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満月日和  作者: 海月 星
第一章 生と死と
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装備は旅の必須物

新キャラのご登場

 カランカランと、木の板を並び合わせただけの扉にちょこんと上垂れ下がる鐘が落ち着いた音を奏でる。一階建て、木造建築の広い店にユヅキとリネアは足を運んでいた。

 店に入って直ぐ目に入ってくるのは剣や弓などの武器コーナーだ。壁に飾られた美しい武器は飾り刀として置いてあっても良い代物だ。しかしメモのように横に貼り付けられている値札には目が眩む金額が書かれていた。リネアからのお小遣いじゃ到底手が届かない。届くと思っていることすら烏滸がましい。

 対して床に立て掛けられた剣達は平均的なものばかりだ。値段も壁に飾られているのと比べガクンと下がり、これならユヅキでも手が届きそうだ。

 いつになるかはわからないが。

 リネアは右手にあるカウンターまで足を進めると、刀の手入れをしている片眼鏡をかけ痩せ細った男性へ笑顔を向ける。


「お久しぶりだねシールさん。いい代物は手に入った?」

「ケッ。んなもんありゃしねぇ。狩人どもは何やってんだか」


 シールと呼ばれた男性がギョロリとした眼球をリネアに向ける。瞳の奥のギラギラとした輝きは好戦的な魔獣のそれに見えた。

 寄せられた眉は短く、威圧感溢れる瞳は翡翠色だ。古ぼけた服は隙間からやせ細った体が見え隠れしており、洋服に気を使っていないのがわかる。服の上からでもわかる骨と皮しかないような体なのにも関わらず、下手したら殺されそうな威圧感を体全体がはなっている。

 まるで人外によく出てくる緑色の肌をした小さくて小癪な初心者向け経験値用に用意されたゴブリンのようだとユヅキは思った。口にしたら殺されそうなので言わなかった。いやそもそもゴブリン自体この世界にいるのかすら知らないだが。

 リネアは機嫌の悪いシールに構う事なく続ける。


「仕方ないんじゃない?最近は狩人が減ってきてるんだから」

「腰抜けが増えたの間違いだろ」

「自分の命を大切にする人が増えたの間違いだよ」

「だったら端から狩人なんかやんなきゃいいだろうが。自分可愛さで戦場に立とうなんざ甘い考え持つやつは帰って母乳でも吸ってろ」


「アハハ〜」と、心底楽しそうに笑うリネアに対しユヅキは苦笑いを浮かべる。どこに笑う要素があったのか理解不能だ。むしろその“甘い考えを持つやつ”の中にユヅキはしっかりと入っている。

