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117. もう一度あの空を

 マイラは結局屋敷に戻った次の日から五日ほど、毎日同じ時間に兄との訓練を続けていた。


「ああ、惜しいね。今のは残念ながら氷では防げない。熱を帯びた金属の刃は一番危険な魔法の一つなんだ。状況にもよるが、マイラだったら以前やってくれたように二種類の壁を作ってみたらどうかな?」


 エリクスが先ほど発動したのは、驚くほど鋭く尖った金属のような質感の魔法だった。もちろん魔法で作り出したものなので、壁に刺さっていたはずのそれはエリクスが軽く手を振ると一瞬で消えていく。


「まだまだ発動に時間がかかっちゃいます。どうすればもっと速くなるのかなあ。」


 エリクスは悩めるマイラの横に立つと、そっと頭を撫でた。


「焦るな。以前より反応速度は格段に上がってきている。俺ほど素早く魔法を発動できる人間はそういない。だが何人もの魔法使い達を相手をしなければならない場面では、どうしても素早い反応と正しい防御が必要になる。もう少し家でも練習してみるといいよ。」

「はい。頑張ります。」


 マイラの素直な返事にエリクスは思わず微笑んでしまう。


「マイラは十分頑張ってる。心配するな。」

「・・・はい。」


 するとふと何かを思い出したかのように、エリクスはいつも持ち込んでいるあの大きなカバンの中身を確認し始めた。床に置いてあるため、しゃがみ込んでゴソゴソと何かを探している。


「お兄様、もしかしてまた変なものを出そうとしてるんですか?」


 マイラが嫌そうな顔で上から覗き込むと、エリクスはキョトンとした表情で振り返り、マイラを見上げた。


「何だ変なものって?ああ、仮面のことか?あれは変なものじゃないぞ。そうだ!それなら今度魔法練習に最適な手袋と帽子を」

「結構です!もう!」


 放っておけば次々と変なものを持ってきそうな兄を必死で止めて、マイラはもう一度彼の手元を覗き込んだ。するとその手には、見覚えのあるあの青いバングルが握られていた。


「マイラ、これと対になっているあのバングルは?」

「・・・部屋にしまってあります。」


「もう、身に着けてはくれないのか?」


 ぐっと言葉に詰まる。何も言えなくなってしまったマイラを見つめていたエリクスはスッと立ち上がり、マイラの細い手首を掴んだ。


「お兄様!?」

「もし身につけるのが嫌なら、せめて持ち歩いていて欲しい。それならどうだ?」


 掴まれた手首が熱い。マイラは顔の赤さに気付かれませんようにと祈りながら、首を横に振った。


「駄目なのか?どうして?」

「お、お兄様のことがき、嫌い、なんです。」


(ああ、もう!冷たくするってそういうことじゃないのに!でもどう答えたらいいかわからないよ・・・)


 エリクスはもう片方の手でマイラの耳に触れる。顔を少し覆っていた柔らかな髪を、そっと耳に掛けた。


 マイラはその感触と手の熱さがあまりにも心地良くて、もっと触れて欲しいと無意識に願っていた。まるでそれがわかっていたかのように、エリクスは親指でゆっくりとマイラの耳や首筋をなぞっていく。


 ゾクゾクする感覚が身体中を駆け巡り、マイラは耐えられずに手でそれを振り払った。


「い、いやっ!!」

「・・・決着がついたら、きちんと話そう。」

「え?」


 エリクスの消え入りそうな声が、マイラの耳に辛うじて届く。その脈絡の無い言葉の意味がわからず動揺していると、エリクスはバングルを自分の左手に嵌めた。


「俺の本当の試練はここからなんだ。」


 今度ははっきりと聞こえたその言葉とまっすぐにマイラを見つめるその青い瞳には、もう何も迷いなど無いように見えた。


「それって、どういう・・・」


 余計に混乱していく話についていけず、マイラは困惑の表情を見せる。エリクスはそれを可愛らしいなと思いながらも再び話題を変えた。


「それとマイラ、今日からしばらく訓練をお休みにして欲しい。やらなければいけない準備があるんだ。」

「準備、ですか?」

「ああ。それと絵はもうすぐ仕上がる。待っていて欲しい。」

「・・・わかりました。」


 柔らかな布に包んで箱の中にしまってあるあのバングルを思い出しながら、マイラはひたひたと近付いてくる終わりの足音を、心の中で確実に感じ取っていた。



 ― ― ― ― ―



 エリクスはマイラが帰った後の室内で、寂しさを感じながら自分の荷物を片付けていた。今後もう二度と、マイラとここで訓練をすることはないだろう。


(その代わり、マイラと一生を共にするために、今すべきことは全てやる!)


