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中編と呼ばれる本編

 わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ。

 現在、超空闘技場はお祭り騒ぎの観客達で溢れかえっていた。彼らは騒いではしゃいでこれから始まる大勝負をぞんぶんに楽しもうとしている。

 今回の超空闘技場における『闘い』は、小柄な少年VS世界最強。見る間でもなく少年のほうが負けるだろうとわかってしまいそうな組み合わせだが、しかしここは世界最高峰、超空闘技場なのだ、あまりにも当然すぎる流れになりそうなその不自然さが、逆に少年が何かしらの手で勝利を収める大番狂わせがあるのではないかという期待と希望を観客達に生んでいた。

 そして、両者が闘技場に姿を現し、開始の合図とともにいつでもスタート可能な状態となる。

 さて、それでは切りのいいところで『闘い』のルールをもう一度確認しよう。

 『闘い』のルール。

 一つ、一対一で行うこと。

 一つ、相手が気絶するか降参すれば勝ちとなる。

 一つ、殺しはできる限り控えること。

 一つ、闘いの際に武器を使う者は、機関が用意した武器のみを使用すること。しかし、武器はすべて加工され、殺傷能力はないようにされている。

 要するに、相手を倒すか降参させれば勝ち。

 また、これらのルールは、集団で争ったり、無残に殺しあったり、卑怯な道具を使用したりすることを暗に禁止している。

 これらはルールというよりも、規則。規則というよりも作法に近いものであり、『闘い』をより純粋に執り行うために必要な制限であった。

 しかし、実はこのルールの網を通り抜け、むしろ有効活用している男がいる。それは、世界最強。神に遭遇した者。今回のバトの対戦相手。

 彼は、純然たる腕力で君臨する王者ではなく、狡猾で抜け目なさを持った上に世にも奇妙な『力』を秘めていたため、世界最強を成しえた者であった。

「うわぁ…………」

 そして、現在。バトはその世界最強を見て、とんでもなく物凄く。

 引いていた。

「何……あれ? バカじゃないの……?」 

 バトは呆れて開いた口がふさがりそうになかった。騒いでいた多くの観客も同じく声を失っている。

「じゃ、ジャン・ショウさんっ、あ、あれって?」

 部下は、あせったような口調で、ジャン・ショウに話しかける。

「ははっ、おもしれーだろ。あいつ。見ろよ、戦闘初心者だって普通やんねーよ、あんなのはな」 

 見慣れた様子でステージ場を見つめるジャン・ショウ。見るとちらほら見かける闘技場常連者も、よくあることだと苦笑している。

 世界最強。彼は、それほどまでに当然のように異質な格好をしていた。

 そしてその異質な格好の原因となる物は、端的に申し上げるのならばただ一言で済んでしまうだろう。それは――――――武器だ。

 武器。

 『闘い』のルール、その四つ目。

 『闘いの際に武器を使う者は、機関が用意した武器のみを使用すること。しかし、武器はすべて加工され、殺傷能力はないようにされている』

 これだ。

 これには無論、武器の持ち込み制限がない。

 そして、このルールを徹底的に最大限に有効活用した男がいる。もちろん、世界最強だ。

 ただし、それだけでは彼の格好の奇妙さを示すことはできないだろう、故に具体的かつ象徴的に彼の肉体について描写していく必要がある。

 まずは、彼の身体の異様さを端的に指し示すものであった武器。その武器がイッタイゼンタイなんなのかだ。

 つまり、つまりだ、彼の、彼の身体は、圧倒的に極端なまでに吐き気がするくらい完膚なきまでに――――武器の塊で覆われていたのだ。

 武器の塊。武器の塊。要は、彼の身体は、武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と武器と―――――。

 まるで身体という身体すべてに装備という装備すべてをし、その後成れの果てた姿を抽出しきったのような武器の塊。武器の塊に覆われた身体。妖怪に身体全体が目の玉でできている百目と呼ばれる化物がいるが、彼はまるで身体全体があらゆる武器で構成された化物のようである。

 例えば、腰。そこには三百六十度すべてに装着された剣。普通、剣は左腰に一つだけつけ、多くても右腰にもう一つつけるくらいものだが、世界最強は腰全体にそれをガチャガチャとひっつけている。三百六十度すべてにだ。その数十数本。

 例えば、足。間接が動けるよううまく付けられた杖と棒と棍。骨折した際の応急処置として用いられるそえ木のように、しかし異常な数で支えこまれている。その数何十本。

 例えば、腕。邪魔にならないよう計算されたのかグルグルと巻かれた鎖、正確には鎖ガマ。鎖は巨大で長ったらしく、腕だけでなく身体全体の隙間という隙間にまきつけられており、いったいどれほどの長さが見当も付かず、まるで最強が全身で飼っている大蛇のようであった。その長さ十数メートル。

 例えば、胸。ブラックジャックを連想させるような全身に装備された、ナイフ、ナイフ、ナイフ。何十本ものナイフが差し込まれ、ナイフだけで胸から腹を守る一つの鎧のようなありさまを表しており、全体が鈍い銀色の光で輝いていた。

 そして、左手には、バトの身長以上の巨大な剣。右手には、バトの体重の数倍はある巨大な金槌。

 顔は口元まで真っ黒マスクで包まれ、頭には戦国武将のような兜がかぶせられている。背中には、ゼルダの伝説に出てくるような大きな盾が装着されている。

 見える素肌は目元だけ。

 武器はすべて機関の支給品だ。

 このように世界最強はほとんど完全に武器の塊と化していた。

 彼が化け物でない数少ない否定材料は、彼が人型の姿を保っていること。

 そして、『闘い』は人間同士で行われるものだということだけであった。 

「うわ…………」

 バトは、固まって動けない。

 あまりに、あまりに特異な姿に戸惑っているままだ。そして、ひっそりとそれでいてはっきりと心の中で呟く。

(うわ、うわ…………あんなの、あんなの………………隙だらけじゃん!)

