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私を忘れないで  作者: 昼夜
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一話

しんしんと降る雪は、少年ニアの心に想いを募らせた。


雪山に囲まれた小さな村。ここはまさに陸の孤島で、人間の足では外にでることも入ることもできない。

世界に置き去りにされた村で、ニアは家族も友人もなく一人で生きている。


一人ぼっちでも何も怖いことなんてない。

一人でいれば誰かに傷つくこともない。

だからむしろ、ニアは孤独を望んでいた。


なにより、ニアには叶えなければいけない夢があった。それは飛行機を自作して、この四角く灰色の空へと飛び立ち、この腐った村から抜け出すこと。

その夢のために、ニアは毎日飛行機作りに熱中していいた。



ある日、ニアは黒いコートのフードを目深に被って外へでた。食料を調達するためだ。吐く息は白く、肌に触れる雪は刺すように冷たい。

その視線はぼんやりと地面を見ている。昨日から喉が痛み、頭に軽く頭痛が走っていた。


どすっ。

道行く人にぶつかり、ニアは地面に尻餅をついた。お尻を抑えるニアの耳に、苛立ち混じりの舌打ちが聞こえた。目線をあげて相手の顔を確認すると、村長だった。


「気をつけろ」

「......すみません」


俯き、見えないように目を尖らせていると、年老いた村長は眉を歪ませた。


「なんだその態度は。自分の立場がわかっているのか? 犯罪者の倅め」


犯罪者の子供。


吐き捨てるようにそう言うと、足早に去って言った。


ニアの両親は、過去に村で罪を犯した罪人だった。

ある日の夜、爆弾を作り、村と外との唯一の通路だった橋を跡形もなく破壊した。その爆発に巻き込まれて数人の村人が死に、両親たち自身も吹き飛んでしまった。なぜ彼らがそんなことをしたのか、ニアにもわからない。


ただ一つ言えることは、遺されたニアが村人たちの怨嗟の対象になってしまったということだ。

犯罪者の子供という烙印は、ニアの運命を理不尽に捻じ曲げた。なんで何もしていない僕がこんな目にあわないといけないのか。そのことで頭の可笑しい両親を恨むにしろ、わからずやの村人たちを恨むにしろ、無力な自分がたどり着くことのできる答えは結局孤独でいることだけだった。


ニアはよろめきながら立ち上がり、体についた雪を払った。


すると、今度は小さな女の子の声が聞こえた。


「ニア! おはよう!」

「......おはよう。シェリー。相変わらず元気だね」


この子はシェリーという、七つ年下の女の子だ。数ヶ月前、唯一の家族だった祖父を病で亡くし、十歳にして一人暮らしをしている。


孤児という共通点に親近感を感じているのか、はぐれ者のニアに対して妙に親しげに接してくる。正直、ニアは少しとまどっていた。彼女の人間性が嫌いなわけではないが、やはり信用できない。明るい笑顔で僕を釣って、裏では皆と悪口を言っているんじゃないか。彼女と話すたびにそんな妄想がニアをとらえて離さない。賢いのは、とにかく深い関わりにならないことだ。


ニアは先ほどの不快な出来事などなかったかのように偽りの微笑を浮かべ、ひらひらと手を振った。


「ニア。どこへ行くの? 買い物?」

「うん。ちょっと昼の買いだしにね」

「へえ。そうなんだ。私もお昼まだだから一緒に行ってもいい?」


シェリーは首を傾げた。

ニアは戸惑い、顔を横に背けた。


「いいけど......でも」

「でも、なに?」


ニアは消え入るような声で呟いた。


「僕と一緒にいるところを見られたら、君も浮いちゃうかもしれないよ」

「なーんだ。そんなの平気だよ!」


浮かない雰囲気のニアとは対照的に、シェリ―はあっけらかんと言い放った。


「いいの?」

「うん。だって皆がニアのことを嫌いでも、それは私がニアを嫌う理由にはならないよ」


ニアの自虐的な言葉を振り切るように、シェリ―は花のような笑顔を咲かせた。その笑顔は図らずもニアの心に仄かな明かりを灯すと同時に、劣等感も感じさせた。


この子も自分と同じような寂しさの中にいるはずなのに、どうしてこんなに明るく笑っていられるのだろう。孤独に狂いそうになる夜はないのだろうか。それとも、彼女も僕と同じで何かを演じているのだろうか。


