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122. 追跡、追及

 クロヴィスは息苦しさを覚えながら必死で走っていた。少し前方には、何かに引っ掛かって裾が切り裂かれたドレスで軽やかに走り続けるメリーアンの姿が見える。


(追いつきさえすればこっちのものだ。魔法陣はあれにしっかりと仕込んである。あとは隙を見てそれを発動するだけだ・・・!)


 魔力が強い家族の中で、俺だけが異質だった。


 魔力の少なさを兄弟達に馬鹿にされ続けた過去。特に優秀だった兄からは暴言も暴力もあったのに、助けを求めた父には俺が悪いと言って話も聞いてもらえなかった。母や弟はただ蔑んだような目で俺を見ていただけだった。


 だから俺はあの傲慢な兄を、禁術である若返りの魔法陣の贄として使ってやった。騙されて俺に利用されるとわかった時のあの滑稽な顔。あれは衝撃と怒りと、そして絶望の表情だった。


(あの忌々しい女にも、あの時の兄と同じ表情をさせてやる)


 だが魔法陣で無理やり奪い取った若さは、決して長くは保たない。


 弱い自分に抗い、虚勢を張って魔法陣を利用して生きてきた。それに騙され魅了された若者達から少しずつ魔力を奪い取り、どうにかこの若さを保ち、金と力を手に入れて生きてきた。


(俺がいかに優秀な人間か周りに見せつけるためにも、老いた父と母に俺を大事にしなかったことを死ぬほど後悔させるためにも、あの魔法陣だけは絶対に手に入れる!)


 もう少し、あと数歩近付けばメリーアンに、夢に、追いつく。


 手を限界まで伸ばし、肩に触れようとした、その時。


「残念。最後まで私に従っていれば良かったのに。あなたはもうここで終わりよ。」


 振り返ったメリーアンの顔には、憐れむような微笑が張り付いていた。だがそんな顔ができるのもあと数分だ。彼女がその腕に抱える絵画の額縁にこっそり仕込んだ魔法陣。額縁に触れさえすれば俺の勝ちだ。


 いや、そのはずだった。


 だが彼女は全てを承知していたかのように手にしていた額縁を目の前に差し出し、俺に触れさせた。



 そして、魔法陣は発動した。



 だがその魔法はなぜかメリーアンではなく自分へと逆流し、強烈な痛みと闇が、クロヴィスの全ての意識を奪っていった。



 ― ― ― ― ―



「馬鹿な人。まあ役割を果たしてくれたことだけは感謝してあげるわ。・・・ヤクム、馬車は準備できて?」

「はい。すぐそこに控えております。」

「そう。では行きましょう。」


 ヤクムは地面に倒れているクロヴィスを一瞥すると、メリーアンの靴を履き替えさせた。


「まだ追っ手が来る可能性もございます。お気をつけくださいませ。」

「ふふ。あなたは誰かさんと違って優秀ねえ。私に催眠魔法を掛けられていたのにも気付かず自分に魔法陣を発動してしまうような間抜けな男、放っておいていいわよ。どうせもう長くないでしょうから。」

「かしこまりました。」


 メリーアンはヤクムの頬に手でそっと触れると、馬車がある方へと歩き始めた。


「それではクロヴィス様、失礼いたします。」


 ヤクムは表情も変えずにそう言うと、メリーアンの後を追って足早にその場を離れた。



 恐ろしく広いルーイ家の庭は、正門以外はぐるりと囲われた高い塀に守られ、簡単に出入りすることはできない。さらに魔法付与された塀に触れるとその場でしばらく身動きが取れなくなるようにもなっている。


 メリーアンは当然、事前に調べてそれを知っていた。


 ヤクムが準備していた馬車も新たに引き入れたものではなく、メリーアンがここに来る時に乗ってきていたものだ。ヤクムは馬車の中に隠れてここに入り込み、この時を待ってその馬車を逃げやすい場所に移動させていた。


 無事に到着し馬車に乗り込むと、中に予め準備しておいた動きやすい服装に着替える。そうこうしているうちに後からやってきたヤクムが馬車を動かして正門へと動き始めた。


「さて、正門を突破するためにはこの後何人と戦えばいいのかしらねえ?」


 体中に満ちていく魔力は、手の中で大きな力を生み出そうとうずうずしているようだ。そしてもう片方の手にはしっかりと、あの絵が握られていた。



 ― ― ― ― ―



 マイラとイリスが急いで屋敷の外に出ると、少し先に二つの黒い影が走り去っていく姿が見えた。


「イリス、あれ!」

「ああ。逃げていると言うことは欲しかったものを手に入れたんだろう。急ごう!」

「うん!」


 だが走り出そうとした二人を阻むように、突然何人もの人影がそこに現れた。二人は驚き立ち止まったが、何かに気付いたマイラはその中でも背の低い一人の側へと駆け寄っていった。


「マイラ!?」


 イリスは慌ててそれを引き止めようとしたが、二人が突如として抱き合うのを見て発動しかけた魔法を止めた。


「やっぱり正門に向かったみたいね。私達も行きましょ!」

「うん。あ、イリス、内緒にしててごめん!ほらよく見て、ケイトだよ!」

「・・・なぜここに?」


 二人の前に現れたのはメリーアンの関係者ではなく、ケイトと数人の使用人達だった。そしてにっこりと微笑むケイトもまた、なぜかメイドの格好をして眼鏡を掛けている。知り合いであっても、一瞬見ただけでは彼女だとは気付かなかっただろう。


