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112. つかず離れず

「ど、どうして!?」

「マイラさん、落ち着いて。」

「でも!どうしてここに!?」

「あー、うん。そうなるよな。」


 マイラはプルプルと震えながら、目の前にいる人を指差しそうになるのを必死で堪えていた。


「お兄様、どうしてここに!?」


 目の前に先生として立っていたのは、エリクスだった。



 ― ― ― 



 数日前。


 マイラはヨセフィーナに、彼女の仕事場でもある特別な建物に連れてこられ、協力を要請された。


 マイラがこの町で関わった事件の数々が、実はこれから起こり得る大きな事件の序章に過ぎないかもしれないこと、そしてそれにディーンやメリーアンが何らかの形で関わっていることを知った。


 また、今後もメリーアンから何らかの攻撃を受ける可能性があること、いずれ確実な証拠を掴んだら彼らを捕らえるために戦闘になる可能性があることを伝えられ、その時にマイラがしっかりと役目を果たせるよう、ヨセフィーナが先生を用意すると約束してくれた。


 もしも今後彼らのアジトなどに踏み込まなければならなくなった時には、彼らが仕込んでいるであろう魔法陣を破壊するのがマイラの役目だ。だが当然それ以外の魔法攻撃を受ける可能性も十分ある。


(役目を果たすためにも、自分を守る術をきちんと身につけておかないと!)


 まだまだ力の弱い『消滅の光』もマイラの大きな課題となっている。


 だからこそこの日、ヨセフィーナから「いい先生を知っているのよ」と言われて楽しみにしていたのだが、まさかそれがエリクスだとは、彼を目の前にするまでマイラは全く予想もしていなかった。



 ― ― ―



「じゃあマイラさん、後は二人で頑張ってね。」

「あ、ヨセフィーナ様!?」


 バタン、と目の前でドアが閉まる。マイラは引き留めようと振り上げた手をゆっくりと下ろし、渋々後ろを振り返った。


「マイラ、久しぶり。」


 エリクスの顔をこうして間近で見るのは、あの公園での事件以来だった。彼はなぜか少し疲れた顔をしているように見える。


「お久しぶり、です。あの・・・きちんと食事はとっていますか?何だかすごく疲れてるみたい・・・」

「ははっ、そうかもな。マイラがいなくなってからあまり食欲がないんだ。忙しいのもあるが。」

「・・・」


 エリクスは一歩、また一歩とマイラに近付く。


「会いたかった。」

「お兄様、やめてください。今日は先生としていらしたんですよね?授業をしましょう。」


 マイラはエリクスを見つめたまま一歩後ろにさがった。


「マイラは?俺に会いたかった?」

「私はイリスと将来の約束をしました。契約も・・・したんです。」


 マイラは答えをはぐらかし、俯いた。会いたかったなどとは口が裂けても言えない。


 しばらく沈黙が続き、マイラは少し不安になって顔を上げる。すると悲しげな笑みを浮かべたエリクスと目が合った。


 その目に映るマイラへの想いは、とても気のせいだと言って自分を誤魔化せるようなものではなかった。それでもマイラは、それを見なかったことにするしかないのだ。


「そうか・・・。じゃあ、始めよう。」


 エリクスは一旦マイラから離れ、部屋の奥に置いてあった大きなカバンの中をゴソゴソ探り始めた。何をしているのか気になったマイラは、ドアの近くから部屋の真ん中辺りまで移動する。


「お、あったあった。さあマイラ、これを被って。」

「え・・・何ですか、これ?」


 エリクスが手渡してきたのは、大きなのっぺりとした顔を模った仮面だった。顔を当てる側は真っ黒に塗られており、目の部分に穴が空いていないので前は見えない。


「別にふざけているわけではないぞ。それは魔法練習用に幼い頃のリアが使っていた特殊な仮面なんだ。」


 マイラはへえと言ってまじまじとその仮面を眺める。


「マイラとは使う力は違うようだが、俺達も詠唱を短くするためにできるだけイメージを作り上げてから魔法を発動するようにしている。だがそれもある程度集中する訓練が必要になる。それで特殊な魔法がかけられたその仮面を使って、素早く集中した状態に入る感覚を掴んで欲しいと思って持ってきたんだ。」

「なるほど、わかりました。ちょっと恥ずかしいですけど使ってみます。」


 エリクスが微笑む。マイラの胸が小さく音を立てた。


「何なら俺も同じものを持ってきているから被ろうか?それなら恥ずかしくないだろう?」

「え!?むしろ二人で変な仮面を被ってるところを誰かに見られたら恥ずかしいのでやめてください!」

「あはははは!確かにそうだな!じゃあ、始めよう。」


 マイラは仕方なく手に持っていた仮面を被る。


 エリクスの顔が見えないのは良かったかもしれない。優しい微笑みも、その美しい顔立ちや髪の色も、できるだけ目に入れたくはなかった。もっと見ていたいと思う自分をこれ以上知りたくもなかった。


「お兄様、被りましたけどこの後どうしたら・・・って、え?」


 マイラの背中がふわっと温かくなる。どうやらエリクスの背中が軽く触れているらしい。マイラの顔は一瞬で熱くなり、仮面があって良かったと心底ほっとしていた。


「今、俺達は背中合わせで立っている。俺が今からいくつも小さな魔法を発動するから、マイラはその度に必要だと思う防御の魔法を発動してみてくれ。家具も片付けてもらったし、ここなら多少の無理もきく。」

