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満月日和  作者: 海月 星
第一章 生と死と
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湧き上がる感情

まだまだ、これから

 どれくらい、日時が過ぎただろう。

 いや、思いの外そんなに時間は経っていないのかもしれない。

 辛い、辛い時間をたった一人で過ごしたこの数日は、ユヅキにとって耐え難いものであった。

 頼る人も物もない。目印以前に景色は一定。正しいのかすら分からない。

 たった一人。本当の意味で独りぼっちの時間は初めてだった。


 はじめの3日間は飲まず食わずで凌いだ。

 3日目にして綺麗な川を見つけた。ユヅキはそれを縋るように口にした。喉の渇きと空腹はほんの少し満たされた。

 本来、自然の川をろ過せず飲むのは身体に害を及ぼす。体調を崩したり腹を壊したりするはずだが、なぜかユヅキの体調は何日経っても変わらずにピンピンしていた。

 それは飲んだ水が元々ろ過されたものだったのか、それともユヅキの体が体調を崩さぬよう改造されたか。セツならやりかねないと思えるのがゾッとする。

 たった数分の付き合いでそう思えてしまう人柄を持つ人間などそうそういるまい。

 それはそうと、人間は3日間何も飲まないと死ぬらしい。ならその改造は“よかった”事になる。

 だが、改造されるのは未知で恐ろしい。


 そしてその日から、日付を数えるのを止めた。

 理由はない。ただ、数えたくなくなった。


 川の下流へと足を進める。

 下流の方には人が住んでいるとテレビで見たことがあったからだ。ここに来て普段使わないテレビ情報が役に立つとは皮肉なものだ。いつも当たり前のようにあったそれらが恋しい。いつもそこにあった日常が遠い。

 失って初めて気付く大切さ、などという言葉はありきたりだが、その言葉がぴったりであった。

 ──ユヅキはその日常シアワセを深く心の底から望んだ。


 空っぽの胃の感覚。

 込み上げる嘔吐感はストレスから故か。それとも単なる体調の変化か。ユヅキにはわからぬ事である。

 空腹感のピークは2日目であったが、それを越えてからさほど気にならなくなっている。辛くても水で凌げた。いや凌ぐしかなかった。

 例えどれだけ喚いたところで果物が空から舞い落ちてくるわけでもなく、また天の声を聞けるわけでもないのなら、無駄な体力を使わず人里降りた方がよっぽど合理的だ。

 そう、あくまで形而上では。そうした方が合理的。そうした方が意味がある。価値がある。有意義だ。

 わかっている。わかってはいるのに──

 ──どうしたって感情が上手く動いてはくれないのだ。


 凌いだ。何もかも凌いだ。

 真偽すら分からぬ現状には目を背け、擦り切れる足は叱咤をし、恐怖の夜は身を丸るめて耐え忍んだ。

 何日経っても人一人会えない不安。何が出てくるかわからない恐怖。思い描いた希望を裏切られた時の焦燥感。

 それを無視して無視して無視して無視して無視して無視して無視して無視して無視して逃げて逃げて逃げたのに。どうして、


 ──どうして自分自身からは目を逸らせないのか。


「クソっ!」


 無意味で無価値で無意義で無力で、単なる衝動的な怒気を声に出して放つ。この無意味な叫びはこれで何度目か。

 何度も歩みを止めたくなった。何度も泣きたくなった。

 無視できなくなるほどに膨れたがった焦燥感を近場の木々にぶつけて放つ。しかしそれだけでは収まらない。収まらないからまたぶつける。その負の連鎖に終止符を打つのも、また焦燥感である。

 もう諦めた方が楽かも知れないと。もう歩みを止めた方が簡単かもしれない。

 実際そうだ。頭を上げて前を向くよりも蹲って下を向いている方が何もしなくて楽だ。何も見なくていい。何も知らなくていい。何の責任も持たなくて良いのだから。

 けど、だけど、

 ──死にたくないと思った。

 生きたいのではない。死にたくないのだ。

 理由なんて特にない。生きたい理由は思いつかず、生き甲斐も、執着する対象もなにもない。ならなぜ自分は生きたいのだろうか。


 問いただしても、何も見つかる事はなかった。


「しに、たくない…」


 昔なら、そんな事は思いもしなかった。

 こんなちっぽけな願いを、口にする事など一度だってない。

 生きているのが当たり前。常に死と隣り合わせだという事を忘れ、生の価値を誤り、死の恐怖から目を背け。

 なんたる愚鈍。なんたる怠惰──!

