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10. 学校になんて行きたくない

 キーツとシリルがボソボソと何やら秘密の相談をしている。マイラはそれを横目で見ているが、今は一歩たりともそこから動けない状況だ。


 自室で採寸中のマイラは、興奮したドレス職人のマーゴットにメジャーでぐるぐる巻きにされている。彼女はマイラの母とあまり歳は離れていないように思える、くるくるとカールした茶色い髪が特徴の可愛らしい女性だった。


「まあまあ!お嬢様はとてもスタイルが良くていらっしゃるわ!でもできればもう少し細かく測らせていただきたいの。ねえシリルさん、キーツさん、ちょっと部屋の外に出ていていただけるかしら?」


 その言葉に二人は同時に頷いて、すぐに部屋の外に出ていく。マイラはふう、と小さくため息をつくと、マーゴットに話しかけた。


「あのマーゴットさん、今回持ってきてくださった布地のサンプルって他にもありますか?」


 マーゴットはマイラに今着ている服を一枚脱ぐように告げると、サンプルに目をやってから言った。


「ありますよ。それはお持ちしたもの以外の布を見たいということですか?」

「いえ、その中の赤い布、その素材が気になって。他にもあればぜひ見せて欲しいなと。」


 マーゴットは驚いた様子でメジャーを持った手を止めた。


「あら、この素材をご存知なんですか?」

「はい。これはサジルという山の奥深くにしかいない虫の繭から取ったものですよね!情報としてはどんなものか知っていたのですが現物は初めて見ました!この量だってかなり高価なんじゃないですか?」

「まあ・・・どうしてそのことをご存知なのですか?」


 マーゴットのふわふわした髪が揺れる。


「衣服と素材の歴史という本を以前読みました。でも古い本だったから、きっと今は状況も変わっているんでしょうね。」


 もういいですよと言われ、マイラは横に丁寧に畳んでおいた服を再び着る。その様子を確認してからマーゴットはマイラの正面に立って真剣な様子で話し始めた。


「いえ、今も変わっていません。だいぶ昔、欲にまみれた人々によって乱獲されそうになっていたのですが、そのせいで『灰色の悪魔』が出始めたので段々それもなくなって、今は僅かに取れる分を国が管理して分配しているんですよ。」

「へえ、そうだったんですね!また新しい情報が入っている本を読まないと!」


 そこでマーゴットはマイラにふと尋ねた。


「そういえばお嬢様は、そろそろ進学の時期なのではありませんか?それだけ熱心にお勉強されているのであれば、進学後も心配ありませんね。」

「・・・え?」

「ああ、それでドレスを準備されているのですね!では学校でも使える普段用のものもいくつかご提案させていただきますわ。大丈夫、うちには優秀な職人が何人もおりますし、ルーイ製の魔法道具もいくつか入っていますからね!何着あってもすぐにお仕立てしますよ!」


 マイラはマーゴットの誤解を解くのも大変そうだと思い、取りあえずその場はできる限りの愛想笑いを浮かべて乗り切った。


(学校?だってせっかく村の学校を卒業したばかりなのに、学校なんてもう行きたくないよ・・・)


 マイラはその頃の大変だったことを思い出し、うんざりしながらソファーにうつ伏せになった。



 マーゴットが片付けを終えて帰っていくと、イリスとキーツにドレスのデザインについて相談された。よくわからなかったマイラは、「そういうセンスはイリスを信頼してる」と誉めそやして一任し、数日前にイリスに依頼していた古代語の新しい専門書を読み始めた。


 キーツ達がそんなマイラに困惑した表情を向けているのには気付いたが、女性なら誰でもドレスに興味があると思ったら大間違いですよ!とマイラは心の中で思いながら、古代語の世界に没頭していった。



