06
「私の昔話を聞いてくれるか?」
「はい」
「私には昔、婚約者がいたんだ」
「エリサ様から事故で亡くなられたと聞きました」
「そうだ。当時、彼女はまだ十二歳だった。それから二年後、私はまた婚約した」
「え?」
(悲恋じゃなかったの?)
失った婚約者が忘れられずに、新たな婚約を拒んでいるのかと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。
「二番目の婚約者は熱病で死んだ」
「……それは」
(偶然?)
ここ最近の暗殺未遂を思い返すと嫌な予感しかしない。
「さすがに参ってね。その後はしばらく婚約者を決めずにいたんだ」
その間もクラレンス侯爵の関係者からは、ラヴィニアとの婚約の打診を受け続けた。
だが、フェルディナンドは断り続けていたのだという。
「クラレンス侯爵にこれ以上の権力を与えるわけにはいかなかった。それに、あなたも会ったからわかると思うが、ラヴィニアは王妃の器ではない」
だが、何度断ってもクラレンス侯爵は諦めない。
困ったフェルディナンドは、ビアソンやデニーと相談して、偽物の婚約者を作ることにしたのだそうだ。
「一昨年のことだ。最初はエリサに頼むつもりだったんだが、恋人がいるからと断られてしまった。それで、よく顔を合わせていた女性文官に頼んだ」
子爵の娘で身分は低いが、聡明でこちらの事情もよくわかってくれる女性だった。
「だが彼女も突然病に倒れた」
「まあ……。それでどうなったんでしょうか? まさか……」
心配してオリヴィアが濁した言葉を受けて、フェルディナンドは「生きているよ」と安心させるように微笑んだ。
「ただ、全身に酷い湿疹ができてね。病が治った後も、跡が残ってしまったんだ」
特に顔の湿疹が酷く、とてもじゃないが王妃候補として人前に出ることはできなくなってしまった。
彼女はそのまま故郷に戻り、変わり果てた姿を見ても驚かず温かく迎えてくれた幼馴染みと恋をして結婚したのだそうだ。
「……そういう毒があると聞いたことがあります」
女性の美しさを殺す毒。
サイコな姉姫に飲まされたが、当然オリヴィアには効かなかった。
――この毒の効果をどうしても知りたいの。
その後、姉姫は自分の侍女に毒を無理矢理飲ませて、その効果のほどを確かめたと聞いている。
「たぶんその毒を使われたんだろう。それで遅ればせながら気づいたんだ。前の二人もそうだったのではないかと……」
「犯人は?」
「探ったが、どうしても証拠がでなかった。だが、状況的にクラレンス侯爵の関係者が怪しいのは確かだ。それがわかっていてもクラレンス侯爵の影響力が大きすぎて手が出せない。――今回亡くなった平民の子供達も、クラレンス侯爵邸から出た毒で死んだとわかっているのに、証拠がなくて手を出せなかった」
ミーロスの花毒は、リラクシオンでは所有しているだけで罪になる。なんとか尻尾をつかめないかとクラレンス侯爵邸の使用人達にも探りを入れたようだが、みんな侯爵の怒りを恐れて口を閉ざした。
「あなたのこともそうだ」
「私のこと?」
「ああ。あなたを守る為にビアソンが流した噂も逆効果になってしまったようだ。侍女も、貴族の派閥とは関わりのない庶民枠から選んだが、実際はクラレンス侯爵の関係者だった。護衛騎士の件も、騎士団長から護衛騎士の選出を任された者が、クラレンス侯爵の関係者に大金をちらつかされて握りつぶしていたようだ。堂々と騎士に扮した暗殺者を送り込まれるよりはましだが……」
フェルディナンドは立ち止まると、オリヴィアを見つめた。
「今あなたの命が狙われているのは、間違いなく私のせいだ」
オリヴィアはフェルディナンドを見上げて、「いいえ」と間髪入れずに否定した。
「フェルディナンド様は悪くありません。悪いのは、暗殺を企む者のほうです」
「……だが、クラレンス公爵を増長させてきたのは私だ。私が力不足だったから、クラレンス侯爵を抑えることができずにいるせいだ」
すまない、とフェルディナンドは力のない声で呟いて、オリヴィアに頭を下げる。
銀色の髪が月の光を受けて、鮮やかにきらきら光った。
夜に溶け込むオリヴィアの黒髪とは違う。
フェルディナンドは産まれながらに輝く王冠をその身に戴いて産まれてきた者だ。
