コンサート 1曲目から2曲目まで
イントロ(イントロダクション 導入部 序奏)
音楽の始まりの旋律を刻むドラムのビート。
そこにハミングが重なる。
ギターが弾かれる。
ベースが唸る。
キーボードが奏でる。
様々な音がひとつとなり、会場を包む。
そこに、彼女が現れる。
ステージ奥から彼女が客席に向かって歩いてくる。
私をはじめ、会場中が静かな熱気を帯びる。
スポットライトの当たる場所に彼女が立つ。
それを合図に、会場が光にあふれ、そして、
歌が発せられた。そして、私たち全員の耳に到達した。
チカ「♪生まれる気持ち
育む思い
夢が夢が正しい道へと 険しい道へと
私を導いていくよ
」
3枚目のシングルの歌、「夢しるし」。
夢へと向かうはずなのに、どんどん苦しくなっていく、険しくなっていくという歌い出し。
この歌も、その当時すごく共感できた。
歌を聞くだけで、その時の想いも浮かび上がってくる。夢、夢・・・そんな言葉を追いかけては、
「♪夢を追いかけ 夢に惑わされて
さらなる迷い道 先は見えない 信じられない
そんな道を でも進むしかないの 自問自答
・・・」
どこまでも夢に向かっていくうちに、先の見えない状況に、進む道が正しいのかどうか、迷い続ける。部屋のアンプから流れる歌を聞いても、すごく心が苦しくなるのに、それが、コンサートで目の前で、生で、ライブで聞くと・・・
ひさと「心が、軽くなる。」
あれだけ、苦しい、険しいということを、歌にしてくれて、こうして聞くだけで、その時の想いは浮かぶが、それ以上に、心のモヤモヤが晴れていくように感じてしまう。
コンサートのオープニング曲が、こんな歌からと少し思っていたが、周りの状況を見てみると、私と同様に、顔が軽やかになっていた。
ひさと「これが、コンサートか。」
と一曲目ですでに感傷に浸っていた。
感傷・・・感動・・・どちらだろう?
いや、言葉にするのはよそう。
「♪
心のままに 思い浮かぶ その夢がしるしとなって
心のままに ただただ感じていきたい 自分の答えを
♪」
この歌のとおり。
“心のままに”
さあて、一曲目からこんな感じだと・・・。
ひさと「俺、どうなっていくんだろう。」
次の歌。
2枚目のアルバム「つぎのうた」に収録されている歌で、タイトルは、
「つぎのうた」。
だから、歌紹介もこうなる。
ちか「次の歌は・・・次の歌は・・・・・・・・・・・
『つぎのうたーーーーー!!!』
です!!」
実際のアルバム収録されている歌の出だしも、この歌紹介から始まる。
ちか
「♪
メロディが浮かばない 歌詞が浮かばない 何も浮かばない
どこかに落ちているかもしれない メロディと言葉を見つけるため
私は部屋から飛び出した
♪
よくメロディを集めたいつもの並木道は 人と時がゆっくり歩いている
踏み出す一歩が一音 鳥のさえずりが一音 笑い声が一音
いろんな音が 私のメロディとなって 響き奏で始める
♪
届けたい想いを 形にする言葉を見つけるため 何度も通った
図書館には 言葉があふれている
一冊一冊の様々な文章が 頭の中で新しい文章へと変換されていく
書き留めたメモ帳は 今何冊目になったのかも 覚えてない
♪」
この歌は、次の歌を作っていく過程をそのまま歌にしたという歌。
ひとつの歌ができるまで、本当に考えて、考えて、そして私たちの心に届く歌になっているんだなあと、感心した歌。
ちか
「♪
たくさんのメロディ 多くの言葉が 私の中で回る回る
ひとつの形にしたいのに うまくピースをはめこむことができない
そんなときは 特別な場所 あの公園で 私は夕日を眺める
♪
そんなとき 響いてきた 私の歌
私の歌に 寄り添ってくれる人がいた
私の歌を 好きでいてくれる人がいた
そんな思いが 私の中で
たくさんのメロディと 多くの言葉を
たったひとつの歌にしてくれた
♪」
ん?!
少し会場がざわめいた。
今、歌詞が、増えていた?!
この歌は、2番で終わるのに、今3番と思われる歌詞があった。
ざわめいた会場は、ただ、そのメロディと歌詞に引き込まれ
すぐにその新たな歌詞に耳をすませた。
ちか
「♪
次の歌は 誰の歌 次の歌は 私の歌
次の次の歌は 誰の歌 次の次の歌は 歌は・・・
みんなへの歌~~~~~~!!!
でも いつか歌ってみたい 歌いたい次の歌は・・・
あなたへの歌~~~~~~~~~~~!!!!
