102. 友情そして選択の時
部屋に戻ったマイラは二人に心配をかけないよう、いつも通りの笑顔で遅くなったことを詫びてソファーに座った。だが先ほどよりも明らかに元気が無い様子を不審に思った二人は、マイラを挟むようにソファーに腰掛けると怖い顔で尋問を始めていった。
「ちょっとマイラ!その顔色はどういうこと?さっきのあの女の人に会ってからおかしいわよ?さあ何があったか話してみなさい!」
「そうだぞマイラ!俺達はもうとっくに友達だろ?マイラはそれでなくても全部一人で抱えこんで、俺達にちっとも頼ろうとしないじゃないか。頼りないかもしれないけど、たまには俺達のことも頼ってくれよ!」
マイラはぎゅうぎゅう詰めになったソファーの上で左右の押しの強い友人達に情けない顔を見せながら言った。
「二人とも・・・ありがとう。頼りないなんてとんでもない!二人も、ミコル達だってみんなすっごく頼りがいのある大事な友達だよ!」
ケイトはにっこりと微笑み、カイルはマイラの腕に自分の手を置いた。
「じゃあ話してみろよ。ケイトとミコルしか知らないこともたくさんあるんだろ?それも含めて今日こそは全部話してくれ。大丈夫、何を聞いても驚かないから。」
カイルはそう言いながら、あの観劇の日のようにマイラを切ない瞳で見つめている。これまで彼なりに気持ちの整理をつけてきてくれたのだろう。そして今も、辛いはずなのにマイラの友達として助けになろうとしてくれている。マイラは、彼のその優しい思いに応えないわけにはいかなかった。
そうしてマイラは、二人の大切な友人達に挟まれてぽつぽつと、これまでに起きたことを順番に話していった。
それはずっと内緒にしていた兄との関係から始まり、自分の特殊な魔法の力のこと、前世の記憶を持っていること、イリスとの幼い頃からの繋がり、ディーンやナタリアとのこと、そして・・・マイラが本当にエリクスへの想いとメリーアンのこと・・・何もかもを打ち明けた時間だった。
これまでリア以外には言えずに抱えこんできた全てのことを二人に話したことで、マイラは肩の荷が降りたような気持ちになっていた。
ケイトはともかく、カイルにとってはどの話も驚きの内容だったことだろう。だが二人は途中で話の腰を折ることなく、最後まで真剣に穏やかにマイラの話を聞いてくれた。
「マイラ、どうしてそんな辛い思いをしていたことを話してくれなかったの?そんなの一人で乗り越えるのは辛すぎるよ!」
「ごめんね。でも一人ではなかったよ?みんながいたから毎日頑張れたし、それに・・・いつも側に、イリスがいてくれたから。」
ケイトは言葉を失ってマイラに抱きついた。それをじっと見つめていたカイルが口を開く。
「マイラ、俺にまで言いにくいことを話してくれてありがとう。俺は・・・まだマイラのことが好きだよ。だからこれからもマイラの助けになりたいんだ。お兄さんとのことは早く忘れた方がいい。あの悪名高いバルターク家の娘にだって関わる必要はないよ!」
「カイル・・・うん。ありがとう。」
カイルはそっとマイラの頭を撫でると、急に立ち上がった。
「ケイト、ミコルやウィル達も呼ぼう。マイラを守るならもっと仲間が必要だよ。」
ケイトはマイラの肩に手を置いたまま顔を上げて頷いた。
「そうよね!私がミコルをここに呼んでくるわ!明日はお休みだし、今夜はみんなでここに泊まって作戦会議をしましょ!!」
「ええっ!?ちょっと待って!そんな急に・・・」
マイラが急展開に慌てていると、ノックの音が聞こえてイリスが部屋に入ってきた。
「マイラ様。お泊まり会の準備でしたら私にお任せください。エレンにも声をかけておきますから。ご友人のお二人はどうぞ階下の通信機を使ってください。」
