第二話⦅-開幕-⦆1/4
俺達が飛ばされて来た場所。ここは、聖王国ルミニエール。
偉大なる光の女神、ルーチェを信仰している。いわゆる宗教国家、というやつだろうか。
そしてこの世界には、魔物と呼ばれる存在がいるらしい。
魔物とは、いわゆる俺達の世界で例えるところの、ゲーム等に出てくるモンスターみたいだ。
ミノタウロスにハーピー、ワイバーンにドラゴンにスライム等々。
魔物達はそれぞれが恐ろしい力を持ち、凶悪で強大で最悪な種族なのだそうだ。そしてこの魔物達は、人々を恐怖のどん底に陥れ、不幸を笑い楽しみ、全ての人間を支配してこの世を手中に収めんとしている。
という伝承が遥か昔から伝わっているらしい。
そしてそれは運命の1600年前のこと。赤い霧の魔女と呼ばれている・・・いわゆる魔王という存在が、とうとうこの国へと攻め込んできた。
人々は何とか奮戦したが、魔王の攻撃は一撃で一千万人もの兵士をあっという間に皆殺しにした。
しかも腕の一振りどころか指を鳴らしただけで、だ。
そして更に魔王の放った攻撃は、一瞬で村々を吹き飛ばし、木々を枯らしてその土地を不毛な更地に変えてしまったという。
そこまで説明すると、第一王子は外の景色を一度見せてくれた。
白い部屋に似合う、白いカーテンを開けると、そこには街が広がっていた。全てが白い街並みだ。
高層ビルのような四角い建物や、ひし形が連なったような建物。
円を描いた筒のような建物。
東京タワーのような、塔のような建物等々。
ファンタジー定番の、中世ヨーロッパのような街並みではなく。まるでどこか近未来を思わせるような街並みがそこには広がっていた。
そんな人々がにぎわっている街・・・その遥か彼方後方にある土地が・・・そしてその山だったらしきその場所が・・・・・・
不自然なまでに、えぐれていた。
粘土で作った三角形の山の上に、重い何かを落として潰したような、そんな歪な感じだ。
長い月日が過ぎ去った今でも、あの場所にはいまだに草木一本も生えてはいないという。
それどころか、あの場所に長時間いると、いまだにその場所に留まっている魔王の呪いにより体中を蝕われていき・・・・・・・
一番症状が軽くて、一生寝たきりの人生。一番最悪の場合は呪いが七代にもわたり、その一族を無残な姿で殺していくそうだ。
故に、今でもその土地は禁足地として出入りを禁止しているらしい。
とにかくとして。そうして100年近くにも及んだ戦争は、両者の引き分けという形で終焉を迎えた。
大混乱の最中、成功した勇者の召喚。
その召喚された勇者達の活躍により、魔王は瀕死の重症を負い・・・・・・
それはとても、深い深い眠りについたのだとか。
そして、この国には再び平和が再び訪れた・・・はずだった・・・・・・・
どうやら魔王が、長い時の中で深い傷を癒し復活を遂げたらしい。
らしい、というのはつまり、その復活した魔王を誰も見てはいないということになるのだが。
「失礼を承知でお聞きします。魔王が復活したという確かな証拠でもあるのでしょうか?そもそも、存在しているという証拠もありますか?」
おずおずと、狐っぽい女の子が手を挙げて王子に質問した。
狐色のふんわりとした癖っ毛のボブショートの髪が、ふんわりと揺れた。
彼女その問いにも、王子は嫌な顔一つもせずに笑顔で答えてくれた。
事の始まりは一ヶ月前。
畑の不作から始まった。
野菜・果物・ワイン用のブドウ畑・・・まずこれらが実らなくなった。
だけれども、この段階では危機としては感じていなかった。まだまだ豊作とまではいかずとも、実っていた畑が多々あったからだ。
なので、今年はそういう時期なのか。と思ったらしい。
次に異常が訪れたのは、とある泉だった。
人々の生活用水としても存在していた比較的大きなその泉で、その泉にいたすべての生物が死に絶えていたのだという。
水面に浮かぶ魚達、水辺で死に絶えている動植物・・・・・
