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12. 入学準備と甘々な兄

 基本の魔法がそれらしく使えるようになってきた頃、マイラは兄と共に彼が現在通っている私立の上級学校へと足を運んだ。


 本来であれば私立の学校はもう試験が終わっており、当然入学する生徒は決まっている。だが今回手続きに向かう学校はルーイ家が設立した私立の学校ということもあり、どうにか入学できることになるらしい。


 それに今から国立の学校を受験して兄と離れてしまうよりも、一年間でも兄のいる学校で勉強した方がマイラが安心して過ごせるのではないか、とのエリクスの判断だった。


「大丈夫。入学試験はいらない。俺と父の推薦ということで特別枠にしてあるから。」

「思いっきり身内びいきですけどいいんですか!?」

「構わないよ。父も母も、マイラの話をしたらぜひそうしなさいと言っていた。息子が変な女に絡まれて問題を起こすよりも、多少の嘘があっても平穏な三年間が過ごせた方がいいと思ったんだろうな。」

「なるほど。」


 エリクスは横をゆっくりと歩きながら、優しい目でマイラを見つめる。


「いいかマイラ、ここは比較的裕福な子女が通う学校なんだ。つまりここに通う生徒達はそれなりの服装、それなりの姿勢を望まれる。まあ普段は制服だし、マイラ自身も今のところご両親の教育が素晴らしいから特に問題は感じないよ。・・・ドレスさえ仕上がればな。」


 マイラはマーゴットのふわふわとカールした髪の毛を思い出す。


「三着くらいは、お借りできるんですか?」

「・・・」


 エリクスが立ち止まる。マイラも足を止めると、どうしたんだろうと思い振り返った。


「お兄様?」

「マイラ、三着でいい?しかも借りる!?・・・ほう、お前にはまだ兄の愛が伝わっていないようだね。よし。入学手続きを終えたら買い物に行こう。俺がどれだけお前を大切に思っているのか、実感してもらおうじゃないか。」


 マイラはその鬼気迫るその笑顔に恐れをなし、黙って何度も頷いた。


(なになに?突然怖いんだけど!?)


 何かを密かに計画しながら悪い顔で笑って歩いているエリクスの姿を横目で見ながら、マイラは人のいない学校の中へと足を踏み入れた。



 初めて目にするその上級学校は、思いのほか豪華な造りになっていた。ピカピカに磨かれた高さと装飾の付いた門扉、その先に続く石畳の長いアプローチ、そしてその先にはレンガでできた壁に白い窓枠が映える美しい校舎が見えた。真ん中には一際高い時計台も付いている。


「うわあ、こんなすごいところで勉強するんですか?」

「ああ、そうだよ。俺もあと一年はここで学ぶ。と言っても俺は別校舎にいることの方が多いが。」


 疲れたような顔でそう話す兄をチラッと見てからマイラはもう一度時計台を見上げた。


「こんなきちんとした学校で学ぶなんて初めて。緊張するなあ・・・」

「さあ、緊張ついでに校長にご挨拶しよう。不安なら校長室まで手を握って行こうか?」


 マイラはギョッとして思わず手を引っ込める。


「い、いいですいいです!平気です!それに今日は生徒さんもいないみたいだし、『お兄様が大好きな妹』を演じなくてもいいですよね!?」


 エリクスは寂しそうに差し出しかけた手をおろすと「まあそうかもしれないが」と言ったきり黙ってしまった。


 マイラはほっとして手を戻すと、肩を落とした兄の後ろについて校長室へと向かった。




 ここの学校長はティターニア・ペローという中年の女性だった。真っ黒い髪をきっちりと結い上げ、黒縁の眼鏡を掛けている。黒く細い目の印象もあって、もしかしてすごく厳しい人なのかな?とマイラは身構えた。


 ところが話し始めるとその声も話し方も穏やかでゆったりとしていてマイラが緊張しないように気遣いながら入学後のことを説明してくれた。いい意味で予想を裏切られたマイラは、話が終わる頃にはすっかりこの優しい校長に夢中になっていた。


「学校の説明は以上です。それとマイラさん、事情は先にエリクスさんから聞いています。あなたの力は確かに特殊です、かなり。この学校では詠唱と陣での魔法どちらも演習を行なっています。ですがあなたの場合はそのどちらも使えない。相当ついていくのに苦労するかもしれませんね。その覚悟はおありですか?」


