アナザールート 神に逆らう反逆者
あくまで蛇足、バッドエンドが嫌いな方用の別ルートです。
暗い闇の底で夢を、知らない誰かが俺の名前を呼ぶ夢を見た。
その夢に出てきたのは赤い髪の女性、彼女のことを俺は何一つ知らないはずなのに、何故か酷く懐かしい。
「また逢ったわねシュウゴ……、貴方はもう、考えることに疲れてしまった?」
彼女の問に、俺はどう応えるべきだろう?
「どうしていいか、なんて、もう、とっくの昔に解らないんだ……、俺は何一つ手に入れることも、護ることもできなかったんだよ……」
皆、気のいい人で、俺の恩人であり、素晴らしい隣人だった。
火災で家族を事故で亡くし、残されたの財産も親戚に騙されて全て失った、そんな俺の現状を知った祖父に引き取られ初めて辿り着いた日、祖父から話を聞いた集落の人々は我が事のように涙を流して、人間不信になっていた俺を暖かく迎えてくれた。
あの頃の俺は今より随分と捻くれたガキだった、村の人達が与えてくれた無償の優しさを信じられず、集落の人々を無視したがそんな捻くれたガキに、皆は辛抱強く付き合ってくれて、時に全力でぶつかってきてくれた。
こうした彼らの優しさがあったからこそ、俺はなんとか高校を卒業する頃には家族を失った絶望から立ち直って、親族に騙されて人間不信になった心を癒して笑う事が出来るようになった。
彼等の誰一人として、このような死に方をしなければならない様な人達ではなかった、もっと人間らしい最後を迎えて欲しかったと、己の無力さに唇を噛み締めた。
「こちらの世界に居る貴方は、まだ何も知らないのね」
彼女の意味深な言葉に、俺は下を向いていた視線を上げて彼女に向ける。
「なんのことだ……?俺には君の言っている言葉の意図が解らない……」
「そう……、じゃあ、今から思い出して、貴方は何度も何度も絶望的で救いのない、一人しか幸せになれない世界をずっと見てきた事を……」
彼女の白くて長い指が、俺の頬を包んだかと思うと脳裏に俺でない俺が、今ではない過去に見続けた悪夢の数々を、数多の世界の終末を思い出していく。
枠の中央に居るモノだけはぬるま湯のような生暖かい世界、欲望に忠実なモノだけが楽しく見る、彼らのための楽しい事しか無い世界をひたすら見せられた。
何も知らない少年が聞きかじったような曖昧で適当な知識を振りまいて改革をする話、それでもご都合主義で何故か上手くいく世界、彼の都合に合わて世界は歪んでいくのに楽しそうに笑っている、その下のに職を無くした人達が絶望をしている、俺はその人達に何も出来なかった。
剣と魔法の世界にゲーム好きな青年が銃器を持って虐殺をする話だ、弱い者を一方的に殴っているだけで気持ち悪い、狂ったように引き金を引いてる青年に一片も共感できずに気持ち悪い、誇りを胸に国を守るため、自らの血で溺死する兵士にばかり同情してしまう。
神から貰った大きすぎる力で事象を操り、炎や稲妻を操るニートの冒険にもならない冒険、ニートは他人を見下して偉そうに事象について語るが、自らの努力で積み上げた知識でもないただ偶然手に入れたものを、どうしてそこまで偉そうに話せると、疑問を投げても彼は応えない。
剣も握った事も無い男が神に与えられた力で、何十年と剣を振って修行してきた人を一刀で斬り伏せてザコだと喜ぶ、それはお前の力じゃないと叫んだが、俺は剣士に何もしてやれない。
十数年と生きても居ない神に力を与えらただけの無知な少年に、伝説の龍が悪し様に使われる屈辱に、余りの悔しさに憤死するが、無念を晴らす事も俺には出来ないままに、彼の躯は無残に刻まれてその少年の鎧と武器になってしまった。
夢を見た、自分の意識は関係なく無理やり奴隷にされた少女が、下衆な満足感を満たす為だけに買われていく彼女、降りかかった不幸を、振りかかるであろう性奴隷としての一生を何とかしたいと願っても手はすり抜けた。
