっと、あの場から逃げた私に呆れちゃって、さすがにもう家に帰ったよね・・・」

「帰るつもりはないよ。」

「うっわあああ!?」

「おっと!」


 後ろから突然声をかけられて驚いたマイラは、転びそうになって慌てふためいた。だが大きな手がマイラの体を力強く支えてくれたことで、どうにか転倒は免れる。


「ど、どうして・・・」


 声が掠れてそれ以上言葉が出てこない。支えてくれたその手がエリクスのものだと気付き狼狽えてしまう。


「マイラ、俺は君を諦めないから。」

「エリクスさん・・・」


 エリクスは支えていたその手をマイラの背中に回すと、グッとその華奢な体を自分の方へと引き寄せた。


「マイラが一緒に帰ると言うまで、俺もここにいる。」

「え、ええっ!?」


 目を丸くしているマイラにエリクスはさらに顔を近付けた。


「マイラ、もう絶対に逃さない。愛してる。」


 再びの愛の告白に、言葉を失う。


 半分閉じた青い瞳が、思考を奪っていく。


 星の明かりだけが煌めく暗い夜道、マイラは収まらない胸の高鳴りを感じながら、彼が与えてくる柔らかな唇の感触に、その恍惚感に、ひたすら飲み込まれていった。


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