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121. パーティーは終わらない③

「ねえイリス。」


 マイラは歩きながらヒソヒソとイリスに語りかける。


「何だいマイラ?」


 イリスはこんな時でも優しい笑顔を見せてくれる。


「何も詳しい話はしなかったけど、私達が追っているのって同じ男性だよね?」


 キョトンとした顔で急に立ち止まったイリスは、ぷっと小さく噴き出してから同時に立ち止まったマイラの頭を撫でた。


「そうだね確かに!でもきっと同じ人物だと思うよ。黒い長めの髪を束ねていた男だろう?」

「そう!イリスは彼が誰だか知っているの?」

「・・・彼はクロヴィス・モレ。メリーアンお抱えの魔法付与士で、ディーン・ジェックスの恩人だよ。」

「えっ!?」


 ディーンが以前話していた「会わせたい人」と言うのがあの男だったと知り、マイラは呆然とする。


「それと彼は魔法陣にかなり傾倒していて、禁忌とされている魔法陣を使う。おそらくマイラが記憶を引き出されたあのペンダントに組み込まれていた魔法陣も、彼が仕込んだものだと思う。」

「じゃあディーンさんはそれを私に?」


 イリスは少し顔を背けると、小さく頷いた。そして言いにくそうにしながら重い口を開く。


「ディーン・ジェックスはクロヴィスに指示されて、深い悩みを持つ若者達を自分達の元に引き込むためにあのペンダントを利用していたんだろう。そしてクロヴィスはディーン以外の信奉者達にもそれをやらせていたし、以前は小さな店でもあのペンダントが販売されていたようなんだ。」

「隠された悩みがわかれば、付け込めると思ったのね。」

「そうだろうね。」


 マイラはクロヴィスという男のやり方に憤りを覚えつつ、再びイリスと共に廊下を歩き始めた。


「ねえイリス、もしかして彼はこの家で何かを探しているの?」

「おそらく。俺もよくはわからないんだ。でも彼が欲しがるとしたら・・・魔法陣、なんじゃないかな。」

「魔法陣・・・」


 そんな危険な男が欲しがる魔法陣がまともなものであるはずはない。それにルーイ家ならばそうしたものが隠されていてもおかしくはない。マイラは改めて気を引き締めていこうと、軽く自分の両頬を手で挟んだ。



 だがそんな気合いも虚しく、結局彼を地下室に続く廊下でも入り口でも見つけることはできなかった。しかも地下室への扉はしっかりと鍵がかかっており、大きな鍵穴には埃も付いていたため、誰もそこを通っていないのは明白だった。



 そして追うのを諦めた二人が大広間に戻ると、そこはもうすでに片付けが始まっていた。


「マイラ!」

「リア、パーティー終わっちゃったの?」


 マイラを見つけて駆け寄ってきてくれたリアは少し疲れた表情を見せている。


「なし崩しにね。さっきの出来事のせいで向こうの家の方々が色々騒ぎ出してね。お兄様がお父様と相談して一旦パーティーは解散にしましょうということになったのよ。明日までここに滞在される方がほとんどだし、明日もう一度ここに集まって今後の流れを決めようという話でまとまったの。」

「そうだったんだ。・・・ねえ、じゃあ今メリーアン様は?」


 リアもイリスもハッとした顔でマイラを見つめた。


「片付けとうるさく言ってくる方の対応に追われていて見ていなかったわ・・・」

「リア様、もしかしてですが、この家には何か特別な魔法陣、もしくはそれに関連する何かが隠されてはいませんか?」


 イリスの言葉にリアは深く何かを考え込み始めた。


「正直言うと私は何も聞かされていないの。でもたぶんお兄様は全てを知ってる。今朝もお父様とこそこそ何か話をしていたもの。だからここに何かがあるのは間違いないし、それが良いものではない予感がするわ。もしメリーアン・バルタークがそれを欲しがっているとしたら、まずいわね。」

「イリス、もう一度あの男性を探しに行こう!」


 だがマイラがイリスの腕に手を掛けたその瞬間、ガシャーン、と何かが盛大に割れる音が大広間に届き、三人は急いで廊下に飛び出した。


 すると中庭に面した廊下の窓からドレス姿のメリーアンと先ほど見失った男、クロヴィスが上から落ちるように姿を現し、そのまま上手に体勢を立て直して走り去っていくのが見えた。


「え、落ちてきた!?」

「とにかく追いかけよう!」

「うん!」


 マイラとイリスはリアに報告を任せると、メリーアンとクロヴィスが逃げていった方向へと急いで走りだした。



 ― ― ― ― ―



 その少し前のこと。


 エリクスはゆっくりととある部屋へと向かっていた。そこは三階にある大きく特殊な部屋で、少し前にマイラと二人っきりで過ごした思い出の場所でもある。


 そう、そこはエリクスの父の絵が数多く展示されているあの部屋だ。


(俺の誘導に乗ってくれていれば、メリーアンはきっとそこにいるはずだ)


 彼女がパーティーで騒ぎを起こすだろうことは予想していた。だがあの場を混乱させてその隙に魔法陣を探しに行くのかと思いきや、メリーアンは暴れだした若者達を制圧し混乱を収めてしまった。そしてなぜかあの瞬間、彼女の視線を強く感じたのだ。


