この世界とは
説明たくさんです
すみません
それからそれから。
短くも長くもない時間が過ぎ去った。
その時間は何よりも充実していた。何よりも熱中した。何よりも真剣に向き合った。何よりも生きることに執着した、“生きている”事を直に感じる時間だった。
ちょっぴり毒舌なリネアに兄の影を見たのはユヅキだけの秘密だったりする。
あの後ユヅキとリネアは森を抜けた所にあるロナフト村に向かう事にした。一番近くにある、貧富の差が少ない平和な村だ。
その間ユヅキはリネアに剣術と魔術を教えて貰っていた。村の結界から出て仕舞えば最後、魔獣達に襲われるからだ。
ユヅキが今まで動物達に会わなかったのは村の周辺に大きな結界が貼られているおかげだった。村によって結界の大きさは異なるがユヅキのいた場所の近くにある村はとても大きかったようだ。
あと少し川を下れば結界から出てたよ、と笑顔で話すリネアには苦笑を漏らすしかなかった。
この世界には旅人という職業じみたものが存在する。主な働きは色々なところを周る事を目的とし危険を最小限に抑え、簡単な頼まれごとをこなして生計を立てる者と魔獣を狩り、それを売買する者だ。前者をおおよそ旅人といい、後者を狩人という。リネアは後者である為戦いっぷりはかなりのものである。
が、リネアは狩人だと言われるのが好きではない。たまたま魔獣に出会い、たまたま倒してしまい、それを売っているただの旅人だと豪語している。
狩人は血生臭いからだとか。
先ほどから、結界やら魔術やら言っているのでわかったと思うが、この世界に魔術は存在する。魔獣に対抗するために生まれた力で、魔力を用いて火や水、風、土、結界、治癒が使える。人はそれらを混ぜ合わせ強力な魔術を使い、人によって混ぜ合わせる魔術は異なってくる。
例えば、風の魔術が得意で炎の魔術は不得意だったとする。風は火を強くする性質があるため、少量の火と大量の風を合わせ炎にする、といったところだ。
だからといって二つ習得するのも難しい。が、結界は難易度が低い為二つ合わせ持つのには最適である。
他に治癒もあるのだが治癒は高度な魔術の為人は治癒魔術を会得するとそれ以外の魔法は使えなくなってしまう。
そしてそれは誰でも使える訳でなく才能ある者にしか使えない。リネアも魔力は持っているものの魔術は使えず魔法道具に頼っている。
魔力は修行をすれば持つことはできるが魔術を使える者は基本生まれつき魔力を持っている者ばかりだ。だが、魔力を使えば身体能力や筋力、体力はグンと上がるのでユヅキが教えて貰っているのはいわば魔力の使い方だ。
魔法道具は魔術を執行するときに展開する術式を道具に込めた物で、本来自身で構築するはずの術式を代替わりしてくれる優れものだ。
つまり。例え自身の力で魔術が使えずとも魔力さえあれば魔法道具を代理とし、魔術もどきが使えるという事だ。それもまた、訓練が必要になるのだが。
巧妙な魔術常識に頭を悩まされることはまだまだあるが、今はまだこれくらいで大丈夫だろう。
そしてもう一つ。
頭に入れとかなければならない知識といえば魔獣についてだ。
魔獣も魔術のような技、“陰”という力を身に付けた種族がいる。“陰”とは魔法と異なり一人一つの能力が備わっている能力のことだ。
例えば千里眼や瞬間移動。戦場に使えるものから使えないものまで様々である。
「人間なんて本当ちっぽけだって思えちゃうほど、陰って途轍もなく未知数なんだよ!」
そう熱弁するリネアの瞳は輝いていた。だが、その瞳の奥に悲しみを含んでいたのはユヅキの見間違いなのかもしれない。
ユヅキが旅をしながら剣術を学び始めて少しした時リネアに満面の笑みで才能がないと言われた時にショックを隠しきれなかったのは、まぁ言うまでもないだろう。
魔力の方は適性魔力機という魔術道具を使い、魔力や才能の有無、得意分野をなどを調べたところ魔力は元々持おり、習得する必要はなかった。
が。得意と言えるものはなく、よく言ってオールマイティ、悪く言って特徴のない、平均以下の魔力であった。
しかしもともと持っている事は珍しい。リネアが「なんで!?ねぇなんで!?何かした!?何かしでかしたの!?」と興奮するくらい珍しかった。