「ニア? 具合悪いの?」

「ああ、ごめん。ちょっと喉が痛くて......風邪のひきはじめかな。君にうつすと悪いから、やっぱり僕は一人で行くよ」


ニアはシェリーの頭にぽんと手を置き、軽く撫ぜるとそれ以上の会話はせずに歩き去った。振り返ることをしないその寂し気な背中に、少女は屈託のない笑顔で手を振った。


           ☆


その次の日の朝、ニアは古びたベッドの上で意識を朦朧とさせていた。


眩暈が激しく、天井の染みと染みが繋がって悪意に満ちた人の顔にみえる。それはまるで、何の罪もない自分を憎らし気に睨みつける村人たちの視線のようだった。


困ったな。これじゃ当分動けそうにない。

水......水を飲みたい......。


ニアは崩れ落ちるようにベッドを抜け出し、寒さに身を焦がしながら、家の軒先にある水瓶に向かった。

しかし、たどりついたその水瓶の中にはあるはずの水が一滴も入っていなかった。


代わりに、見覚えのない泥がなみなみと詰まっていた。

村人たちの陰湿な悪戯に違いない。ニアは白いため息をつき、うっすらと粉雪が積もる石床に倒れ込んだ。震える手を必死に伸ばし、縋るように形無き雪を掴む。それを口に運んでみると、なぜだかしょっぱい味がした。


負けるもんか。

僕は、いつか必ず打ち勝ってみせる。

淀みゆく世界の中で、ニアは心に誓った。



ーーニア。ニア?

ーー大丈夫?



誰かの声がした。

心地いいような、どこか懐かしいような温かみのある誰かの声。これは誰の声だったか。顔を思い浮かべる前にニアは気を失ってしまった。



目が醒めると、仄かに甘い香りがした。

重い首をもたげ、あたりを見渡すとシェリーの背中が見えた。


「......なぜ君が僕のうちに」

「起きないほうがいいよ。ニア、家の軒先で倒れてたんだよ」


シェリーは心配そうにニアの顔を覗き込んだ。

そうか。あれはシェリーの声だったのか。もっとほかの誰かの気がしていたのだけど、違ったんだ。

ニアは神妙な顔で瞬きをした。


「そうか。君が助けてくれたのか。ごめん」

「いいの。困ったときはお互い様だから」


シェリーは丸椅子に座ると、トーストを食べはじめた。一口齧るごとに嬉しそうに頬を緩ませるその仕草は、彼女がまだ子供であることを認識させる。あのトースト、僕が食べるつもりだったのに。ニアは腹を抑えた。


「......」


シェリーがトーストを咀嚼する音と、屋根が雪の重みで軋む音だけが静寂の部屋に響きわたる。


考えてみれば、誰かと一緒の部屋で時間を過ごすのは久しぶりだ。こんなとき、何かを喋って相手を楽しませないと、自分の価値が下がってしまうようで不安になる。ニアは必死で言葉を探した。


「シェリー。君は村の人たちとは上手くやれてるのかい」

「うーん。まあ、普通に仲良くしてもらってるよ」

「そっか。それなら良かった」

「ニアももっと積極的に話しかければいいのに」

「無理だよ。僕なんかが話しかけたところで、みんなに避けられるだけだから」


力なくそう言うニアをみて、シェリーは目を丸くした。もしかしたら彼女はニアの親が犯した罪のことを知らないのかもしれない。だからきっとニアに対してフラットに接することができるのだろう。



そう、何も知らないだけなんだ。

何も知らないから親しくできるだけ。

化けの皮が剥がれれば、きっと彼女も僕からはなれていくだろう。


シェリーは頬杖をつきながら、底抜けに明るい笑顔を浮かべている。

その笑顔、本物かい?

