05
「今年の春のことだ。サンガルズから例年通り使者が来ただろう?」
「はい。今年も良い品揃えで、上々な交易ができました」
フェルディナンドの言葉に、ビアソンがにこやかに頷く。
「サンガルズ……西の地の大国と国交がおありになるのですね」
サンガルズは、フィローンでも特別視している西の地の大国だ。
国王は線の細い美形だそうで、オリヴィアの姉、フィローンの一の姫は、国王が妻帯者であるにもかかわらずお熱だったのを覚えている。
(んー。この世界、地図があやふやで、距離感がどうもわかりにくいのよね)
この世界には空を飛ぶ術がない。
魔法使いはほうきで空を飛んだりできないし、竜はいるがただの凶暴な獣なので、背中に人を乗せるなど無理な話だ。
測量技術はそれなりに発達しているが、各国共に自国の周辺のみ。横の繋がりに乏しいせいか、全世界をくまなく正確に計測している地図というものは存在していない。
だが辛うじて各国の地図をつなぎ合わせた、つぎはぎの地図ならばある。
それによると、現在オリヴィアがいるこの惑星には、どどん、と広大なバルハラ大陸があり、その他に大小様々な島が存在しているようだ。
バルハラ大陸の中央には、これまた広大な塩湖がある。
この塩湖、神話では神竜が悪神を滅ぼす為のブレスを放った跡だと言われているが、オリヴィアは信じていない。
(これ、たぶん巨大隕石)
よりによって、広大な大陸の中央にピンポイントで落ちるなんて、すごい偶然だと密かに感心していたりする。
そんなこんなで、バルハラはドーナッツ状の大陸となった。
ドーナッツの北側には、決して雪が溶けることのない霊峰カローンを有するチュリブルム山脈があり、南側には生きとし生けるものを干からびさせる灼熱のミーロス砂漠がある。
山脈と砂漠によって遮られた大陸の西の地には、オリヴィアが産まれたフィローンやサンガルズがあり、ここリラクシオンがあるのは東の地となる。
冬になると人を寄せ付けなくなるチュリブルム山脈だが、春から秋にかけては人の往来がある。だがミーロス砂漠の横断は、砂漠に生きる人々ですら命がけで、ほぼ踏破不可能だ。塩湖には凶暴な海竜の巣があり、船を出せば確実に破壊される。
必然的に、東西の国々はチュリブレム山脈を通じてしか交流できない。だが厳しい山越えを厭って、最低限の交流しかないのが現状だ。
「フィローンは東の地との交流を拒んでいますが、北に近い国々は東の地とも交流をもっているのですね」
高慢なフィローンの王族は、長い戦乱に明け暮れていた東の地には野蛮人が住むのだと言って馬鹿にしていた。
「それだ」
「え?」
ぴっとフェルディナンドに指を指されて、オリヴィアは首を傾げる。
「フィローンが東の地を拒んでいるのが、そもそもの発端だ。――オリヴィア姫はテレントをご存じか?」
「テレント……確か、ここリラクシオンの隣国でしたね」
ここよりさらに南にある大国。広大な穀倉地帯と優良な鉱山を多く有する国だったはずだ。
「その通り。テレントは我が国の同盟国だ。交流が盛んで、私も個人的につき合いがある者が多くいる」
その中のひとり、テレントの現宰相の息子、エリアスより、フェルディナンドは頼み事をされたのだという。
「フィローンの二の姫を自国に招待したい。その為に協力してくれないかと」
「私……ですか?」
「そう。あなただ」
「どうして?」
「理由は今は明かせないと言われた。テレントでは、二百年以上前から、その時々のフィローンの王族を自国に招こうと書状を送り続けてきたらしい」
「二百年以上前から……。それでフィローンは、それを拒み続けてきたと?」
「そのようだ」
書状だけで不足ならばと、高価な贈り物を添えたこともあったらしいが、贈り物だけ受け取って書状は突っ返されたようだ。
(うわ~、フィローンの王族ならやりそう)
格下の野蛮人の書状を受け取る気はないが、貢ぎ物ならば受け取ってやらなくもないとでも思っていそうだ。
「フィローンが東の地の国を軽視しているのは明らかだ。だからテレントは、西の地の大国、サンガルズに目をつけた」
大国サンガルズに促されれば、さすがにテレントの申し出を無視することはできないだろう。
そう考えたテレントでは、サンガルズと交流のあるリラクシオンに橋渡しを依頼したのだと言う。
「春に訪ねてきたサンガルズの使者に、テレントからフィローンへの書状と贈り物を持たせた」
フェルディナンドとしては、これでテレントの依頼は果たせたことになる。
それで今まですっかり忘れてしまっていたのだそうだ。
「ですが、なぜそれが陛下の嫁取りの話に変化してしまったのですか?」
ハンカチで片眼鏡を拭きつつビアソンが聞く。
「さて、わからんな。……春に会った使者殿は、今だに私の婚約者が決まっていないことを気にして、少しその件に関しても話をしたのだが……。もしかしたら、そこら辺で何らかの誤解があったのかもしれないな」
「では、陛下が悪いんですね」
フェルディナンドの背後に立っているデニーが、ぼそっと告げる。
「待て待て。俺は悪くない。早合点したとしたら向こうだ。――そもそも、私は花嫁を必要としていない」
(え、なんで?)
この発言に、オリヴィアは驚いた。
フェルディナンドは二十代半ばぐらいだろうか。
この世界ではすでに結婚適齢期だし、国王という立場上早々に世継ぎをもうける必要だってあるだろう。
これだけのイケメンだ。望めばどんな美女でも手に入れられるだろうに……。
(婚約者もいないのよね。……結婚できない相手と恋愛中とか? 平民の女性とか? う~ん。それはないか)
多分この国はフィローンより身分差にうるさくなさそうだ。平民の恋人がいたとしたら、早々に貴族の養女にでもして娶っているはずだ。
(となると、同性愛?)
この世界にも同性愛はあるし、前世よりも鷹揚だ。
前世日本人だったオリヴィアも腐海のなんたるかは学んでいたし、否定もしないのだが……。
(……フェルディナンド様がそうなのは嫌)
オリヴィアはなんだか胸がもやっとした。
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