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119. パーティーは終わらない①

 準備が整い長期休暇に入ったマイラは、パーティーの前日にエリクスの実家へと馬車で向かっていた。隣にはイリスが座り、いつもの穏やかな笑顔を見せてくれている。


「マイラ様、喉は乾いていませんか?お茶でしたら持参してきておりますよ?」

「ううん、ありがとう。大丈夫。」


 そう言って窓から外を見渡すと、見覚えのある景色が後ろに流れていくのが見えた。イリスがそっと、マイラが膝の上に置いた手に彼の大きく冷たい手を重ねる。


「イリス、どうしたの?」

「マイラ、不安は無い?」


 小さく首を振る。


「無いよ。もう準備できることはみんなやっておいたから。」

「そう・・・わかった。イヤリングは持ってきた?」

「うん。パーティーでは必ずつけるよ。」

「そうして欲しい。・・・抱きしめてもいい?」


 イリスはなぜか不安そうにマイラを見つめている。何か思い詰めているようにも見える。


「・・・うん。」


 その日イリスの腕の中は、いつもよりも冷たく感じられた。



 無事屋敷に到着すると、多くのメイド達に世話をされながらあてがわれた大きな部屋へと入る。


 結局この日はエリクスもご両親も屋敷には到着しなかったようで、マイラはただ翌日のことだけ考えながら、適度な柔らかさのベッドで静かに眠りについた。




 そして翌日。


 予定よりも早く起きてしまったマイラは身支度を済ませると庭に出て新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。少し歩いて見覚えのある素朴なベンチの前に立つと、もう一度深呼吸をしてそこに腰掛ける。


(今日が勝負の日。何があってもお兄様を守らなきゃ!)


 ベンチから見える丘の向こうから、朝日が少しずつ顔を出し始める。頭の中で動きを確認してから立ち上がると、顔や腕に当たる日差しが少し暑く感じられた。



 午前中はエリクスの家よりも多くのメイド達に囲まれて美しく飾り立てられ、モスグリーン色のドレスに身を包み、大人しく自室で待機することにした。


 午後は軽食を簡単に摘むと読書をして時間を潰す。しばらくしてからイリスに呼ばれて階下に向かうと、そこにはルーイ家の面々が勢揃いしていた。リアもこの日のために帰国したようだ。


(全員が揃うと華やかさが桁違いね・・・)


 その息を呑む美しさに圧倒されていると、マイラに気付いたリアが急いで駆け寄ってきた。


「マイラ!久しぶりね!元気にしていた?」

「うん。リアも元気そうで何より!今日は・・・」


 セシーリアとヨアキムは軽くマイラに会釈をして笑顔を向けると、連れ立って応接室に入っていってしまった。エリクスは少し離れた場所から、マイラとリアが話しこんでいる様子を何気なく見つめている。


 そんな彼の様子が気になってチラチラと視線を向けていると、リアが笑いながらマイラの背中に手を置いた。


「ふふ!私は今日は従姉妹としてここに来ているのよ。だからお兄様と似ていても誰も気にしないわ。親戚には全員に緘口令を敷いているから心配無用よ。」

「そっか。今日は宜しくね。」

「うん、こちらこそ!それよりもお兄様と」

「リア!」


 リアは話を遮られたことに一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに苦笑して言った。


「ごめん。今話すことじゃないわね。また明日ゆっくり話しましょ?」

「・・・うん。」


 そしてマイラはエリクスと目を合わせることもないまま、リアと共にそれぞれの部屋へと戻っていった。




 その日、日暮れ前。


 とうとうその時はやってきた。


 玄関の前のロータリー部分に、続々と見慣れない大きく豪華な仕様の馬車が横付けされていく。ルーイ家の親戚一同、そしてバルターク家、ウェイリー家の馬車が混在し、さながらそこは、王宮でパーティーが行われる日の城門前のような様相だった。


「すごい・・・あんなにたくさんの馬車!お互いの身内だけのパーティーって言っても、こんなに集まるんだね。」


 隣で窓の外を一緒に見ていたリアはたいして驚いた様子もなく頷いていた。


「そうね。うちの親戚だけでもかなりいるから。しかも向こうはバルターク家だけじゃなくウェイリー家も連れてきてる。ああ、イリスのお父様もいらっしゃるかもね。」

「そっか!そうだよね。ご挨拶きちんとしなくちゃ。」


 マイラがそう言うと、リアは急に真剣な眼差しをマイラに向けて肩を掴んだ。


「ねえマイラ、あなた本当にいいの?」

「え?」

「お兄様を諦めて、イリスと結婚するの?」

「・・・たぶん。」


 リアの言葉は責めているという風ではなかったが、どこか悲しみを含んだ声に感じた。


「もう少し、待ってあげることはできない?」

「無理だよ!セシーリア様はお許しにならないし、私もエリクスさんにはもっと相応しい人がいると思う。それに・・・もう、契約も済ませたの。」

「・・・そう。」


 リアはそれだけ言うと、肩からスッと手を離した。マイラはそれがとても寂しくて、無意識に自分の肩に手を当てていた。




 しばらくすると屋敷内はザワザワとした人の気配で満ちていった。明るい笑い声、ヒソヒソと話し合う声、人々が廊下を忙しなく歩く音。マイラは落ち着かなくてすぐには部屋を出られなかったが、リアがご挨拶に行きましょうと声をかけてくれたので、勇気を振り絞って部屋から出た。