ニアは心の中で呟いた。



「そんなこと言わないの。少なくとも、私はニアが好きだよ」

「......なんで? なんで僕に優しくするの。同情か?」

「それはねえ......あのね。私、見ちゃったんだ。ニアが深夜の山の尾根で、物凄い大きい機械に乗っているところ。それから気になっちゃってさ! 話しかけたくなったの」


その言葉を聞いた瞬間、ニアは目を見開いた。

それはニアがこの村の誰にも知られたくない情報の一つだった。


「......見たの? 僕があれに乗っているのを。いつ?」

「うん。おじいちゃんが死んじゃった頃だから、三ヶ月前くらいかな」


それはちょうど、シェリーがニアに絡みはじめた時期だった。確かにその時期は開けた山で試作機のテストをしていた。まさか、バレていたとは。


どうするか。

ニアは心の中で蛇のようにシェリーを睨みつけた。

もし僕の計画が明るみにでたら、あくどい村の連中のことだ。どんな横やりを入れてくるかわからない。


「そっかあ。ねえ、シェリー。そのこと誰かに言ったりはしてない?」

「え? 誰にも言ってないよ。私、家族いないし。友達はみんな馬鹿だから、言ったところで信じてくれないもん」


シェリーは口を尖らせた。それは自分を疑われたことに対するいじけなのか、友達に信じてもらえないことへの不満なのか。


とにかく、誰にも口外していないということは嘘じゃなさそうだ。


ニアはほっと胸を撫で下ろした。

少女は残っていたトーストを一気に口に詰め、ぐっと飲み込んだ。唇の周りにトーストの欠片がついている。


「ね、あの機械はニアが作ったの?」

「......ああ。飛行機って言うんだ」

「すっごーい! ねえねえ、どうしたらそんなことできるようになるの? 私にも作れるかな!」

「勉強すれば作れるようになるんじゃないかな」


ニアは頭をかいた。

ニアの家には、科学関係の本が沢山あった。それは憎き両親の残した形見であり、孤独なニアに与えられた唯一の救いだった。本だけが仲間だった。その気持ち、こんな子供にわかるわけがない。いや、きっと自分以外の村の人間には理解できないだろう。



シェリーは椅子から飛び出し、本棚にある本を取り出した。そして、しげしげと眺めはじめた。


「うーん。なるほどなるほど」

「なんかわかったの?」

「全然」


にこやかに笑うシェリーをみて、ニアはついふきだしてしまった。


「まあそうだろうね」

「うん。ねえ、私悔しいよ。お願い。私もあの飛行機に乗せて」

「え?」


ニアは考えこんだ。

自分以外の人間を飛行機に乗せるなんて考えられない。あれは一縷の希望への方舟だ。簡単に誰かに触れて欲しくない。でも、借りを作ってしまったことがニアの中で引っ掛かっていた。それに、あまり邪険に扱うと秘密を口外されてしまうかもしれない。


「シェリー。あの飛行機はまだ未完成なんだ。いつ完成するのかもまだわからない。だから、今は君をのせてあげることはーー」

「じゃあ作るの手伝わせて! 私、こうみえて凄く器用なんだよ。そんで、完成したら一回乗っけて!」


大きな瞳を輝かせ、両手を合わせて懇願するシェリーを、ニアはどうすることもできなかった。


「ニアの秘密、知っちゃったからね。忘れてって言っても諦めないよ? もう共犯者だもん」


ある意味、脅されている気がする。

愛らしい笑顔の下にも悪魔はいるらしい。


「......わかったよ。シェリー。でも、絶対に誰にも飛行機のことは言わないって約束してくれ」

「うん。言わない」


シェリーは白い小指を差し出した。

ニアがおそるおそる小指を差し出すと、二つの指は重ねられた。


久々に人肌に触れた。

孤独な少年は久々に他人の体温を思い出し、その心地よさに、紙切れほどのわずかな心を奪われた。

続く。

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