「わかりました。気配だけで必要な魔法を素早く発動する、ってことですね。」

「そうだ。実戦ならそのタイミングが速ければ速いほどいいし、発動される瞬間の違いをこの機会に感じ取って欲しいんだ。」

「はい、やってみます。」


 エリクスは少しだけ背中を離すと、ほとんど聞こえない詠唱と共に早速魔法を発動した。マイラは氷の壁を作り、次は土の壁、風、水、小さな火と、感じたままに魔法を繰り出す。


 するとエリクスは魔法の発動を止めたのか、マイラの肩に軽く手を置いた。


 マイラは仮面を外す。


「スピードは悪くないが、まだどの魔法なのか掴みきれてない感じだな。しばらくはこの練習と、『消滅の光』の練習を半分ずつやってみよう。まあ今日は初めてだし時間があまり無いからここまでだな。次は明日。」

「・・・あの、お兄様」


 マイラが拒否することがわかっていたかのように、エリクスがその唇を指で軽く塞ぐ。


「ん!?」

「先生をやめて欲しいという話なら聞く気はない。俺以外にここまでの魔力を使ってマイラの底なしの練習に付き合える人間はいない。『消滅の光』に至っては、訓練した兵士でも一日二回が限界だ。そんな人に何を教えてもらうんだ?」


 エリクスの説得にマイラは黙りこんでしまう。


「でも・・・」

「それとも俺と一緒にいられないほど、俺のことが好き?」

「なっ!?」


 マイラが顔を真っ赤にしたのを見て、エリクスは柔らかく微笑んだ。


「さて、じゃあ今日は以上だ。これから毎日ここに来て練習しよう。いつ何があっても身を守れるように、一日も早くマイラに力をつけてほしい。」


 エリクスはマイラの手から仮面を受け取る。少しだけ手に触れたその温もりが、再びマイラの頬を赤くする。


(どうしようどうしよう、なんでこんなにドキドキするの?それにこれから毎日会わなきゃいけないなんて・・・無理!!)


 エリクスは動揺しているマイラを横目に素早く片付けを済ませると、大きなカバンを手にマイラを外へと促した。


「帰ろう。・・・外でイリスが待っているんだろう?」


 その声から微かに彼の切ない想いを感じる。何気なく見上げたエリクスの顔には、同じ想いを抱えて自分を見つめている青い瞳があった。


「はい。イリスが、待っています。」

「・・・」


 マイラは目を逸らし、前へと進む。触れそうで触れられない大切な人への想いを胸の奥へと押し込んで、エリクスを置いて一人、目の前の階段を駆け降りていった。



「イリス!」


 マイラは訓練を終えた建物から出ると、外で待機していたイリスに駆け寄っていった。彼は優しい笑顔でマイラを待っている。


「マイラお疲れさま。それにしても調査隊の訓練所の一つを貸してくれるなんてすごいね。新しい先生はどうだった?」

「あの、それが・・・」


 マイラが言いにくそうに口籠もると、今マイラが出てきたドアが開き、イリスの動きが止まった。


「マイラ、まさか先生って」

「イリス、久しぶりだな。」


 マイラの目の前で、二人の男達が睨み合う。


(もっと早くここから離れておけばよかった。ううん、結局イリスに隠し事なんてできるわけなかったかも・・・)


「あの、お兄様、ありがとうございました。とにかく今日は疲れたので帰ります。」

「待ってマイラ。」


 エリクスが声だけでマイラを引き留めた。イリスがマイラの前に立ち、近付けないように立ちはだかる。


「エリクス様、私がお伺いします。」

「・・・マイラ、その場所でいいから聞いてくれ。そろそろ家に帰ってこないか?あまり長期間妹が離れた場所で暮らしていると、そろそろ周りから変に思われてしまう。」


 エリクスとの契約はあと一年と少し。


 マイラもそれに関してはどうしようか心が揺れているところではあった。今の状態では、エリクスとの約束を果たしていることにはならない。


 イリスが心配そうにマイラを見守っている。彼の後ろに立ったまま、マイラは重い口を開いた。


「次の休みを終えたら、一度帰ります。あと一年約束を守るために、戻ります。」

「マイラ、いいのかい?」

「うん。イリスも一緒に来てくれる?」

「当たり前だ。必ず一緒にいる。」


 エリクスはそれを聞きしばらく無言で立っていたが、マイラが気になってチラッとイリスの後ろから様子を窺うと、パチっと目が合ってしまった。


(わっ、目が合っちゃった!)


 ドキドキしながら再び後ろに隠れると、エリクスは「待ってる」とだけ言い残してその場を離れていった。



 「待ってる」の言葉だけで、マイラの心に色が溢れていく。もう一度あの日のように彼のアトリエでふざけ合う時間が過ごせたら・・・


 だがそのイメージは、イリスの一言で一瞬にして頭の中からかき消えてしまった。


「マイラ、エリクス様はメリーアンとの婚約話をかなり前向きに進めている。次の花の季節が終わる頃には、彼女を親戚達に紹介するパーティーを開くと父から聞かされたよ。」

「あ・・・そうなんだ。うん。そっか。」


 心が黒々とした何かで支配されそうになるのをぐっと堪えて前を向く。


「イリス、何だか疲れちゃった。帰ろう?」


 ゆっくりと差し出されたマイラの手を、イリスの少し冷たい手が包み込む。


「帰ろう。マイラ、愛してる。」

「・・・うん。」


 結局、マイラはまだ一度もイリスに「愛している」と返せてはいなかった。そしてそれはマイラが無意識に守り続けていた、最後の砦でもあった。


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