 マイラは静かに答えを待っていてくれる校長に真剣に答えようと、背筋を伸ばして今の思いを告げた。


「お兄様との約束のためなら頑張れます。ご迷惑をお掛けするかもしれませんができる限り皆さんについていくようにします。どうかよろしくお願いします!」


 校長はにっこりと微笑み、頷いた。


「わかりました。あなたの力を学校内で公表するのは難しいですが、信頼できる教師をつけますから何かあればいつでもその先生に相談してください。」


 マイラは大きく頷きながら「はい」と素直に答える。校長は少しだけ心配そうに手を握りしめながら言葉を続けた。


「人は、理解し難い力を前にすると恐れや嫌悪、もしくは嫉妬などの気持ちを抱きやすくなります。『灰色の悪魔』を呼び起こさないためにも、できるだけその力を周りには知られないように気をつけてください。もし誰かに知られてしまうようなことがあれば、早めにお兄様に相談してくださいね。」

「わかりました!」


 そこで再び笑顔を見せると、校長はエリクスに書類を手渡し、そこで面談は終了となった。




「さてマイラ、これで手続きも完了したし、少し買い物に行こうか。」

「はい、でも何を買うんですか?」

「色々だ!」

「んん!?」


 マイラの手を引っ張り校舎を出ると、そのまま大通りへと足を伸ばした。


 途中、何人もの女性達が振り返ってエリクスを見ているのに気がついたマイラは、兄の気苦労を知ってため息をつく。


「お兄様、いつもこんなに女性に見つめられてしまうんですか?」


 エリクスは気にも留めていないという顔で「そうだな」とだけ言って歩き続ける。


「いつもは何かしら乗り物に乗って移動しているからあまり気にはならないが、今日は徒歩だから多少見られるのは仕方がない。何かあればお前の出番だぞ、マイラ。」

「ううう、頑張ります。」


 周りの女性達の視線が自分に突き刺さってくるのがわかる。だがさすがにこんな人の往来が激しい場所で女性から声を掛けるというのは難しいのか、誰一人としてエリクスに直接話しかけてくる者はいなかった。


 ちなみに歩道ではないところには普通の馬車や荷車のような乗り物がたくさん走っていたが、中にはマイラが以前乗った魔法で動く『馬』のような特殊な乗り物も通っているようだった。前に馬がついていないので、車輪だけが動いているのを見るとなんだか不思議な気持ちになる。


(でも別に不自然な気はしない・・・なんでだろう?)


 町に来てからマイラはこうした不思議な感覚を何度も感じていたが、原因は不明だった。



 そしてある大きな建物の前に来ると、エリクスが笑顔で「ここだ!」とマイラに告げて立ち止まった。


「ここは?」


 エリクスは嬉しそうに場所の説明をする。


「学用品や雑貨など、学校で使用するものを扱っている店だよ。制服はマーゴットの店にお願いしてあるから心配いらない。そうだ、ここの隣にはアクセサリーを扱う店があるからそこも後で行こう。さあ時間がない。どんどん買おうか。」

「・・・え」


 そうしてマイラはそこから一時間以上兄に引っ張り回され、大量の商品を購入していくことになった。


「可愛いマイラにはあれとこれと・・・これもいいんじゃないか?」

「お兄様!?買いすぎです!!」

「何を言う!お前はわかっていない!こんなに可愛いお前が質素な持ち物を持っているなど考えられない!あ、あのペンケースは色違いで予備も買っておこう。」

「ちょっと、ちょっと待ってそんなにいらないですってば!!」


 慌てふためく妹とそんな妹を可愛い可愛いと連呼しながら次々に店員に商品を渡していく兄の姿を、店の従業員達は微笑ましく見守っていた。



「ありがとうございました!!」


 マイラがげっそりしながら店の外に出ると、兄は「大丈夫か?疲れてないか!?」と心配そうに再び手を繋ぐ。


(演技なのか本気なのかわからないけど、もう少し普通でいてくれると助かるなあ)


 とりあえずこれ以上心配をかけるわけにはいかないと思ったマイラは、少しやつれた笑顔を兄に向けて「大丈夫です!」と言う。


 それでもまだ心配している様子だったが、エリクスはそれならと言いながらそのまま隣の店に入っていった。


「さあ、マイラの入学式後のパーティーに相応しいネックレスとイヤリングを買おうか!」

「い、いやー!!」


 マイラが真っ青になりながら逃亡しようとすると、兄がつる状の魔法植物を発動してマイラの行く手を遮り、その手をしっかりと握りしめた。


「マイラ、こら逃げるな!兄の愛を疑った罰だぞ。当日は誰よりも可愛くしていくんだ!!」

「もうやだ!逃げたい・・・」


 目の前に現れた青い色の植物はスウっと消えていき、マイラはショーケースの前に連れていかれる。


「マイラ、この一番大きな宝石の付いたのはどうだ?」

「・・・」


 エリクスのテンションの高さと強引さに匙を投げたマイラは、結局兄推薦の高額商品を購入して帰ることとなった。


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