 片足とか言う問題ではなく頭からつま先まですっぽり入っている。自分可愛さはいつまでたっても捨てられない。

 リネアが笑っている途中、シールはジッとユヅキを見つめた。見つめたより睨んでいるという方が正しいくらい強く見つめられる。

 たまらず数歩後ずさりするユヅキを見てリネアがクスクス笑った。


「シールさん、そんなに睨んじゃだめだよ」

「別に睨んでなんかいねぇよ」

「眉間にしわ寄ってるけど?」

「元からこういう顔だ」


 シールは一つ舌打ちをすると刀の手入れに戻る。リネアもシールから目を離しユヅキに向き直ると優しく笑顔を向けた。


「ユヅキもシールさんは顔面凶器だけど怖がらなくて大丈夫だよ。むしろこれが通常かな!」

「が、顔面凶器…」

「誰が顔面凶器だ」


 手入れをしていたはずのシールが会話に入る。ドスの効いた声は、確かに子供が見たら泣き出すであろう顔面凶器であった。

 リネアは優しく笑いカバンから大きめの白い袋を取り出す。トンと置かれた袋。ユヅキはその中身を知っている。

 このロナフト町に行く途中に遭遇した魔獣から剥いだ骨や牙、爪が入っているのだ。

 魔獣の骨や牙、爪などの多くは武器によく使われる。肉は食用として、血は腐敗防止の薬として。一部の魔獣の目は秘薬として用いられている。

 余す事なく使える下方の魔獣はより多く狩られていた。

 シールが刀から目を離し、一つ一つ見入るように品々を見始めた。


「どれくらいになるかな?」

「…そんなにはならねえな。イラウジャなんて下方の中でも下じゃねぇか。他のもそうだ。フールにサメルス、ホウロゲンなんて運が悪すぎだろ」


 シールは一目見ただけでそれがどの魔獣なのかわかるらしい。確かに今まで戦ってきた魔獣の数々だ。しかもそれが下の下に位置すると思うとユヅキはゾッとした。

 ──伝特はどれだけ強いんだよ…

 遭遇するかはわからないが、もし遭遇したら息をする間も無く首をはねられているだろう。

 走馬灯を見る間も無く天に召されるのはまず間違い無い。

 ユヅキは溜息をつくしかなかった。

 リネアはシールを邪魔しないように静かに声をかける。


「この子の装備を買いたいんだけど、大丈夫そう?」

「そんくれぇなら大丈夫だ。しっかしまぁよくここまで下級の魔獣ばっか出てくるもんだな。ここら辺なら中級もいそうなんだが。穴場でも見つけたか?」

「うん、まぁちょっとね」

「…てめぇもそこら辺のクソどもみてぇになんなよ」

「はいはい。わかったわかった」


 シールがリネアに瞳を向ける。ギョロリと動く様は物陰に潜む獲物を見つけたかのようだ。

 慣れたようにリネアは受け流すとシールは再び舌打ちをした。

 ここで言う下級や中級は下方の中だ。中念や上祭、ましてや伝特なんてもってのほか。人一人で相手できるものではなく、軍が来ても相手が悪ければ全滅する可能性もある。

 そのため一部の国では法で下方以上の魔獣と戦う事を禁じているところもあるくらいだ。

 数秒の沈黙の後、シールは静かに口を開く。


「装備なら右の奥だ」

「ん、ありがとう」


 二人は目を合わせる事なくリネアはシールの横を通り過ぎた。そのなんとも言えない雰囲気に呑まれそうになったユヅキだが、リネアが動いたことにより意識をはっきりと現実に戻す。

 自然とリネアに付いて行こうとする。が、一度シールを見て軽くお辞儀をした。シールはそれを眼球だけ動かして見るも再び視線を戻した。

 それを確認すると今度は止まることなくシールに背を向ける。

 一歩、踏み出したところで、


「気ぃつけな」

「はい?」


 不意にかけられた言葉の意味が掴めない。

 何をどう気をつければいいのか、そもそも何に対して言っているのか。しかし、シールはそれ以上何も言うことはなく、追求しようと口を開くもリネアの呼ぶ声に奥へと足を進めたのだった。



 ーーー


「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…」


 長い長いため息が吐かれる。

 ユヅキの体は魔獣と戦った時のように重い重圧が乗っていた。止まっていたはずの心臓はゆったりと鼓動を刻み、自身が疲れている事を理解させられる。

 椅子に座り、天を仰ぐように上を向くが、視線の先には屋根裏の天井しかない。生き生きとした青空は少しだって見えなかった。

 対して隣にいるリネアはと言うと、


「んー…実用性もそうだけど柄がなあ…あえて男物…?」


 どれにしようかと首を捻っていた。

 先ほど、名前を呼ばれて装備コーナーに足を運んだユヅキの目には、10着程度の装備を腕に引っかけるリネアが楽しそうに笑っていた。

 装備と言っても騎士のように鎧を着るのではなく、魔獣の皮で作られた装いだった。

 装備とあって裾の長い物やフリルの付いたものはないが、種類はそれなりと言えよう。

 リネアは試着室にユヅキを押し込むと、


「全部着て、どれが似合うか二人で決めよ!」


 期待の眼差しは断ることのできない謎の強制力があった。

 ユヅキは苦笑いのまま着替えていると次々に投げ込まれる洋装の品々。スカート系は初めの1着でリネアが珍しく爆笑するほど似合わなかった事もあり、その後一つだって投げ込まれなかった。

 ユヅキの着せ替え人形は約一時間にも及び、まるで女の買い物に付き合わされた男のような図になった。

 途中から意識がどこかに行っていたユヅキは半数以上何を着たか覚えていない。

 ──シールの忠告はこれだったのか。なるほど理解に値する。

 ユヅキは椅子に座りながら、「シールさん…できればもっと具体的に言ってほしかった…」と静かに呟いた。


「んー、これもいいしこっちも良かったなぁ。似合うのはこっちだけどやっぱ少しでも耐久性があった方がいいしな…ユヅキはどれが良かった?」


 くるっとユヅキに向き直り楽しそうに笑うリネア。そのおかげで半白目をむいていたユヅキの意識が戻される。


「ふえ?…あぁ、特にはないかな。でもまぁこれでいいっしょ」


 持ち上げたのは始めの方に着た紺色を基調とし黒のラインが入ったの装備だった。優柔不断なユヅキが珍しく決断したのは、このまま決めないと装備を追加で持ってきてしまいそうだったからだ。また着るなんて溜まったもんじゃない。