 身体中武器だらけ。ふさげるな。多くの武器を使って攻撃できる上に、武器自身がガードしてくれるから防御もOK。本気で思ってるのか。まさに、攻撃は最大の防御ってのを体現してみました――っていうのか。馬鹿か。

 動けるわけがない。攻撃できるわけがない。バトは己が装備している剣と比べて考える。

 武器の重みは勿論のこと、武器同士がお互いに邪魔をしあってまともに動かすことができるはずがない。

 バトはそう思う。

 しかし、奇しくも相手は世界最強。神に遭遇した男。

 何かあるはずだ。

 バトは相手の目的を考える。見つけ出そうとする。相手が身体全体に無駄に武器を纏っている訳を発見しようとする。

(なんでだろう。なんであんな格好をするんだろう)

 しかし、時間は無常だ。

 闘いの鐘が鳴る。ついに『闘い』が始まる。始まりというものはいつも望まない形で唐突に起こる。

「それでは! 両者とも、いざ尋常に…………………………はじめっっっ!!」

 『闘い』が始まった。既に火蓋は切って落とされた。バトは焦りながらも隙をみせないように構える。

 そして『闘い』の開始と同時。

 世界最強は左手に持ったバトの身長ほどの巨大な剣を、惜しみなくぶうんと飛ばしてきた。



「あの……ジャン・ショウさん」

「ん、どうした。てめぇのスリーサイズを俺に告白したくなったか」

「いえそうではなくて、実は、世界最強さんのお名前を知りたいんです」

「世界最強? ……ああ、そうかお前にも言ってなかったか」

「え? 何がですか?」

「ふん、まあいいじゃねえか、それよりも名前だよな。なんつーか、今更って感じもあるが、そうだな……確か『フェイ』って名前だ」

「へー、『フェイ』ですか。何か、世界最強っぽくないですね。名前負けではなくて、名前勝ちしちゃってます」

「うっせえ、馬鹿」

「あたっ……で、でも、いい名前だと思います。羨ましいです」



 バトは目の前に巨大な剣が迫って来るのを見ていた。バトの身長ほどある剣。フェイの投げた剣だ。剣は、放たれたダーツのように真っ直ぐ向かってくる。剣自身が有する重量感と放たれた際の速度が相まって、おそらく恐ろしい破壊力を持つだろう。まともに当たったらタダじゃすまない。

(うわ、いきなり……)

 『闘い』開始時の相手との距離は十メートル。規定できまっている。

 これはおそらく反撃をくらいにくい上に相手が避けにくい絶妙の距離なのだろう。おそらく相手はそれがわかって攻撃してきている。

 ぐんぐん剣が近づいてくる。スピードに乗り始め破壊力を倍加させる。

(流石、やり慣れている。……けど)

 バトには、見える。

 バトには、見えている。メガネはかけていないれども。

 バトには、避けられる。

「……よっと、と」

 軽くすり足ぎみで横にステップ。さっと、低空飛行。ぶわんと重く風を切り崩す音が横で鳴る。剣が横を通過したのだ。バトは軽く安堵。

 避ける時に高く飛ばないのは、第二射を恐れてのためだ。巨大な剣の発射は第二射を隠すのが目的ではないかと推察したのだ。

(ふぅ……初動が全然見えなかったな、あれ)

 バトは、世界最強の名は伊達でないことを実感。変な格好だが、それなりにすごい。

(あ、やっぱ来るかな?)

 バトは、フェイに向かって前方。前方に神経を尖らせる。フェイがもう一度武器を飛ばしてくる際に備える。

 第二射をうまく斜めに避け、そのままダッシュで敵に近づくために。近づいて攻撃に転じ、勝利を収めるために。何しろあの重量感たっぷりの装備だ、おそらく相手は接近戦は苦手であろう、近づき懐に入り込めば勝機は十二分にある。きっと勝てるだろう。

「…………馬鹿が」

 しかし、そうは問屋がおろさないのだろう。うまくいかないのが人生の常だ。ゾワリと。背筋に嫌な汗が流がれだす。

 フェイが僅かに他人に聞こえない程度の小さな声でぼやいたのだ。バトは初めてフェイの声を聞いた気がした。事実初めて聞いていた。思ったよりも若々しい声。 

(……………………っつ!) 

 同時にある音が耳に入る。ひどく嫌な音。バトはとっさに、前に傾けていた神経の一部を後ろに方向転換する。バトはひどく嫌な音を聞いたのだ。聞けたのだ。

 それは、ぶわんと圧倒的な重みで風を破砕する音だ。つい先ほどまで聞いていたはずの音だ。

 バトは驚愕する。全身の汗が体中に噴出し、心臓がありえないくらい高鳴っている。

 剣が、通り過ぎたはずの巨大な剣が、自身の威力を維持したまま横なぎを行いバトの後頭部に向かっていたのだ。すべてを破壊する剣が迫り行く。

「うわっ!」

 バトは思わずしゃがみこむように前に飛び出す。剣を避けるために、逃げるために。そしてそのまま飛び込み前転を行うように、身体を回転させる。さっと、くるり。ぶわんとまたもや風を切り崩す音が聞こえ、頭の上を剣が通過するのを確認する。

「ふん……」

 しかし安心はできない。回転中のバトに、さらに狙いすましたようにフェイが今度はナイフを発射する。またも初動は見えない。まるで投げていないのかのようだ。第二射開始。照準はバトが現在いる地点。そのままバトが回転し終わり、動きが停止すればまず間違いなく当たる。必ず命中する。

「だぁっ!」

 しかし、バトは回転を止めない。足や腰をうまくつかながら大きく、なおかつスピーディーに回転する。凄まじき身体のバネ。凄まじき腹部の筋力。

 そして、かろうじてバトはナイフを避ける。バトの後ろをナイフが通過する。ナイフが地面に当たり、弾ける音が聞こえる。

「…………無駄だ」

 さらにフェイの胸からナイフが飛び出す。第三射。まだまだ飛び出す。じゃんじゃん飛び出す。従来と同じく初動は確認不可。

 当てる場所は、バトの前方、バトの回りきる先。今度は回転後を既に狙い済ましている。空気を切り裂く鋭い音を鳴らし、飛び出すナイフがバトに向かう。

 しかしそれだけではない。バトは聞く。聞こえる。もう一つ、前方のナイフと同じように空気を切り裂くとても嫌な音が鳴っているのを。それは後方からの音だ。既に放たれたナイフが向かってくる音だ。