 何もしてこなかったツケが来た!多くの事ができる世界で何もかもしてこなかった人生を、誰の所為にできよう。責められるのは己の存在だけだ。


「っ──ハァッ──!」


 息が切れる。

 目の前がぼやけ始めて足取りがおぼつかない。慣れない野宿で殆ど寝れず、寝れたとしても風音一つで目が醒めるほど浅い。

 一歩、また一歩と踏み出す。

 自分がしっかり歩けているのかすらわからない。足取りは重く、呼吸は荒い。脳が右へ左へと重さを変える。気がする。

 ──死にたくない

 助けて、と願う。

 だがその手を掴むものなど誰もいない。

 ──死にたくない

 死が救いだという者が理解できない。

 死は怖い。死は恐怖の塊だ。

 影を表した瞬間隠れるべきだ。気配を感じた瞬間逃げ出すべきだ。

 ──死にたく、ない。

 怖い、怖い。

 恐怖が背中をそっと撫でる。

 攻め立てるような感情の渦に押しつぶされそうになりながらも蒼銀の剣を支えに何とか歩む。

 親近感を抱いていた剣は、今はもう心細い。

 杖として剣を使う事を作った人は怒るのだろうか。笑ってくれるだろうか。涙するだろうか。

 してほしいと。そう願う。

 目の前でどうか、円を組み、語り合い、笑い合い、悲しみ合い、怒り合い。

 昔と同じ日常じゃなくていい。少し大変な日常でいい。死と隣り合わせでいい。だから、だから──


 しにたく、ない──!!


 しかし。

 ユヅキの視界がぐらりと回る。

 後に体に軽い衝撃。左に冷たい地面を感じ、ああ自分は転んだのだと理解する。

 起き上がろうと力を入れようとするが、そんな単純な作業でももう腕の筋肉は働いてくれない。すり抜けるような感覚に襲われ立つ事が叶わない。


 ──もう…終わりなのかな。


 ぼやける思考が弱音を吐く。お前には無理だと、不可能だと。誰かがそう囁く。

 ──結局、セツに宣言した事は口先だけで、椎名にも心配掛けてしまった事を謝ってもいない。

 ──拓也に貸した本をまだ返してもらっていないし、好きな漫画もまだ完結してない。

 ──椎名と見る約束してた映画だって見てない。

 ──駅前に新しく出来たイタリアンレストラン椎名と行きたかったのに。


 ──まだ、死にたくなかったのに


 これは所謂走馬灯なのだろうか。

 やっとけばよかったこと、やりたい事が次々に出てくる。さっきまで何一つ思いつかなかったのに今になってやっとはっきりと感じる。

 ──しにたくない


「たすけ、て…」


 それは誰に言ったことなのか。

 セツか、世界か、はたまた自分か。いやそもそも、誰かに向けて言ったのではないかもしれない。

 ユヅキの重たい瞼はもう限界だった。

 空腹で回らない頭。ユヅキは少しでも意識を繋ごうとその首根っこを掴む。乱暴に、乱雑に、意識を繋ぐ。しかし、意識は意思に反して眼下を暗闇に追い立てる。

 ゆっくりと、確実に。暗黙の闇は着実に近づいていた。

 無意識に手を伸ばせど、それは空中を切るだけ。意味のない行動をして何になるのか。

 混濁していく脳。ぼやける視界と曖昧な思考。ユヅキの精神は闇へと沈み込んだ。


「──え、えーっと、大丈夫ですか?」


 不意に聞こえた声に、曇っていた思考がほんの少し輪郭を露わにさせる。

 目だけを動かし声の主へと視線を向けた。白と赤が基調のコートに銀色の軽い鎧を身に纏う暗赤色の髪を低いポニーテールにまとめた女性、いや少女がユヅキを覗き込んでいた。コートから覗く健康的な小麦色の足は黒いスカートで上品に引き立てられている。