 リネアは顎に手を当てて数秒悩むと「よし!」と笑顔を見せた。


「それじゃあ、これにし」

「何がこれでいいだ」

「む…人が話してるのに被せないでくれない?」

「うるせぇ。てめぇの事情なんざ知ったことか」


 第三者の声に反射でそちらを向く。そこには布袋を片手に睨みを効かせるシールがいた。

 ユヅキの背筋が自然と伸び、重圧やら何やらは全てどこかへ消えてった。

 シールは二人に威圧をかけながら口を開く。


「装備ってんのは生死を分ける重要なもんだ。布だろうと魔獣でできてら耐久性はかなりのもんだ。

 それにあんたにはわからねぇだろうが職人が長年かけて作った物をたかが布切れだとしても決めるのが面倒だからと言ってそれ“で”いい、ったぁ聞き捨てならねぇな」


 シールはそう言いながら近づくと「おらよっ」とリネアに布袋を投げる。ジャラリと音がなったことからお金の類だとユヅキでも想像ができた。

 迷うことなくユヅキに歩み寄るシールに対し、ユヅキは一歩一歩近づかれるたび冷や汗が止めどなくでてくる。ローブを着ているため直視していない事が幸いだ。


「立て」

「…えっ、」

「立つんだよ」

「はぁ…?」


 急な頼み、否、命令に疑問符を浮かべながらゆっくり立ち上がる。

 お互い立ってみてわかったがシールはユヅキより少し身長が低いようだった。それでも怖いことには変わりなく、小柄で細身な体のどこに気圧されているのか、ユヅキには判断しかねた。


「腕広げてろ」

「へい」

「あ?」

「すみません…」


 訳が分からずノリで応答すれば短い言葉で威圧される。もう何言っても威圧される気しかしない。

 言われた通りに腕を広げTの字で立つ。

 ユヅキはヘルプの意味も込めてリネアをチラリと見るも、リネアもリネアで口を開けてポカンとしていた。

 シールはどこからかメモリのついた細長い紐、メジャーを取り出しユヅキの手首から肩、腰から踝など、紐を当てて計り出した。


「装備は一人一人に合ったものがある。柔軟性を重視したもの、重量を重視したもの…許しがてぇが見た目を重視したもの。それぞれに得意分野が全く違う。装備によって武器を変える奴らだっていんだ」


 淡々と話すシールの話を静かに聞く二人。とりあえず装備が大切なのはわかったが、それが今メジャーで測っているのとどう関係するのか。

 時折シールの体がユヅキに当たる。年頃の女の子だ、色々と思うところはあるが今はだんまりを決める。

 ほんの少し頬は赤くなった。


「好みはなんだ」

「はい?」

「好みの色だよ。早くしろ」


 話の展開についていけない。だが、早く答えないと正面から大太刀で真っ二つのバッドエンドに直行しそうな雰囲気で、何がなんなのかを考えるよりも問の答えを口に出していた。


「青紫、紺、黒ですかね..」

「チッ、多いわ」

「す、すみません..でも聞いたのは貴方で、」

「ああ?」

「ごめんなさいすみません調子乗りましたお願いしますバッドエンドだけは回避させてください」

「何言ってんだてめぇ」


 まくし立てるように冷や汗をかきながら言葉を紡ぐユヅキに舌打ち混じりに声を上げる。眉をひそめて睨む姿はヤクザ者のようだ。

 シールは一つ舌打ちをし、ユヅキを見ることなく「待ってろ」と言うとさっさと何処かへ行ってしまった。

 シールの態度に首を傾げているとリネアが静かに近づき、


「すごいよユヅキ…多分シールさんがユヅキ専用の装備作ってくれるんだよ」

「えっ、なんで?」

「それはわからないけど、なんかやる気満々だし」


 ありえないものでも見たかのように目を見開くリネアにユヅキも驚く。

 メジャーらしいものを取り出した辺りからもしやとは思っていたもののまさか本当に作ってくれるとは思っていなかった。

 リネアは驚きつつもユヅキを見た。


「まぁ、待ってろって言ってたし武器でも見てる?」

「う、うん。そうしよっかなぁ」


 人嫌いだと思っていた人物は、思いの外お節介な人物だったらしい。突っぱねてしまう性格は苦手だと思う人は少なくないだろう。

 根は優しい人なんだと、ユヅキの印象はほんの少しだけ変わりつつあった。


「いや根が優しくっても怖えもんは怖えわ」

片眼鏡をしてる人って素敵ですよね

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