「ありがとうございます。行こう、ケイト!」
「うん。ちょっと待っててね、マイラ!」
「あっ、ちょっと!?」
マイラが止める間もなく二人は部屋を飛び出していき、呆気に取られたマイラと笑顔のイリスがそこに取り残された。
「マイラ・・・」
イリスの声が近い。振り向いたそこには、泣きそうな笑顔のイリスが立っていた。
「イリス?」
その表情を見て心配になったマイラが彼の腕に手をかけた。
「さっきの言葉、嬉しかった。」
「え?それも聞いてたの!?」
「イリスが側にいてくれたからって、言ってくれたね。」
「・・・うん。あのね、メリーアン様のことだけど」
イリスがマイラの手を握りしめる。
「心配はいらない。俺がマイラも、マイラの大切な人達もまとめてあの女から守るよ。でもどちらにしろエリクス様からは離れた方がいい。・・・夜の訓練も、もうやめるんだ。」
「・・・」
「マイラ?」
「わかった。」
「よかった。じゃあ俺はお泊まり会のための部屋を準備してくるから。」
マイラはそこを去ろうとしたイリスの袖を無意識に掴んだ。イリスが驚いてマイラを見る。
「あっ、ごめん!うん。お願いします!」
「・・・今のは俺のことを求めてくれたってことでいい?」
イリスの雰囲気が一瞬にして変わる。マイラはハッとして手を離したが、もう遅かった。
気がつくとマイラはイリスの手に捕まり、彼の視線から逃げられない状況に追い込まれていた。
「俺を選んで、マイラ。もう俺はあんな辛そうな君の顔を、二度と見たくないんだ。」
「イリス・・・」
そしてイリスの唇がゆっくりと近付き、マイラの唇に触れた。
「もう離さないから。」
「・・・うん。」
小さく細かい棘がいくつも刺さっているかのように、チクチクと胸が痛む。
それでもマイラは今この選択をしたことを、エリクスを、みんなを守るためにしたこの決断を、もう二度と覆すことはしないと自分に言い聞かせていた。
その夜、久々に集まったいつもの六人は、マイラを取り囲むようにして今の状況について話し合っていた。
ただしケイトの計らいで、マイラのエリクスとの繋がりについてはざっと説明はしたものの、彼との複雑な恋愛事情についてはウィルとスヴェンには伏せてくれた。
「なるほど。それなら一度今の状況を整理してみましょうか。」
そう提案してくれたのはいつも冷静沈着なスヴェンだった。
「さすがね!こういうことはスヴェンに任せておけば安心よね!」
ケイトが揶揄うでもなく真面目にそう言うと、珍しくスヴェンの頬に赤みが刺した。そして彼は軽く咳払いをすると話を続けた。
「まず、マイラには前世の記憶があり、そこでは魔法の物語やイメージはあったけれど実際に使える人はいなかったと。そして当時の辛い思い出を引きずって生まれてしまったため、幼少期に記憶を封じられていたが、最近ディーン先輩のせいで無理やりそれを引っ張り出された。」
「うん。」
彼は眼鏡を直して再び口を開く。
「マイラの魔法は理由は不明だが魔力はほとんど必要とせず、イメージが固まったもの、しかも本物の火や水が発動し、それによって数々の災難を振り払ってきたと。しかし状況は悪化、突然凶暴化する若者の事件に巻き込まれ、兄が抱えている問題にも巻き込まれ、しかもそれがディーン先輩が関わったペンダントにつながっている。そしてマイラは兄の婚約者にもなぜか脅迫されている、と。」
「あ、うん。そうだね、そんな感じかな。」
マイラが曖昧にそう返事をすると、ウィルとスヴェンはうーんと唸ったきり黙ってしまった。カイルはそんな二人をチラッと見てから今度はミコルに話しかけた。
「ミコル、そのペンダントのことってどこまでわかってるんだ?」
ミコルは首を振った。