♪」
ロングトーン
1,2,3,4,5,6,7,8,9,10・・・20・・・30・・・40、
50秒!!
そして、広い、広いドームは、それを忘れさせるほどの、静けさに包みこまれた。
しかし、それは、先ほどのロングトーンに比べれば、ほんの10秒。
ちか「はあ・・はあ・・はあ・・・。」
訂正。会場は、ただ、ボーカル・チカの息切れのブレス音が聞こえていた。
まるで、それさえも、歌なんだと思ってしまうほどに。
ちかが、顔を上げて、笑った。
その瞬間、(こういうときに使う表現なんだろうなと思うほど)割れんばかりの拍手と歓声に盛り湧き立った。
先ほどの3番の歌詞にも驚いたが、最後の歌詞にも驚かされた。
“でも いつか歌ってみたい 歌いたい次の歌は・・・
あなたへの歌~~~~~~~~~~~~~~~~~~“
大村「あの子らしい詞。」
そう言って見つめる彼女の目は、とても優しい。
今までなかった歌詞が、急に出てきたことで、どんな反応がくるんだろう。
ちかの中には、そういう思いは全く・・・・なかった。
彼女が心から湧き出た詞だからこそ、それはみんなの・・・いや、あの人に届くだろうと核心として確信していた。
ちか『だって、この詞を導き出してくれたのは、あの人だから。』
3番の歌詞への思いが強くなり、思わず出てしまったロングトーン。
結果として、それは、多くの観客の心へと響くものとなった。
歌は、発表された時点で完成していると思っていた。でも、こうして、新たな歌詞を得て、歌全体のイメージやテーマが変わっていくことがあるんだなあと感じる。
でもそれも当然かと思う。だって、この歌は、成長してく”あすこそ”の歌ができる軌跡のような歌なのだから。これから、まだまだ続いていく音楽活動の中で、この歌は変わっていくのだろう。
そんな、評論家然とした感想を抱いてしまったが、この盛り上がりこそが、この詞が持つ魅力なのだと感じた。
評論家・・?そういえば、このSシートにいる人たちみんな、有名な歌手やアーティストや著名人などなど・・・ということは、俺がチケットもらったきくのさん・・・彼女は一体何者なんだろうか。
ひさと「そもそも、俺にチケットを渡して、こんなすごい席に招待してくれるなんて。」
きくのさんにお礼を言うという目的があることを、なんとか思い出せた。コンサートに夢中になるにつれ、目的がひとつ頭の片隅に追いやられていたみたいだ。
周りを見渡す。会場はもちろん暗くなっており、顔の判別も遠くになると難しい。でも、今のところきくのさんは見当たらない。
ひさと「まだ、来てないのかな。」
Sシートには、いくつかの空席があり、まだ来場していない方がいてもおかしくはないなと思う。それよりも、こんな席に座るきくのさんのことを考えると、緊張していく。
ひさと「あんなに、親しげに会話していたけど、ほんとうはすごい人だったら・・・。ちゃんとお礼を言えればいいけど。」
大村「大丈夫ですよ。」
ひさと「えっ?」
大村「あなたが考えている彼女は、そのままですよ。裏と表の切り替えなんて、ほんとはそこまで器用じゃないので。」
ひさとは、動揺する。
大村「ちかさんのことですよ。」
ひさと「・・・・はい。」
ひさとは気づいた。この人が話しているのは、今目の前で歌い上げている”ちか”さんのことなんだと。
俺が考えていた、”きくの”さんとは別の人とのことなのだと。
ひさとは高まっている鼓動を少し落ち着かせると、
ひさと「ちかさんは、そういう方なんですね。」
大村「ええっ。ほんとにそのまま・・・。だから、いいんです。」
ひさと「ちかさんの雰囲気や歌声、ほんとにきくのさんにそっくりだ。」
大村、ひさとから顔を背ける。そして、口元を押さえて、苦笑い。
きくの『絶対に、ひさとさんに、変なこと言わないでくださいね。』
開演前に、再再度そうやってくぎを刺されていたのに、つい言ってしまいそうになってしまった。
大村「ふーーっ。」
軽く息をはく。少し高鳴った鼓動を抑える。
ひさと「大丈夫ですか?」
大村は、ひさとの方へ顔を向けた。こちらを見て、心配そうな目を向けている。
こちらは、全く別の理由で顔を少し背けただけなのだが、それをこうして心配してくれるなんて・・・。
大村「ええ。大丈夫ですよ。公演が順調に進んで少し安心しただけです。ありがとうございます。」
ひさと「そうですか。」
心配そうな目からほっとしたような目へと変わったひさとを見て、大村は改めて感じていた。
大村『本当に安心しました。ちかが、きくのとしてあなたと出会って、あなたを気にかけて。
ひさとさんが、あの子の言うとおりの人で安心しました。』