 その夜の夕食後、マイラが部屋に戻ろうとしていると、階段の手前でエリクスに話があると呼び止められた。


 ついてきなさいと言われて入ったのは彼の書斎らしく、壁にはぎっしりと書物が詰まっており、書き物机の上には多くの書類が溢れていた。


「マイラ、そこに座って。」

「はい。」


 いつもより穏やかに話し始めたエリクスに、マイラはどうしたんだろうと少し不安になる。すると彼はマイラの前のソファーにゆっくりと腰掛け、こう言った。


「マイラ、マーゴットに話を聞いて思い至ったのだが、マイラも上級学校に進学しなければならないな。」

「・・・え」


 青ざめていくマイラを心配そうに見つめるエリクスだったが、とにかく話を続けようと前のめりになって再び話し始めた。


「ルーイ家の娘ともあろうものが、上級学校の魔法科に入学しないなどあり得ない。実際リアも俺の通っている学校に通うのは嫌だったようだが、無事外国の学校への入学を決めた。マイラは国立と私立、どちらに行きたいんだ?学費の心配はいらないから希望を」

「い、行きたくない、です。」

「・・・」


 二人の間に、嫌な静けさが訪れる。マイラはドキドキしながらエリクスの返答を待った。


「マイラ。それはどういうことかな?」


 彼はあくまでも冷静に問いかける。


「だって、あんな大変な思いをまたしなきゃいけないなんて・・・それに、私には魔法の才能はないんです!!」


 その小さな叫びを聞いた途端、エリクスは驚き過ぎて手から小さな青い炎を吹き出した。


「ああっ、すまない!怖かったか!?いやでも魔法の才能がないとはどういうことだ?あのご両親の血を受け継いでいてそれはないだろう!それに最初に会った時だって・・・」


 そこでエリクスはマイラの苦しそうな表情に気付き、言葉を切った。


「マイラ、俺に何か秘密があるんだな?」

「家族になると約束したのに、なかなか言えなくてごめんなさい。」


 落ち込むマイラの横に移動し、エリクスはマイラの肩をそっと抱き寄せた。マイラは驚いてその顔を見つめる。


「家族だからこそ言いにくいこともある。気にすることはない。だが上級学校に行かないと、さすがにルーイ家の妹はどうしたんだと言われてしまう。リアは留学することを家族以外の誰にも知らせていないから、余計周りに詮索されてしまうかもしれない。」


 マイラはエリクスの言葉を聞きさらに悩む。逃げられないことなのかもしれないが、実際に自分には魔法の才能がないのだ。


「マイラ、俺にだけはその秘密を話してくれないか?状況によってはどうにかできるかもしれない。」


 エリクスの優しい声と肩に載せられた手の温かさに、マイラの心も少し動く。しばらく話すかどうか悩んだがやはり言わないわけにはいかないだろうと判断し、重い口を開いた。


「私は、詠唱したり陣を描いたりしての魔法が、一切使えないんです。」

「え?・・・じゃああの水は!?」


 エリクスの手がマイラの肩から離れる。


「頭の中ではっきりとしたイメージができているものだけ、現実の世界でも発動することができるんです。だけど他の人のように魔法の炎や水、土みたいなものは出せなくて・・・一回出したら消えるようなものじゃなく、本物としてそこに残っちゃうんです。」

「・・・」


 マイラは全てをエリクスに告白し終えると、はああ、と大きく息を吐き出した。


「ごめんなさい、やっぱりこんな私じゃ駄目ですよね。妹さんの代わりになんかとても」

「マイラは、凄いんだな!」

「え?」


 マイラが顔を上げて横を見ると、頬を赤くして興奮しているエリクスの笑顔が見えた。


(怒ってないのかな?)


「よくわからないがマイラには才能があるんだ!それを隠す必要も恥じる必要もないぞ!そうだ、じゃあ俺が魔法の特訓をしよう。もしかしたら案外出来てしまうかもしれないし、詠唱をしたフリをしてそれっぽいものを出せるように練習したっていい。イメージが必要なら簡単でよければ絵も描こう。それならばどうだ?」


 マイラはエリクスの気遣いと前向きな考え方に感銘を受け、うるうると涙を浮かべながら彼の目を見つめてしまった。するとエリクスは顔を先ほどよりも真っ赤にして、マイラの瞳から目を逸らす。


「あー、ええと、マイラ、そんな目で見なくても兄はきちんと約束は守るぞ!」

「お兄様、ありがとう!大好き!!」

「うわっ、うん、あー、そう、そうか!」


 マイラが横から抱きつき、エリクスは狼狽える。そしてこの状況をイリスに見られていなくてよかったと、エリクスは心の中で密かに安堵していた。


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