 第二射のナイフが、打ち込まれたはずのナイフが、既に動くことのないはずの武器が、ふたたびバトの後ろから襲ってきていた。

 何故だ。疑問が生まれるがバトはそれを無理やり押し殺し、冷静になろうと努める。まずは現状把握。

 前方からは初動の見えぬナイフ。後方からは嫌な音を鳴らし襲うナイフ。ヤバイ、これはヤバイ。

「うわっ…………でも、避ける!」

 心臓が飛び出しそうな驚きを懸命にストップさせ、バトは多少無理な姿勢で横に飛び出す。回転中の右足を伸ばし、発射。バズーカ砲のように右足を伸ばし、地面を蹴る。多少無理やりではあるが、その反動で丸まった身体を横に飛ばし、そしてうまく回避。ナイフ同士がぶつかる音。地面に落ちる。身体を元に戻すと、そのまま今度はバックステップ。追撃がくるのを恐れながらバトは、なんとか一旦後ろに下がりきる。距離十メートル。これは試合開始の位置だ。一連の攻防が一時終戦となる。

「…………ふん、やるな」

「危ない、危ない。…………流石に強いね」 

 わぁぁぁぁぁぁああああと歓声が上がる。ハイレベルのやりとりに観客は沸騰したヤカンのように騒ぎ立てる。

「…………何か、おかしいなお前。バトといったか。妙な違和感を感じる」

 世界最強は呟く、今度は常人にも聞こえるくらいの小さな声で。

「そっちこそ、さっきからなんか変だよなー。僕がせっかく避けた剣とかナイフが、勝手に動いたり向かってきたり……ねえ、世界最強。なんかしてるでしょ」

 バトはそういい、地面に落ちている剣やナイフを眺める。すると、剣が、ナイフが、勝手に、ゆっくりともそもそと単細胞生物のような動作を始めている。一瞬見間違いではないかと思考するが、バトはそんな理性を無視して狂った思考回路で答えを導き出す。これは動いているのだと。

「うーん、これは操作? 糸か何かを使って? それとも、神に出会ったことによる不思議パワーで? でも、操作って言葉は何か正確じゃないんだよな、これは。操るってのはまた違う気がする。どうもしっくりこないんだよね」

 バトは、世界最強に意識を外さず考える。考察する。

 避けた後に襲ってきた巨大な剣とナイフ。まったく目に見えない初動動作。ごてごての不自然すぎる武器の塊。

 そして、ある一つの推論に達する。

「なんというか…………生きてるんだよね、その――武器が」


  

「フェイは武器の生命を解放させることができるんだ」

「生命を解放? なんですか、ショウさん」

「……何んで、略した」

「あ、あたっ、痛っつー。フレンドリーにフランクにいけっていったのは、ジャン・ショウさんじゃないですか」

「ん……まあ、そうだな。すまねえ。生命を解放――つまり、この世に存在する物質すべてに内包された知性や意識を目覚めさせることだ」

「んー? この世にある物質? ショウさんとかこの長イスとか全部ひっくるめてのことですか」

「ああ、そうだ。この世界に存在しているものすべてだ。すべて含まれる」

「知性や意識ってのはなんですか? すべての物質が持ってるものなんですか」

「なんつーかな。知性や意識ってのは、要はここにいる人間どもや動物みたいに生きている存在の元みてーなもんだ。ある思想によるとこの世の中に存在する物質ってのはみんなそういう知性や意識があるとわれてんだ」

「えーっと、つまり、最強さんの武器やこの私が座っているイスも、元々は生きてるってことですか?」

「……また略しやがって、この若造が。ああ、そうだ。それを表現する手立てがねーだけで、物質ってのはそれ本来に備わった意識自体はあるといわれている。生きていくための核はすべてのものに存在してるとされている」

「表現する手立てがないだけで、生きている……。なんか、物とかを無意味に壊したり乱雑に扱いずらくなりますね。それを聞いていると」

「そうだな、つーか、物を大事にする気持ちをもつための思想でもあるしな、これ」

「このイスにもなんか座りづらくなりますね。イスさんは私たちがのっかて重たくないんでしょうか。生きていく上での支障になっていないでしょうか」

「いや、案外女の子のお尻ハァハァといってるかもしれんぞ」

「ひゃぅわっ」

「飛び上がんな、馬鹿。要するに、そうゆう表現する手段のない物質たちを動けるようにする。生きさせるようにする。遠隔操作とも自動操縦違う。それが、世界最強の持つ奇妙な『力』だ」



「生きている――か。ふん、この闘いにでてくるだけはあるな。数少ない情報でよくぞ理解した」

 世界最強――フェイは腕に巻かれた鎖ガマで身を傷つけないよう器用に腕を組み、目を細める。口元は見えないがどうやら笑っているように見える。

 その様子にバトは場にそぐわず赤面し恥ずかしがる。

「へへっ、ありがとう」

「…………変わった奴だな、お前」

 フェイは呆れたような声を出す。それは、化物のような格好をしているフェイが出す声にしては、今までで一番人間らしい声だった。

「そう? あなたもすいぶん変わった格好しているけど」

 全身が武器の塊。世界最強――フェイを指差してバトは言う。

「ふん、そうだな、まあいい。見破った礼に、お前の秘密も暴いてやろう」

「え! わかるの?」

「隠そうともしないんだな……まあいい。どんどん攻めてやる」 

「いやあ、そろそろ、こっちが攻め手にまわりたいんだけど――っと」

 バトの弁も聞かず、闘いは始まる。バトの周りを既に投げられていたナイフ達が取り囲む。どうやらフェイが命令を下している様子はない。それぞれが、それぞれの意思を持って待機している。バトを狙う機をうかがうように武器のくせに息を潜めながら待機している。これは遠隔操作とも自動操縦とも異なる、武器が生きていることを示す確固たる証拠であるだろう、生命の解放と呼ばれる現象がまさに起きている。

「私の最初の攻撃を避けきったこと、そしてその上で私の力を見破ったことは褒めてやろう。見事だ。並みの相手ならば最初の投射で勝負は決していたはずだからな。しかし、攻めさせなどしない。所詮種を見破ったところで何ができる、形勢はほとんど何も変わらないっ!」

