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113. 奪われていく恐怖

 翌日からマイラは学校帰りにヨセフィーナが用意してくれた場所に通い、エリクスの指導の元、素早く必要な魔法を発動する練習、そして『消滅の光』の威力を高めていく練習を続けていくこととなった。


 週末だけはミコルやケイト達との練習も継続したが、平日は毎日のようにエリクスとの時間を過ごしていく。



「マイラ、今のはよかった!速さもだが威力も悪くない。じゃあ後半は『消滅の光』を練習しよう。」

「はい。って、え?何してるんですか!?」


 エリクスは急にマイラの前に立つと、右手を握りしめた。


「これまでは俺の光を見せて真似してもらうだけだったが、今日はマイラの目の前で力を発動する。それと俺の中を流れていく光の感覚を、実際にこの左手から感じ取って欲しい。」

「あの、でも」

「手を握るのは嫌?俺のことをもっと意識してしまうから?」


 マイラはその言葉に真っ赤になり、手を振り解こうともがいた。だがきつく絡まった指はマイラを決して逃してはくれなかった。


「お兄様、揶揄わないでください!」

「揶揄ってなんかないよ。まあ、とにかくやってみよう。」


 余裕の笑みを浮かべたエリクスは、左手でマイラの右手をしっかりと握りしめてから自分の右手を動かした。徐々にその手に光が生まれ、マイラの目の前で青白く輝きを増していく。


(イリスが見せてくれたものとは桁違いに強い光・・・お兄様の青みたいに清々しくて美しい・・・)


 そしてマイラも無意識に左手を前にかざす。不思議と今ならできる気がして、マイラは目を瞑って今見た光を思い出した。


 その瞬間、瞼の外側が急に眩しさを増し、マイラは驚いて目を開けた。


「マイラ、できてる!」

「すごい・・・こんなに強い光、初めて!!」


 マイラの左手を包み込むように生まれた光は、エリクスの光に負けないほど強く光り輝いていた。そして互いの光が交わるとそこに新たな色の光が生まれる。


「お兄様、見てください!綺麗な色!!」

「これはすごいな。初めて見た。俺と同じくらい光を出し続けられる人はいなかったから、こんな現象が起きるなんて知らなかったよ。」


 青だけではなくごく薄い暖色系の光も混ざり、部屋の中には温かく優しい光が満ちていく。


 そして二人は同時に、ゆっくりとその光を消していった。


 エリクスは光が完全に消えると、マイラに微笑みかけた。


「おめでとう。これで『消滅の光』の方は問題ないよ。」

「は、はい。ありがとうございました!」

「でも訓練はもう少し続けよう。魔法の発動に関してはまだまだ練習が必要だと思うから。」

「あの・・・お兄様。」


 マイラは握られていた手をそっと外していく。意を決して顔を上げ、まっすぐエリクスを見つめて言った。


「もう十分です。これ以上お兄様に負担はかけられません。もうあと数日で休みに入りますし、ここからはイリスやミコル達と練習します。」


 エリクスの表情が少し強張る。膝の上に置いてあった彼の右手がスッとマイラの頬に伸びた。


「マイラ」


 突然のことにマイラは動揺し、その手の熱さに驚いてビクッと体を揺らした。逃げたいのか逃げたくないのか、もう自分でもよくわからない。


「離して・・・」


 目をぎゅっと瞑り、振り絞るように出した声は僅かに震えている。エリクスは親指で優しくマイラの頬をなぞると、惜しむようにゆっくりと手を離した。


「訓練はやめない。明日も来なさい。待ってる。」


 エリクスはそれだけ言うと、目を瞑ったままのマイラを置いて部屋を出ていった。




 マイラは次の日、ぼんやりとした思考のまま学校へと向かった。しかしそんな状態が一瞬で吹き飛んでしまうような出来事が、その日マイラを待ち受けていた。


「マイラ!大変よ!!」

「ケイト、どうしたの?」


 真っ青な顔をしたケイトが、教室に入るなりマイラに飛びついてきた。驚いて彼女の肩を押さえ椅子に座らせると、ケイトは小さな声でマイラに話し始めた。


「ミコルの店に昨日強盗が入ったって。しかも何軒も!この町以外でも襲撃があったみたいで、ミコルは今日学校を休んでるの!」

「ええ!?そんな・・・」


 ミコルの商会は様々な商品を取り扱っているため、その商品の種類によって店舗を分けており、この町だけでも四つほど店があると聞いている。もちろん他の町にもいくつも店を出しているらしく、かなり手広く商売をしているのは知っていた。


