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109. 反撃の時

「お兄様・・・」


 マイラの掠れた声がエリクスの笑顔をさらに優しいものに変えていく。そして彼は再び前を向くと、手を一度下ろしてから何かを唱え始めた。


 いつもならたいていの魔法はほとんど詠唱いらずで発動する彼が、珍しく長い何かを唱えている。


 そして言葉を紡ぎ出していくにつれ、エリクスの周囲に大量の魔力が溢れでていくことにマイラは気が付いた。


(すごい、こんなに強い魔力、今まで感じたことがない!)


 イリスもまたその異様な雰囲気に何かを感じたのか、体を起こしてエリクスの様子を見守っている。



 エリクスは詠唱を終えると、手を上に上げ、前を向いたまま言った。


「マイラ、イリス。目を瞑っていてくれ。」

「は、はい!」

「・・・」


 慌てて目をぎゅっと閉じると、同時に何か衝撃波のようなものが、エリクスがいる方向からマイラにぶつかってくるのを感じた。そして目を瞑っていても、途轍もない光量が辺りを覆っているのがわかる。


 それは音もなく、実際には衝撃を体で感じたわけでもなかった。だが何かよくわからない力が爽やかな風のように体の中を通り抜けていく、そんな不思議な感覚をマイラは全身で感じていた。


「もう目を開けていいよ。」


 その声に反応しパッと目を開く。だが目の前に広がっていたのは、マイラにお礼を言わせることも忘れさせてしまうほどの驚きの光景だった。


 先ほどまでマイラとイリス、そして三人の男達しかいなかったはずの公園の中に、襲ってきた三人の男達以外の何人もの若い男性が倒れていたのだ。


 彼らは公園内の木々や小さな建物の後ろから飛び出るように倒れていた。その状況から、おそらく気付かれないよう物陰に隠れてマイラ達を待ち構えていたのだろうと推測できた。


「あの人達はいったいどうして・・・」

「さっき放ったのは消滅の光を強くしたものなんだ。かなり強い力だから、『灰色の悪魔』に変異しかけている人にも影響がある。きっと今倒れているほぼ全員が、すでにそういう状態だったんだろう。・・・だがあのベンチに座っている男だけは違う。彼にだけ別の魔法をかけたからね。」


 マイラはエリクスが指差した場所に目を向けた。イリスはすでにマイラの横に立ち、同じ方向を見つめている。


 そのベンチから崩れ落ちるようにして倒れていたのは細身の中年男性で、その手には先の尖った独特の形状の杖が握られていた。


「おそらくあの男が指示を出していたんだろう。いや、もっと悪いか・・・」

「え?」


 マイラは、硬い表情で独り言のようにそう話すエリクスの顔をじっと見つめる。彼はきっと何か事情を知っているのだろう。だがマイラにそれ以上説明するつもりは無いようだった。



 エリクスはベンチの男の側まで近付き、彼の杖を奪って何かを口ずさみ、それを一瞬で粉々にしてしまった。そして見たこともない金属っぽい質感の紐を魔法で生み出すと、気を失っているその男をぐるぐる巻きにしてベンチに括り付けた。


「お兄様、あの、ありがとうございました!」


 少し冷静さを取り戻したマイラはエリクスの元に駆け寄り、ようやく感謝の気持ちを伝えた。だがエリクスは目を合わせようとはせず、マイラに背を向けるようにして一歩離れた。


「・・・いや。マイラが無事ならそれでいい。イリスが怪我をしているようだ。早く病院に連れていってあげなさい。」

「え、あ、はい。」


 僅かに見えるエリクスの横顔に、先ほど見せてくれたあの優しい笑顔はもうなかった。


(避けられてる?嫌われた?ううん、そうじゃない。私が選んだんだよね。私がイリスを選んだから。だから・・・仕方ないことなんだ。でも、それがすごく苦しい・・・)