 バトの周りが完全に包囲されたのを確認したかのように、フェイの胸からナイフが発射された。初動が見えなくて当然。ナイフ自身が飛び出してきているんだから。

 世界最強、フェイの『力』。神から授かりしものか、それとも元から持っていたものか、それはどちらかわからない。しかし、確かにナイフは生きている。息づいている。

 ぐんぐん近づくナイフ。周りを取り囲むナイフ達も機をうかがう。今か今かと飛び出す機会を覗いている。またもピンチのバト。迫り来るナイフは回避不可能な位置に到達しようとしている。もう逃げなければいけない。

 が、今度は避けない。バトは避けない。

「うーん僕はね、生きている――ってのは、結構重要だと思うんだ。そこらのバトル漫画にありがちな、物を単純に操るだけのような自動操縦でも遠隔操作でもないってのは、結構重要なことだと思うんだ」

 迫るナイフ。ほぼニアミス寸前まで接近してくる。しかし、バトは避けない。回避行動を行わない。いくぶん場の空気にそぐわない間の抜けた声を出しながら語り始める。

「それは操る側が操作に集中しすぎて自身の戦闘が疎かになることもないし、操る物の動きが単調になりパターン化したり、とっさの機転が効かず応用力がなかったりすることもないと。とても理想的だと思うよ。でも――」

 バトは手に持つ剣の切っ先を、向かってくるナイフに合わせて構える。今回の『闘い』初めてバトは剣を使用しようと構える。襲ってくる目の前のナイフを睨みつける。 

 そして、耳をすまし、しっかりと目を見開く。脳が回転するイメージ。目の前にまで来るナイフに対する。バトは聞く。見る。呼吸を。眼前のナイフの呼吸を。

 横なぎ一閃。

 ナイフを滑らかに軌道を逸らすかのように打ち払う。打たれたナイフはそれ以上飛ぶことなく急速に落下する。

 同時に周りを取り囲んでいたナイフ達が襲ってくる。

 今度はそれらを、無駄のない回避行動をとりながら軽く打つ。剣の柄や峰など刃の部分でないところで叩く。襲いきることなく落下していくナイフ達。それ以上動く様子はない。

 先ほどのナイフ達とは異なり、もぞもぞと動き移動するような生物的な動作を行わない。ただ、僅かにぴくぴくと小刻みに振動している。

「でもね。生きてるんなら、気絶はするし、死にもするんでしょ」

 ナイフ達の意識は既に途切れていた。


「や、普通ムリですよ」

「なんだ、お前。さっきから否定してばっかだな。段々フランクなフランキーになってきてるぞ」

「ねえ、ショウさん。バトーさんって本当に目が悪いんですか?」

「バトーさん言うな。バトだ。伸ばし棒つけるな。……俺と会ったとき、目が悪かったのは本当だ。それは間違いない」

「でも、ナイフを『殺し』たり、ましてや『当て身をいれる』なんてこと。常人にできますか? 視力の悪い人にできますか?」

「ついでに言うなら耳もよくねえとな。呼吸とか息遣いとかも意識しなきゃいけねえし」

「ならなおさら――」

「さぁねえ。俺の知ってるバトは、鼻と舌のいい、メガネをかけた運動ができる小柄な少年だ。それ以上はわかんねえさ」



「……どうも不可解だ」

 フェイは呟く。

「あれ? 暴けなかったの? なら、今度こそこっちから――」

 ナイフを一本殺し、数本を気絶させたバト。多少がっかりしたような声を出した後、地面を蹴り、電光石火の勢いで走りだす。

 剣を構え、狙うは顔。目の部分。唯一フェイの身体が視覚できる部分。

「ちっ」

 フェイは舌打ち。世界最強は風向きがバトに向いていることを直感する。この闘いで初めて焦りが生まれる。

 またもフェイは胸からナイフが発射する。ついでに今度はに括り付けられた棒も。

 しかし、バトはまたも避ける。完全に動きを把握しているかのように、完璧に動きを見切っているかのように、回避を行う。

 頭を下げてナイフを避け、華麗なステップで棒を避け、ついで剣の柄で的確な『当て身をいれる』。ガラガラと倒れる武器たち。刃を痛めないためにできる限り、峰や柄で向かってくる武器を叩き、そして最小限の動きでフェイを目指して接近する。

 回避して、進み、回避して、叩き、どれだけ武器を放出しようともバトは止まらない、まるですべての動きが見えているかのように、無駄のない動きで避け続ける。

 そして、そのまま素早く素早く素早く距離を縮め、接近、接近、接近、七メートル、五メートル、三メートル、二メートル、一メートル。

 ついにフェイの眼前。フェイの懐による。

「くらえっ!」

 思いっきりの飛び出し。フェイ――世界最強の元へ。

 剣を巧みに動かし、フェイ――世界最強の元へ。

 狙うは目。この位置なら逃げられないはずだ、間違いない、倒せる。

 決した。

 はやくもバトはそう思った。だが――――。

「…………しかたない」

フェイが呟いた。何かが起こる。ゾワリと嫌な感触がねっとりと肌を舐める。生物としてのとてつもない嫌な予感に襲われる。何か来る。バトは唐突に時間が止まったようなゆっくりと動くような感覚を抱く。時間が再び戻ったと思うと、そして――

