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1. 小さな村のマイラ

「マイラ!マイラ!」


 遠くで微かに自分を呼ぶ声が聞こえて、マイラは飛び起きた。


 上を見上げると、見慣れた大きな木の枝がそよそよと流れる暖かい風に揺れている。今この村は花の季節を迎え、あの寒さに震えていた日々は少しずつ遠ざかっていた。


 マイラはこの日、そんな心地よい気温の中で最高のお昼寝タイムを過ごしていたのだが・・・


「あ、そっか、今日は誕生日だったっけ。」


 花の季節の二十日目は、この辺鄙な場所にある小さな村のマイラ・マリーの誕生日だ。そして今やっと自分の大切な日を思い出し、慌てて立ち上がる。


「マイラ!!」

「あ、お母さんだ!!」


 先ほどから自分を呼んでいたのは母親の声だとようやく気付き、マイラは走りだした。


 急いで走って家に戻ると、玄関先でマイラによく似た美しい女性が、怒った表情で立っていた。


「何してたの?みんな待ってるわよ!」

「ごめんなさい、つい寝ちゃって・・・」

「まったくあんたって子は。学校が終わったからってのんきにし過ぎよ。この村を出ないならうちのことはきちんとしなさい。」

「はーい。でも今日くらいいいでしょ?せっかくの誕生日なんだし!」


 マイラの母のアンジュは仕方ないかと言うように腰に手を置き、大きなため息をついた。


「はあー。ほら、主役がいないと誕生日会が始まらないでしょ。早く中に入りなさい。」

「うふふ!楽しみ!」


 マイラは家の中に入ると、大きなダイニングテーブルのある部屋へと元気よく飛びこんだ。



 マイラの誕生日会には村に住む年下の女の子三人と二つ年上の男の子が一人、そして父と母が参加し、たくさんのプレゼントと母手作りのケーキで最高のお祝いをしてもらうことができた。


 父ケントは「もう十七歳になったのか」と涙を流して母に呆れられ、女の子達はそれを見て楽しそうに笑っていた。


 そんな楽しかった誕生日会がお開きになると、マイラは夕方の庭に出て日が落ちるのをぼーっと眺めた。どこまでも続く草原とその向こうに微かに見える山々は、すでに暗い色に変わり始めている。


 すると参加者の一人だったマルクが、そっとマイラの肩にブランケットを掛けてくれた。マイラは笑顔で振り返る。


「マルク、今日は来てくれてありがとう。」

「いえいえ、どういたしまして。弟の分もプレゼント置いておいたから。」


 マイラは肩に掛けられたブランケットでそっと自身を包み込む。


「・・・ジェイクも一緒にお祝いしたかったな。」

「今日、してくれたじゃないか。ケーキまで弟の分も分けてくれただろ。」

「うん。」


 二人は、ずっと遠くに見える山の向こうに沈む夕日の光を微かに感じながら、今はもういないその人のことを思い、静かにその日が終わるのを見届けていた。




 翌朝、母に呼ばれて玄関に向かうと、マイラは一通の手紙を受け取った。二十日ごとに届くその手紙を毎回楽しみにしているのだが、今回はいつもよりも早く届いたことで喜びもひとしおだった。


「嬉しい!今回はどんなのかなあ。」


 丁寧にナイフで封を開けると、中から大変美しく、緻密に描かれた絵画が現れた。もちろんこれは本物ではなく、元の絵を写しとったカードのようなものだ。


「この人の絵はいつ見ても本当にすごい・・・」


 その絵は、とある魔法使いが風を巻き起こすとその風がどんどん威力を増して天まで昇り、雲を一気に散らしていく様子を描いた絵だった。色使いも迫力も他の画家とは比べ物にならないほど素晴らしいもので、今回の絵もまたマイラの心を強く惹きつけた。


 いつものように細部まで舐め尽くすようにその絵を観察していると、一番下にサインのようなものがあることに気が付いた。今までのものは小さすぎてよく見えなかったのだが、今回はサインの部分にあまりごちゃごちゃと色が入っていなかったため、マイラにも文字が判別できたようだ。


「エリー、って書いてあるのかな?」


 女性の名前らしきサインを読み取ることができ、小躍りして喜ぶ。


(この人に会ってみたい、会って『あの絵』を描いて欲しいとお願いしてみたい!)


