表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

みかん

作者: 柚子

突然ですが、私には3年付き合ってる彼氏がいてる。

・・・・そう、ほんの数十分前までは。

結婚の話題も少しづつ出てきて、とりあえずお互いの親にも

挨拶行こうかなんてことにもなっていて、今日のデートだって、

それに向けてのものになる、であろうと思ってたのに・・・・


終業のチャイムが鳴ってすぐ、その数十分前までは彼氏やった

奴から電話が掛かってきた。

仕事中はLINEが多いから不思議に思ったけど、急用かもしれない

と思って出てみた。


「どうした?今終わったから店向かおうとっ・・・・」

「ごめん、今日会われへん」

「あー、そう。仕事?じゃあ、しゃあないっ・・・・」

「そうじゃなくて。今日、というか、もうこれからというか・・・・ 

 その、俺と、別れてほしくて・・・・」

「え?は、い?別れっ、え?」

「ずっといいなって思ってる子がおって、1年くらい前にいいなって

 思った延長で告白したら付き合えちゃって。それでズルズル・・・・

 でも、今日プロポーズすることにしたというかなったから。

 その・・・・ごめん」


え?ドタキャン?そして、二股?電話で別れ話?

急用っちゃ急用かもしれませんが?

てか、いいなと思った延長で告白ってなに?

付き合えちゃってってなに?どんな乙女ゲー?


「何それ。もう話し合う事すらないってこと?それって直接

 会ってからじゃアカンかった?まだ顔見て言われた方がマシ

 やったんやけど」

「彼女は真緒と付き合ってること知らんし。その、直接会って

 話して責められるのに耐えられへんかもやし・・・・

 とりあえずもう行かなアカンから。そっちには俺のものないから

 もう繋がりもないよな。じゃあ、これで」

「は?あ、なあっ」


慌てて切られた電話の後の音が耳にやけに残る。

こんなベタな展開、自分には無関係やと思ってた。

そして、それをまるっと直接言う勇気がない、とね?

あぁ、こういう意気地なしというか、なぁなぁな所を、優しい人

やと思って、ずっと好きでおったんかなぁ・・・・

あー、ど屑が。


・・・・そして、今に至り、そのど屑事件から1時間。

あのまま帰る気にも、一人で飲みに行く気にもなれず、

フロアに誰もいなくなったのを確認してから、明日の仕事を

無理矢理今日にして、時間を潰している。

今頃、美味しいイタリアン食べてるはずやったのになー。

でも、あんな意気地なしどちゃくそ二股屑野郎(←)でも、

楽しい思い出もあるし、結婚したいと思ってた程好きな人

やったしなとか、色々巡らせていると、無意識に涙が溢れてきた。

すると、遠くの方からパタパタ足音が近づいて来て、


「あ、良かった。ちょっとこれ確認っ・・・・どうしました?」

「ど、どうしました、とは?ほら、資料貸して」


なんで今戻ってくるかなー。

なんとか必死に笑顔を作りながら答える。

声を掛けてきたのは、グループは違うけど、後輩の高橋雅也くん。

20歳の割には落ち着いてて、何を考えてるか分からないことも

あるけど、真面目に仕事をしてくれる頼れる子。


「あー、うん。大丈夫!さすが、期待の新人」

「いや、僕もう3年目なんですけど?てか、そんな目真っ赤で

 誤魔化せると思ってます?」

「いやー花粉症でさ」

「そんな都合のいい花粉症はありません」

「特殊な体質なんよね」

「・・・・デート、なくなったんですね」

「え?私、言うたっけ?」

「見てれば分かりますよ。パンツスタイルではあるけど、綺麗な、

 というか、少し気合の入った感じが出てるというか」

「あら、エスパー。でも、まぁ、そう。なくなった」

「なくなったくらいでそんなに落ち込まなくても。そんなに

 会いたいもんですかね?」

「いや、デートがなくなったけど会いたくて、とか、そういう問題

ではなくて・・・・終わったん、よね」


改めて言葉に出すと、また色々思い出してきて、結局

誤魔化したのが無駄になるくらい涙が溢れてきた。


「終わった?」

「振られたの!なんか!気になる人がいてたんですって!