 爆発。

 一瞬フェイの身体が巨大な風船のように大きくぶわりと膨れ上がり、目の前が真っ白になり、フェイの姿が見えなくなり――――爆発。

 否。違う。爆発のような衝撃の中、バトは脳をフル回転させて見る。

 目に入るは大量の武器達。真実は、フェイの身体に接着していた武器達。彼ら彼女らがいきなり持ち主を離れ外へ飛び出したのだ。

「なっ」

 武器共が暴れだす。大暴動を起こす。ドラック切れを起こして発狂した中毒者のようにぐちゃぐちゃに暴走しだす。

 ナイフはすべてが牙をむき、ハンマーはのた打ち回り、棒は辺りを叩き散らし、三節棍は縦横無尽に蹂躙する。

 剣は互いに交錯しながら身を崩し、盾は低空を高速回転で蠢き散らし、兜は地面を半狂乱で転がりまわる。

 ヒステリックにクレイジーにクラッシュしてデストロイし続ける。 

 まるで狂喜乱舞の体現ともいえるありさま。異様な雰囲気の中、それぞれが思い思いに好き勝手に破壊を行使する。

 そして、いかれた急襲にバトは直撃。武器たちの狂った暴力に直撃。刺され、叩かれ、ぶちのめされた。

 ぼろぼろに朽ち果て昏倒してしまいそうな圧倒的暴力。常人ならば卒倒、多少鍛えぬかれた人間でも意識を奪われかねない地獄。そこにバトは巻き込まれた。

 痛みを感じる。痛覚が悲鳴を上げ、気絶しそうになる。しかたない。バトは舌打ち。脳をいじるイメージ。昨日のレストランで食べたハンバーグの味を思い出す。

 一方、狂乱的な武器達にずたずたにされそうになっているバトを見下ろすフェイ、世界最強。彼は、現在空中にいた。己が力により、空中に浮いていた。

 最強は思う。これで、終わりだ。今回も私の勝利で終わりだ。バトが気絶するのを待つだけだ。と。フェイはバトを見下ろす。

 しかし、バトは倒れない。まともにいられない状況において未だ冷静さを保っている。

 身体は傷ついているにも関わらず、ダメージを受けたような顔をせずに目をしっかりと見開き、抜け道を探す。

 荒れ狂う武器たちからの抜け出す道を探している。武器と武器がぶつかりあう時、それは微かではあるが必ずできるはずだ、バトは危機的状況からの脱出の糸口を手繰り寄せている。

「ここだっ!」 

 見つける。右斜め四十五度。武器と武器の間にできた僅かな隙間。バトはできる限り身体を小さく丸め、両足を地面に発射、強引に一気に開いた隙間に突っ込む。 

 突破!

 バトは武器達の嵐から脱出した。

「む…………不可解だな」

 フェイは驚く。バトはある程度傷ついてはいるものの、致命傷と呼べるものはほぼ免れていた。武器達の暴走の中、あれほどうまく抜け出すのはどんな武術の達人でも不可能な芸当だ。

 あの地獄を抜け出すには、野生で生きる獣のような鋭い感性をもってして、悟りを開いた僧侶のように落ち着いて判断を下さねばならない。

 バトの脱出は異常だ。あの脱出劇の異様さは、あの技の恐ろしさを一番理解しているフェイだからこそ、よく分かる。

 それは、フェイ自身に似た何かしらの奇妙な『力』をもっていなければなしえない技だ。少なくともフェイにとってはそうだ。

 体中を痛め、息切れをしているバトと未だ無傷で鷹揚としているように見えるフェイ。

 先ほどからの形勢逆転と現在の圧倒的優勢、状況だけを見ればフェイが有利なのは明らかだが、バトの底知れぬ『力』に恐れをいだきはじめていた。

(何とかしなくては……)

 フェイは、必死に記憶を探り寄せる。バトの『力』を見極めるために。これまでのやりあいの中で感じた違和感を結集させ、謎をときあかすために。

 後方からの攻撃も感じとる反応力。飛んでくるナイフを切り落とす動体視力。ダメージを受けないような身体。そして、私の呟くような声を聞き取る聴力。

(ロボ? ロボットか? またはサイボーグとか…………いや、違う。そんなくだらないものじゃない)

 フェイは考え直す。可能性としてはありえるが、そんな情けないものでは決してないだろう、第一『闘い』は人同士が行うものなのだ。フェイはその説を脳内から削除する。

 そして今度は自分と同じ、同じような『力』を持つ存在として仮定して考えてみる。できるだけ自由に、従来の固定観念にとらわれないように素直に考察する。

 最終的に、一つの推論にあたる。

「…………感覚か? 視覚や聴覚などの感覚機能か? 意識的にそれらの感覚機能を向上させられるのではないか」


「ショウさん、ショウさん、結局バトさんの持つ『力』ってなんなんですか?」

「お前、どんどんキャラ変わっていってんな……。馴れ馴れしいのは嫌いじゃねーが、徐々にフレンドリーなフレディーになってるぞ」

「やーそれはしかたないですよ。女の子はみんな腐レディーですから」

「前言撤回、黙れ、糞アマ」

「えっと、それよりも、わかったんですかショウさん。バトさんの『力』」

「ったく、ああ分かったよ。やっと、観察し終えたところだ。どうやら奴の感覚器――視覚、聴覚、味覚、触覚、etc――が変動している。おそらく感覚機能の増減ができてんだろうよ、きっと」

「ん? どゆことですか」

「つーまーりーだな。すげー耳がよくなったり悪くなったり、すげー目がよくなったり悪くなったりすることができるんだよ」

「へー、ファニーですねぇ」

「脳みそファニーな奴が言うな。……まあ、ある程度の制限はあるみてーだけどな」

「? どゆことですか?」


 バトの『力』というものはRPGの初期設定に似ている。

 一部のRPGを始める際、キャラクターの体力や攻撃力や防御力を、最初に決められた能力値から割り振り、設定する“あれ”だ。

 攻撃力を重視したキャラにしたいのならば、体力か防御力のどちらかを減らしつつ、その分を攻撃力に割り振る。

 防御力を重視したいのならば体力か攻撃力を、体力重視したいのならば攻撃力か防御力を減らして、その分をそれぞれに割り振る。

 どれも上げすぎず下げすぎずにバランスよくいきたいのならば、既定の能力値をそれぞれにまんべんなく割り振ればいい。

 そして、バトはこの設定を好きなときに自由に『自分の感覚機関』で行えた。

 己の味覚を下げて、視覚を上げる、己の嗅覚と触覚を下げて、聴覚をとてつもなく上げる、等だ。

 現在『闘い』を行っているバトは嗅覚と触覚をMAXまで下げて、視覚と聴覚を向上させている。触覚を下げたのは、武器の嵐において痛みをなくすため。

 ちなみに、ジャン・ショウと出会った際は、視覚と触覚を少し下げ、味覚と嗅覚を向上させていた。

「うおっ、すごいっ。すごい、すごい、すごい」

 そして今、その特殊な『力』を持つ少年バトは、素直に感動の声を上げていた。

「なに、それっ!? そんなこともできるのっ」

 バトはある意味実に子供らしい、正直闘いの最中だということを忘れていそうな純粋な声で、自らの興奮を表していた。

「ふん、お前の手品の種も割れた。そろそろ勝負も終盤戦だ」

 バトを見下げて軽く笑うフェイ。彼は、武器の嵐以降ずっと空中にいる。

 闘技場ステージより十メートルほど高いところ。彼はずっと浮かんでいる。いや、正確には立っている。立てている。

 彼自身の手品の種は足元と腰にある。立っている足元。そこには、ジャラジャラとした鎖。同じく腰にもグルグルと巻かれた鎖。鎖が存在している。腕に巻き続けていた鎖ガマの鎖だ。