 マイラの頭の中にはそのことがぐるぐると巡り続けたが、まずはこの絵で試してみなければと、届いたカードを折れないように丁寧に胸ポケットにしまってから家の外に勢いよく飛び出した。



 広々とした草原の真ん中まで走ってやってくると、そこを吹き抜ける強めの風がマイラのピンクがかった薄茶色の髪を大きく揺らす。長く柔らかいその髪を持っていた紐で軽くまとめ、マイラはポケットに入れていた先ほどのカードを取り出した。


 じっくりとそれを眺め、目に焼き付ける。


 イメージが心の中に出来上がると目を瞑ったままカードを再びポケットに戻し、右の手のひらを額に当てた。


 手を外し、瞼を開く。


 その瞬間、先ほど見たあの絵の通りにマイラの右手から風が生まれ始め、次第にそれが周りの葉っぱも巻き込んで強く激しくうねりをあげながら大きくなっていく。


 そして竜巻のように巨大で強力になったその風が一気に上空まで上がっていくと、そこにわずかに浮かんでいた雲を瞬時に消し去った。



「ふうう。いい感じ!やっぱりこの人の絵はすごいな!絶対に会いに行かなくちゃ!!」


 マイラが見上げた空には、もう雲ひとつない青が広がっていた。




 そしてその晩、マイラは緊急家族会議を開催した。


「マイラ、急にどうしたんだい?まさか村を出て一人暮らししたいとか!?」


 ケントはまだ何も話していないうちから勝手な妄想でオロオロし始めた。アンジュはそんな父を諌めながら、マイラに声をかける。


「お父さん落ち着いて!マイラ、急に家族会議なんてどうしたの?」

「うん。あのね、学校も無事卒業したし、一度町に行ってみたいと思ってるんだ。」

「や、やっぱり!マイラ、うちを出るなんて悲しいことを言わないでくれ!」

「お父さん!・・・それで、町でいったい何をしたいの?」


 マイラはポケットに手を突っ込み、先ほどのカードを取り出してテーブルの上に置いた。


「この絵を描いた人に、例の絵を描いて欲しいってお願いしに行こうと思うの。」


 二人はじっとその絵を見つめながら黙りこんだ。


「もちろん断られたらすぐ帰ってくる。向こうにずっといるつもりはないの。だからお願いします!町に行かせてください!!」


 マイラの必死な姿を前に、ケントは腕を組んで下を向き、アンジュは絵が描かれたカードをじっと見つめていた。そして先に口を開いたのは父ケントだった。


「マイラ、治癒の魔法をどうしても習得したいのかい?」


 その声が優しく穏やかにマイラに問いかける。


「うん。ジェイクのことは助けられなかったけど、これから出会う人達やこの村の人達のことは少しでも助けたい。こんな私でも受け入れてくれた大切な人達だから。」

「マイラ・・・」


 アンジュは静かに椅子から立つと、部屋の中に置いてある古いチェストから一枚の紙を取り出した。そこに指を当て小さく何かを囁くと、紫色の炎のようなものが指から噴き出し、持っていた紙が燃え上がった。


 だがなぜか燃えたはずのその紙が、再びアンジュの手の中に現れる。


「この日が来るまでずっと隠していたんだけど、マイラが町に出るなら渡しておくわね。これは私達の師匠の住所よ。あの人なら安心だから、町に行くなら師匠の家に滞在させてもらいなさい。」

「師匠・・・え!?あの有名な魔法使いの!?」


 嬉しそうな顔を見せるマイラを見て途端にアンジュは怖い顔になる。


「マイラ、くれぐれも失礼のないようにしてちょうだいね。お父さんもお母さんも、あなたが幸せであなたの周りの人も幸せならどんな生き方をしてもいいと思ってる。でもだからと言って調子に乗って騒いだりするのは駄目よ!それでなくてもあんたはぼけっとしているかと思ったら途端に騒がしくなるんだから。」

「・・・」


 マイラは何やら母にいいことを言われた後に貶されたような気もしたが、とにかくこれは町に出る許可が出たのだとわかり、笑顔を浮かべた。


「マイラ、お父さん達はお前の魔法を見慣れているが、他の町の人はそうではない。魔法が使えなくても生きていけるように色々なことを勉強させてきたんだから、向こうでは絶対にその力を使わないようにするんだぞ。」

「うん。わかってる。」

「お金のことは心配しなくていいわ。その代わり目的を遂げたら必ず帰っていらっしゃい。いいわね。」

「うん!お父さん、お母さん、本当にありがとう!」


 そしてマイラは十七歳にして初めて、村の外というまだ見ぬ世界へと旅立つことになった。


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