「フェルディナンド様、気負いすぎてはいませんか?」
「は?」
オリヴィアはずいっと一歩前に出て、頭を上げたフェルディナンドの顔をまっすぐ見つめた。
「即位した時、フェルディナンド様はまだ十代だったのでしょう? 百戦錬磨の侯爵相手に勝てなくても仕方のないこと。それでも、五年、十年経てば状況は変わります。心が負けていなければ、いつか必ず勝てる日が来ます」
前世のオリヴィアもそうだった。
両親が死んだ後、引き取られた親戚の家で両親の財産を全て奪われ使用人扱いされて育てられた。
それでも、彼女は負けなかったのだ。
今は無理でもいつか絶対にと念じ続けて、高校を卒業した後に裁判を起こして全て取り戻した。
(……その直後に殺されたけど)
それでも、確かに前世のオリヴィアは雌伏の時を経て勝利した。
親しい腹心に囲まれ、民からも愛されているフェルディナンドならば、きっといつか勝てるはずだ。
「私なら大丈夫。こう見えて頑丈ですし、毒の対処法もよく知っています。――そうだわ。いっそのこと、私を囮としてつかってみませんか?」
ずずいっと前に出て申し出る。
至近距離で見つめてくるオリヴィアの勢いに押されたのか、フェルディナンドは軽くのけぞった。
「オ、オリヴィア姫、近すぎる」
「あ、すみません。つい……」
フェルディナンドの顔がうっすら赤くなっていたが、月明かりのせいでオリヴィアは気づかない。
「あなたを囮にはしない」
「そうですか……」
(いい案だと思うのに)
なにしろオリヴィアは死なない。囮としては最高の人材だ。
「もちろん、このまま侯爵に負け続けるつもりもない。……真に愛する人を王妃に迎えるためにも」
「もしなにか協力できることがあったら言ってください。なんでもしますから」
「ありがとう。――それならば、私が今のように弱気になった時には、また励ましてくれないか?」
――これからも、ずっと。
フェルディナンドは囁くようにそういいながら、オリヴィアの手を取りその指先にキスをする。
(ひゃあああああ! どうしよう。素敵すぎてっ、もうっ)
指先に感じる温かな呼気に、オリヴィアはぼわっとのぼせる。
下手に口を開くと、おかしなことを口走りそうで、黙ったまま頷くことしかできない。
「ありがとう」
突然しおらしくなって俯いたオリヴィアを、フェルディナンドは愛おしそうに見つめている。
(お礼を言うのは私のほう……。私が平民になった時の為にも、フェルディナンド様には頑張ってもらわないと)
聞いた限りでは、クラレンス侯爵は権力を持たせてはいけない種類の人間だ。
自己中心的で傲慢。今以上の権力を得たら、自分の地位と財を守る為にどんな酷いことでもする最悪の権力者になるだろう。
どんなに酷い自然災害が起きても平民達の苦労を思いやることもせず、安全な城の中に閉じこもっていたフィローンの王族のように……。
(きっとフェルディナンド様なら、そんなことはなさらない)
自ら先頭に立って、民を救うための対策を次々に打ち出してくれるだろう。
オリヴィアはそう信じている。
(リラクシオンの民は本当に幸せね)
なんらかの形でフィローンの王族との縁を切ることさえできれば、自分もそのひとりになれる。
素晴らしい王を戴く、リラクシオンの民に。
(だから、こんな風にしていられるのも今だけ)
平民になれば、フェルディナンドにはもう近づけなくなるのだから……。
それを思うと、少しだけ胸がチクチク痛む。
「もう少し散歩につき合ってもらえるか?」
「はい、よろこんで」
促すように軽く肘を出したフェルディナンドの腕に、オリヴィアはそっと手を掛けた。
(……温かい)
秋の夜風はひんやりしているが、フェルディナンドに触れた手はふんわり温かい。
ゆっくりと歩調を合わせてくれる優しさが嬉しくて、心もほわんと温かくなる。
前世でも今世でも、こんな素敵な夜を過ごしたことなんてなかった。
(きっとこの夜は、一生の思い出になる)
この全てを忘れないようにしよう。
オリヴィアは月明かりに輝く銀の髪を見上げて、うっとりと目を細めた。
読んでいただきありがとうございます。
三章はこれで終了。
四章は攻撃と接近。
月曜日から投稿する予定です。