 フェイの足元から闘技場ステージまで十メートル。鎖ガマが太古を生きた首なが恐竜の首ように神話に登場する八岐大蛇のように伸びて、フェイを支えている。

「いくぞ!!」

 フェイがここにきて一番大きな声を出す。そして、空中から斜め落下するようにバトに向かう。

 生きている鎖ガマの力に支えられ、宙を舞うかの如く接近する。

 向かう途中巨大な剣がフェイに向かって飛ぶ。フェイが闘いの最初に投げた剣だ。巨大な剣はフェイの掌に綺麗に収まり、フェイはさらに加速しバトを目指す。

 今回初めての接近戦。バトも負けじと剣を構える。空中から向かってくるフェイを迎え撃つ。

 接近、接近、接近。剣が交錯、金属音と火花を上げる。

「くっ」

「ふん」

 フェイの身体には、既に何もない。武器の塊は消えうせている。さきほどの武器の嵐ですべて使用したからだ。

 故にフェイは素早い。身体が軽がるとし、とてもスピーディーにテンポよく攻撃を繰り出す。バトほどある巨大な剣でだ。

 ぶわん、ぶわんと切るたびに風が潰されるような音が鳴る。大剣での大振りだ。しかし、隙はいっさいない。宙に浮きながらの攻撃のため、振り終わるたびにフェイの身体は高く浮く。さらに、旋回をしたり、逆さになりながら攻撃したり、トリッキーな動きでバトを翻弄する。  

 しかし、負けじとバトも応戦をする。脳をいじるイメージ。感覚機関変更。復活していた味覚をダウン、代わりに視覚をアップ。常人には見えぬ速さもこれなら見える。風を潰す大振りも、あざやかに巧妙な攻撃も何とか回避する。

 そして、自分の剣で攻撃をさばきながら、バトはフェイの大剣の呼吸を聞く。巨大な剣を抹殺するためだ。

 バトは考える。おそらく、フェイには攻撃をあてるのは難しい。振るたびにこちらの射程から外れるからだ。ならば、奴の持っている剣を狙おう。鎖ガマでもいいが、あれの本体は数メートル先にある。とても狙えたもんじゃない。

 バトは、嗅覚と引き換えに発達した聴覚で耳をすます。大剣の息づかいが聞こえる。ゆるやかに落ち着きながらもどこか興奮したような呼吸音。そしてそこから、狙うべきポイントを判断する。

 回避、そして聞く。またもこの繰り返し。

 回避、聞く、回避、聞く、回避、聞く、回避、聞く、回避、聞く――――よし、見切った。

 バトは、フェイが同じように大振りしてくるのを待ち、構える。狙うは切っ先五センチ後ろ。人間で言えば心の臓のとこ。確実に殺し、間違っても外さないように神経を集中させる――――今だ大振り!

「でっ!!」

 カキィンと刃物がぶつかりあう音が鳴り響く。どうだ? バトは思う。

 すると、巨大な剣の呼吸が止まり、意識が途切れる音。やった、成功だ。バトは僅かに喜ぶ。大剣はフェイの手からすべり落ちそうになる。焦ったように見えるフェイ。

「いまだっ!」

 その隙をバトは逃がさない。構えた剣でフェイを狙う。一発で倒してやる。一方、フェイは両手を前に出し、なんとか攻撃を防ごうと試みる。

 無駄だ。そのまま切り刻む。バトは剣に力を加え、速度と重度を上げる。

 勝った。勝利だ。

 バトは思った――――――――――――が。

「ふん、馬鹿が……」

 勝負の初めと同じ声。ゾクリとまたまた嫌な感覚が襲う。心臓が見えない何かで握りこまれているようなどうしようもなく気持ちの悪く落ち着かない気分になる。

 何だ。何だこれは。まさか、まだ変な力を残しているんじゃないんだろうな。体中の水分がすべて汗になってしまったかのような感覚。全身がぐっしょりと汗で濡れる。

 気持ち悪い。吐き気がする。何だ、何だ、何だ、この嫌な感じは。ひどくそわそわして、ふわふわして、魂が抜けきってどこかにいってしまいそうなひどい嫌悪感。

 攻め立てる感情をしゃにむに止めさせ、バトは懸命になんとか前を向く。剣を振った方向を。

 バトが見ると、なんと、剣が押さえられている。手のところで押さえられている。フェイの手のところで押さえられている。

「なっ!!」

 バトは驚きで固まる。一瞬だが動きが止まる。そして、フェイはそんな僅かな隙を見逃すほど甘くはない。

「ふんっ」

 世界が回転する。上下左右の感覚が分からなくなりそうな絶叫マシンに乗ったような嘔吐感が身体を襲う。そして、空が見え、空が見えなくなり、地面が見え、地面が見えなくなり――。

 気がついたときにはバトは組み伏せられていた。柔道の寝技のように完全に押さえ込まれている。

 身体が固定されたまま首にナイフを当てられる。

 何故だ。フェイにまだ奇妙な『力』があるのか。まだ隠していた『力』がるのか。まだ見ぬ『力』があるのか。

 なんで、倒せない。なんで、倒せない。なんで、なんで、なんで、なんで――。バトの中の奇妙な嫌悪感はなくなり、代わりに底知れない疑問の渦が巻き起こっていた。何故、倒せないのか。何故、剣は受け止められたのか。

