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黒忌み姫のお輿入れ  作者: 黒田ちか(クロッチカ)
第1章 お暇させていただけませんか?
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04

「お暇するとあなたは気軽に言うが、女性の身では今年中に国に戻るのは難しいだろう」

「忌み子と蔑まれる国に戻るつもりはありません。できることなら、この国で平民として生きるのを許していだたきたいのです」


 フェルディナンドに聞かれて、待ってましたとばかりにオリヴィアは願いを告げた。


「王族として育てられたあなたに、平民の生活ができるとは思えないが」

「いいえ。私は幽閉されて育ったのです。王族として暮らしたことなど一度もありません」

「先程も幽閉されていたとおっしゃいましたね。それでも侍女ぐらいはいたのでしょう?」


 ビアソンがきらりと片眼鏡を光らせる。

 オリヴィアは首を振って答えた。


「いいえ。幼い頃には乳母がおりましたが、彼女が死んでからは、ずっと箱庭と呼ばれる高い塀で囲まれた場所でひとりきりで生きてきました」

「食事などはどうしていたのです?」

「自分で作っていました」


 オリヴィアの答えに、皆がぎょっとする。


「姫君が、自分で作るのか?」

「はい。……自己流ですが」


 半ば呆然としているフェルディナンドに、オリヴィアはにっこり微笑みかけた。


 箱庭には、月に二度食材が運び込まれていた。

 前世のように科学技術は発達していない世界だが、幸いなことにここには魔法がある。

 魔法を使うには天性の才能が必要だが、魔法使い達は一般人でも魔法の恩恵にあずかれるようにと魔道具なるものを作りだしていた。

 保冷具もそのひとつ。前世の冷蔵庫のようなもので、これがあるお陰で、食材の搬入が月に二度しかなくとも飢えることなく普通に生活できていた。

 それ以外にも、広大な塩湖の恩恵で塩が豊富に使えたのも良かった。漬け物の要領で塩漬けした葉野菜を保存できたからだ。

 前世で家政婦扱いされていたせいで、オリヴィアの調理スキルは高い。食材に不自由はしていたが、幽閉されているわりには比較的健康な食生活はおくれていたと自負している。

 まあ、その分、この世界の料理形態には疎いのだが……。


「料理ばかりではなく、掃除や洗濯もできます。ですから、平民となってもなんとか生きて行けると思うのです」


 今のオリヴィアを雇ってくれるとしたら、街の居酒屋や宿の下働きぐらいか。前世で虐げられて育っただけに、キツイ仕事にも耐性があるつもりだ。娼館以外ならば、どんなことでもできる。

 オリヴィアは自信を持っていたが、ハンゲイト侯爵は穏やかに微笑んで「無理でしょうな」と告げた。


「市井で生きるには、オリヴィア姫は美しすぎる。よからぬ輩に目をつけられて、あっという間に攫われてしまいまずぞ」

「まあ。……失礼ですが、リラクシオン国は治安が悪いのですか?」

「とんでもない。東の地の中では良い方だと自負しています!」


 きらんとビアソンの片眼鏡が光る。


「それでも、残念ながら全ての悪を排除することなどできないものなのですよ。平和な西の地とは違い、東の地は八年前まで戦乱に明け暮れておりましたからな。荒っぽい気風がなかなか抜けなくてね」

「そうでしたか……」


 東の地が領土を巡る戦に明け暮れていたことは、箱庭にあった書物にも書いてあった。

 長い戦乱の世が、ここに住まう人々の心の在り方に影響を与えていてもおかしくはない。


「それでは、この城で下働きとして雇っていただけませんか?」

「は?」


 またまたフェルディナンドのポカン顔をみられたオリビアは、嬉しくなってにっこり微笑んだ。


「食事と寝るところさえいただければ、お給金はいりません。お願いいたします」

「いや、いやいや。それは駄目だろう」

「では、私から提案があるのですが」


 黙ってフェルディナンドの後ろに立っていた護衛騎士のデニーが、不意に手をあげた。


「……なんだ?」

「オリヴィア姫に、我が妻になっていただくというのはどうでしょう?」

「ぁあ?」


 胡乱げに睨みつけるフェルディナンドを無視したデニーは、素早く移動して、驚くオリヴィアの前に跪いた。


「私は平民出ですが、子爵位を賜っております。贅沢は無理でも、決して不自由はさせないと誓います。――どうか、この手をおとりください」

「まあ」


 プロポーズなど、前世も含めてはじめてだ。

 オリヴィアが差し出された手に戸惑っていると、ビアソンが丸めた書類で、スパン! とデニーの頭を叩いた。


「オリヴィア姫、この男の戯言は耳にお入れにならないよう。月に一度は同じようなことを違う女性にほざいておりますので」

「多情なのですね」

「違います。私は女性の美の信奉者。己の心に正直なだけです」


 デニーはキリッと真面目顔だ。


(あ、これ駄目な人だ)


 女好きに思えるが、これは違う。芸術家気質というか、一種のナルシストみたいなものだ。


「デニー様。大変有り難いお申し出ですが、そのお気持ちだけ有り難くちょうだいしておきます」

「……残念です。ですが、気が変わったらいつでもお声を――」

「デニー、戻れ」

「はっ」


 なおも言いつのろうとするデニーを、フェルディナンドが呼び戻す。

 さっとすぐにフェルディナンドの背後に戻って生真面目な顔で直立したデニーを見て、オリヴィアは良く躾けられた犬のようだと思ってしまった。


「オリヴィア姫、あなたのお気持ちはわかりました。ですが、我が国としてはやはり認めるわけにはいきません。こちらはあずかり知らぬこととは言え、すでにフィローンからの正式な輿入れの書状を受け取ってしまっている。輿入れしてきた姫君を市井に落としては、我が国の名誉にかかわる醜聞となる」

「……はい」


 確かにその通りだ。

 オリヴィアは意気消沈してうなだれる。


 そうしてうなだれていると、オリヴィアの長い睫毛が頬に影を落とし、今にも枯れ落ちそうな儚げな花の風情を思わせる。


 フェルディナンドはそんな彼女を慰めようと思わず開きかけた唇を、意志の力でいったん引き締めた。


「オリヴィア姫」

「はい」

「此度の輿入れだが……実は、私にひとつ思い当たる節がある」

「え?」


 今まで知らぬ存ぜぬを決め込んでいたフェルディナンドのこの発言に、オリヴィアは驚いて顔を上げた。


(さっきまで、本当に知らなそうだったのに……)


「そういうことは早く言ってください!」

「おやおや。招いておきながら惚けるとは、なんと無礼な……。これは捨て置けませんな」

「……陛下」


 怒るビアソンに、微笑みながらも怖い気配をじわじわ漂わせるハンゲイト侯爵、そしてなぜか狡いと主君を睨みつけるデニー。


「待て。そういきり立つな。――どうやら、なにか誤解があったようなんだ」


 説明するから落ち着いてくれと、フェルディナンドが焦っている。


 君主が臣下に懇願するなんて、フィローンでは有り得ない姿だ。

 この国の上層部の者達には、しっかりとした心の繋がりがあるのだろう。


(うん。やっぱりこの国で生きていきたい)


 なんとかして、この国の民として生きる道を捜そう。

 オリヴィアは決意を新たにした。

読んでいただきありがとうございます。


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