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 リラクシオン国の王都の北方を守る厳めしい石門の前に、一台の馬車が停まっていた。


 馬車に付き添ってきた騎士の口上を信じるならば、馬車の中にはフィローン国の二の姫が乗っているらしい。

 しかも、リラクシオン国の国王、フェルディナンドの妻になるために来たのだという。


 中央に巨大な塩湖を有する広大なバルハラ大陸は、地図上で見ればドーナッツ型をしている。

 リラクシオン国とフィローン国は、塩湖を挟んでほぼ対岸に位置している。海竜の巣があるために塩湖の航行はほぼ不可能で、陸路で行くしかない遠い国だ。


 名前は知っていても、ほぼ没交流の国。

 姫君が輿入れしてくるなど、これまで噂でも耳にしていない。まさに晴天の霹靂だった。


 フィローン国の騎士は、門番の兵士に輿入れの口上を述べ、国王からの書状を託すと、用は済んだとばかりに帰り支度をはじめた。

 わざわざ馬を外した馬車の中に姫君をひとり残して、同行の者達と共に急ぎ帰ってしまったのだ。

 季節は秋の終わり。チュリブルム山脈はもうじき深い雪に覆われて、来年の春まで人間が生きられる環境ではなくなる。その前に母国に帰らなければと焦っているのが丸わかりだ。


「王城から連絡はまだか?」

「は。……先に書状をもたせた兵はさきほど戻ってきたので、そろそろではないかと」


 高貴な女性に、兵士如きが気安く声を掛けるわけにはいかない。

 門番達は馬車を遠巻きに見守りながら困惑していた。

 馬が外され、車体だけになったその馬車は、正直言って裕福な平民が乗る程度のレベルで、王族が乗るにはあまりにもお粗末なものだった。

 フィローンは遠国だ。姫君の顔を知る者などここにはいない。

 名を騙った偽物が陛下の妻の座を狙って乗り込もうとしているのではないかという恐ろしい疑惑が胸をよぎり、兵士長は身震いした。


 それからしばらくして、馬に乗った人物がふたり門前にやってきた。


「責任者はどこにいる?」


 馬からひらりと飛び降りたのは国王、フェルディナンド。

 同行の騎士は、その護衛騎士であるデニーだ。


 フェルディナンドは御年二十六歳、輝かしい銀髪に穏やかな深い緑の瞳のスラリとした長身の美丈夫だ。

 若い頃から戦に明け暮れていた前王とは対照的に、文に重きを置く理知的な人物である。


「ここに。国王陛下自らおいでとは……」


 ざっと居住まいを正し敬礼する兵士達に、フェルディナンドは「よい。楽にしろ」と命じる。


「それでフィローンの二の姫はどちらにおいでだ?」

「こちらの馬車の中でございます」

「……この馬車に?」


 フェルディナンドも粗末な馬車に違和感を覚えたようだ。

 馬車はどう見ても四人乗りの小さなもの。姫君の輿入れに必要な荷が載っているようにも見えない。


「同行の騎士達はどうした?」

「帰りました」

「姫君をひとり置いてか……。どうなってるんだ」


 あまりに常識外れだとフェルディナンドが悩んでいると、「考えるのは後にしてください」と護衛騎士のデニーが告げる。


「馬車が到着しました。これ以上人が集まる前に姫君にはこちらに移動していただきましょう」

「そうだな」


 フィローンの騎士が大声で口上を述べた為、物見高い人々が集まりつつある。

 頷いたフェルディナンドは、馬車に歩み寄った。


「フィローンの二の姫、新しい馬車を用意しました。馬車より降りていただく。ドアを開けても?」

「どうぞ」


 馬車の中から小さな声が聞こえて、フェルディナンドは自ら馬車の扉に手を掛けた。

 が、扉は開かない。


「姫君。鍵を開けてください」


 再び問うと、「無理です」と告げる静かな声が聞こえた。


「この扉は外側からしか開きません」

「なんだと」


 つまり、この姫君はずっと馬車に閉じ込められていたということか。

 同行の騎士達も早々に引き返したと聞いている。

 見た限りフィローン国王からの書状は本物だったが、なんの前触れもないままのこの輿入れには、なにかおかしな裏がありそうだ。


 フェルディナンドは、まるで隠すように扉の下部についていた鍵を外して、扉を開けた。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 手を差し伸べると、黒い手袋に覆われた小さな手がそっと載せられる。

 ゆっくりと馬車から降り立った姫君の姿に、集まっていた人々は思わず息を飲んだ。


 黒のドレスに、完全に顔を覆う黒のベール。


 姫君は喪服姿だったのだ。


「喪服で輿入れとは……」

「なんと不吉な」


 後ろに控えていた兵士達や集まっていた人々が、その不吉な姿に動揺してざわつく。

 フェルディナンドは動揺を隠し、「こちらへ」と姫君を馬車へとエスコートした。


「ご無礼とは存じますが、国王陛下でいらっしゃいますか?」


 姫君がよそには聞こえないよう囁くような小声で話し掛けてくる。

 フェルディナンドは「いかにも」と頷いた。


「此度の輿入れ、陛下が望まれてのことではないのでしたら、このままお暇させていただけませんか?」

「は?」


 なんとも不可解な申し出に、フェルディナンドは耳を疑った。


「申し訳ないが許可できない。此度の輿入れは確かに私が望んだものではないし、予想もしていなかったものだが、供もいない遠国の姫君をひとりで放り出すわけにはいかないからな」

「そうですか」


 姫君の口からいかにも残念そうな溜め息が零れる。

 どうやら彼女にとってもこの輿入れは望んだものではなかったようだ。

 なにが起こっているのかさっぱりわからない。

 厄介なことになったと、フェルディナンドもつられたように溜め息を零した。

読んでいただきありがとうございます。


のんびり新連載をはじめます。

更新は不定期になりますが、なるべく早めにお送りできるように頑張ります。


よろしくお願いします。

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