そして、泉は赤く血のような色に変色してしまい、辺りは異様なまでの瘴気と臭気に包まれていたらしい。
この段階で、国は流石にその異常に気が付いたらしい。
国王は、何とかしようと対策を練ろうとしたが・・・
でももう既にこの段階では・・・どうやら遅すぎみたいだったようで。
すでに魔王の手は、この国を蝕む所まで蝕んでいたのだった。
次に、多くの人々が次々と死んでいった。
最初は、体力の無い小さな子供から。
しかし、それがやがて健全健康な大人達へと変わっていくのに、時間はそうかからなかった。
老人、病人、女性・・・・そして、健康な鍛えている男衆という順に。
いずれも、全身を掻き毟ったかのような、息苦しくって喘いでいるかのような・・・・・・
そんな無残な状態で発見されるのだとか。
女神の加護に守られたこの城の方へは、未だに未知の呪いは来てはいないが。それでも加護の薄い遠く離れた村々では、これらが発生して・・・
いくつもの小さな村が、全滅してしまったそうだ。
勿論、全滅してしまった村の生存者の数は・・・
そこまで王子が言うと、俺を含めた殆どは・・・・小学生の子でさえその先を悟ったのか、全員顔が真っ青になっていた。
勿論ある村では、全滅する前に村人全員を城の方へと非難させたらしいのだが・・・
結局、その村人も全員・・・否、村人だけではない。
その避難誘導に携わった兵士、避難した先で村人達の炊き出しなどを手伝っていたボランティアの人々・・・
その全員もが、怪死を遂げたのだという。
それ以上、被害が広がらなかったのが幸いという所だったらしいが。
最初は、何らかの未知の病原菌の可能性も疑ったらしい。
それはそうだ。もはや伝承の中の存在でしか無かった魔物や魔王の仕業なんて・・・・・
しかもそれらがもたらした呪いなどの類だなんて、一体誰が想像できようか。
しかし、それらの考えを一掃してしまう出来事が起こってしまった。
空が突如、昼から夜に変わり暗雲が立ちこめだした。
そして幾つもの落雷と共に、不穏な霧が現れて・・・・その霧に飲まれた生き物は、全てが絶命したという。
彼等が、1600年前の戦争についての資料と、その戦争の対策として勇者の召喚方法を見付けるのも時間はかからなかった。
しかし、ここでもまた議論が生じた。
果たして、本当に勇者召喚なんてものが可能なのか。
そして、勇者とはいえまがりなりともこの世界ではない者に、国を託すのはどうなのか・・・・・・
という点だ。
確かに、勇者召喚なんて。誰が聞いても“おとぎばなし”の中の世界だろう。
国中の要人達を招いての議論が、昼夜を問わず三日三晩おこなわれた。
しかし、そうこうしている間にも魔王からの呪いは途切れること無く襲い掛かってきた。
再び暗雲の立ちこめた空から今度は、火球が・・・・・・火球が国中に降り注いだのだ。
おびただしい数の火の玉は、加護の薄い地域を中心に降りそそぎ、人々を生きたまま焼いていったのだ。
まさに地獄絵図。としかいいようのない状況の中で、国はやっと勇者召喚に踏み出したのだそうだ。
勇者召喚には、強い“スキル”と呼ばれる、聖なる力を持った人物が必要らしい。
そこで、一番強いスキルを持つ第一王女が名乗りを上げ、同じくスキルの強い者達を集めて召喚に踏み切ったという。
「父上・・・いえ、国王は、火球が降ってきた際に国民の避難を優先にして行動していました。しかしながら、その時の火球にやられてしまい・・・・・・・今でも臥せっているのが続いている状態です」
そこまで説明すると、王子は喜びと悲しみが入り交じったような複雑な顔で、泣くのを堪える様に、辛そうに微笑んだ。
俺達はその後、別館にある客室へと案内された。勿論個々に当てられた部屋だ。
あの後、必死に頭を下げる王子に・・・俺達はなんの文句も言えないままここまで来てしまった。
地下室は中世ヨーロッパを思わせるデザインだったが、城内はどちらかというと近代建築のようなデザインをしている。いや、モダニズム建築ってやつか?
