第三話⦅-炎上-⦆1/3
大きな爆発音と共に、薄暗くなってきた空が一気に赤く染まる。爆風と、そしてそれに伴った大きな高波が船に襲い掛かってくる。
断続的に続く高波に、僕達は船から体を投げ出されないように必死になってしがみつく。
しばらくして波が落ち着いた頃に、急いで僕は周囲を確認した。
そして信じられない光景を目にした。
島が・・・風の村が・・・・・・・・・・
燃えている?
「い・・・いったいなにがっ」
島が燃えている。それは遠目で見ても、はっきりとわかるぐらいに。
巨大な真っ黒いキノコ雲が、薄暗くなりかけていた空の中でもはっきりとわかった。
「なっ、き、騎士団に連絡を・・・いや近衛兵かっ」
急な事態に混乱しているハンターを尻目に、俺は後先考えずに海へと飛び込んだ。
「お、おい待て小僧!」
呼ばれたけど反応する暇さえ惜しい。僕は水中を蹴り、足に力を集中させて猛スピードで島へと向かった。
きっと、今までにここまで早く泳いだことはないのかもしれないし、この先もう一度似たようなことが起こらないこということを祈るしかない。
港に着けば、いつも見慣れていたその光景が炎に包まれていた。
辺り一面が火の海に包まれている。
燃えやすい、ガソリン系の燃料がこの世界で普及していないことに、僕は初めて感謝した。
だけど、今はそんなことを考えている暇はない。
「・・・っつい」
セイレーンや人魚のような、水中を主に活動としている種族は熱に弱い。
僕はハーフなのでそこまで酷くははないが、最悪の場合水分が一気に干上がり全身がひび割れてしまうのだ。そうなってしまうと、肌が元に戻るかどうかもわからないらしい。
そんな中で、じりじりと炎が舐めるように僕の肌をゆっくりと焼いていく。
だけど立ち止まっている暇は今はない。
疾く、疾く急がなければ。
僕は燃えている桟橋を一気に走った。
燃えている船の中に見える何らかの塊を視界に納めないように、そしてそれが何だったのかも考える隙も与えないように。
靴を履いていても、じりじりと炎が靴底をゆっくりと燃やしていき、ゴムが焼けるような何とも言えない臭いと、そして僕の髪を、服をどんどんと焦がしていく。
息をするたびに、灼熱にまでなった空気が僕の喉さえも焼き尽くそうとする。
振り返らずに、一目散に階段を駆け上がり広場へと出れば・・・・・・・いつも見慣れていた村は炎に包まれていた。
岩やレンガで造られた家々は、燃えることはないが・・・そう、外側は、の話だ。
熱に負けた窓から火が入ったのか、割れた窓々からまるで炎が天まで伸びる柱のように燃え盛っている。
突如、ドオンっという音を立てて大地が揺れた。
「な、なんなんだ?!」
一瞬、空が青白く発光したその瞬間だった。
光の線のようなものが、直線に、真っすぐに、灯台から村の広場を通り過ぎて途中の家々を巻き込み、空へと消えていった。その瞬間だった。
ドオォォオンっという、爆発音があたりに響き渡り、目にもとまらぬ速さの衝撃波が襲い掛かってくる。
慌てて風で全身を覆うが、衝撃波の勢いが強すぎてまともに立っていられない。
そのまま、吹き飛ばされないように膝をついて四つん這いになる。
衝撃波が走ったその瞬間、一部の家々が炎と共に跡形もなく吹き飛ばされる。
爆風とともにガラスがまるで雨のように降り注ぎ、瓦礫や細かい石礫などが僕の体へとビシバシと当たってくる。
そしてまた再び、強い爆発音が鳴り響いた。
音のほうへと目を向ければ、灯台が音を立てて真っ二つになり崩れていく。
おそらくは、ランプに使う油が引火したのだろう。
ん?
・・・嘘だろまさか、こっちに倒れてくる?!
