あすこそ
あの頃に聞いた恋の歌は、今聞くと応援歌になっていた。
ひさと「♪いつも一緒なのに
♪いつもいつも一緒なのに
♪素直って言葉がどこかに飛んでいく
♪一言伝えたいだけなのに
♪ただただ想い伝えたい・・・なのに
♪一歩は前に進まず、後ろにしか進んでくれない
」
ひさとが公園で口ずさむのは、人気そこそこのグループのそこそこ知られた恋の歌。
たまたま聞いていたサブスクの音楽アプリで流れて来た歌。
詞が何故かすごく気になり、何度も聞いて、いつの間にか覚えてしまった。
・・・・
・・・・
・・・・だから驚いた。
きくの「♪恋は始まらないまま停滞中
♪想いは伝わらないまま胸の奥
♪奥の奥の奥の奥
♪そんなこんなでままならないままの恋
」
ひさとが振り向くとそこに一人の女子がいた。
ひさとの視線を受けて、女子が微笑む。
きくの「ありがとうございます。それじゃ。」
そう言って、女子・・・いや彼女は去っていった。
ひさと「・・・あの歌知ってるんだ。少し驚いたな。」
自分が歌っていた歌に、突然入り込んできたのだから、本当はもっと何か驚きそうだけど、何か、驚きとはまた違う感情が浮かんでいた。その正体に気づくのは・・・結構後。
この歌は、恋の歌・・・だと思う。なかなか踏み出せない、踏み出すことができない恋心を歌った歌。踏み出せない気持ち・・・それが、ひさとの心とシンクロしていたのかもしれない。
ひさと「♪一歩は前に進まず、後ろにしか進んでくれない・・・。」
きくの「その詞は、実感こもってますね。」
ひさと「実感ね。俺の気持ちを、そのまま歌ってくれてるように感じてるからですかね。」
きくの「そうなんですね。私も、同感です。♪一歩は前に進まず、後ろにしか進んでくれない。」
今日も公園で、入り込まれた。
ひさと「でも、だからこそ、この歌いいなあと思えます。」
きくの「どうしてですか?」
ひさと「だって、自分だけじゃないって、思わせてくれるからです。」
きくの「自分だけじゃない・・。」
ひさと「同じ気持ちの人がいるんだなあと思えるだけで、元気になれることもありますよね。」
ひさとと彼女の視線が重なる。
きくの「あの。その気持ちと言葉、いただいてもいいですか?」
ひさと首をかしげる。そして、再び彼女の目を見る。
真っ直ぐに見ているその目に、そのままの想いを答える。
ひさと「いいですよ。・・・よく分かりませんけど。」
きくの「ありがとうございます。それじゃ。」
そう言うと、彼女は去って・・・いや戻って来た。
きくの「私は、きくの。あなたは?」
名前を聞かれている。
ひさと「俺は、ひさと。」
きくの「ひさとさん。ありがとうございます。」
名前を聞かれて、思わず名前を言ってしまった。
きくのは、改めて走り去っていった。後ろ姿はなぜかうれしさが感じられた。
ひさと『何で、名乗ってしまったんだろう。』
まだ2回しか会っていない彼女。でも、何度も会っている気がする・・・。
ひさと『気のせいか。気のせいだな。・・・・彼女、きくのさん。』
― 髪長かったな・・・。
人気そこそこのグループ・・・「あすこそ」のチャンネルを流していると、新曲が流れて来た。
あすこそ「♪一人では抜け出せない心のループ
♪前に前に進んでもふりだしに戻ってしまうループ
♪一歩前に進んでも後ろに進んでしまうなんて
♪終わることない永遠
♪♪♪
」
前の曲と同じような歌詞の印象。ただ、違うのは曲調。
スローテンポバラードのような以前の曲と違い、こちらはアップテンポ。
楽しく、明るい雰囲気さえ伝わってくるような。
あすこそ「♪そんなときに聞こえたあったかいビート
♪君だけじゃない
♪僕も同じ気持ち君と同じループ感じてる
♪君だけじゃない
♪同じ気持ちの君がいることで僕は少し元気になれた
♪同じループかと思ってたのに君のループがシンクロしてる
」
ひさとは、グサッときた。きてしまった。
恋に出会って、そして、恋に悩み、踏み出せない。出ようとしてまた戻ってしまう恋のループ。しかし、同じ気持ちを持つ人がいると思うだけで、今までのループとは違う感じになってきていた。
ひさと「この歌、いいね。」
あすこそ「♪そんな君に出会えたからこそ気づいたことがある
♪もしかしたら もしかしたら
♪そう思って 前に進むのを止めた。
♪そうだ 後ろに進んでみよう
♪180度反転してみる
♪そしたら見えた 新しい道
♪そうかわたしは 前に進めなかったわけじゃない
♪そうかわたしは 道に迷っていただけ
♪気づいた私は 前に前に進んでいくいく
」
・・・
・・
・
そこそこ知られた恋の歌・・・「ままならないまま」の歌の次に出たこの歌、
「ループ×ループ×ループ?」
そこそこ知られたグループは、この歌で、そこそこどころでなく、一気に人気が高まり、誰もが知る歌へとなっていった。いろんなネットの見出しはこうなった。
「ループから抜け出してきたグループ“あすこそ”」