地下から応接室へと向かう最中に見た城内や、窓から見えた城は。まるでクリスタル大聖堂やカテドラル・メトロポリターナ、オーストラリアのオペラハウスを思い出させる。
つまりは、ゴシックのような無駄に凝った絵画やらなんやらの装飾があまりない、つるりとしたのっぺらな白いシンプルな外装と内装だった。
しかし、城に使われているのはどれもきっと高級な素材なのだろう。
カーテン一つにしろ、上級なシルクのようなもので出来たようなものだし。手摺などに埋め込まれた石などは、きっと宝石だ。多分ルビーとかダイヤとか。
凝った装飾の無いシンプルなデザインだが、目立たないだけでそれなりに豪勢な城内だった。
客室もまた豪勢なことで、まあヨーロッパの城みたいなゴテゴテとした感じではないのだが、これがとにかく広い。
軽く20畳はあるんじゃないのだろうか。というぐらい広い。
恐らくは、かなり高級なのであろうアロマの甘い香りが室内にほのかに漂っていた。
そういえば、応接室と廊下にも焚かれていたな、これ。この国では流行っているのだろうか。
それともここが城、だからだろうか。
白く美しく輝く大理石でできた部屋、それが俺達に割り当てられた部屋だ。
ランクが高すぎて正直死にそう。いや死ぬ。もいっそ誰か殺してくれ。
「わーおまさかの全面大理石とか・・・天蓋付きのベッドなんて初めて見た。装飾とかこれもしかしてダイヤ?」
俺はヒーヒーと言いながら、部屋の中をざっと見て回る。
ソファなんて、下手なベッドよりもふっかふかだ。
机はシルバーの枠に、分厚いガラスがはめ込まれている。
しばらく部屋の中を見て回った後に、俺はバラ窓のようなデザインの窓から、そっと外を見た。
城敷地の周囲は深い溝で囲まれており、城と街へと行き来する為の幾重にもなる橋が掛かっている。
橋というよりかは、ステンドグラスのような模様のガラスが使われている。空港などで見る、空中通路に近いだろうか。
俺は、ほんの数十分前の出来事を思い出していた。
この部屋と同じく、白く輝く美しい大理石の部屋。
壁には、恐らくかなり高価っぽい様々な絵画が飾られている。人物画は殆ど無く、風景画が多い。
天井には金の装飾のされた、美しく透き通るようなクリスタルのシャンデリアがぶら下がっていて。棚やテーブル、椅子に到るまで事細かな彫刻が施されており、アロマの甘い香りがほのかに漂っている。
どれもシンプルで、あまりしつこくないデザインだった。
その部屋の中で俺達と王子は、互いに向かい合う形でソファに腰を下ろしていた。
そのソファも、ものっそいふっかふかだった。
1分か2分か・・・もしかしたら10分とかかもしれないそんな沈黙がしばらく続いた。その中で。
「・・・・・帰ることはできるの?」
誰もが聞きたかったが聞けなかった質問。それを佐曽利は王子へと問いかけた。
自然と、皆の視線が彼女に集まる。勿論俺も彼女をチラリと盗み見た。
「あたし達は、元の世界に帰ることができるの?」
「帰ることはできます・・・・・だけれども今は、貴方達を元の世界に帰すことはできません」
「それは・・・・僕たちが勇者だからでしょうか?」
王子の答えに、そう再び問いかけたのは、唯一の小学生らしき子だった。・・・・・・
その顔が、若干歓喜に満ちた歪んだ顔だったように見えたのは、はたして気のせいだったのか。
その問いに、王子は再び首を振った。
「いいえ、それは違います勇者様。そもそもこの世界と勇者様達の世界は、いわば裏と表の関係なのだと、古文書にはそう書かれていました」
「裏と・・・表?」