(ああ、どこに魔法陣があるのか、俺の動きを見て判断しようとしているんだな)


 それがわかったことでエリクスは、すぐに、そしてできるだけ自然な動きで視線をある場所に向けた。それは匂わせておいた地下ではなく、上の階だった。


(頭のいい彼女なら、騒動の時に無意識に心配する場所にこそ目的のものがあると考えるに違いない)


 そして実際、彼女はこの部屋に狙っている魔法陣が隠されていることを突き止めたのだ。



 だがエリクスが部屋の前に近付く直前、ふと肩に温もりを感じて慌てて振り向いた。


「え?君は!?」

「お静かに!驚かせてしまってごめんなさい。私達も協力します。」


 驚きすぎて一瞬呆気に取られたが、すぐにその言葉を受け入れた。


「・・・わかった。」


 そうしてエリクスはよく見知ったその人物と共に、父の絵が展示されている部屋へと静かに歩きはじめた。



 ― ― ― ― ―



「この部屋はいったい・・・」


 クロヴィスはゆっくりと首を動かしながら部屋全体を確認する。何重にも掛けられた魔法の鍵を特殊な魔法陣で破壊して侵入したこの部屋は、どうやら絵を展示しているだけの場所のようだ。


「あれだけ地下を怪しいと思わせていた彼のことだもの、無意識に見上げたここに必ずあれがあるはずよ。さあ、あなたの出番よ。急いで探して。」

「承知いたしました。」


 クロヴィスは命令口調に若干苛立ちを感じながらも、とにかく急いで目的の魔法陣を探さなければと気持ちを切り替えて動きだす。


 そして数分後、とある絵の前で彼は立ち止まった。


「メリーアン様、こちらの絵にかなり強い反応があります。」

「そう。できるだけ早く解析してちょうだい。」

「はい。」


 メリーアンは絵の近くまでやってくると、クロヴィスが魔法陣を解析していくのをじっと見守る。だがいつもなら一、二分で終えてしまうその作業が、数分経っても終わらないことに徐々に苛立ちを募らせはじめた。


「遅いわ。何をしているの?」

「も、申し訳ございません!ですがここまで複雑で特殊な陣は初めてで・・・」

「ふうん。それならほぼ本物で間違いないということではなくて?」


 クロヴィスの額から嫌な汗が流れる。ここで確実にそうだとも言えず、だが確かに彼女の言うことも一理あるとは思う。だがここでもし間違った答えを言ってしまえば、間違いなく明日にはこの命は無いだろう。


 冷や汗をかいて焦っている自分を無表情の奥にひた隠して、あと少しだけ待ってほしいとメリーアンに告げる。再び解析に入ったクロヴィスは、先ほどよりも魔力を強めて解析のスピードを上げた。


 魔力の少ない彼にとってこれはかなり体への負担が大きいものだったが、背に腹はかえられない。疲労感が増していくのを感じながらも必死で解析を続けた。


(これは・・・おそらく本物で間違いない!)


 そして力尽きる寸前どうにか解析を終えたクロヴィスは、興奮を隠しきれない様子で振り返って言った。


「間違い、ございません。」

「そう。じゃあその絵を外してちょうだい。私が持っていくわ。」

「承知いたしました。」


 さほど大きくはない絵。クロヴィスはその絵を壁から簡単に外し終えると、メリーアンにそれを手渡した。そして彼女が嬉しそうに絵を受け取った、その時。



 ドアが、静かに開いた。



「お二人とも、いったいここで何をされているのですか?」


 そこには、この家の長男エリクスが、怒りを含んだ美しい笑みを浮かべて立っていた。さらにその後ろには数人の若い男女が手を前に伸ばし、臨戦態勢で立っているのが見えた。


 クロヴィスはポケットの中から簡易的な魔法陣を仕込んだ石を取り出すと、急いでそれを発動しようと強く握りしめる。


 だが余裕の無いこの状況、メリーアンに援護してもらおうと振り返ったが、彼女は無言で魔法を発動しあっさりと窓を割ると、土魔法でなだらかな坂を作り上げ、絵を持ったままあっという間にそこを滑り降りていった。


 焦ったクロヴィスは魔法陣の発動を邪魔されないよう残りわずかな魔力を使って防御を試みるが、エリクス達の素早い魔法に阻まれ、どちらも不発に終わった。


 手から石が転げ落ち、これまでかと覚悟を決める。


 だがエリクスから繰り出された植物魔法を辛くも避けられたクロヴィスは、メリーアンが作った坂を転がるように下に落ちていき、どうにか建物から脱出できた。


(クソッ、こんなところで捕まってたまるか!あの女からあの素晴らしい魔法陣を奪って、俺を馬鹿にしてきた連中に一泡吹かせてやるんだ!)


 どうにかあの場を脱出できたことに安堵していたクロヴィスだったが、暗闇の中を駆け抜ける彼を追う何人もの人間が徐々にその距離を縮めていたことに、この時の彼はまだ少しも気付いてはいなかった。


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