いつもの公園で、ゆったりと過ごす時間。
ひさと「♪いつも一緒なのに
♪いつもいつも一緒なのに
♪素直って言葉がどこかに飛んでいく
♪一言伝えたいだけなのに
♪ただただ想い伝えたい・・・なのに
♪一歩は前に進まず、後ろにしか進んでくれない
」
そこそこ知られたグループ・・・だった「あすこそ」のそこそこ知られた歌
ひさと「♪恋は始まらないまま停滞中
♪想いは伝わらないまま胸の奥
♪奥の奥の奥の奥
♪そんなこんなでままならないままの恋
」
この歌を口づさむと、恋の物語が頭の中で進んでいく。自伝恋物語。
心の中には、淡い、甘い、苦い、こそばゆい感情が回る。
ここで、入り込んでくる声あり。
きくの「♪一人では抜け出せない心のループ
♪前に前に進んでもふりだしに戻ってしまうループ
♪一歩前に進んでも後ろに進んでしまうなんて
♪終わることない永遠
♪♪♪
」
ひさとは、ただただ聞いている。その歌を。声を。
きくの「♪そんなときに聞こえたあったかいビート
♪君だけじゃない
♪僕も同じ気持ち君と同じループ感じてる
♪君だけじゃない
♪同じ気持ちの君がいることで僕は少し元気になれた
♪同じループかと思ってたのに君のループがシンクロしてる
」
きくのが、ひさとを見る。アイコンタクト。
きくの・ひさと「♪そんな君に出会えたからこそ気づいたことがある
♪もしかしたら もしかしたら
♪そう思って 前に進むのを止めた。
♪そうだ 後ろに進んでみよう
♪180度反転してみる
♪そしたら見えた 新しい道
♪そうかわたしは 前に進めなかったわけじゃない
♪そうかわたしは 道に迷っていただけ
♪気づいた私は 前に前に進んでいくいく
」
・・・
・・
・
余韻が辺りを包む。
ひさと「ままならないままは、恋の歌。私の気持ちに寄り添ってくれてた。そんな歌。
それが、今では・・・。」
きくの「今では・・・なんですか?」
ひさと「そんな気持ちを何度も何度も・・ループして歌っていたら、それで心が軽くなっていた。そして、“後ろに進んでみよう 180度反転してみる そしたら見えた 新しい道”、この2曲を続けて聞くと、恋の歌が、心に寄り添う歌が、今度は、心にエールを送っていました。」
ひさと、きくのを見つめる。
ひさと「あの2曲は、ふたつでひとつの物語・・・だと思いました。」
きくの、破顔一笑。
きくの「ありがとうございます。」
ひさと、きくのに、確認したいことを尋ねた。
ひさと「きくのさん。ひとつお尋ねしてもいいですか?」
きくの、笑顔から一気に緊張へと変わる。
きくの「はい。」
ひさと「きくのさんの歌声。はっきり言って、本物です。」
きくの「ほ・・ほんもの・・!?!?」
ひさと「本物の、“あすこそ”の、」
きくの「“あすこそ”の・・!?!?」
ひさと「ボーカルの方・・・。」
きくの「はいそうです。」ひさと「の歌声みたいですね。」
・・・
・・
・
きくの「えっ、はい。ありがとうございます。」
ひさと「本当に歌声素敵です。今日またここで聞けてよかったです。」
きくの「びっくりした。びっくりした・・・。」
きくの胸のバクバクが止まらない。
深呼吸をする。すう、はあ、すうはあああああ。
きくの「あの、私も、ひとつお聞きしていいですか?」
ひさと「はい。」
きくの「ひさとさんは、“あすこそ”の、ライブには、行かれたこと、ありますか?」
ひさと「いえ、残念ながら。」
ひさと、きくのから目を外し、公園からの風景を見つめる。
ひさと「一気に、人気グループになって、なかなかライブチケットも手に入らなくなりました。一度でいいから行ってみたいです。」
きくの「そうですか!!」
嬉々とした声で、きくのは答える。
ひさと「きくのさんは、ライブ、行かれたことあるんですか?」
きくの「はい、出たこと・・いえ、行ったことあります。」
きくの、少し言い直す。少し天然が顔を出しかけた。
ひさとが風景から目を離して振り向くとそこにきくのの、顔があった。
きくの・ひさと「わあっ!!?!」
間近で顔を向き合って驚く2人。
きくの「ご・・ごめんなさい。」
ひさと「いえ。こちらこそ。」
いつの間にか、きくのがひさとの側へと来ていたのだ。
きくの「あの、何も言わずに、これを受け取ってもらいたいんです。」
きくのが、1通の封筒を手渡してきた。
ひさと「これは・・?」
きくの「あのその、ぜひとしか言えないんですけど。受け取ってください。」
きくのの言葉に、まさとは、封筒を受け取る。
きくの「それでは。また。」
きくの、いつかの日のように走り去っていく。
そして、いつかの日のようにまた戻って来た。
きくの「あの、よろしくお願いします。」
そして、再び走り去っていった。
ひさとは、封筒を開封した。
中には、“あすこそ”のライブチケットが1枚入っていた。
手紙が一枚。
「ライブで、生で、ぜひ聞いてみてください。」
ひさとは家に帰ってから、じっと封筒とチケットと手紙を眺めていた。