(それがまさか、一日のうちに何店舗も襲撃されるだなんて・・・)


 ミコルの気持ちを思うと胸が痛む。だがマイラはもう一つ気になることがあった。


「ねえ、ケイト。一日のうちで同時に強盗に入るなんて、やっぱりおかしいよね?」

「マイラもそう思う?そうだよね。ミコルの家に恨みを持つ人の犯行かな。」


 それだけではない、とマイラは思う。これだけ広範囲に、しかも組織的に人を動かせるとなれば、それなりに力を持つ人間でなければ無理だろう。


「ケイト、これってもしかして、私のせいかな?」


 ケイトが黙って目を見開く。


「もしかしたら、あの人が私を困らせるためにやったんじゃないかって、思ってる。」

「あの人って、メリーアン・バルタークのこと?」


 マイラは深く頷き、俯いた。ケイトが慰めるように背中を優しく撫でる。


「きっと違うわよ!もしそうだとしても全部向こうが悪いの!マイラに罪があるわけじゃないわ。ほら、今日はしっかり勉強して、帰りにミコルの様子を見に行ってみましょ?」

「うん・・・」


 そうして二人は学校が終わるとすぐに、ミコルの家へと向かった。



 だがそこでマイラは、もう一つ嫌な出来事と遭遇してしまうことになる。


「あ、ねえ、あれってもしかしてメリーアン・バルタークじゃない!?」

「嘘・・・どうしてここに?」


 マイラは息苦しくなるのを感じ、立ち止まった。そこはミコルの家の少し手前にある小さな古書店で、まだ本格的に家業の手伝いはしていないミコルが唯一業務に関われるのだと教えてくれたケリー商会の店の一つだった。


 二人がその店に近付いていくと、メリーアンともう一人、大柄な男性が立って話をしているのが見えた。見覚えがあるなと思っていると、ケイトが息を呑む音が聞こえてマイラは振り返った。


「ケイト?」

「あれ、クラウスさんだ・・・」

「ああ!そっか、学園祭の時に見た人だ!でも何だか様子がおかしいね。」


 ケイトの横顔に目をやると、彼女はすっかり青ざめて二人の様子を見つめていた。それもそのはず、クラウスは明らかにメリーアンに心を奪われている様子で、その手を取って何やら話しこんでいる。


「まあ、マイラさん。あとそちらはお友達の方かしら?こんなところでどうなさったの?」


 マイラとケイトの存在に気付いたメリーアンが、驚くほど優しい笑顔で自然に話しかけてきた。そんな彼女を穴が開くほどじっと見つめているクラウスは、すっかり彼女の虜になっているようだった。


「メリーアン様、ご無沙汰しております。こちらの店のミコル・ケリーさんは私達の友達なんです。今日彼女が学校をお休みしていたので様子を見に来ました。」


 マイラは折れそうな心を奮い立たせてメリーアンの質問に答えていく。ケイトは目の前の光景をもう見ていられないのか、マイラの後ろで顔を背けて立っていた。


「まあ、そうだったの。私はちょうどこのお店に立ち寄ろうとしていたら、強盗に入られたとこちらの方にお聞きして驚いていたところですの。とっても親切な方で、怖い気持ちも吹き飛びましたわ。」


 話の途中で彼女はマイラからクラウスに視線を移して微笑んだ。クラウスはその言葉に感動したのか、頬を赤らめて首を振った。


「そんな!こんな美しい方にそんな風に言っていただけるとは・・・もう危険はありませんが、一応事件現場ですので今は入ることはできません。ですが私がお手伝いできることがあれば何なりと仰ってください!」


