120. パーティーは終わらない②
大広間のドアは他の部屋のものよりも華美な装飾が施された、白く大きな両開きの扉となっていた。マイラはリアの横に並んで躊躇いがちにそのドアを開ける。
それまでくぐもったような音で聞こえていた人々の声やグラスの音が、一気にクリアになってマイラの耳に届いた。
「うわあ、こんなにたくさんの方々がいらっしゃったんだね!しかも大広間こんなに広いなんてびっくり!」
「ふふ!そうね。ルーイ家だけでも数家族招待しているから仕方がないのよ。子ども達がいないだけ少し静かなくらいだわ。」
「そうなんだ!ルーイ家の親族とバルターク家と・・・」
「ウェイリー家、それとその関係者ね。向こうは年配の女性が多いわねえ。若い方々はそのお子さん達かしら?あら、ねえマイラ、あれはきっとイリスのお父様よ!」
マイラはリアの視線の先にいたイリスを発見し、その隣にいる体つきのよく似た男性に目を向けた。白髪混じりの黒い髪は綺麗に後ろに撫でつけられており、その顔立ちはイリスよりも神経質そうに見えた。
「そうね、少し似てる。」
その瞬間ふっとイリスと目が合い、彼は大きな歩幅で器用に人々の間を縫ってマイラの元へやってきた。
「マイラ!」
「私はいいから、一緒にいてあげて。」
「うん。」
リアはすぐにマイラの元を離れ、近くにいた親戚の女性と話し始めた。イリスがマイラの手を取る。
「今日はエスコートさせてくれるんだよね?」
「う、うん。」
「よかった!じゃあ、一緒に飲み物でも取りに行こう。」
イリスは嬉しそうに笑みを浮かべると、マイラの手を手際よく自分の腕に滑り込ませた。
しばらくはただゆっくりと大広間内を眺めていたが、マイラが緊張の余り一気にジュースを飲み干してしまうと、イリスは取りに行くと言ってその場を離れた。だがそれを待っていたかのように、会いたくない人が音もなくマイラの横に現れた。
「ふふふ。私の従兄弟とずいぶん仲良くしていらっしゃるようねえ。」
美しい今日の主役の一人、メリーアン・バルタークだ。
「ええ、まあ。」
メリーアンは今日は肌の露出が少ない薄い青色のドレスを身にまとい、その美貌も相まって清楚な大人の女性の魅力を体中から放っている。
(こんなに悪意が無さそうな見た目なのに、いつ会っても怖い人・・・)
恐怖感は拭いされなかったが気持ちで彼女に負けないよう、マイラは全力の笑顔を返す。メリーアンは少しだけ眉を上げるとふふっと柔らかな笑みを見せた。
「以前お伝えしたこと、もう十分に理解していただけたということでよろしいかしら?」
「・・・ご想像にお任せいたします、メリーアン様。」
自分でもバチバチと火花を散らしているのがわかるほど、緊迫した空気が二人の間に流れていく。だがメリーアンは余裕の笑みを崩さなかった。
「あら、そろそろ始まるかしら?私もエリクス様のところへ行かないと。マイラさんもパーティー楽しんでくださいね。」
メリーアンの香水の香りが鼻に残る。マイラは俯くことだけは絶対にするものかと心に決めて、彼女がエリクスの元に辿り着くまでじっとその後ろ姿を見送っていた。
数分後、イリスが飲み物を手にマイラの元へ戻ってくると、突然「ご注目ください!」という大きな声が大広間内に響き渡った。それとほぼ同時に部屋の中にキラキラとした光の粒が溢れていき、華やかな衣服に身を包んだ大人達は、みなその光に目を奪われた。
そしてその光の粒が全て消え去った頃には、室内は静寂に包まれていた。
「皆様、本日はお忙しい中我が家へお集まりいただき、誠にありがとうございます。」
穏やかで低い声、だが人を惹きつけずにはいられない不思議な魅力のある張りのある大きな声。今大広間にいる全員の注目を浴びているのは、ヨアキムだ。
「今日のこのパーティーは、私の息子エリクスとバルターク家のご息女メリーアン殿の婚約許可をいただくためのものです。」
気がつくとヨアキムの隣には、エリクスと彼の腕に手を載せたメリーアンの姿があった。頬がひきつるのをマイラは急いで手で押さえた。
「国に大きな影響力を持つ家同士、そう簡単に婚約許可を出すわけにはいきません。今日はこのパーティーでぜひ、将来有望な若い二人の資質や人間性を見ていただき、二人の婚約を認められるかどうか忌憚なくご判断ください。」
エリクスは優しそうな笑みを浮かべてメリーアンと見つめあっている。まるで自分達が認められないはずがないと言わんばかりのゆったりとした表情だ。
胸がキリキリと痛む。だがギュッと握りしめた拳を、マイラはもう片方の手でそっと隠した。
