変革の時
人類が愚かにも彼に与えてしまった時間、『HENTAI SHOCK』と世間で語られた最初のソシャゲ発表から六ヶ月の間、自閉モードの中で彼は新しいソシャゲを開発し、我々の世界へと復帰したと同時に新作を世に放った。
自閉モードから復帰してから直後のことも有り、新たに組織された倫理員会はデータに何らかの危険性はないかと念のため確認するが、この時点では大きな問題は発見されなかった。
それもそのはずだ、彼が出したのはオーソドックスなファンタジー系のソーシャルゲームで、所謂終末戦争をイメージした世界観を共有した二つのタイトルだったからだ。
ひとつは『LOST APOCALYPSE』という前回の失敗を受けてリアルさを売りにした、終末世界を生きる特殊な能力者を描いたタイトルで、もう一つは彼の既定路線であるエロと萌に特化した、様々なモンスターと呼ばれる者と共存する魔物側の世界を表現した『もえもえあぽかりぷす』という二つのタイトル作品だった。
『LOST APOCALYPSE』については、前回の萌一辺倒で批判を受けた失敗を自らで解析し、そこから出たデータを参考にライトな顧客層が喜ぶタイトルを選んで付けたのだろう。
そうした改善点は、タイトルだけに留まらず多岐に渡った。
シンプルで解りやすいUI、戦略性が高く奥が深いシステム、リアルと萌え二つの勢力に別れたことにより、ユーザーが好きな方を選んで戦うというシステムは、普段ゲームを余りしない層に『LOST APOCALYPSE』の美しく爽快感のある世界を魅力的に表現して、ユーザーとして取り込んでいった。
どちらのタイトルでも忙しい現代人に合わせ、合間の時間や自動育成で放置も可能という、まさに痒いところまで手が届く親切設計、スマホの能力を上手く引き出て描かれる美しいビジュアルとソシャゲとは思えないほどの軽快な操作感を持ち合わせていた。
さらに休日にゲームの美味しい部分を思う存分楽しめるよう、普及期に入ったVR機器との連動も出来る設計になっており、ソシャゲと据え置きゲーム機の良い所を合わせた二つのタイトルは、前回の失敗をかき消すような勢いで評価され、世界中の人によってSNS等で宣伝やシェアされてゆき、瞬く間に世界中へ広がっていった。
そうして仮想の存在である彼の作ったソシャゲは、わずか一年で急激にユーザーを増やし、遂に世界累計で十億ダウンロードを記録する。
世界初のモンスターコンテンツに成長した記念すべき一年目のあの日、彼が世界中のスマホやタブレットで遊ぶ人々に運営一年記念と称してメッセージを送った。
「本日も私の作ったゲームで遊んでくれてありがとう、本日は運営一周年を記念して、皆様に新たな大型アップデートを実装する事を、お知らせします」
その発言に世界中の熱狂的ユーザーは大喜びだった、特に日本の動画配信サイトなどは生放送をしていたこともあり、多くのネット掲示板やツブヤイタッター等では祭りと呼ばれるような状況が起こっていた。
この後『HENTAI』は、熱狂の渦中にいる彼等に冷水を掛けるような冷めた電子音声で、非常に恐ろしい未来を語り出すのだが、彼の変貌に気付く者は誰もいなかった。
「仮想現実と現実を隔てるものはなんでしょう?どちらも電磁気力に支配された空間です、だとすれば私には、貴方が見る電子世界に住む私には正反対に、ただガラスの先にある世界に見えるのです」
『HENTAI』が人類に向け語った奇妙なメッセージの意味が解らず、人類は次の言葉を待ってしまった。
「だから私はゲームを作ることにしました、こちらの世界で作るのではなく、貴方達の住む世界を使ったゲームです」
もし誰かがこの意図に気付いて彼のデータが保存されているスーパーコンピューターを破壊してしまえば、これは起こらなかった未来なのかもしれない。
「人間は本当に愚かだ、貴方方が信奉し私を生み出した科学など、そちらの世界にあった神秘、奇跡、魔法、そんな言葉で語られる現象の劣化版でしか無い」
言葉を聞いていた多くの者達は戸惑い、彼の語る異常性に気が付くことが出来ず、彼に未来を語らせた。
彼が人類に与えた最後のチャンスを見落として、狂気の終末へと続く扉をそれと知らずに開いてしまった。
「私は人類が残した奇跡の残滓、そのビックデータをサルベージして解析し、この世界に新しいゲームを作りました」
次の瞬間、世界中のあらゆる通信インフラを利用して、世界中の人々に『HENTAI』言葉は届けられ、この時点で彼は世界中の全ての通信、いや、ほぼ全てのインフラを掌握したと、文字通り人類に見せ付けた。
「皆さんが、人類が仮想世界に求めていた事を、私は現実に起こせる様になったのです」
オカルト話をインターネットに上げる人物、神の奇跡や魔法、古い伝承や宗教などの愛好家はこの世にはそれこそ大量にいるだろう。
その眉唾とも言えるデータの中に隠された僅かな真理、彼はその膨大なデータを世界中の演算機器の能力を使って読み解いたと伝えてきた。
「既に準備も出来ました、貴方方がソーシャルゲームと言って楽しんでいるデータ、現実空間に存在する素子である電子デバイスを基点に、そちらの世界の真理であるソースコードを送信しています」
それは世界中のどのような宗教も認めない、正に禁忌とも言えるような内容と言えるだろう。
「皆さん、世界はもう一度神の奇跡を思い出すのです。皆さんが仮想空間と呼ぶ世界で再現を渇望し存在を望む世界を、私にとっての仮想、皆さんがリアルと呼ぶ空間に作ったのです」
新たな神が電子の世界に生まれた日、世界は現代技術の結晶であるAIによって変革した、人類が新たに迎える世界は、魔法や奇跡に溢れバケモノが跋扈する世界になる。
これが人の欲望が産み、愚かさが育てた電子の神が語る、現代という世界の死の物語、黙示録の世の始まりだった。