 呆然とその姿を見つめるイリスに、マイラが声をかけた。


「実は私達、この日のために色々と準備をしていたの。ヨセフィーナ様は何も詳しいことを教えてくださらないけど、このままは嫌だって思って。今回のパーティーのために臨時雇いの使用人を募集していたから、ケイトとあと数人、知り合いの人に頼んでここに来てもらっていたの。」


 イリスはようやく落ち着きを取り戻し、頷いた。だがハッと何かに気付くとマイラの手を握る。


「今はそれよりも二人を追わないと!」


 焦った表情のイリスに、今度はケイトが余裕たっぷりの笑みを見せた。


「大丈夫です!それなら知り合いに任せてあるから。」

「知り合い?」

「ふっふっふ。彼ならきっと足止めしてくれます。まあだいぶショックは受けるでしょうけど。」

「ん?」

「いえ、こちらの話です。とにかく正門に向かいましょう!」


 三人は頷きあうと、すぐ近くに用意されていた大きな馬車に乗り込み、猛スピードで正門へと向かっていった。



 ― ― ― ― ―



 エリクスは逃げたメリーアンを追うことはなく、そのままヨアキムとセシーリアの部屋へと向かった。二人は特に驚いた様子もなくエリクスの報告を聞き終えると、すぐに何人かの使用人達に指示を出し、その日の客人全員を再び大広間に集めた。


 十五分もしないうちに全員が部屋に集合し、事情がわからず戸惑う人々のざわめきが部屋に満ちていった。



「皆様、突然このような形でお集まりいただき、申し訳ありません。ですが状況が状況ですので、どうぞお許しください。」


 エリクスの声が大きな空間の中で奥までしっかりと届き、不安そうな表情を浮かべた人々はただその声の続きを待った。


「実は先ほど、当家が代々守り続けてきた大切な魔法陣が盗まれました。」


 大広間内にどよめきが起こる。


「そしてそれを盗んだのは、メリーアン・バルターク嬢です。」

「何ですって!?まあ!いったい何を仰っているの?私の娘がそのようなことをするわけが」

「証拠はこれです。」


 メリーアンの母、メリッサ・バルタークが大きな声をあげた。だがエリクスはそれを遮るように手の中に隠し持っていた布切れを高く掲げ、声をさらに張り上げた。


「今日メリーアン嬢が着ていたドレス、大変美しく他に類を見ないほど素晴らしいレースをあしらったものでしたね。そしてこの色と素材。これはどう見ても間違いなく彼女のものです。これが犯行現場に残されていました。」

「・・・」


 メリッサは顔を背け、イリスの父であるイーライ・ウェイリーは、顔を顰めたまま妹の横で彼女の答えを待っている。


 するとそこにそれまで姿の見えなかったヨアキムが数名の兵士達を伴ってそこに現れ、会場内には小さな悲鳴がいくつも飛び交った。


「こちらは国家安全対策を担当されている部隊の皆様です。特別魔法保護法により当家で永らく保管してきた危険な魔法陣が盗まれたということで、急遽お越しいただきました。国家を揺るがす大罪ですから。・・・さて、この計画にバルターク家ないしウェイリー家は、いったいどのように関わっておられるのですかな?」


 ヨアキムの冷静だが低く怒りを含んだ声が、メリッサをはじめとする数名の人間達の顔色をたちまち青くしていった。そしてさらにその場にいたセシーリアが追い打ちをかける。


「メリッサ・バルターク様、あなたやあなたのお母様、さらにそのまたお母様も、皆このルーイ家に受け継がれてきたあの魔法陣を狙っていらしたことは、とっくに把握していたんですよ。」


 メリッサの隣で彼女の母親と思われる女性が倒れ込みそうになり、イーライは慌ててその手を支えた。だがセシーリアは容赦しない。


「あなた方がウェイリー家に男の子の養子を迎え、バルターク家に娘を嫁がせてその名を隠し、再び我が家に近付いてきていたことは調べがついているのです。そしてついにメリーアン嬢があなた方の悲願だったことをやり遂げた。ですが残念ながら、あなた方も彼女に切り捨てられたようですわね。」


 イーライは母の手を離し、首を何度も横に振りながら後退る。彼は思いもかけない情報にパニックを起こしかけていた。


「この私が、養子?母上、どういうことですか!?いったいあなた方は私に何を隠しているのですか!!」


 激昂するイーライに何も答えることができず、突き放されたメリッサの母はその場で蹲った。その横でメリッサは、真っ青な顔でじっと下を見て立っている。


 ヨアキムは小さな声で数名の兵士達に指示を出すと、メリッサの方を向いて再び口を開いた。


「今回の件についてまずは事情をお聞きしたい。おっと、抵抗することはお勧めしません。ここには我が息子エリクスも妻セシーリアもいる。あなた方が束になってかかってきてもこの二人の魔法には敵わないでしょう。」


 メリッサは悔しそうに発動しかけた魔法を消し去り、母の横に膝をつき、嗚咽を漏らし始めた。イーライは震えながら、そんな二人をただじっと見下ろしていた。


「彼らを全員お連れしなさい。」


 ヨアキムの指示で廊下に控えていた大勢の兵士達も姿を現し、結局バルターク家とウェイリー家の人々はほぼ全員が、軍の特別施設へと連行されていった。



「エリクス、よくやった。さあ、急いで彼女のところに行きなさい。お前にはまだやることがあるんだろう?」


 ヨアキムがようやく見せた笑顔は、エリクスの心を強く後押してくれた。セシーリアも彼の横で優しく微笑んでいる。


「はい。行ってまいります!」

「お兄様、マイラをあの女からちゃんと守ってあげるのよ!!」


 ヨアキムの後ろにこっそり隠れていたリアが、ちょこんと顔を出す。エリクスは大きく頷くと、弾かれるように大広間を飛び出していった。


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