「ふん、馬鹿が……『闘い』のルール。その四つ目を思い出せ」

「えっ」

 意外なところから、ある意味当然のように答えが来た。

 『闘い』のルールの四つ目。っていうと。

「一つ、闘いの際に武器を使う者は、機関が用意した武器のみを使用すること。しかし、武器はすべて加工され、“殺傷能力はないようにされている”」

「なっ!!」まさか。

「元々、手なんて切れないんだよ、この武器はな。最初からそうできている、加工されてる。こうゆうののうまい使用法は、殴ったりぶつけたりして気絶させたり、武器を当てつつ詰め寄って精神的に追い詰めて降参させたりするもんなんだ。ふん、くだらない、まともにやりあったのがくだらない。馬鹿だ、馬鹿らしい。貴様など私の敵ではない。私を誰だと思っている。世界最強だぞ――『闘い』においてのなっ!!」

 バトは絶句。よく見ると、フェイの手には剣の衝撃で真っ赤に腫れている。しかし、切れてはいない。切れはしないのだ。

 そのまま、フェイはバトの剣を握る。そして、目を見開き何らかの作業に集中する。

 呆然と見るバトを他所に、作業を終えるフェイ。すると、そこには――――バトの剣が生きた状態で現れた。

「ふん、これでお前の使える武器はない、この武器は完全に私のものだ。拳で闘ってもいいが、おそらく私の勝ちだ。…………なんだ、その目は。当然だろう。私の最終的な勝ちパターンは『相手の武器を自分の手駒にして勝つ』だ。武器を自在に操るなんてのは、それを成すまでの単なる布石。または雑魚相手の手抜き技だ。必要ないと言わないが、さほど重要ではない。……さて、どうする? 個人的にはもう降参したほうがいいと思うぞ。それが『闘い』において美しい散り方だ」


「わ、わ、バトさん大ピンチですねショウさん」

「ああ、そうだな。ついに追い詰められたな」

「か、勝てますかね。勝利できると思いますかね」

「さあな、勝敗はまだ決してねえからわからん」

「ほ、ホント、大丈夫ですかね」

「わかんねえよ、確かなもんだぞ、なにもねえしな」

「い、いやでも、どうやって、勝つのか、勝てるのか」

「うっせえな、だまってみてな」

「あたっ、あた、い、も、申し訳ございま、せんっ、申し訳ございません。あ、あ」

「ったく、どっちにしろ、もうすぐ、終わりだ。結果はでる。こうゆうのは役得なんだから十分楽しみな」


 剣を奪われ、手駒にされてしまったバト。どうすることもできずこのまま降参するのか。負けをみとめてしまうのか。

 バトはそんなことはしない、バトは降参を認めないだろう、観客達は期待を胸に息を呑んで状況を見守っている。だが、どうするのだ。身体は抜け出せないようにきっちりと嵌っている。関節が決められ、固められている。脱出できるはずがない。仮に運よく抜け出せたとしても、拳で闘うのか? 剣を相手に? 加工されているとはいえ、剣を相手に闘えるのか? それは無理だ。明確な実力差があるならまだしも、強さが拮抗している相手を前に、その闘いは絶望的過ぎる。剣道三倍段と呼ばれる定説があるように、剣を持つ者と持たざる者の力量差は圧倒的だ。

 当人のバトは剣を奪われて以降、押し黙ったまま。うんともすんとも言わず、ただ佇んでいる。

「……早く、降参を宣言しろ。その方がおすすめだ」 

 しかし、バトは答えない。何も答えない。

 見ると、目の焦点があってないようにも見える。そのまま気を失っているのか。気絶してしまったのだろうか。

 しかし、口元は僅かにぱくぱくとしゃべることなく動いており、まるで自らが意識を失ってはいないことを示しているようでもあった。

 ただ、逆にその様子は正気を失っているようにも見え、今まで熱く応援していた観客達も黙り始める。

「大丈夫なのか……あれ」

 観客の誰か一人が呟く。他のみんなも同じ思いでバトを見守っていた。大量の不安と微量の期待を胸にして。 

 バトは今どんな心境なのだろう。

 何か見えているのだろうか。何か聞こえているのだろうか。何か感じているのだろうか。それとも、何か味わっているのだろうか。それとも、何か嗅いでいるのだろうか。

 分からない。ただ、無言だけがこの闘技場を支配していた。なのにいきなり――。

「あー、テステス。テステス」

 いきなり間の抜けたような声が聞こえ出す。バトの声だ。目の焦点が合わないまま、しゃべりだしてフェイも観客もジャン・ショウも部下もみんなその声に驚く。

 なぜなら、普通の声ではないのだ。

「あー、テステス、テステス」

 それは、とてつもない、とてつもない――――大音量で聞こえるのだ。

 巨大なスピーカーの音量をMAXにしたような声。人間に出せる限界最大限のような声。すぐ近くで聞いているフェイは顔をしかめる。

「テステ……んー、違うかな。こうか、テステス」 

 今度は、声が聞こえなくなった。いや、実際はしゃべっているのだが、とても小さい声で話しはじめていた。

「テステス、テステ……あ、そっか、先にやればいいのか」

 そして、また黙り込む。目は常に虚ろなままだ。

 黙り込み、数秒。バトは今度はいつもと同じ調子で話し出す。

「さて、OK。それじゃあ、世界最強さん。もうひと勝負、最後の闘いをしますか」

「…………何んだと」

 組み伏せられた状態で意気揚々を言葉をかけるバトの様子に流石のフェイも驚きを隠せない。

 もう一勝負? 何だこいつは。勝負は既に付いているだろう。抜け出せないだろうし、武器ももうない。それが、なんでこんなに軽い調子で底抜けに明るい感じで話しかけてくるのだ。