 気合いの入ったクラウスの答えに、メリーアンが柔らかな笑顔を見せた。そしてその細い指先がクラウスの腕にそっと触れる。


「お優しい方、兵士の方が皆さんあなたのように素敵な方なら怖くないのですけれど・・・。ではそろそろ失礼いたします。マイラさん、またお会いしましょうね。」

「・・・はい。」


 メリーアンが最後にマイラにだけ見せた表情は、かなり挑戦的なものだった。そして彼女は近くにあった馬車に乗り込み、その場に嫌な空気だけ残して去っていく。


「ケイト・・・大丈夫?」

「う、うん。」


 クラウスは目の前に幼馴染であるケイトがいることにすら気付いていなかった。メリーアンが乗った馬車をぼんやりと見つめ、遠ざかっていくのを惜しむようにため息をついている。


 マイラはこれはもうどうにもならないと判断し、落ち込みまくるケイトの肩を抱いて彼の目の前を通り過ぎてミコルの家へと向かった。


 その後二人は暗い雰囲気のままミコルの家を訪ねてみたが、家には誰もいないと言われ、彼女と会うことを諦めた。


 すっかり意気消沈してしまったケイトにマイラは何と声をかけていいかわからず、結局迎えに来てくれたイリスに伴われてケイトを家に帰した後、マイラはエリクスの待つ訓練場所へと暗い気持ちで向かっていった。




 翌日、ケイトもミコルも学校を休んだ。ウィルとスヴェンは調査科二年生恒例の合宿に参加して不在だった。


 マイラは長い一日を一人で淡々と過ごし、カイルと実技演習を終えて教室に帰ろうと声をかけられた時には、少しほっとした気持ちになっていた。


「ミコルもケイトも、大変だったんだな。」


 教室に戻るまでの間に前日あったことをカイルに話すと、彼は心配そうにそう言ってマイラの横で立ち止まった。マイラも釣られて立ち止まり、廊下の窓から外を眺める。


「うん。ミコルは事件後のゴタゴタで大変だろうし、ケイトは好きな人のあんな姿を見ちゃったら、そりゃあ落ち込むよね。」

「あー、だろうな。」


 カイルが意味ありげにチラッとマイラを見る。それに気付いたマイラはポンと軽く彼の腕を叩いた。


「もう!そんな目で見ないで!とにかく、スヴェンとウィルが帰ってきたら一度みんなで会おう?何だかすごく不安なの。」


 マイラがため息をつきながらそう話すと、カイルが「あ!」と大きな声を出して顔を上げた。


「何?どうしたの?」

「なあ、これってマイラから俺達を引き離そうとしてるんじゃないか?」

「え?どういうこと?」


 カイルは真剣な面持ちでマイラと向き合い、両方の肩をガシッと掴んだ。


「例の人がマイラの周りから味方を少しずつ減らしてる気がする。実は俺も一昨日、討伐隊の有名な方にお会いできる機会があると誘いを受けたんだ。少し離れた場所に住んでいるから数日泊まりになるけどいい機会だから会ってみたらどうかって父に勧められてさ。でもちょうどウィル達の合宿と被ってたし、学校でマイラと離れるのは心配だったから断ったんだよ。なあ、これっておかしくないか?」


 マイラは下を向いて考え込む。


「確かに偶然が重なりすぎてる気はする。それにもしカイルがいなかったら、今日私は丸一日一人で過ごすことになってたってことだよね。」

「そうだろ?これでもしイリスさんもマイラの側から離れちゃったら、今日何が起きてたかわからないよ。」

「・・・」


 カイルの話を聞き、マイラは自分がいかに危機感が薄かったかを思い知らされていた。そして今こうして一人、また一人と周りから味方がいなくなっていく状況の恐ろしさに、背筋が凍った。


「マイラ。俺はどこにも行かないから安心しろよ。今日はイリスさんの待ってる場所まで一緒に帰ろう。」

「うん。ありがとう。」


 彼の優しさに甘えてしまうことを心苦しく思いながらも、今日こうして一緒にいてくれたことをマイラは心から感謝していた。


 そして、もし自分の周りで起きているこの状況の全てをメリーアンが仕組んだものだとしても、絶対に負けるわけにはいかないと、心を奮い立たせていた。


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