 しかも、もう1年その子と付き合ってるって!今日、その子に

 プロポーズするからとか言われて!二股って!来月お互いの親に

 挨拶に行こうね、なんて話してたのに!プロポーズを待ってた

 のは私もやのに!もぉー!」

「あ、あの、落ち着いてっ・・・・」

「・・・・落ち着いてるよ」

「ちょっと待ってください。・・・・あ、あったあった。これ、

 良かったらどうぞ」


いつもあまり動じない高橋くんを盛大に焦らせてしまった後、

持っている紙袋から何かを探し、手渡されたのは・・・・


「み、かん?」

「はい、みかんです」

「あ、ありがとう」


疑問は残りつつも、もらったみかんを剥いて口に入れる。


「甘い、美味しい・・・・久しぶりに食べたかも」

「果物ってなかなかね。落ち着きました?」

「うん・・・・」

「実家が送ってきてて今日色々配ってたんです。ちょうど良かった」

「ちょうど良かった?」

「ほら、泣いたらビタミン流れるって言うじゃないですか」

「え?」

「あれ?ミネラルやったかな?」

「ちょっと待って、どっちにしても初耳」

「え、あれ?」

「てか、それどっちも流れたらアカンものじゃない?」


目の前で天然を発揮してくる高橋くんに変なツボが入ってしまい、

一人で笑っていると、


「やっぱり真緒さんは笑顔がいいですね」

「え?」

「真緒さんの笑顔って、なんか不思議で。僕は真緒さんの笑顔を見ると

 嬉しくなるんですよね。今日も幸せそうやな、って。僕も頑張ろうって。

 だから、その・・・・やっぱいいです」

「何よ、気になる」

「・・・・本当はこのまま告白をしてしまおうと思ったんですけど、なんか

 今じゃない気がするので、その、笑顔が好き、ってことで」


照れを誤魔化すように、少し微笑む彼。

もう告白みたいなもんやん、と思って、ちょっとこっちも恥ずかしく

なったけど、確かに今優しくされて、必要とされてしまうと、

流れてしまう可能性はある。

そういうところに気を回してくれたのは少しありがたかった。


「じゃあ、とりあえずこの後ご飯付き合ってくれる?」

「え、も、もちろんです」

「酔っぱらって、絡んでしまっても、最後までおってよ?」

「まぁ、その時に考えましょか」

「置き去りにされる可能性もあるわけですね」

「とりあえず行きますよ。お酒も料理も美味しいお店知ってるんで、

 そこでとことん、ね」

「ふふっ、ありがとう」

「じゃあ、ほら片づけましょ。僕も手伝いますね」

「よろしくお願いします」


無理矢理進めてた明日の仕事は、明日の私へのご褒美ということにしよう。


「ところで、さっきの話は天然?ボケ?」

「え?」

「私を笑わすためにボケてくれたんかなって・・・・」


そう言いながら横を見ると、少し顔を赤くして、そっぽを向く。


「あ、やっぱり天然やったんや」

「あんまり知らん知識出すもんじゃないですね。黙って、みかんだけ

 渡しとけばよかった・・・・」

「そんなことないよ。あのおかげで元気が出た。私、頑張るから。

 高橋くんがいいって思ってくれてる笑顔で。あんな人のために

 ウジウジするのもアホらしいもんね」

「はい。でも、頑張るの、明日からでいいですよ」

「え?」

「今日は無理しないでいいです。ほら、まだ笑顔が本調子じゃないから」

「高橋くん・・・・」

「・・・・さっきの僕のとぼけた発言は別にしてですけどね」

「あれ?まだスネる~!?」

「うるさいです」

「だって・・・ふふっ」

「真緒さん?」

「ん?」


その瞬間、ふわっと唇を奪われた。


「うるさい口にはお仕置き、です。ほら、片づけましたね。行きますよ」

「・・・・はい」


本人的には、クールにキメたつもりなのだろう。

いつもに増して読めない表情、少し馬鹿にしたような視線。

でも、隠すことが出来ないさっきより赤くなる顔と耳。

・・・・まぁ、きっとそれは私も同じだろう。

よし、今日は飲みすぎないようにしよう。

意識を残しておかないと、危ない気がする。

・・・・私の方が。

そう、変な決意をしている間に、少し早足になってしまった彼を

追いかけて、二人でお店に向かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