第6話 俺も何か、新しいことを始めた方がいいよな…
それにしても、昨日は色々と大変だった。
ハンバーガーショップで食事を取っただけなのに、色々と気にかかることばかりだったのだ。
店内から向けられる敵視の数々。
食事というよりも、戦場にいるかのような殺伐として空気感であり、ハンバーガーを食べた気がしなかったのだ。
春風浩紀はハンバーガーが好きである。
けど、旋律を感じながらの食事はキツい。
しかしながら、夢と少しだけ、距離を近づけるきっかけにはなったと思う。
そこだけは、前進できた感じがしたのだ。
現在、教室にいる浩紀は溜息を吐いていた。
先ほど、二時限目の授業が終わり、今は小規模の休憩時間である。
椅子に座っていると、友人の亮仁真司がやってくるのだ。
「そういや、どうだった? 昨日のことさ」
真司は、浩紀が昨日、どんな経験をしたのかなんて知らない。
ゆえに、気兼ねなく話しかけられると、浩紀は友人に対して疲れ切った顔を見せてしまうのだ。
「なんか、まだ、午前の授業も終わってないのに、大丈夫か?」
「これが大丈夫に見えるのか?」
「……ああ」
「いや、絶対に違うだろ、それ」
浩紀はため息交じりにセリフを吐いた。
「それで、先生とはどうだった?」
「先生……?」
妹と幼馴染の事ではなく、橋本先生の方か?
真司は、浩紀の席近くにある壁に背中をつけながら、こちらの方を伺っているのだ。
「橋本先生とは特に何もなかったけど」
「なにも?」
「つまんないなあ、真面目過ぎるって」
「いや、逆に変な気を起こしたら、後々ヤバいだろうし……」
浩紀は、昨日の橋本美玖先生のことを振り返りながら話していた。
綺麗な姿だったことは鮮明に覚えている。
けど、この頃、おっぱいと触れ合う機会が多いのだ。
出来る限り、エロいことは考えないようにしていた。
確かに、美玖先生は美人ではあるが、本当に好きなのは東城夢なのである。
目移りなんてよくない。
夏芽先輩にも誘惑されている中、これ以上、女性に対して心を靡かされるわけにはいかないのだ。
ただ、夢の事だけを思うようにした方がいい。
浩紀の周りには美少女が多い中、常に冷静さを保たないといけないのである。
浩紀は真面目であるという名目で、この学校では通っているのだ。
高校に在籍している際は、何としても自分の立場を崩すわけにはいかなかった。
「ねえ、今、何について会話していたのかな?」
クラスが小規模な休憩時間を堪能している間、歩み寄ってくる足音と声。
これは、まさに、夢だろう。
浩紀は、パッと顔を上げ、声のする方へと視線を向けた。
確かに彼女であり、明るい笑みを見せてくれていたのだ。
急に夢から話しかけられるのも緊張する。
昨日の件もあり、少々心臓の鼓動が高まっている気がしてならなかった。
「美玖先生についてさ」
友人の真司が返答する。
一応、真司も、夢とは幼い頃からの付き合いがあるのだ。
「そうなの?」
「そうそう、浩紀って、昨日、美玖先生と一緒に会話してたしさ」
「話してた?」
急に幼馴染の夢の雰囲気が変わったような気がする。
その視線が、席に座っている浩紀へと向けられたのだ。
「どうした……の?」
浩紀は軽く視線を逸らし、聞き返す。
「んん、なんでもないよ。ただ、美玖先生と会話してたんだねって思って」
「うん……」
夢から放たれている黒いオーラに圧倒されている感じだ。
浩紀は、彼女からの圧力により、未だに視線を合わせられずにいた。
「真司、その話はやめないか?」
「そ、そうだな」
浩紀の発言に、真司も何かを察したようで、会話の方向性を変えることにしたのだ。
「それで、夢って。今やっていることってあるのか?」
真司が新しい提案をするかのように、話題を展開してくれる。
「今? そんなにないけど」
「そういえばさ。夢って、バイトしたいとか言っていなかったか?」
「そうだよ」
「丁度いいところがあってさ。紹介しようか?」
「いいの?」
夢は楽し気な口調になり、食い気味に、真司の話を聞いていた。
「ああ、俺の知り合いで募集しているところがあって。やりたいんだったら、そこの店長に言っておくけど」
「だったら、やりたい。でも、どういうバイトなの?」
「飲食店関係の店だが?」
「じゃあ、やる」
夢は積極的である。
夢は昔からお菓子とかを作るのが好きだった。
だから、適していると思う。
夢がバイトするのかと思うと、やはり、自分も何かを始めた方がいいと感じ始める。
一応、水泳部に入部することになったわけだが、本当のところ、やる気はしない。
目標をもって行動する夢を見ていると、少しは前向きになった方がいいのかもしれない。
浩紀は一人で、そう決意を固め、内心、頷いた。
「浩紀君。私がバイトを始めたら、お店に来てもいいからね」
「あ、ああ。わかった」
浩紀は軽く頷いて返答した。
「夢。バイトの面接とかについては後日言うから」
「わかったわ」
一応、バイトの件に関しては話が終わったらしい。
「じゃあ、俺はここで」
真司は何かを察したのか、その場から立ち去っていく。
え、なんで⁉
そうこう考えていると、夢との距離感がより一層に近くなったような気がした。
「ねえ、浩紀? 今日もちょっと付き合ってくれない?」
「いいけど。どこに行くつもり?」
「それは、私の家とか?」
「家か……」
「高校生になってから、私の家に来てくれなかったじゃない。だから、一緒に遊ばない? 浩紀とは、一緒に遊びたいゲームとかがあるの」
「そうなんだ」
そういや、中学生の頃は一緒にゲームとかしていたし、久しぶりにやるのなら、気分転換になっていいかもしれない。
「わかった、じゃあ、一緒に遊ぼうか」
「うん」
夢は満面の笑みを見せてくれる。
浩紀にだけ、そんな対応をしたのち、授業開始のチャイムが鳴ると、クラスメイトらと同様に、元の席に戻っていくのだった。
今日は、久しぶりに夢と一緒に遊ぶのか……。
不思議と緊張する。
自分に自信がないというのも相まって、少々心を抑制するものが体に取り付いていた感じだ。
午後の最後の授業が終わると、また校内放送で、橋本美玖先生に呼び出されたのである。
だが、今回は職員室ではなく、別の教室。
何か途轍もなく重要な話なのかと思い、一人で学校の廊下を歩いていると、急に背後から大きな膨らみを感じ、そして、抱きしめられたのだ。
ドキッとした。
それ以上に、背後からは女の子の甘い香りに圧倒される。
この雰囲気、匂い。
それは、あの人であることで間違いないだろう。
「浩紀―、約束通り来てくれたんだね♡」
「⁉ 先輩⁉ でも、美玖先生じゃないの?」
「うん、私が美玖先生に頼んで、浩紀を呼び出したの」
「なんで、そんな遠回りな」
「でも、そうしないと、私のところに来ないでしょ?」
「まあ、そうかも」
決して、夏芽雫先輩のことが嫌いとかではないが、夢と付き合いたいという思いが心の奥底にあり、なかなか先輩に対して心を開くことはできなかった。
「ちょっと、いい話しない?」
と、夏芽先輩から耳元で囁かれ、いつも通りに、校内にある空き教室へと導かれることになった。