 ショックを受けたマイラもまた兄に背を向けると、悲しそうな表情のイリスを連れて公園を出ていった。



「マイラ」

「・・・」

「マイラ?」

「えっと、病院どこだっけ?あ、あっちの通りだったかな?」

「マイラ!」


 少し後ろを歩いていたイリスがマイラの肩を掴む。マイラは渋々立ち止まった。


「早く病院に行かないと。」

「大丈夫、かすり傷だから。それより、きちんと話をしよう。」


 イリスは肩を掴んだままマイラを自分の方に振り向かせると、軽く膝を屈めた。嫌でも彼と目線が合う。額の血はいつの間に拭き取ったのだろうか、もうどこにも見当たらなかった。


「何を話すの?」

「マイラ、エリクス様のこと、忘れられない?」

「・・・」

「それでも、俺を選んでくれるの?」

「・・・うん。」


 よく見るとイリスのコートは雪と泥で汚れている。自分を必死で庇ってくれたんだと、マイラは改めて先ほどの出来事を思い出す。申し訳なさでつい俯いてしまう。


「俺はあの人のようには君を守れなかった。それでも、俺を命を賭けて守ろうとしてくれた君を、本当にもう手放すことはできない。それでもいい?」


 マイラはその声に何か重いものを感じ、ハッとして顔を上げた。


(今、私は最後の決断を迫られているのかな?)