ついにあたしも秘めたる才能が…!?と、思ったのだが、
「なんだろう…あの、言いづらいんだけどさ…なんていうか…宝の持ち腐れ?」
言いづらいと言いながらはっきり言い放つリネアに清々しさ以外何を感じられよう。不意打ちに横腹を殴られた気分に一瞬なったが、「あ、うん。どうしようか」と、落胆を通り越して受け入れられた。
輝かしい未来は再び閉ざされたが。
簡単に説明すると、魔力の使い方が全くなっていなかったのだ。魔術以前に、魔力を筋肉に留め、強化させる簡単な技ですらできない。
そもそも流れる魔力の移動ができないのだ。宝の持ち腐れどころではない。
魔力の使い方は日々の地味な努力により培われるが、剣術はと言うと、
「りりりりリネアぁぁぁぁ!?」
「あはは〜りが多いよ」
実践をさせられていた。
目の前には3メートル級の鋭い爪を持つ黒い犬の魔獣がいる。首の毛がふわふわと揺れ動くが、可愛さなんてこれっぽっちもない。前の世界では犬を見上げることなんてなかったので新鮮、なんて事を言っていられる状況ではなかった。
リネアの教育方針は“日々の努力”から“実戦第一”に変わったのはつい先日のことである。
あまりの上達しなさに、リネアも視点を変え『練習しても上手くならないのなら、追い込めばどうにかなるのでは?』と言う転換。リネアのスパルタさをここ最近ユヅキはひしひしと感じていた。
始めの実践は剣術以前に何かを殺す事に抵抗がありそれでも痛いのが嫌で逃走。逃げて逃げて疲れて逃げて。
剣も魔法もある世界。戦闘をゼロに元の世界に帰るというイージーモードは存在しないとわかってはいたが、命のやり取りはそう簡単に受け入れられるものではない。
勝負の“負け”になると必ずリネアが助けてくれる。自分から命を奪ったことはまだない。
「無理無理無理無理。ほんっとむり!でかいって!やばいって!」
「大丈夫だよ。そいつはイラウジャっていう種類で知能が低いんだ。それに焼いて塩振るとおいしいんだよ!」
「豆知識どうもありがとう!」
木の上で楽しそうに笑うリネア。足をぶらぶら揺らし魔獣イラウジャに追いかけられるユヅキを見守っていた。
一つ一つの動作が大きいイラウジャから逃げ回るのは容易い。が、それも体力が持つまでの間だ。
高校二年の50メートルの平均は8.9秒。ユヅキの足では9.6秒というもう少しで十秒代という足の遅さでは直線で逃げるのは得策ではない。ユヅキは木々を駆使してどうにか逃げ惑っていた。
今まで逃げている内にイラウジャが何度か木に衝突して動きを止めたことがあるのだが、止めを刺すため近ずけば顔を上げたイラウジャの殺意を含んだ瞳と合うと、自身の死が目の前に投げつけられたかのような感覚に至る。
足が竦み、血の気が引く。何もできず固まっているとイラウジャが再び襲いかかってくる。先ほどからそれの繰り返しでユヅキの体力は限界にきていた。
「グゥァァァ!」
「あぁぁぁぁ!」
イラウジャは大きな前足を振りかぶり勢いよく振り下ろす。その一撃で木の幹が半分以上抉られ、そのままゆっくりと倒れていく。ユヅキがチラリと後ろを向けば殺気を含んだ赤み掛かった黒い目と目が合ってしまった。
ユヅキは相手から受ける殺気に全くと言っていいほど慣れない。いや、始めて殺気を向けられたとき腰を抜かしたのだからその頃よりかは慣れたのかもしれないが、殺気を感じると直ぐさま逃げたくなる。いや、逃げる。
怖いのだ。誰かに本気で『殺してやる』と言われんばかりの意識を向けられるのは。
怖いのだ。剥き出しの感情をぶつけられるのが。
惨めにも逃げ惑う自分が嫌いだ。最後には全てリネアに任せてしまう自分が嫌いだ。
それでいいのだろうか。と、疑問が頭をよぎる。
このままでいいのだろうか、頼ってばかりで、迷惑かけてばかりで。手を差し伸べてくれたリネアの為に何もしなくてもいいのか。
ずっと負け犬でいいのか──?
──答えは否。
いいわけない。いいはずがない。
すこしでも何か、ありがとうと言ってくれる何かを。いてくれてよかったと言ってくれる何かをしなければ。
それは、今なのではないか?
