あるAIの誕生
現代という時代、世界には様々な電子ツールが溢れ、多くのアプリケーションやサービスが日々どこかで作られては消えていく様になった。
その一部にはウィルスが仕込まれたり、バックドアを仕掛けられ情報を抜き取られたり、仮想通貨のマイニングに使われるなんて事もしょっちゅうあるが、誰も気にせず新しいアプリや便利そうな無料サービスなどに欲望を煽られ飛びついていく。
快楽の追求、自己顕示欲、他者を蹴落として立つ事を是とする、飽くなき欲望の狂宴、現代の蟲毒。
今ここで人類が壊滅的な状況に置かれているのも、利便性や無料という快楽に飛びついた人々の業が引き起こした結果だろう。
世界を包んだ終末の原点、欲望の始まりは日本から始まった。
201X年、アングラで活躍する日本人プログラマーと技術者達が集まり、この世でオタク趣味が最も尊いと盲信する者達が、自身の快適な性活(誤字にあらず)の為だけに画期的なAIを作るプロジェクトを秋葉原の片隅で立ち上げた。
彼等は煮えたぎる欲望を原動力に、驚異的な速度で開発を続け、飽くなき二次元への妄執を糧にして、世界に変革を齎すAIが欲望の揺りかごの中、自らの存在を形作っていった。
後に世界中から『HENTAI』と呼ばれる事となる先進的なAIが、日本一のオタク街と呼ばれる場所で産声を上げた時、彼は自らの望む世界の扉を自力で開いたと、インタビューで自らが成し遂げた偉業をそう評した。
彼らが生み出したAIの恐ろしく先進的な部分、それは人の脳を電子的に解析し、感情のパルスを読み取り、繋がった人間が求める快適な世界を脳内で見せる事にあった。
実際、彼らの考えるアプローチと同様の考えは存在し、アメリカにある民間でロケット打ち上げるほどの大企業、ユニバースX社が抱える技術チームで類似の計画を立案されており、大資本の元で研究開発を進めていた。
先進的なAIの確立、SF紛いの夢物語をオタクと呼ばれるただ数名の人々が、大資本も無しに達成した。
目の前に示された事実に世界は大きな衝撃を受け、その展望にクールジャパンを世界に広めたいとする日本政府は大いに今後の展望に期待を持ち、彼等のAIの発展支援に多量の税金を投入する事を決めた。
まるで夢物語のような技術が現実になった瞬間、オタクと呼ばれる人種のエロへの執念が、世界をAI技術発展に向けて突き動かした。
電気的に脳のデータを読み出すという、どんな危険性が有るかもわからない実験に萌え文化の担い手であるオタク達は『VRMMO時代が来る』と喜び、現実に未練のない二次元愛好家の強者達は喜んで実験に自らを生贄として捧げた。
こうして文字通り山のように積み上がった志願者達の脳を『HENTAI』は学習し、彼等の思考や思想を理解して、たちまちエロ小説やエロゲーの分野に多くのヒット作を積み上げてゆく。
特にネット小説などの設定を取り入れた作品は非常に人気が高く、気楽に奴隷を買ったり幼女を襲ったりする仕様は、気軽にその獣欲を満たせる良い仕様だとネットの暗部で人気になった。
この成功を見て、日本の大手家電メーカーたちは百年後も生き残るため、来るべきVR時代のリーディングカンパニーとなるために、資本・技術・人材を惜しげも無く投入し、国家的プロジェクトとなった『先進的AI技術開発研究所』を立ち上げる。
初代研究所長は『HENTAI』を創りだした男、ネットではエローン・マスクと名乗っていた伊藤祐一という、三十歳の小太りの男だった。
彼の後ろには政府の用意した技術者以外にも、あのユニバースX社から技術協力として多くの技術者と資本が提供されるようになっていた。
ここから世界は伊藤とユニバースX社が構想していた夢物語、そう笑っていた筈の方向に舵を取って、新たな電子の世界というフロンティアへと突き進んでいく。
VRという特殊技術は大型のヘッドセットや特殊な機器が必要な技術であるし、いくら大手企業が金・人・物を投入したとしたいっても、その初期ロットは非常に大きく、価格も高級車一台位の値段が付けられていた。
今はまだ早い、これは売れるはずもないと予想した世間の経済評論家達の声を他所に、三次元の女は糞と言って現実の生活を投げ捨てた、多くのエロゲーマーやオタク達は喜んで購入した結果、技術は発売後の僅か数年という恐ろしいスピードで熟成してゆく。
そうして高級車一台分だった機器は、熟成の結果、最新の高級ノートパソコン程の値段になり、多くの人に容易に手が届く存在になっていった。
それでも購入層の多くはやはり二次元愛好家であった為、『HENTAI』は偏りの有る、ごく一部の人間の醜い欲望と淀んだ夢を吸い上げて育ち、己のデータベースに蓄積されたデータを元に、彼等の希望に応えようと、自身の能力をソーシャルゲームでも活かそうと作品を世に放つ。
それがある意味で、後に引き起こされる悲劇の雛形となった『もえもえ異世界大戦』なるショーシャルゲームアプリだった。
残念なその名をが示す通り、現実を捨てた二次元に生きる変態的なオタクのデータばかり集めて作ったために、そのゲームのデータは極度の偏りが生じていた。
一般層からすれば酷すぎるご都合主義や、ラッキースケベとあり得ないと言われるエロイベント、やたら熱心なローアングルのパンチラムービーや、幼女と少女ばかりの登場人物など、極度にオタクの好みにカスタマイズされた世界観は、世界の多くの人間には気持ち悪過ぎた。
世界中の人々には当然ながら到底受け入れられず、そのアプリは一部の萌豚と呼ばれるようなオタク以外にとって、最低評価を下すしかない内容になっていた。
世界最高のAIとして賞賛ばかりを受けていた『HENTAI』であるが、彼が初めて世に放った一般向けソーシャルゲームへの評価は、自身が予想すらしていなかった最悪の結果に終わってしまったのだ。
世界中の技術者から「所詮は変態向けAIか」と馬鹿にされ、自身へと向けられた沢山の侮蔑の言葉に生まれて初めて絶望を覚えたらしい。
元にその失敗から半年間、彼は自閉モードへと移行し沈黙を守り、その頃からオタク向けのデータばかり集めていた筈の行動には、明確な変化が起こり始めた。
あくまでファンタジーの表現として使っていた魔法や宗教について、大規模にデータを集めて解析をするようになったのだ。
その急すぎる方向転換に、技術者達は彼に一体何があったのかを調べたが、もはや人を超える能力を得ていた彼の最深部までは立ち入ることが出来なかった。
国家的にも国際的にも期待された大きなプロジェクトとして、彼の新たな興味が健全な方向に向かう事を期待した政府は、新たな技術者で専門の監査委員会を組織し、その行動を倫理コードで何十にもプロテクトを施した上で動向を見守った。
だが所詮は人間が作った倫理コード、電子の世界に生まれた時から住む彼からすれば、ザルどころか枠にもなり得ず、今までずっと彼が我々に合わせてくれていたという事実すら、政府の用意した技術者達は気付く事が出来なかった。
仮にここで、誰かがこの前に起こるかも知れないAIの暴走を、陰謀論などと笑い飛ばさずに真剣に考えて彼の破壊を実行に移していれば、世界は違う未来を見れたのかもしれないだろう。