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Rad des Fatalität~希望の風~  作者: 甘藍 玉菜
【夢幻空疎の楽園聖都市】中篇
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カツンカツンと、靴音がその広い空間内で響き渡る。

縞鋼板らしきもので作られたその通路は、どこまでも俺達の足音を響かせていく。

今の所、あの巨大な化け物が背後から襲い掛かってくる様子はないし、先程のようにいきなり現れてくるような兆候は見えない。

そして、奇跡的にこちらの通路にはポワズンは浮遊していなかった。

俺はとりあえず、安堵のため息を漏らした。


「はあ・・・」

「どうした坊主、もうへろへろか?」

「あ?・・・いいや、こっちの通路はさっきの通路よりも何も出てこないなーって思って」

「ふうん・・・・まあ油断は禁物だぜ?何せここにはポワズンが居ないんだからなぁ」

「?いないってことは、その分安全じゃないのか?」


いない分油断できないとは、一体どういう意味なのだろうか?

その疑問を口に出せば、おっさんはまるで小馬鹿にするかのように俺に言った。


「ばぁか。あれは確かに珍しい生き物だがな、環境さえ整えばどこにでも湧いて出てくるもんなんだよ。まあ、その環境を作るのが大変なだけだけどなぁ。まあつまりだ、それがここに居ないってーと、自身でもどうしようもない“厄介者”にテリトリーを追い出されたか・・・・それか“厄介者”に食い尽くされたかの、どっちかだな」


なるほど。つまりは環境さえ整ってしまえば、ポワズンっていうのはどこぞの黒光りする虫の如く、どんどん湧いて出てくるってことか?

それが一匹もいないってことは・・・・なるほど、確かにここはある意味で言えばさっきの通路よりもはるかに危険なのかもしれない。


「なあ・・・そのポワズンってのが大量発生する環境って、一体どんな環境なんだ?」


そうおっさんに問えば、おっさんは再び馬鹿にするように溜息を吐いた。


「やっぱりどっかの金持ちの子供だろ?お前。アレの発生環境のことなんて今時一般常識だぜ?」

「うっ・・・・・い、いや。さっきから何なんだよおっさん。金持ちだとかどっかのぼんぼんだとか・・・・俺には全然わっかんねぇんだけど!」


俺がそう言えば、おっさんは俺を上から下までジロジロと眺めた。

悲しいかな。我が家はどちらかというと、お金持ちの分類には入らない。

平均よりかはある程度の余裕があるのかもしれないが、それでもごくごく普通の家だ。


「何って、そりゃあそうだろ。一般常識なんて全然知らねぇし、何より着てる服はかなり上質なもんだし・・・それにその服が売ってる店も、それなりの上級階級の店で知られているものだしなぁ・・・」

