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115. 反撃の始まり

 カイルの家は素朴で温かみのある大きな家だった。古めかしい家具やふかふかの絨毯がマイラ達を優しく出迎えてくれ、さらに彼の元気な弟、妹達が熱烈な歓迎をしてくれた。


「うわあ!この中のどの人がカイルの恋人?みんなきれい!」

「こんにちは!今日は美味しいクッキーがあるよ!一緒に食べようよー!」


 カイルは困った顔で頭を掻いた後、ワクワクしている様子の二人を無理やりキッチンに押し込めると、マイラ達三人を自分の部屋に案内した。


「全くあいつら・・・うるさくてごめんな。」


 部屋に入ると、そこもまた愛情をたっぷり感じる温かみのある内装がマイラ達を待っていた。少し大きめのベッドに掛けられた手作りっぽいベッドカバー、歴史を感じる古い机と椅子には座り心地の良さそうなクッションや背もたれ、そして家族全員が描かれた小さな絵画が飾られていた。


「ううん。それにこの部屋も好き。いいね、カイルのご家族!」


 マイラがそう言うと、カイルはさらに照れくさそうに顔を赤くして笑った。その間ミコルはその古い机と椅子に夢中になり、ケイトはベッドカバーの刺繍をまじまじと見つめていた。



 一旦部屋を出たカイルがお茶と先ほど話題に上ったクッキーを持って戻ってくると、ミコルが早速話し始めた。


「今回の件は間違いなくマイラと私達への嫌がらせだと思う。強盗の件も結局全員捕まって、大した損害は無かったの。雇われて犯行に及んだみたいだけれど、雇い主は結局わからなかった。まあ嫌がらせにしては大掛かりだったけれど、メリーアンが命令してやらせたことに間違いはないと思うわ。」


 ケイトは腕を組んで怒りの表情を見せている。カイルは冷静にただ頷いてそれを聞いている。


「でも、この先もっと命に関わることを仕掛けてくる可能性は大いにあるわね。だからこっちも本格的に反撃に出ましょう?」


 ミコルは身を乗り出すようにそう話すと、ニコッと笑った。


「でも、いったい何をするつもりなの?」


 マイラは心配そうにそれに答える。するとミコルは黙ってカバンから何かの紙を取り出した。


「これはケリー商会で扱っている商品一覧。バルターク商会は魔法武器製造業、本来関わりは薄いのだけれど、この商品のうちいくつかはうちの商会からでないと手に入りにくいものなの。そしてこれらは全て、バルターク商会の商品と繋がっている。」

「え?じゃあバルターク商会は取引先の一つだったの?」


 ケイトの質問にミコルは頷いた。


「ええ。父は私に内緒にしていたみたい。仕事だからと割り切っていたけれど、あまり評判の良くない商会だから大っぴらに付き合いがあると知られたくはなかったのね。少なくとも娘には。」


 ミコルはどうやら自分の父に対してかなり怒っているようだ。だが今回の件を受けて彼女の父は仕事の内情も全て共有してくれたようで、説明をし終えると満足そうな笑顔を見せた。


「というわけで、こちらも対応を考えるわ。でも今すぐじゃない。追い込んで追い込んで、最後の切り札としてこれを使いたいの。そのためにもこれらの商品のルートをできるだけうちに集めておくようする。それはこちらでやっておくから任せてちょうだい。そしてみんなにはやってほしいことがあるの。」


 その真剣な眼差しに気付き、全員の視線がミコルの顔に集中した。


「カイル、ケイト、あなた達は今年誰よりも早く『消滅の光』を習得してちょうだい。そして魔法を発動する速度を限界まで高めておいて。イリス先生のお力も借りてね。」


 二人は目を見合わせるとすぐに頷いた。


「それと並行してケイトにはクラウスさんに連絡を取って欲しいの。」

「うっ、ミコル、私にクラウスさんに会えって言うの?」


 ケイトの渋い顔にミコルは悪戯っぽく微笑みを返す。


「ウィルかスヴェンに付き添ってもらうといいわ。ケイト、あなたももうクラウスさんを卒業したいんでしょう?どうせなら徹底的に協力してもらって・・・と言うより思いっきり利用して、気持ちよく忘れてしまったら?」

「むむむ。仕方ない、腹を括るか!」


 カイルがクッキーを頬張りながら笑って二人の話を聞いている。だが次のミコルの言葉で今度はカイルが慌てだした。


「そして、カイルは幻の特別討伐隊を死ぬ気で探してきてちょうだい。」

「ぶほっ、ごほっ!は、はああ!?何無茶言ってるんだよ!幻だぞ?いるかどうかもわからないし、第一見つけたところで俺に何ができるって言うんだよ!?」


 クッキーで喉を詰まらせそうになりながら、カイルは必死でそう答えた。だがミコルは諦めない。


「私知っているのよ?あなたのお父様が実は軍のかなり上層部の方だって。」

「!!・・・ケリー商会はそんなことも把握してるのか?」

「ふふふ。単にあなたのお父様と私の父が古い付き合いがあるというだけのこと。今回の事件の話し合いの中でそれも教えてもらったのよ。」


 カイルはお茶を飲み干して一息つくと、髪をわしゃわしゃと掻き乱しながら言いにくそうに口を開いた。


「頼むからそのことはここ以外では言わないでくれよ?・・・わかった。父に頼み込んで探してもらう。まあ、知っているけど俺には教えてくれていないだけかもしれないけど。でも見つけたとしても何もできないかもしれないぞ?」