これで恩を返せるとは思っていない。だけど少し、ほんのすこし、頼れる人間になれる第一歩に。
イラウジャが突っ込んでくるのを見計らい右に大きく跳ぶ。敵が岩に頭を思いっきりぶつかり当たりどころが悪かったのかフラフラし始めた。
ユヅキは膝に手をつき肩で息をする。もう体力の限界だった。
そろそろリネアが助けてくれる。
いつもの事だ。ユヅキはチラリとリネアのいる方を盗み見れば、立ち上がり柄に触れているところだった。
──あぁ、まただ。また今日も同じだ。
ぐっと目を閉じる。真っ暗くなった世界でユヅキは思考する。
恩返ししなければ、変わらなければ、頼りにならなければ、強くならなければ──
──誰かに必要とされなければ
スッと目をあければ目の前にはイラウジャがこちらを向き戦闘態勢に入っていた。
──怖い。
背筋を伸ばし教わった通りに剣を構える。
心臓が、覚悟に呼応するように高鳴った。
──怖い。
一呼吸した後地面を蹴る。
剥き出しの殺意に自ら飛び込んでいく。
──怖い。
敵がワンテンポ遅れて地面を蹴る。
鼻にしわを寄せて歯を剥き出す姿は本能に従順な猛犬そのものだった。
──怖い。
大きく振り上がった前足の軌道は読みやすく、重心を落として回避する。
掠めた髪がはらりと落ちた。
──怖い。
右側の木々が砕け散れば、イラウジャの隙を突くため前へ進む。
その霞んだ瞳と視線が合った。ああ、敵も生きているのだと実感する。
怖い。でも、
──やらなくては。
「はああああ!」
足を出し剣を振り上る。
このままいけばイラウジャの首元に届く。このままいけば。
──このまま、行けば。
「あぁぁぁぁ⁉︎」
視点が回り顔に鈍痛が走る。訳が分からずぶつけた鼻っ面を抑えて転がった。
簡単に言って転んだ。
もっと細かく、慈悲を持って言えば粉々になった木の破片を避けようと殆ど無意識に左に重心をかけたところ運悪く足を出した所が浮き彫りになった木の根で、そのまま躓いて地面とキスをした、となる。
どちらにしろ顔は痛い。痛いのだが、敵が待ってくれる訳でもなく涙目で顔を上げた時にはもうすでに、
「ああごめんほんとまじでごめんってちょっまってまってまってまてぇぇぇぇぇ‼︎」
イラウジャが腕を振り上げていた。
頭のまえで腕を交差し少しでも防御の体制をとる。できることなら痛みを感じず気を失えますように、なんて馬鹿な事を考えながら目を力一杯閉じた。
だが、痛みとは裏腹にキィィィンと鉄と鉄がぶつかる音がした。
「──反撃しようとしたのと反射的に防御したのは成長だね」
薄っすらと目を開ければこちらを見ながら剣でイラウジャの前足を止めているリネアがいた。風に揺れる暗赤色の髪は美しく、仄かに光を放つ線が腕に浮き上がっているのに気がつかなかった。それは魔力を使っている証拠だった。
リネアはあいも変わらず和かに笑っていて背中に担ぐ剣が重くないと錯覚させるようだった。
「でも、盛大に転ぶのはボケか何かかな?」
クスリと笑えば、そのまま「よっ」と言いながら体を反転させイラウジャの攻撃を跳ね返した。
一歩下がったイラウジャとリネアが対面する。だが、リネアが出てきたところで既に勝敗は決まっているだ。
その後はもう早かった。
イラウジャの攻撃を軽々避けそのまま四、五撃斬りこめばイラウジャは盛大な音を立ててぐったりと倒れていった。
キンと音をたて鞘にしまうリネアをただ呆然と見る。見た目に似合わず力強くも軽やかでもある身のこなし方は弱小のユヅキでも圧倒的格差を感じられる。
どれほどの苦しい努力をしたのか。駆け出しとは言え、その一端を齧っているからこそ讃えるべき努力だと言う事を理解していた。
ほんの少し離れたリネアはクルリとユヅキの方に体を向けると手を振りながら叫んだ。
「おーい!昼ごはんにするから木取ってきてー!」
優しく笑うリネアはどうしてか昔からいるような感覚だ。姉妹のような、椎名と同じ親友のような。
どうしてだかは分からない。リネアは頼っていいのだと、否頼るべきだと。自分がそう思っている事に驚きを感じるしかない。優しく、頼れる事は事実なのだが、どうして自分は心の底からリネア信じられるのか、わからなかった。
ユヅキはヘトヘトな体に鞭を打って立ち上がる。
本当なら倒れ込んで寝てしまいたい。だが働かざる者食うべからず。何もしていないユヅキにできる事は薪に使う木を集める事と、この場からすぐに離れる事だった。
項垂れるように頷くと重い体を動かしリネアと反対方向にユヅキは歩き出した。
チラリとリネアを見る。リネアはリネアの作業を。するべき事をするために着々と用意していた。
ユヅキは静かに視線を逸らす。作業というのは取った獲物の解体だ。簡単に言えば某モンスターを狩るゲームの肉を剥ぐアレだ。
ユヅキは一番初め肉剥ぎを教えてもらったことがあったが、余りにも生々しくグロテスクだった為やったはやったがその後食欲が無くなったり手が震えたりそのまま嘔吐したりと大変だった。
そのためリネアは二度と教えるような素振りも見せないし先程のようにさり気なく遠ざけてくれる。1日でも早く慣れなければいけないのに慣れる気配のない自分に呆れながら今では速くなった薪拾いを実行したのであった。
──その後イラウジャの肉に塩を振って美味しく頂いた。
弱っちい主人公