「・・・・・この服って、そんなに高かったの?」

「まあ、貴族御用達のブランド物ではあるな・・・それにニオイが・・・」

「ニオイ?」

「いいや、なんでもねぇ忘れろ」


何だろう。まさかここまでこの服の値段が、高いとは思わなかった。

だけど思い返せば、確かに心当たりはあった。


狐々野や戌江や佐曽利は、支給された服を全然着てなかった。

着心地が悪いから、とは言っていたけど。

それに街に行ったとき。遠巻きにこちらを眺める街の人達の、その一歩引いたかのような視線。

買い物した先で、異様にこちらにへコへコとしている店の店主。


なるほど、だからそういう態度をとっていたわけか。

俺だって、世間知らずっぽい金持ちには正直言ってあまり近寄りたくはないし、下手に刺激するのはまずいから媚へずらったりもするだろう。


だけれども・・・・まさかここまで高級な服だとかは思いもしなかった。

ってかこれ、落下の時に思い切って汚しちゃったけれども、弁償とかはどうなるのだろうか。

一応これは支給された服であって、つまりは借り物だ。化け物云々より、こっちの方が怖い。


うへぁーという顔をしながら、今着ている服を見ている俺を、おっさんは黙って見ているだけだった。




「それにしても、聖都市の下にこんな施設があるなんて」

「ああ、ここは昔の大戦時の軍事基地があった所・・・だからなぁ。まあ見てわかる通り、もう遥か昔に閉鎖されちまっているが」


大戦・・・もしかして、魔王が攻めてきた時のことだろうか。


「へぇ・・・こんな基地を作らなきゃいけないほど、苦戦したんですかね。相手に」

「ああ?・・・・あー、まあそうだな。まぁそんな感じだな」


何の気なしにそう言った俺に、おっさんは空返事のような軽い声で返した。

それにしても、あんな危険な生き物が大量発生する条件っていったい何だろう。


「なあおっさん、あのポワズンってやつ。一定の環境じゃなけりゃあ増えないっていってたよな?その条件って一体何なんだ?」


そう聞いた俺に、おっさんは一歩立ち止まると俺にこう言った。


「あれはなぁ・・・・・・・重度の環境汚染によって生まれるもんなのさ」

「環境汚染・・・?でも、街はあんなに綺麗だったし。水だって・・・」

「“街の中は”ってだけだろ・・・おかしいとは思わなかったのか?塵一つどころか、ゴミ箱一つとしてもないなんてよ。それに、無色透明の水が安全だなんて。そんな証拠が一体どこにある?」

「そう・・・いえ、ば」


確かに。思い返してみればあの街にはゴミ箱すらなかった・・・

そうすると、街中で出たゴミの行方は・・・


「“下”に落としてりゃあ、確かに“上”は綺麗なままを保てるだろうよ。だが、それはあくまでも掃除じゃねぇ、移動してるだけってことだ。そうして下にはどんどんとゴミが溜まっていき・・・そんで結局たどり着くのは“アレ”だ」

「でも、それっていつかは・・・」

「ああ、だからこそどんどん上へと“逃げて”いくのさ。連中は現実ってもんを直視したくないからな・・・・だが、それももう無理みたいだな。どんなに蓋をしても、いつかは溢れ出てくる・・・いや、もう溢れてきている・・・」


そんなことはない・・・という否定の言葉は出てこなかった。


狐々野は、臭いと言っていた。そして綺麗すぎる・・・とも言っていた。

彼女は気が付いていたんだ。あの街のおかしさに・・・

けれども、それはよくよく考えれば誰もがわかること・・・・でも、どうして俺はそれに気が付けなかった?





考えが段々と変わってきたその理由は・・・・・一体何だったんだ?



深く考え込んだ俺に、おっさんは今度こそ何も言ってはこなかった。






・―――――――――――・




「ここが、終着地点・・・かな?」

「ああ、そのようだな」


長かった通路も、いよいよと終わりを告げた。視線の先には、まるでこの先の進行を阻むかのようにシャッターが下ろされているが、その近くの壁には階段を示す看板が付いていた。