「こっからは実はギャンブルなんですけどね。どちらに神が微笑むか勝負なんです」

 ギャンブル? 神? 何だそれは。えせ平等を謳うクソ博愛主義者のあの野郎がこの闘いに干渉でもするというのか。

「んじゃいきますよ。いいですか。いいですね。それでは、それでは、それでは――――ラ、ラストォォォォォォォォォォォォ!!!!」

「はっ!?」

 最終決戦はいつともなく唐突に自分勝手に始まる。

 小柄な少年VS世界最強

 バトとフェイの最後の闘いが幕を開ける。

 フェイは急な展開に追いつけず、とりあえずなんとかバトの身体を固めることに専念する。

 しかし、バトはすでに考えている。

 まずは、組み手を外さねばならない。関節がきっちりと決まり、常人には抜け出す手だけがない。

 だけどもバトにはそんなものは効かない。無駄だ。

 何をするのかと思いきや、ゴキリ、ゴキリと骨を鳴らす音。関節を外す音。

「関節が決まってるなら。関節を外せばいいんだよね」

 関節全体を外し、タコのようにするりと抜け出す。

 痛みはない。関節を外すのは得意だし、痛覚はすでにダウンさせて痛みは一切感じないようにしてあり、触覚の分の能力値はすでに別の感覚器に移されている。

 するすると奇妙な動きをとりながら完全に抜け終わると今度は距離をはなしはじめ、距離十メートルまで移動、そして素早く関節を戻す。

「くっ」

 抜けたところを狙えなかったフェイ。ふたたび固めようと思っても、前もって知っていたのか非常に取りかけずらい場所を、的確に正確に確保しながら逃げたためにふたたび抑えることは不可能であった。

「さて、いこう。要は、軽いギャンブルだ」

 何をするのかと思いきや、バトは目を閉じ、耳を閉じ、いっさいのものを遮断する。

「さあ、行こう!」

 目を瞑りながら走り出すバト。狙う先はもちろんフェイ、今回の敵、『闘い』の世界最強。何も持たず、徒手空拳のままで突っ込むつもりだ。

 一方、フェイは意識のある武器たちを呼び覚ます。武器の嵐から目を覚ましはじめた武器達。各々のやり方でバトに向かう。拳が武器の純粋無垢な少年バトを卑怯堂々大量の武器で潰すため、全力を上げて総員すべてで突撃する。

 まずは、迫り来るナイフの群舞。バトの視界を邪魔するかのように前方から飛び掛る。

 しかし、バトは気にしない。無意味だ。所詮刺され出血することのないナイフ。恐れることはない。

 致命的な傷になりそうな攻撃を行うものだけを正確に打ち落としながら走り行く。素手の当身でナイフ達を打ち落とす。

 続いて、降り注ぐ棒や棍の群集。感覚のないバトを肉体的に潰そうと殴打する。

 しかし、バトは気にしない。無意味だ。所詮木でできた作り物。恐れることはない。

 致命的な痛みになりそうな攻撃を行うものだけを正確に叩き落としながら走り行く。素手の平手打ちで棒切れ共を打ち倒す。

 そして襲いくる巨大なハンマー。バトの意識を圧倒的な破壊力で奪い去ろうとする。

 しかし、バトは気にしない。無意味だ。所詮うすのろのトンカチ。恐れることはない。

 致命的な痛みになりそうな攻撃を行う時だけ正確に避けながら走り行く。そして、素手の握りこぶしで打ち潰す。

 最後は、長々とした鎖ガマ。バトのすべてを縛りつけ敗北を与えようとする。

 しかし、バトは気にしない。無意味だ。所詮ひもの付いたナイフ。恐れることはない。

 致命的な痛みになりそうな攻撃を行う時だけ正確に牽制しながら走り行く。そして、とどめの腕のヒジ打ち。

 そして――――バトは、武器という武器と相対し、武器という武器を倒し終え、フェイの元にたどり着く。

「くっ」

 フェイは舌打ち。しかたなしに、フェイから奪い取っていた剣を構えてバトに立ち向かう。手で押さえられるのを気をつけながらバトの首筋を狙って気絶を目論む。

「そんなもんが効くかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ」

 巨大な声で叫ぶバトに肩を震わしながらもフェイは高速の横一閃。剣を振る。目では反応できても身体が動けないような速さ。

 しかし、バトは気にしない。無意味だ。思いっきり体勢を低くして、捨て身のように下方に飛び込む。フェイの足を必死に掴む。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおお」

 掴んだ足を軸に、百八十度、渾身の力で大回転。ぐわん。遠心力による反動と足の踏み込み、後ろに回りこむ。フェイの後方に、回り込む。

「っっ!!!! だぁっっ!!」

 そして全身全霊、鬼神の如き右ストレート。鋼鉄すらもぶち破りそうな完璧すぎる一撃。

 バトの黄金の右手はフェイにクリーンヒット。

 そのままフェイは数メートル吹っ飛ぶ。ダン、ダン、ダン! と何度か地面にぶつかりながら、止まり、動かなくなる。

 そして、フェイは微かに手が動いた後、完全に動作を止める。気を失ったようだ。

 フェイの武器達も完全に動かない。すでに生きていく手立てを失くしたようだった。

 一時の沈黙が闘技場を襲う。

「お」

 そして、小さな歓声。確認するかのような歓声。

「おお」「お」

 それが、段々と真実だと理解され始め気がついたときには――――。

「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」

 確かな声となって、闘技場に大歓声が巻き起こっていた。

 まるで、雨。歓喜の雨。闘技場に叩きつける喜びの豪雨。

 バトは殴りつけた右腕を見る。確かに見る。

 そして、倒れたフェイを見る。確かに見る。

 これが勝利だ。

 全身の産毛が総立ちして、身体がぶるぶると震えている。今まで感じていなかった肉体の熱さとひんやりとした汗の冷たさを実感する。心臓が嘘みたいに鳴り響いている、しかし全然嫌な感じず、胸の奥から込上げてくる高揚感と共にその快感に酔いしれる。

 高鳴る胸を左手で抑えながらバトは、右手を高らかと上げて声援に答える。

 これが勝利だ。

 世界との闘いにおける勝利だ。

 世界は圧倒的な力で目の前に立ちふさがり続けたが、バトはそれを破ることに成功した。

 どうか、どうかこの一瞬のこの瞬間がほんのすこしだけでも長く続きますように、この感動がこの喜びがけっして止むことがありませんように、バトはそう願い右手を上げ続けた。












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