05
「それでは明日の正午、大広間で。楽しみにしているよ」
サファイア姫はそう告げると、クラレンス侯爵派の貴族達を引き連れて颯爽と王の間から出て行った。
オリヴィア達はフェルディナンドに言われて応接室に向かう。
リラクシオンの王城を始めて訪れた日にオリヴィアが通された応接室に集ったのは、あの日のメンバーとエリアス、そしてそれぞれの護衛達だ。
(なんだか懐かしい……)
あの日は長い馬車旅で疲れていたから、薫り高い温かなお茶が本当においしかった。
はじめて顔を合わせたリラクシオンの人々は、皆オリヴィアにとても親切してくれて、忌み子として虐げられてばかりいた身にはとてもありがたかった。
薫り高いお茶を飲みながらしみじみ過去の記憶に浸っているオリヴィアの隣では、フェルディナンドが苛々していた。
「私は反対だ! お前が邪魔しなければ止められたのに」
フェルディナンドに睨まれたデニーは、「宰相閣下のご命令でしたので」と軽く肩を竦める。
「ハンゲイト侯爵の? お前は王である私より、宰相の命令を優先するのか?」
「時と場合によりますね。今回はそうすべきだと判断しました」
「陛下、もう決まったことですよ。諦めてください」
おっとりと窘めるように言うハンゲイト侯爵に、フェルディナンドは恨めしげな視線を向ける。
「なぜ決闘を認めた?」
「もちろん、それが一番良い方法だと思ったからです」
「オリヴィアが決闘することが一番の方法だと?」
「そうですとも。――皆さんもそう思いますよね?」
その場にいる者達は、ハンゲイト侯爵に声をかけられ、渋々といった感じで頷いた。
「気持ち的にはあまりよろしくないのですが、確かにこれが最良の選択でしょう」
「オリヴィア姫には黒の王冠の守りがありますからね。それもあって自ら名乗り出たのでしょう?」
エリアスに聞かれて、オリヴィアは頷いた。
「決闘なんてしたせいでフェルディナンド様に万が一のことがあってはいけませんもの。それに……」
思わず、ふふっと笑ってしまったオリヴィアに、「それに?」とフェルディナンドが続きを促す。
「決闘の相手に名乗り出た時、まるで騎士様になったような気持ちになって、ちょっとわくわくしてしまいました」
「……オリヴィア」
これにはフェルディナンドも少し呆れたようだ
「怪我はしないかもしれないが、ことは決闘だぞ。もう少し緊張感を持ったほうがいい」
「あら、でもお芝居ですもの。楽しまなくては損でしょう?」
「は? 芝居?」
「ええ。サファイア姫は最初からずっとお芝居をなさっておいでのようでしたわ」
そうですよね? とハンゲイト侯爵に聞くと、老侯爵はおっとりと微笑みながら「そのようですな」と頷いた。
「サファイア姫は内乱を起こさぬよう、内々に事態を収めようとしておられるようです」
「では、サファイアが、あのようにオリヴィアを悪し様に言ったのも」
「演技でしょうな」
「私もそう思います」
「まさか、そんな……」
フェルディナンドはまったく気づいていなかったようで本気で驚いていた。
他の皆も同様だ。
オリヴィアが見る限り、気づいていたのはハンゲイト侯爵と自分だけだったようだ。
「オリヴィアはどうして演技だと気づけたのだ?」
「サファイア姫を見ていると、どきどきしたからです」
オリヴィアが素直に答えると、「あら」とエリサも口元を抑える。
「エリサ様も?」
「え、ええ……。あの時は、サファイア姫がなんだかとても素敵に見えてしまって」
「ですよね? 私もそう思ったんです」
(やっぱり男装の麗人って好きな人が多いよね)
前世の世界でも宝塚の男役のファンは多かったし、格好いい系の女優を支持する女性層も間違いなくいた。
「サファイアが……素敵?」
フェルディナンドは理解できないという顔だ。
「サファイア姫のすらりとした立ち姿や艶やかな声も、まるで舞台に立つ演者のようでとても素敵でした。名指しで罵られた時もどきどきはしましたが、不思議と傷ついたりはしなかったんです。傷つかなかったのは、きっとあれが最初から用意されていた台詞だったからだと思うんです。本心から悪し様に罵られれば、さすがに私だって傷つきますもの」
オリヴィアを見るサファイアの視線に侮蔑の色は一切見られなかった。
むしろ、その場を楽しんでいるような感じすらあったように思う。
「それに、別れ際にこっそりと少しだけ会話したのですが、私が短剣術を習ってまだ一月経ってないと打ち明けると、とても心配そうな顔をしておられました。お優しい方なのだと思います」
「……ああ、そういえばそうだった。サファイアは幼い頃から剣を振り回してはいたが、弱い者をいたぶるような真似だけはしなかったな」
オリヴィアの言葉に、フェルディナンドはやっと納得してくれたようだ。
だが、その表情は冴えない。
「しかし、決闘はどうするんだ? サファイアの剣の腕は本物だぞ」
「私なら大丈夫です……けれど、サファイア姫が怪我してしまうかもしれませんね。……どうしましょう」
護衛の女騎士、アリーナとの訓練でオリヴィアは日に何度も剣をたたき込まれている。当然そうなると怪我をするのはアリーナで、その身体には打撃痕がしっかり残っていた。
訓練でつかっているのは木剣だから血が出ることはないが、決闘でつかうのは真剣だ。
(私がもっと素早く動ければいいんだけど……)
今のオリヴィアでは剣を完全に躱すことなどできるはずもない。
困っていると、「発言してもよろしいでしょうか?」と、アリーナが許可を求めてきた。
許可を出すと、一歩前に出て話し出した。
「決闘に関しては姫様次第でなんとでもなると思います」
「私次第?」
「はい。姫様は、ここ数日で随分と剣の動きにも慣れてきました。サファイア姫もさすがに姫様相手に本気で剣を振るうことはないでしょうし、今の姫様でもその剣先の動きを見切ることができるはずです」
ですよね? と聞かれて、オリヴィアは頷いた。
「剣先の動きを見るぐらいならなんとかなると思います」
ここ数日、少しでもアリーナに怪我をさせないよう剣先の動きを見て動くことばかりに集中していた。
訓練後、アリーナの肌に残る痣を見せられていただけに、それはもう必死で頑張ったのだ。
「姫様は、御身に宿る黒の王冠を最高の守りだとおっしゃいますが、私は攻撃される場所をこちらでコントロールすることさえできれば、最高の攻撃手段にもなりえると思っています。たとえば、こう……敵が剣を持つほうの手首に攻撃を当てることができれば」
「まあ、そんなことになったら剣を持てなくなるわ」
「その通りです。サファイア姫も姫様を傷つけたいと思ってはいないはず。狙うとすれば、手首か足のどちらかでしょう」
「それを逆手にとって、黒の王冠で攻撃に変えるのね?」
「その通りです」
よくできましたと言わんばかりの表情でアリーナが頷く。
(……マゾじゃなかったのね)
痛い思いをするのは自分なのに喜喜として攻撃してくるからつい疑ってしまったが、どうやら最初からそういう攻撃方法を教えるために指導してくれていたようだ。
「アリーナありがとう。なんとかなりそうな気がしてきたわ」
「頑張ってください」
ぐっと拳を握って鼓舞してくるアリーナを真似て、オリヴィアもぐっと拳を握る。
「真剣での訓練はしていないのだろう? 自分が持った剣でうっかり傷つくようなことはないのか?」
フェルディナンドが心配そうに、握ったオリヴィアの手を両手で包んだ。
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次話は22日更新予定です。