「よし、同時に上げるぞ」

「わかった」


二人でシャッターに手をかけて、いっせーのせーでの合図で上へと上げていく。

ストッパーが付いているのか、シャッターは途中まで上げたら下に降りなくなった。

二人で急いでその隙間へと、身体を滑り込ませる。


その先には、筒状に上へと伸びている空間があった。その壁には、まるで螺旋階段のように上へと続いている階段がある。

じっと上を見上げれば、はるか上空にポツンと一つ小さな光が見えた。


「ここを・・・昇っていくのかぁー」

「っち・・・・・・・ったく、腰が治ったばっかりだってーのによー」

「ご愁傷様・・・」


鍵も武器も結局見つからなかった上に、延々と長い階段を昇って行かなきゃいけないなんて散々だな、おっさん。


「希望せよ・・・だろ?いいから早く上に上がろうぜ?俺は早く陽の光が見たい」

「・・・・・へーへーーー」


あーあー、かったるい。そんな顔をしながら、おっさんはどこから取り出したのかタバコに火をつけて一服すると、ポケットに手を入れて行儀悪そうに階段へと歩き出した。


「にしてもこれ・・・・一体何段あるんだー?」

「さあな、階層的には10階層ぐらいはありそうだけど」


そう言った俺に、おっさんはこう言った。


「いや・・・残念だがな坊主。ここはどうやら100層目みたいだ・・・・」

「・・・・マジで?」

「ああ、大マジだ・・・・」


黙っておっさんが親指で指したその場所を確認すれば、確かにそこには。


―100―


と書かれたプレートがあったのだった。







・――――――――――――・



「今・・・一体何層目だと思う?坊主」

「あー・・・・さっき見たヤツは71って書いてあった」

「・・・・・」


実際のところ、床と天井は結構離れているのでそれの倍は階段を昇っていることになる。

黙々と黙って階段を上ってはいたが、まだまだ半分も行っていないという厳しい現実。

正直心が折れそうだ。






「なあ・・・そろそろ休まないか?おっさん。」

「そうだな・・・俺もそう言おうと思っていたところだ坊主」


現在約65・・・あたりか?

俺たちは、休憩するためにとりあえず階段に腰掛ける。


「こ、こしがぁ・・・」


おっさんはそんな悲痛の叫びをあげていた。

年を取るって大変だ。

そういう俺も、日頃の運動不足を嘆くしかない。まあこの世界に来てからは、前よりかは体力は上がった方なんだけれども。

それでも戌江達みたいな、元から運動神経抜群だった彼らと比べれば俺なんてまだまだだ。



「(この先どうしようか・・・・)」


おっさんから話を聞いた今となっては、魔王退治を受けたことを段々と後悔し始めていた。

リンヨウも王子も・・・・誰も教えてはくれなかったこと。それは実は、知っていなくてはいけない一般常識で・・・

しかも、ある意味で言えば命の危機に晒されるくらい危険なことで・・・

正直言って、今は不信感しかない。




俺は、再び懐から煙草を出して吹かしているおっさんへと声をかけた


「なあおっさん・・・そういえばさっき“ニオイが”って言ってたよな?」

「ああ、あれか・・・・・そうだな、木から咲く百合のような花について心当たりは?」

「ある・・・けど」


城の庭に咲いていたあの花か。まるで桜並木のように綺麗だったという記憶が今でも残っている。


「簡単に言えば・・・ソイツは金持ち御用達の“おくすり”ってやつだ」

「おくすり?」

「ああ、その花は独特の甘い香りをしていてな。その花から抽出されたエキスは、幻覚作用などを伴うアロマとかに使われるのさ。中には思考や判断能力を奪うやつもあると聞く」


アロマ・・・心当たりはある。

初日に部屋で炊かれていた“あの”“ニオイ”だ。

召喚されたあの地下室・城の廊下・話をした執務室・異世界とを繋ぐ扉があったあの空間・・・・

そして、それぞれの自室。


戌江達はあの“ニオイ”を嫌って、早々にアロマを撤去していた・・・そう本人達は言っていた。

だからこそ、あの3人は段々と不信感を募らせていた。


それとは反対に、未だにあの匂いを嗅いでいる残りの連中は・・・・・

そこまで考え付いたとき、俺はふっと「自分はどうだったんだろう」と思った。

俺の場合は、気が付いたらあの“ニオイ”は部屋からはなくなっていた。


それは・・・・・



そこまで考えたとき、ズゥウンと空間が揺れた。




「どうやら、ここまで追ってきたみたいだな・・・」


下を見れば、遥か下100層目。そこのシャッターが吹き飛んでいき、再びあのツチノコのような化け物が姿を現したのが見えた。

ヤツは奇声を上げると、どうやっているのか壁を上ってきた・・・・・壁を上って来た?!!


「一体どうやって!?アイツは目が見えないんじゃなかったのか?」

「さあな、タネは分からねぇが・・・休憩の時間は終わりってやつだな」


最悪鍵は無くても、銃さえあれば何とか出来るのに・・・・・

おっさんはそうぼやきながら、腰を上げて階段を走り出す。

俺も慌てて立ち上がると、急いで階段を駆け上がっていく




化け物はゆっくりとだが、確実にこちらへと迫ってきていた。

次回戦闘回。

おっさんの正体は何者なのか、ルミニエールの狙いは一体何なのか。



そしておっさんの腰は大丈夫なのか・・・・

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