2.
思い切って声を掛けた女を、そのままお持ち帰り出来るなんざぁ、なんてツイてるんだ。
この後、お楽しみが待っている!
そう考えただけで、顔が若気ちまう。
あっという間に俺ん家に着いた。
「“お化け長屋”なんて呼ばれてる汚い所だが上がってくんな。」
「そんな事、気にしないわよ。」
こいつぁ、本当に俺に惚れてんな。
そう思うと嬉しさも一入ってもんだ。
小汚い、座布団と言うのも烏滸がましい座布団だが、無いよりはましだろうと、軽く叩いて座るように促す。
女はその上に座ると、もじもじと畳にのの字を書いている。
「紹介がまだだったな。俺ぁ夜兵衛って言うんだ。姐さんの名前は?差し支えがねぇなら教えてくれねぇか?」
「…とみ。おとみって呼んで。」
「とみ……。おとみ…か…。おとみちゃんって呼んでもいいかい?」
夜兵衛がそう言うと、おとみは俯き頬を染めて恥ずかしそうにしながら小さく頷いた。
ぐぐぅぅ……。と、腹の虫が鳴きやがった。
ったく、折角いい雰囲気になりかけてたのに、なんてところで鳴りやがるんだ。
あまりの気不味さに、おとみちゃんの方を見たら、目を丸くした後、袖で口元を押さえてくすくすと笑いだした。
く~っ!
笑顔が可愛いぜ。
「あ、そうだ。腹、減ってねぇか?台所で何か見繕ってくるよ。」
何か言いかけていたみたいだったが、困ったように微笑む姿がまた可愛い。
急いで台所に行って何か無いかと思ってみたが、お櫃に入ったご飯と、朝の残り物の漬物と味噌汁ぐらいしかなかった。
大急ぎで火を起こして味噌汁を温めてお椀に、ご飯は茶碗に二人分ずつ装って、漬物と一緒にお盆に乗せて戻った。
「すまねぇな。待たせた割に、こんな物しかなくて。」
そう言って、彼女と自分の目の前にお盆を置いた。
おとみは、座って俯いたまま返事をしない。
やっぱりな…。
ここへ来て、気が変わったのだろう。そう夜兵衛は思った。
「俺とそんな関係になる気が無くなったなら、それでもいいから…。折角用意したんだから食べようぜ。」
「…本当に忘れちゃったのね。」
俯いたままおとみが言った。
「え?何言ってんだ。おとみちゃんみたいないい女、覚えていてても忘れるなんてこたぁねぇよ。」
おとみの正面に回って言うと、彼女は顔を上げて夜兵衛を見た。
「ほら、やっぱり忘れてる。……まさか私の事が分からないの?」
「またまた、冗談言って…。」
「冗談を言っている訳じゃ……私が分からなくなっているのね。」
今にも泣き出しそうな顔をするおとみに、夜兵衛は如何したらいいか分からなくて困った。
参ったな。泣かれたりしたら如何したらいいんだか……。
しかし、夜兵衛の顔を見上げたおとみの目には憎悪の色が……。
「な、何で……?」
思わずそんな言葉が、たじろぐ夜兵衛の口から零れた。
昨日今日知り合ったばかりの女に憎まれるような事などありはしない。
そう思うと何だか腹が立ってきた。
すると再びおとみが言った。
「本当に忘れてしまったのね……私の事もあの子の事も……何もかも。」
訳の分からない事を言われ、苛ついた。
「一体全体何の事を言ってんだ?訳が分からねぇぜ。」
その言葉を聞いて、スっと目を眇めるおとみ。
「へぇ。じゃあ、あの女の事も忘れたって事なんだ。あの女のした事も全部。」
「だから何だってんだ。何の事かさっぱり分からねぇぜ。」
おとみは、益々その目に憎しみの炎を滾らせた。
そして、何故か風も無いのに行燈の中のロウソクの火がユラユラと揺れる。
それに伴い壁に映るおとみの影も同じようにユラユラと揺れるのだった。
いつもお読み頂きありがとうございます。
遅くなってすみません。