「くっそ」
僕は慌てて足に力を籠め、水中でやっているように力を足に集中すると、ポーンと僕の体は飛ばされて地面を転がった。
間一髪のところで、僕のいたところに灯台が崩れ落ちる。
崩れ落ちた個所から粉塵が巻き上がり、避けて体制の崩れた僕へと襲い掛かってきた。
土煙に巻き込まれ、何回か地面を転がったのちに、ポッキリとへし折れていた木の幹へと強かに背中を打ち付けた。
その強い痛みに身をもだえなが顔をあげれば・・・・・・
そこにはもう見慣れた僕の住んでいた村の面影はきれいに消え去っていた。
急いで家に帰らないと。背中を守るようにして体勢を立て直すと、僕は家に向かった。
さっきの衝撃波で、ほとんどの炎が家と一緒に吹き飛んだせいなのか、先程よりも炎の勢いはなく、周囲は不気味になまでに静かだった。
岩柱の集合住宅は何本か崩れてしまっているが、自分の家がある柱はまだ残ってる。家に続く木製の階段へと足を向け、僕は一気に駆け上がる。
岩柱の途中まで駆け上った時だった。
何か濡れたものにずるりと足を取られ、僕は数段転げ落ちる。慌てて起き上がろうとすると、ぬるぬるとした鉄臭い異臭を放つ液体が手にまとわりつく。
血だ・・・
これは血だ!
「うっ・・ぐ」
腹からこみあげてくる吐き気と悲鳴を無理やり喉の奥へと抑え込む。
この血の量だと、怪我した張本人は・・・
これが一体誰の血だとかは考えない。僕は、無理矢理にでも足を叱責しながら階段を駆け上がった。
家がいつもより遠くに感じる。
「母さん!クローム!セイル!フウ!どこにいるんだ!!」
転がり込むようにして家の中に飛び込み呼びかけるが、それに応える声が聞こえてこない。
「母さん!クローム!セイル!フウ!」
あきらめずに再び声をかけるが、それでも返事は聞こえてこなかった。
「落ち着け、落ち着いて・・・・・・・家の中は荒らされてない・・・だから大丈夫大丈夫」
無理矢理にでも落ち着かせて、僕は改めて家の中を見渡す。夕飯の支度でもしていたのか、テーブルの上には食器が並び、台所には、調理途中で逃げたしたような跡があった。
みんな無事だと信じたい・・・いや信じよう。
そう思った時だった。
ゴトリと、弟妹達の部屋から物音が聞こえた。
もしかしたら誰か避難して来ているのかもしれない。
「だ、だれかいますか?」
僕は恐る恐る、弟妹達の部屋の幕を捲ろうとした時だった。
ドスンッと、何かが思いっきり体当たりしてきた。
完全に油断しきっていた僕は、なす術もなく壁に叩きつけられる。
「がっ」
体勢を立て直そうとしたとき、僕は自分に突撃してきたソイツの姿をハッキリと見た。
髑髏だ、それは巨大な髑髏だ。
昼間対峙したサメの口よりは小さいが、それでも僕の頭よりはかなり大きい。
眼球のない眼孔が、いやな殺気を混ぜながらハッキリと僕を見た────そんな気がした。
薄汚れた骨に、まるで浸食するかのように血管のように赤黒い蔦のようなものが絡みついている。
首の下は、まるで髑髏の中身がこぼれ落ちないような感じで、丸みを帯びた鉄格子のようなものが付いており。その隙間やカタカタと鳴る口の奥底からは、細く小さい無数の“なにか”の手が隙間からまるで助けを求めるかのように伸ばされている。
その隙間にいる“なにか”達と目が合ったと感じた、その瞬間だった。
僕の体が、まるで金縛りにでも遭ったかのように動かなくなる。
「い、いったいなにが、どうなってっ」
体を動かそうとしても、言うことを聞いてくれない。
なんとか抵抗をしようともがいていると、いつの間にかその髑髏のような化け物が僕の直ぐ近くまで来ていた。
カタカタと歯を鳴らしながら、僕の目と目線を合わせるようにして漂っている。
気のせいか、力がどんどん吸い取られていくような・・・
一度悪化すると、事態はどんどん悪くなっていくものです。