「何も。うちには入れなかった商品だし、知り合いの店には置いていたみたいだけど今はもう無いらしいの。きっと怪しまれて今は別のルートで若者達に配られているのね。」
「うわ、怖い話だな!魔法陣が関わっているのもやばいよな。」
ウィルが本当にブルっと体を震わせた。カイルがそれを見て苦笑し、スヴェンはため息をつく。
「みんな、ごめんね、変なことに巻き込んで・・・」
マイラが暗い表情でそう言うと、五人は口々にそれを否定するようなことを言い始めた。
「そんなことはない!」
「何を言うの?友達でしょ!」
「話してくれて嬉しいんです、そんな顔しないでください。」
「みんな・・・」
マイラが感動して目を潤ませていると、カイルがマイラの肩に手を置いた。
「言っただろ、頼れって。謝るのはもう終わりだ。俺達はマイラに助けられてきたし、一緒にいて楽しい。だから助けるのは当然のことなんだよ。マイラだってそうだろ?」
「うん。」
「じゃあもう気にするな。それよりこれからどうするのかを決めよう。」
全員がカイルの言葉に賛成し、大きく頷く。
そしてその夜はかなり遅い時間まで六人は話し合いを続け、最終的にはそれぞれにできることを安全な範囲でやっていこうという話に落ち着いた。
夜はさらに更けていく。
それはベッドに入って目を瞑り、ウトウトし始めた時のことだった。誰かが躊躇いがちにノックする音が聞こえて、マイラは目を覚ます。
「はい、ミコル?ケイト?」
この日ミコルとケイトは二人部屋、男子達は一人部屋でそれぞれ就寝していた。マイラは彼らのうちの誰かだろうと思い、ベッドを出ると特に相手を確かめもせずドアを開ける。
だがそこにいたのは、エリクスだった。
「マイラ」
「お兄様!?」
彼はマイラの肩を押して無理やり中に入る。マイラは彼の表情にただならぬものを感じて、何も言えずに後ろにさがった。
「メリーアンに何を言われた?」
「・・・」
「何か言われたんだな。キーツがとても心配していた。」
「ただ挨拶をしただけです。」
「嘘だ。」
「と、とにかくこんな時間にやめてください。それと、お兄様との夜の訓練ももうやめます。」
エリクスの手がマイラの腕を強く引っ張る。
「きゃっ!?」
「マイラ、本当のことを言ってくれ。」
マイラは俯いて口を閉ざしていたが、おもむろに息を吸い込んで言った。
「私は、イリスとの未来を選びます。」
「何を言って」
「もう決めたんです。それがお互いのためです。」
「・・・彼女に脅されたのか?」
腕を掴む手の力が強まる。痛いほどの力の強さに、マイラは顔を顰めた。
「痛い!もう離して!!」
「マイラ!!」
「何をしているんです?」
マイラを引き寄せようとしたエリクスの腕は、音もなく入ってきたイリスによってマイラから引き剥がされた。驚いて目を瞠るマイラをイリスが抱き寄せる。
「私達は先ほどお互いのものになる約束をしました。彼女はもうあなたが触れていい人じゃない。」
「嘘だ!マイラ、本当のことを言ってくれ!」
「本当です!そもそもお兄様は、メリーアン様との婚約を進めると私に宣言したじゃないですか!それなのにこんな・・・とにかく、私とのことは全て忘れてください!この部屋からも出ていってください!」
マイラは澱みなくその言葉を告げると、最近独学で習得した風魔法を使って彼を勢いよく部屋から押し出した。エリクスはそれに抗うことなく廊下に出ていく。
「わかった、今日は戻る。だが明日もう一度きちんと話そう。俺は絶対に諦めない。おやすみ、マイラ。」
「・・・」
エリクスの悲しそうな顔がマイラの胸を締め付ける。
苦しそうな表情のマイラをじっと見守っていたイリスは、無言でその肩を抱き、髪に唇を寄せて、マイラの震えがおさまるまで優しく寄り添い続けていた。