魔球と異世界
グラウンドは熱気に包まれていた。太陽はジリジリと地表を焼き、選手達の怒号のような叫びが空間を満たしている。
九回裏、点数は四対五の一点ビハインド、ツーアウト、走者は二、三塁、打てば逆転のチャンスで星悠馬はバッターボックスへ向かった。
打席に入った瞬間、色んな想いが胸をよぎった。星が一年生の時、野球部は九人に満たなかった。大会に出るのによその部活から助っ人を呼んで、それで一回戦でコールド負け、そんなチームだった。それが並みいる強豪を蹴散らし、こうやって甲子園まであと一歩のところまで来たのだ。
まっすぐにマウンド上のピッチャーを見据えた。相手は三年連続で甲子園に出場している強豪校。だが連戦でピッチャーを消耗している。マウンド上の三番手は前の試合で先発だった。明らかに球威が落ちている。
アウトになれば最後の試合だというのに、不思議と緊張はなかった。ピッチャーがセットポジションから第一球を投げた。
ボール
ストレートが高めに外れた。どうしてもファーストストライクが取りたい場面で、明らかにボールが制御できていない。満塁策もあるだろうがバッテリーはここで勝負するらしい。二死なのでランナーはバットにボールが当たった瞬間スタートする。内野を割ればそれで逆転勝利、心理的にも有利なのはこちらだった。
星はこういう時、相手の球種を読むのが得意だった。おそらく次の球は得意のカーブだ。外に外れる。外に外す変化球で空振りを狙う。仮に四球を出しても次のバッターで勝負すればいいという発想。決して最適解ではない、むしろ悪手、それでも投げてくる。そういう場面なのだ。
ベンチから形ばかりのブロックサインを受ける。こんな状況で出す奇策などない。俺が打つしかないのだ。星は再度バットを構える。狙いはカーブが甘くゾーンに入った時、外角とストレートはタイミングだけ合わせて見送る。狙いが外れてもまだカウントはこちらが有利だ。
ピッチャーが第二球を投げた。
ボールは当てが外れてストレートだった。しかも視界に飛び込んでくる。
後で考えるとちゃんと避けるべきだったのだ。だがデッドボールでも出塁できればいいかという考えが防衛反応を凌駕したのだ。そもそも体に当たってもちゃんと避けないとデッドボールにはならないし、語るのも面倒な「あんなこと」に巻き込まれることもなかった。
なんやかんやで球速140kmばかりの硬球はヘルメットごと吹き飛ばし、星の頭部を直撃した。
星の意識はここで途絶えてしまった。