「はい。1600年前の戦争以前は、勇者様達の世界とこの世界とは少なからず交流がありました。そういう文献も、今は続々と発見されています。今私達がいるこの城や、街に使われている技術等は。勇者様の世界から訪れた客人や、私達のいる世界から勇者様達の世界へと旅だった者達からもたらされたものなのです。しかし・・・・」
そこまで聞いていた、優等生風の子がハッと呟いた。
「あ・・・魔王の侵攻ってもしかして」
「さようで御座います、勇者様。魔王はその異世界の技術を盗もうと、魔物や魔族を率いて我々の国に攻め入ってきました。しかしその際に、先の王は一度異世界への扉を閉じて、鍵をかけて二度と開かないようにしました。今日勇者様達を呼べたのは国王からその鍵を預かり開くことができたからです。しかし今回の魔王の呪いにより、扉は穢れてしまい・・・その・・・・・・」
そこまで言いかけたところで、王子は口籠もってしまう。しかし、その先の答を俺は察してしまった。
「どちらにせよ・・・・魔王を倒さないと、帰ることはできないんだな?」
そう聞いたのは、髪をオレンジに染めた不良っぽい青年だった。彼は、面倒くさそうに髪をかき上げた。
「もちろん、魔王を倒さなくとも皆様を元の世界に戻す事は可能です。実は扉はもう一つありまして。ですがその、大戦時に魔物達の攻撃を受けてから・・・いえ使えないわけではないのですが・・・その、えっと・・・・タダその場合はかなりのリスクが・・・」
そこまで言うと、王子は立ち上がりそして床に膝をついて・・・・・・・・
俺達に・・・・・頭を下げた?!
「ちょ、ちょっと顔を上げて下さい!」
「お願いします勇者様!この国を、この世界を救って下さい!!もう勇者様達しか頼りにできるものが無いんです!お願いします、魔王討伐の暁にはどんな望でも叶えると、この第一王子であるアストルフォス・ルミニエール、この胸に誓いましょう。ですから、お願いします勇者様!!」
「わかりました!わかりましたから!!」
「お願いですから顔を上げて下さい!」
一国の王子の、しかも第一王子の土下座は俺達にとっては流石に破壊力が高かった。俺達は慌てて王子を立ち上がらせる。
これは流石に、色々と心臓に悪い。
「わかりました、でも考えさせていただきませんか?こちらも命がかかっているみたいなので・・・」
「わかりました・・・・取り乱してしまい、申し訳ありません。今日はもう夜も遅いのでひとまず、今宵は我が城に是非とも泊まっていって下さい」
「えーと、戻ったら1年後10年後だった・・・とかいうオチは?」
「ご安心下さい。古文書の記載によりますとどうやら行き来している際の時間は関係しないみたいです」
「つまり・・・例えば私達がここで一ヶ月過ごしたとしても、元の世界に戻った時の時間は私達がこの世界に来る前の時間帯とそう変わらないって事?」
「はい、そうなります」
異世界へ飛ばされた時の心配事といえば、帰還できるかの有無と、飛ばされている最中の時間の流れ・・・だろうか。
どうやら、この二つはそこまで問題にはならないらしい。
残る心配は・・・生きて帰ることが出来るのかどうか・・・ただそれだけの事だ。
とにかく、そうして今に到る。
ゆっくり考える時間を、と思ったがどう考えても断れる雰囲気じゃ無い。
どうやら、俺は今珍しく優柔不断になっているらしい。どこか頭がぼうっとして、中々思考がまとまらない。
たぶん、慣れない環境に放り出されて疲れたからだろう。
ウンウンと頭を抱えながら唸っていると、チリーンチリーンとドアベルが鳴った。どうやら、この国では個々の部屋一つ一つにベルが付いているらしい。
とりあえず、俺はグルグルと回っていた思考を一旦ストップさせて、部屋の扉を開けた。
さて、颯くんはこの先どうなってしまうんですかね