クラスの厄介者だった彼が神の力を手に入れて復讐をしている、女は犯して男は殺してしまう事を、俺は正当な権利だと思えないまま、目の前で年若い子供達が無残に犯され死んでいく惨状に、俺は何の爽快感も得られず、劣等感に歪んだ惨劇に何も出来ないまま絶望した。
神の力をもらったニートが欲望の限りを尽くして、世界を暴れまわって欲望を満たすだけの陳腐で幼稚なニートの欲望の嵐にすり潰されそうな、ニートに押しつぶされるであろう人達に、そこに居てはいけないと、声が嗄れるまで叫んでも彼らの耳には届かない、俺はあまりに無力だった。
俺はそうして、何度も何度も破滅を迎える沢山の世界を見た。
そんな沢山の絶望を幾度も見た。
何十と破壊の歴史を見た。
何百を越えて見た。
数えきれないほどの醜い欲望を、気が狂いそうな程に、もう気が狂ったと思える位に、ずっと気が狂っていると確信ができる位に絶望を見たんだ。
吐き気を催すご都合主義と一切の努力を廃した幼稚な万能感が支配する、悲惨なまでのディストピア。
何時も変わらない世界の不条理を、彼らが食い散らかした世界の舞台裏を、彼らの目には入らない画面の外に欲望の残滓が虚空を見つめて無残な姿を何百年と見続けてきた。
これが数多の世界の理だというのなら、これが世界の真理だというのなら、こんな酷い話が理想だとでも言うのなら俺は……。
「俺は……、神山周護は、この不幸に、この絶望に抗う、そう決めたんだ……」
出した結論に彼女は嬉しそうに微笑みを浮かべてから、そっと微かに触れるくらいの口付けを俺にし、触れていた頬から手を離して、そっと俺からも離れていく。
なぜだか解らない寂しさと悲しみが綯い交ぜとなった感情が、俺の心を支配するのを無視するかのように、でも少しだけ泣き笑いの様な表情で彼女はゆっくり口を開く。
「そうね、貴方はそう決めた。だからもう行かないと駄目なの、ここは終末の吹き溜まりで貴方が居て良い世界じゃ無いわ」
そう言い切ると彼女は天を微かな光の差し込む一点を指さした。
「待ってくれ、俺にはあそこに行く方法なんて……」
俺がそういった時、彼女は天を指していた指を俺の唇に当て、今度は真っ直ぐに俺の目を見て、語りかけてくる。
「いいえ、貴方が望む限り、貴方が思いを諦めない限り、貴方が自分を亡くさない限り、世界は貴方を迎え入れる、だから望んで、祈って、願って、貴方の本当の思いをっ」
「俺は……、今まで受けた多大なる恩を皆に返したいっ!この世界に起こった不条理に抗いたい!」
彼女の言葉に俺は、自らの胸に宿る思いを、遣る瀬無い怒りと悲しみを覆したいと、願いを口にする。
「欲望だけを肯定する世界じゃない、誰かと手を取り合う世界、そんな世界に戻りたいっ!」
「それなら行きなさい、貴方が世界に希望を、優しさを、もう一度示すのよ、誰かの優しさで世界は甦る、これからもずっと……」
彼女の声が遠くなり、絶望の闇の底にあった世界に再び火が灯り、光が満ちてくる。
「私を知らないシュウゴだったけど、やっぱり貴方は変わらない……、貴方の苦難の道に少しでも多くの幸せがあることを、私はずっと祈っている……」
彼女がそうつぶやくと、俺の意識は痛みとともに絶望に引き戻されるのに、それなのに彼女の名前すらも思い出せない。
「君の、君の名前を教えてくれっ、俺は君を……」
「クシーナ、それが私の名前よ……」
自らを救ってくれた女性の名を耳にした時、絶望は崩れて、世界は再び絶望に沈もうとする現代に戻ってしまう。
目の前には荒れ果て、朽ちかけの家々、半壊した俺の軽トラだけが周りにあった。
「クシーナ……、俺はもう諦めたりしない、こんな巫山戯た世界を否定して、もう一度、絶望から世界を取り戻してみせるッ!」
これが始まり、たった一人の無力な男が神を気取る電子情報体が作った黙示録の世界を否定し自らが願う世界を取り戻すと宣言した、あまりに無力で愚かな反抗戦の始まりだった。