【俺の話】
ウィリアムのターン
辺りの景色がかすんで見えるほどに空気が悪い。
周りはビルとずたずたで血まみれの有刺鉄線に囲まれている。どの研究所でも変わらない景色を眺めながら車の準備が整うのを待つ。
普段から運転を任せている奴にやらせているがどうやらなかなか終わらないらしい。
ずっと連れ添ってきた車だがそろそろ乗り捨ての覚悟も決めなければならない。
ともかく今日は何も出来ない。何も出来ないなりにガードの帰りを待たなければ。
「(ウィリアム、マトラ、寝てる?)」
「あ?まじか」
一度車内に戻れば、運転席で工具をガチャガチャといじってる奴の隣で、ゴーグルを付けた少女がこっくりこっくりと舟を漕いでいる。
その肩に手を置けば、盛大に身体ごと跳ねた。
「…起きてるか?」
「……ん?あぁ、起きてるよ」
ゆらり、ともう一度舟を漕いで、少女―マトラの頭が上がる。
寝てただろ、というツッコミを心の中で入れつつ、スケッチブックを持った少年―イノンに向き直る。
「よし、イノンそろそろ出発するぞ」
「ちょっと勝手に決めないでください」
「(のど、かわいた)」
「ガードは?」
「ガードは今は別行動中ですよ。何ですか、イノン?あぁ、飲み物ならそこにありますよ」
「イノン、ボクも欲しい」
三人がわいわいやっている間にまた外に出る。
研究所の近くの景色が変わらないと言っていたが、自分たち五人のいた場所よりかは建物が少なくすっきりとしたイメージだ。ここに閉じ込められていたのだったらもう少し楽に脱出できたかもしれないなんて、なかったことを考えた。
それにしてもやけにガードが遅い。他の三人を守るために一人を犠牲にする考えもリーダーなら持つべきだが、結局誰ひとりとして見捨てられないままだ。
「…ウィリアム、出発しましょう」
「あぁ…」
「ウィル、これ以上は無理よ、出発してから考えましょう…?」
ガードは大丈夫だろうか。窓が開けられないためにグスーの顔が少しだけ歪んで見える。
「ウィリアム、ガードならもう少しで来ると思うよ」
「あ?」
「足音と銃声がする」
マトラのその言葉と一緒に俺の正常な耳にもその二つの音が微かに聞えた。
霞んだ景色の向こうにいつまでも変わらない首輪が見えて無意識に笑みがこぼれた。
「グスー!出発だ!!!」
「はい!!」
車の助手席に飛び乗ってもう一度後ろを振り返れば、汚れた窓から人間ではありえないスピードで走ってくる影。
「あ、ジャンプした」
「置いていくなよ兄弟!!!」
「ガードの馬鹿!!!!!いつもこれよ!!どういうこと?!」
「すまん!!!」
次々と撃ちこまれる銃弾をよけながら五人そろったことに安堵する。
どうせ俺達は五人じゃないと生きてはいけない、そういうふうに作られた。
悪路以外の理由でも揺れる車の中はいつも通りの明るい雰囲気に包まれる。
「明日の天気はどうかな、イノン」
空を見上げれば雲はなく、満天の星星がよく見えている。いつの間にか研究所特有の悪い空気は無くなったようだ。
「明日の天気を尋ねられてるぞ、イノン」
「だから紙に書いて話さないと通じないって毎回言ってるだろ?お前馬鹿なの、ガード」
「忘れていた!!」
「もう五年経つ!!!」
「煩いわよ、あんたたち!!!」
「(明日は晴れ)」
「マトラ、喜べ!!!明日は晴れだぞ!!!」
「明日は晴れかー」
これは俺たち五人のお話。
これは、鼻が使い物にならない俺のお話。