「いいのよ。このままではどちらにしろ彼らが担ぎ出されるのは時間の問題。だったら早めに彼らに登場してもらって、私達に降りかかるかもしれない被害を最小限に食い止めたいのよ。」


 ミコルの『被害』という重い言葉に三人は黙りこむ。メリーアンなら今後どんなことをしでかしてもおかしくはない。だがマイラはふとあることが気になってミコルに話しかけた。


「ねえ、でもこの件ってヨセフィーナ様もきっと調べたり関わったりしているよね?勝手に私達だけで動いていいものかな?」


 それはミコルも悩んでいたことだったらしい。彼女はゆっくりと首を振ると、少しの間を置いてから再び話し始めた。


「きちんと話をした方がいいのはわかっているわ。でももし私達のしようとしていることが彼らの動きを邪魔することになるなら、それを知られた時点で私達は身動きが取れなくなるわ。あの人達が望む結末と私達が守りたいものが違えば、ただマイラが犠牲になるだけ。」


 重苦しい空気が流れ、全員が俯いていく。


 その空気を打ち破ったのは、ケイトだった。


「いいじゃない。こっそり動きましょ?バレたらバレたで仕方ないわよ。もうあんな人の好きなようにさせてなんかいられないし!」


 腰に手を当てて鼻息も荒くそう話すケイトに、三人は思わず噴きだしてしまった。


「あははは!ケイト、すごいやる気!」

「何だよ!深刻な空気がどっかいっちゃっただろ?」

「ふふふ、ケイトらしいわね。じゃあこれで決定ね。マイラは引き続きお兄様との訓練、頑張っておくのよ。」

「はい、頑張ります。」


 不安は残る。だが四人はやるべきことを明確にしたことで、前向きな気持ちをそれぞれが取り戻していた。


(お兄様との契約を終えるまで後一年。みんなもお兄様も、恐ろしい人達から守り切ってみせる!)


 マイラは目の前の美味しそうなクッキーを手に取ると、勢いよく口の中に放り込んだ。




 帰宅後、マイラは唐突に自分の荷物を整理し始めた。ガサガサと服や勉強道具などを大きなカバンに詰め込んでいく。


 すると、ノックをして部屋に入ってきたイリスが驚いて駆け寄り、マイラの手を掴んだ。


「マイラ、いったい何をしているの?」

「えっと、エリクスさんの屋敷にそろそろ戻ろうかなと思って。」


 目が泳ぐマイラを見て、イリスはマイラの手を強く引き寄せ、ぎゅうぎゅうと締め付けるように抱きしめた。


「く、苦しいよ、イリス・・・」

「怖いんだ、マイラ。」

「え?」


 イリスの腕の力が僅かに弱まった。


「マイラが俺の元からいなくなってしまうのが、本当に怖いんだ。」


 マイラは返す言葉が見つからず、ただイリスの腕の中で唇を噛む。彼の大きな手が、マイラの首筋を支えるように優しく触れていく。そしてひんやりとしたその手が、マイラの心を少しだけ落ち着かせてくれた。


「・・・私、いなくならないよ?」

「わかってる。契約だってしたことも理解している。それでも、いつまでもこの恐れだけは俺の中から消えていかないんだ。」

「イリス・・・」


 イリスの手がゆっくりとマイラの肩の方へと移動し、少し体が離れる。そしてマイラは、ようやく彼の顔を見ることができた。その瞳には、信じたい気持ちと疑う気持ちが交互に表れているように思えた。


(私がエリクスさんのことを諦めきれないから、イリスを傷付けてしまってるんだ)


 マイラはイリスの目をしっかりと見つめながら言った。


「一緒に、エリクスさんの屋敷に戻ってくれる?」

「・・・マイラがそう望むなら。」

「イリス。」

「うん?」


 マイラは握りしめていた手を開き、イリスの頬にそっと触れる。微かに震えているのがわかり、マイラはイリスの脆さと自分への強い想いを改めて思い知る。


「好きだよ。約束は守る。ずっと、イリスの側にいる。」

「マイラ・・・!!」


 イリスの目が大きく開き、いつになく乱れた髪が揺れた。


 その瞬間、マイラの唇はイリスの柔らかなそれに覆い隠され、全て奪われていった。


 マイラは自分の中に押し込んでいたエリクスへの想いをさらに奥へと追いやって、その熱烈な彼の愛情の中にひたすら身を委ねていった。


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