 メイド達が次々に客人達を部屋に案内していく。町から少し離れた場所にあるこの屋敷には、とんでもない数の来客用の部屋があるため、今夜は全員ここに宿泊する予定となっているらしい。


 この後日が暮れ切る頃には、大広間にてパーティーが始まる。


(二人を見ていたくはないけど、お兄様のためだもん、頑張らなきゃ・・・)


 マイラはすれ違う客人達とリアと共に簡単な挨拶を交わしながら玄関付近に移動し、そこでエリクスと落ち合った。


「マイラ、こっちにおいで。」

「え、でも」

「私はいいから。あなたが妹なんだから、行ってきて。」

「はい。」


 手招きしているエリクスの元に向かうと、彼は優しく微笑みながらマイラの手を取った。


「今日は宜しく頼む。色々な人との挨拶があるが、基本的に学生生活の話なんかをしてくれればいいから。ああ、慈善活動の時の話でも構わない。無理はしなくていいから、ゆっくり過ごしていてくれ。」

「わかりました。」

「それから・・・イリス。」


 マイラはその言葉と共に険しい表情を見せたエリクスに驚き振り返った。するとそこには正装で姿勢良く立つイリスの姿があった。それに気付いた瞬間、エリクスから手を引き離され、マイラの右手はイリスの左手の中へと移動した。


「今夜はお招きいただきありがとうございます。そしてご婚約誠におめでとうございます。」

「・・・ええ、ありがとうございます。本日はどうぞ、ゆっくりとお過ごしください。」


 澱みないやりとりと笑顔とは裏腹に、二人が醸し出すぎこちなくピリピリとした空気は、マイラの胃をキリキリと痛めた。


「あの、イリス?」

「マイラ、今日は一日あなたをエスコートさせてください。もちろん妹さんとしての挨拶などを終えてからで結構です。」

「う、うん。」

「ではエリクス様、また後ほど。」

「ええ。」


 マイラにいつも以上の優しい笑顔を見せた後、彼は自室に戻っていく。するとそれを見届けたエリクスが、再びマイラの手を掴んだ。


「お兄様!?」

「マイラ。」


 驚いて見上げたその顔には、今すぐにでも伝えたい何かが隠れているように見えた。だがその表情は、マイラの耳元を見た瞬間ふっと消えていった。


「イヤリング・・・」


 マイラは無意識に耳たぶに触れる。そこにはひんやりとした石の感触がある。


「あの・・・」

「俺はまだ何も諦めてはいない。マイラ、また後で大広間で会おう。」

「は、はい。」


 エリクスは青ざめた表情のままそこを立ち去り、マイラは近付いてきたリアと一緒に大広間の横にある談話室へと向かった。途中何人かの使用人達とすれ違ったが、男性はみな体つきががっしりとした人が多く、以前来た時には見かけなかった人も多くいた。


 談話室に入りリアがお茶を頼む。数分後、若く美しいメイドが現れ、マイラとリアの座る丸テーブルの上に温かいお茶をそっと置いた。


「まあ、美味しそうなクッキーも付けてくれたのね。気が利くわね。」


 リアが悪戯っぽく笑って言う。そのメイドは恭しく頭を下げてから答えた。


「はい、本日のお客様のお一人からいただいたクッキーでございます。大変有名な菓子店の限定品だとのことでございました。」

「そう。もしよかったらあなたも後で召し上がったら?」


 一瞬何を言われたのかわからないと言った顔をしたそのメイドは、ふと我に返るといえ滅相もございませんと言って急いで部屋を出ていった。


「もう、リアったら。」

「だって面白いんだもの。きっと食べたかったのよあの顔は。」


 面白がってケラケラと笑っている彼女に、緊張感は全くなかった。マイラもその様子に釣られて笑う。


「よかった。そうそうその調子!マイラは笑っているのが一番可愛らしいわ。緊張しなくていいの。笑顔で乗り切りましょ?」

「うん!」


 そして二人は目の前のお茶とクッキーでひとときの安らいだ時間を楽しんだ。


 この先は戦いの時間。マイラは手のひらに小さな光を生み出してから素早くそれを消し去る。


(大丈夫。みんながいる。落ち着いて、やるべきことをやろう)


 体は僅かに震えていたが、心の中にはもう何一つ迷いも、恐れも無かった。


 二人はお茶を綺麗に飲み干すと、笑顔で固い握手を交わし、談話室のドアを開けた。


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