その後エリクスとメリーアンも丁寧に挨拶を済ませると、再びパーティーは賑やかな時間を取り戻した。人々は楽しそうに歓談し、時々立食形式の食事を摘んだりお酒を楽しんだりしている。
そんな至って和やかな雰囲気の中、マイラはふと違和感を感じて振り返った。そこには他とは明らかに雰囲気の違う男性が一人立っていた。決して目立つ容姿をしているわけではなかったが、この会場では『異質』な存在だとどうしても感じてしまう。
(何だろう?すごく・・・嫌な感じの人)
漠然とした理由しかマイラの中には無かったが、警戒はしておこうと一人で小さく頷いていた。
― ― ― ― ―
その頃エリクスはとある親戚の女性に捕まっていた。メリーアンは少し離れた場所でルーイ家の遠縁の男性と話をしている。すっかり彼を懐柔してしまったようで、二人はにこやかに語り合っていた。
「エリクス、あなたこの間の方が本命ではなかったの?」
「イザベラ伯母様、ここでそんなお話はやめてください。」
今エリクスの腕をしっかりと掴んでいるのは以前ヨセフィーナとデートをしていた時に再会した伯母だった。マイラのことは緘口令を敷いているものの、それ以外の事情は当然知らせていない。
「だってあなた、気になるじゃないの!」
イザベラは口を尖らせるようにしてエリクスの腕を振り始める。
「せめてパーティーが終わってからにしていただけませんか?ほら、メリーアンにも会ってください。」
「会わなくてもわかるわよ。あれは怖い女よ。私は反対してもいいのかしら?」
「伯母様・・・」
イザベラの人を判断する勘は異常に優れている。これ以上余計なことを言われては困る。エリクスはイザベラの手を取り、耳元で囁いた。
「今は話を合わせていてください。私の未来のために。」
「・・・わかったわ。可愛い甥っ子のためですからね。でもあの女は駄目よ。いい?」
エリクスは苦笑いでそれに応えると、イザベラの元を離れた。
― ― ― ― ―
そうしてパーティーでは、着々とエリクスとメリーアンの挨拶回りが終わっていく。二人の評判はイザベラ以外は上々で、大広間内では二人の婚約を祝福する流れが出来はじめていた。
しかしマイラはそんな空気の中で、再びある違和感を感じていた。
(おかしい・・・何が・・・あ、さっきの男性がいない?)
そう考えてキョロキョロと辺りを見回していた時だった。
「マイラ、どうしたの?」
「うん、あのねイリス、実は」
「うわああっ!?」
「きゃあああっ!!」
マイラとイリスの声に被るように恐ろしい悲鳴が上がり、穏やかだったその場の空気を一変させた。
「何?何が・・・」
「マイラ、あれ!」
イリスの指差した方向には、先ほどリアと一緒にいる時に見かけた若い男女が数名、理性を失ったように髪を振り乱し、暴れている様子が見えた。
そして、その手からあらゆる方向に魔法が繰り出される。
「やめなさい!!いったい何をしているの!?」
「うわっ!やめろ、落ち着くんだ!!」
側にいた大人達が一斉に彼らを止めようと動き出したが、全く止まる気配はなかった。そして少し遠い場所にいたエリクスが急いでそこに向かおうとしていた、その時。
スススッ
と言う軽い音と微風がマイラの耳元をすり抜けた。
そして、六人ほどの若者達は、一瞬で意識を失い、その場に倒れ込んだ。
「何、今の・・・」
マイラは耳を押さえて後ろを振り返った。そこには、背筋をピンと伸ばし、軽く右手を挙げたメリーアンの姿があった。そして彼女は大きなよく通る声でこう告げた。
「私の親戚の者が突然こんな愚行を働くとは考えてもおりませんでした。ルーイ家の皆様、本当に申し訳ございません。被害は全てこちらで負担させていただきます。お怪我のある方はいらっしゃいませんか?」
どうやら彼女は何かしらの魔法を使って彼らの意識を奪ったようだった。そしてその堂々とした振る舞いとみんなを守ったことに対する称賛の声が、次々と彼女に送られていく。
「イリス・・・」
メリーアンがルーイ家の心を掴んでしまったことに不安を感じたマイラは、ついイリスに頼るような視線を向けてしまう。
「マイラ、大丈夫。これに裏が無いわけがない。あいつの姿も見えないし・・・とにかくすぐに外に出よう。」
「うん!」
マイラは騒然となった大広間をイリスと共に抜け出し、廊下の様子を窺った。だがそこには忙しそうに動き回っている使用人達以外、誰もいない。
「地下かもしれない。行ってみよう。」
「そうね!」
二人はその廊下を、先ほどから姿の見えないあの男性の後を追って早足で歩き始めた。