 イリスの真剣な表情が、マイラの言葉を待っている。


「イリス、私・・・」

「迷っているんだね。」

「そんなことない!」

「じゃあ、いいんだね?」


 イリスが肩から手を離すと、何かを小さく呟く。するとマイラの目の前に、見たことのある細く光る紐が現れた。


「これって、契約の・・・」


 それはエリクスと契約を結んだ時の、あの魔法だった。


「そう。今ここで誓って欲しい。エリクス様との契約期間を終えたら俺達は本当の恋人になると。そして一生、俺と生きると。」


 光る紐がマイラの手の上に降り立つ。ここで自分が覚悟を決めれば、その指に絡みついた光が契約を結ぶ。


 だがその光が目に入った瞬間、思わず動揺して一歩後ろにさがってしまった。だがイリスは、マイラの揺らいだ決意をもう後戻りさせることはなかった。


「契約を。」

「待っ・・・」


 二人の薬指に絡みついた光の紐が、さらに光を強めた後、スウっと消えていく。


 誓いの言葉を何も交わさないまま契約が終わってしまったことに愕然としていると、イリスが静かな声で言った。


「ごめん、マイラ。騙し討ちみたいな真似をしたことは心から謝る。でも、君はもう俺に約束してくれたよね?契約ではなかったけれど、君自身の言葉で。」

「それは、うん。」


 イリスは気付いていたのだ。エリクスへの気持ちがもうどうにもならないほど強くなっていることを。


「だから強行させてもらった。かなり強引な手法を使ったのは本当に申し訳ないと思ってる。でもあの約束が破られることがあれば、俺はもう生きてはいけない!」

「イリス・・・」


 彼の冷え切った手がマイラの手首を強く掴んだ。


「だから契約にしたんだ。もうこれで俺達は名実共に離れられない関係になった。マイラ、絶対に、後悔はさせないから。」


 後悔、という言葉が胸に突き刺さる。それでもマイラはもう、自分の約束からは逃れられないということをはっきりと理解した。


「うん。」


 そして二人は病院に行くのはやめて、遅刻となってしまった学校への道をゆっくりと歩き始めた。



 ― ― ― ― ―



 マイラがイリスを連れて公園を出て行ったのを確認すると、エリクスは気が付かないうちに止めていた息を大きく吐き出した。


「はあ・・・」

「エリクスさん。」


 その時突然声をかけられ、エリクスは驚いて今度は思いっきり息を吸い込み咽せてしまった。


「ゴホッ!ヨセフィーナさん?」


 そこにいたのは、調査隊の新人の制服に身を包んだヨセフィーナだった。


「ふふ、なぜ今更驚いているんです?さっきまでご一緒していましたのに。ああそれとも、何か感傷に浸っていらっしゃったからかしら?」


 悪戯っぽい視線が戸惑う彼を見つめている。だがその挑発には乗らないことに決めて、エリクスは咳払いで答えを濁した。


「コホ・・・それよりあのベンチの男、何者ですか?何かよからぬ魔法陣を使っていたようですが。」


 ヨセフィーナは近寄ってきた仲間達にいくつか指示を出した後、エリクスの疑問に答えた。


「彼は私達が追っている男の部下の一人です。信奉者の一人、と言った方がいいかしら。ディーン・ジェックスのようにね。」

「ディーン・・・」


 ヨセフィーナは暗い表情に変わったエリクスをチラッと見た後、話を続けた。


「魔法陣の解析をしてみないとはっきりとしたことはわからないけれど、あれは彼らを操るための魔法陣だったのではないかと踏んでいるわ。」

「操るって、まさか!?」

「落ち着いて。あなたの家のアレとは比べ物にならないわ。きっと例の男が自分の力を試すために作ってみたんでしょう。でもきっと思ったような効果は出なかったのね。」


 エリクスは唇を噛んだ。


 あんな恐ろしい魔法陣に似ているものを、小さいとは言え一人の力で再現できるだけの実力者がいる、しかも彼はメリーアンの関係者らしい。


 怒りと不安が頂点に達する。


「ヨセフィーナさん、もう全ての事情を話してくれませんか?マイラに危害を加えようとした奴らを、このまま放置するわけにはいかない!」


 そう叫ぶと同時に辺りに溢れ出したエリクスの魔力が、近くで忙しなく働いていた兵士達数名の意識を一瞬にして奪った。


「うわあっ!?」

「おい、しっかりしろ!!」

「おい、こっちも倒れたぞ!?」


 その光景を横目で見ていたヨセフィーナはため息をついてからエリクスを宥めた。


「あらあら。落ち着いてくださいな、エリクスさん。」


 ヨセフィーナが魔力遮断魔法を小さく発動し、周囲は少しずつ穏やかさを取り戻す。エリクスはその間に呼吸を整え、無理やり昂った気持ちを落ち着かせていた。


「アレがどこに隠されているか、もう確認はしてあります。このままいけばメリーアンとの婚約話はどんどん進み、彼女は容易に向こうの屋敷に入れるようになる。守りは固めておきましたが、俺にはあんな魔法陣よりも守らなければならないものがあるんです。このままでは彼女を失ってしまう!!」


 詰め寄るエリクスを、ヨセフィーナは笑顔で受けとめた。


「お気持ちはよくわかりました。でもあと一歩なの。私達の計画は順調に進んでいる。これがうまくいけば狙っている獲物を一網打尽にできるの。」

「その計画のせいでマイラが犠牲になってもいいと?」


 辺りに再び不穏な魔力の気配が漂い始める。


「ほらまた!落ち着いて。そんなことは言っていないわ。でもここであなたが踏みとどまらなければ全て終わるの。・・・守ってあげたいんでしょう?彼女を。じゃああなたが直接見守ってあげたら?それに、あの子を彼に取られてしまったままでいいの?」

「・・・この状況で俺にどうしろと?」


 エリクスが恨めしそうにヨセフィーナを睨む。メリーアンとの婚約話を進めているのは両親の指示だが、そこに全ての事情を知っているヨセフィーナが噛んでいないはずがない。


 彼女は苦々しい顔をしたエリクスを見て苦笑しながら答えた。


「それもそうね。わかったわ。それならばこちらも、計画を最終段階に進めましょうか。でもこれからあなたは時間的にも精神的にもきつくなるわよ?覚悟はいいかしら?」

「覚悟?何を今さら。」


 二人は互いにしばらく見つめ合った後、どちらからともなく笑みを浮かべ硬い握手を交わす。


 それは、反撃の狼煙が上がった瞬間だった。


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