 全ての荷物を詰め終わると、バングルに目を向けてから立ち上がった。


 ここで二人で過ごした時間はそう多くは無かった。それでもちょっとした時間にふざけ合ったり、偶然の触れ合いを惜しんだり、真剣に互いの魔法をぶつけ合ったりできたことは、エリクスの忙しい日々の中に鮮やかな色を残していった。


(いつの間にかこんなにも好きになってたんだな・・・ずっと一緒にいたい、マイラ・・・)


 だからこそこれからの彼女との時間を削ってでも、望む未来を勝ち取るために、決めたことはやり遂げなければならない。



 やるべきことは細分化すれば山ほどあるが、大きく分けるなら三つある。


 一つ、ルーイ家で守り続けている魔法陣を絶対に流出させないこと。


 二つ、これから起こるであろう様々な出来事の後に、助け出された若者達を保護すること。


 三つ、メリーアンとその一族の罪を必ず明らかにし、確実に断罪される方向へ持っていくこと。



 魔法陣の方は父、母、そしてヨセフィーナと協力し合い、実際に実家である屋敷にも出向いてある程度の準備は整っている。


 若者達の保護に関しては、キーツ主導で働き口の確保や一時避難場所の準備などが進められている。彼らの精神の安定を図るために、医者にも数名協力依頼を済ませてある。



 そして最後の準備、それはメリーアンとの直接対決だ。


(調べれば調べるほど、彼女は俺の魔力量を持ってしても、そう簡単に太刀打ちできる相手じゃないのがわかる)


 彼女の魔力量はエリクスには及ばずともかなり多い方だ。そして何よりも、彼女は発動速度が異常に速い。しかもあまり魔力を使わなくても、いくつもの複合的な魔法を組み合わせて発動できるという強みがあるらしい。実戦にこれほど強い魔法使いはそういないだろう。


(ヨセフィーナさんの調査結果をちょっと聞いただけでも、絶対に敵に回したくない相手だな・・・)


 階段を降りながら今後やるべきことをもう一度頭の中で整理していく。


 マイラの準備は整った。あれだけの速度で防御魔法が発動できるならきっと問題はないだろう。それに魔法陣に関しては、よほど隙を突かれない限り彼女以上に安心な人など存在しない。


 後は、例のパーティーの準備を済ませるだけ。


 両家の親族のみを集めたパーティーを開き、内輪だけで彼女を婚約者としてお披露目する。メリーアンからのたっての希望で決まった小さなパーティーだが、その意味と役割は大きい。


 なぜならあのメリーアンが、欲しいものを目の前にして動かないわけがないからだ。そしてこちらの出方を窺っているのも間違いないだろう。


(逃せない大事な日、彼女が油断するような罠を張っておきたいが・・・)


 あれこれと策を練りつつ階段を降り、エリクスは大きなカバンを肩に載せてゆっくりと建物の外に出た。すでに暗くなり始めた空を見上げると、その雲の切れ間から小さな星が一つ、キラキラと輝きながら顔を覗かせている。


「マイラともう一度あの場所で、あの満点の星空が見たいな・・・」


 今は到底叶うはずのないその願いは、吐く息の白さに紛れてあっという間に消えていく。エリクスは空から視線を戻し、再び前を向いて歩き始めた。

 


 ― ― ― ― ―



「あの女・・・」


 クロヴィスはつい愚痴を口に出していたことに気付き、慌ててその続きの言葉を飲み込んだ。


(いつかあの女を出し抜いてやる)


 心の中で毒づきながらも、クロヴィスは先ほどのペンの動きを思い出して背筋が冷えるような感覚を覚えていた。


 あれほど素早く、何の躊躇いもなく移動魔法を使って攻撃できる人間はそういない。あれはいつでも俺を殺せるという牽制だったのだろう。


 実際、魔法陣に関しては技術も知識も彼女より遥か上だと自負しているが、こと通常魔法に関してはメリーアンの足元にも及ばない。


 よほど周到に準備をして彼女を罠に嵌め、油断したところで魔法陣を使って攻撃すればどうにかなるかもしれないが・・・


(そんな簡単にいくほどあの女は甘くはないだろう)


 だったら今はまだ大人しく指示に従っていた方がいい。従ってさえいれば金と環境とそれなりの地位がついてくるのだ。例えあんな小娘にいいように使われているのだとしても。


 クロヴィスはバルターク商会のドアを開け外に出ると、思っていた以上に冷え込んできた外気に体を震わせた。そして頬にビリビリと当たる冷たい風から身を守るように背を丸めると、足早に自分の屋敷へと戻っていった。


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