 大丈夫じゃないと答えたくても掠れた息が漏れるだけで声が出ない。

 少女は心配そうにこちらを見ていてどすすればいいか悩んでいる様子だった。


    グーーー


 その場に不釣り合いな音がなる。ユヅキの腹の虫が、もう我慢の限界だと言うように大声を上げたのだ。少女はポカンとした後、クスクスと笑いだし、


「君、お腹空いてるんだね?」


 少女は笑いながらユヅキに近づいた。



 ーーーーーーーー



 少女の名をリネアと言った。

 今の職業は旅人らしいが、それを職業と言えるのはやはり世界が違うからだろう。さすがというやつだ。

 ユヅキに水と食を与えるとほんの少しの仮眠を取らせた。とは言え眠れる訳もなく、単なる休憩のようなものになってしまったのだが。

 訳もわからぬ、たった名前しか知らない人物に対してどうしてそこまでできるのか。感謝以外の何物でもないが、ここまでくると心配になってくる。お節介というかなんというかだ。

 それにリネアは一度だってユヅキの待遇に疑問すら投げかけないのだ。服装が服装であるがゆえに簡単な事ではないとは理解しているはず。助けたら自分の命に関わる話かもしれないのに、リネアは一切気にしたそぶりを見せなかった。

 陽がまだ高く上がる時間。切られた木株に2人は並んで座っていた。リネアの凛とした声が森に響く。


「なるほど、異世界ねー。俄かに信じられない気もするけど」

「で、ですよねー」


 空を見上げるリネアと視線を落とすユヅキの間に沈黙が流れる。

 ユヅキはこれまでの事を説明した。聞かれなくても、自分から話してしまった。

 自分は違う世界から来た事。セツと言う男に助けられた事。そしてその男に飛ばされた事。

 急に私は異世界人ですと言われても信じられないのは当たり前。むしろ笑わず聞いてくれるだけでありがたい。

 こういう時、漫画などでは『は?なにこいつキモ』となる展開が多いため、主人公は誰にも話さないのが主流であるが、今自分の状況を誰かに話して楽になりたかった。話さずにはいられなかった。

 ユヅキは深いため息を吐く。

 ユヅキの目にはリネアに若干引かれてしまったように見えてしまい、もう何もかもが諦めモードに突入していた。

 まぁそうだろうな、と思う反面、どうせ魔法も剣もありありの世界なんだろうから受け止めてくれよ…と投げやりの思考に陥る。出来ることなら人がいるところまで送り届けてほしいという図々しい願いは言葉にならなかった。


「んー、何個か質問しても?」

「こ、答えられる事なら」


 質問されるとは思ってもおらず、少し肩を揺らしてしまう。そんなユヅキに目もくれず、リネアは「じゃあまず一つ」と人差し指を立てた。


「魔獣は知っている?」

「…がおー?」

「それは精霊」

「…グキャァ?」

「それは断末魔」

「ドヒャー」

「それは発狂。というか魔獣に特定の鳴き声はないよ?」

「ないんかーい…」


 それっぽい鳴き声を真似して見たのだが、残念な事に何一つ合っていないらしい。というよりガオーが精霊なのが恐ろしいところである。

 ユヅキは魔獣をアニメなどで良く出てくる人外のものと判断したが、固定概念はよくない。ましてや知らない場所での固定概念ほど愚かな事はないだろう。

 リネアは何かを考えるように空を見上げた。


「まぁあれだね。ものすごーく簡単に言って怪物とか化け物そうゆうもんだと思っていいよ。人間食べるし」

「に、人間を…」


 ユヅキがサァ、っと青ざめてる隣で、リネアは顎に手を当ててんー、んー、唸りだした。ユヅキの反応など全く目を向けない。

 質問を考えているのだろうか。体が左右に動くのに応じて珍しい赤髪が揺れる。いや、ここの世界で赤髪は珍しくないのかもしれない。異世界だし。


「なら、この世界について知っている事は?」

「ほとんどは…あー…でも、どこかにめちゃくちゃ長い名前の研究所がある…ですかね?」

「それさっきも言ってたね。でもそこが一番謎」


 ユヅキはリネアの言葉に首を傾げた。何が謎なのかわかっていない。リネアはユヅキを見ずに自分の思考を吐き出した。


「だって、研究所なんて聞いたことないし、君の話じゃ目を覚ました時液体の中だったんでしょ?液体の中で息出来るなんて聞いたことない。まぁ、異世界っていうのは平行世界があるとかないとかオカルト好き達とが言ってるから無くはないんだろうけど、そもそもセツって人が怪しいよ。自分結構長い時間旅人してるけど研究所なんて知らなかったのにその人は君に帰る情報を与えたんでしょ?確かにラフィオスとかウィザーデンは知らなくないけど、ラフィオスなんて伝説上の話で嘘だと思ってたし。それに君をこの森に飛ばした時変な模様書いてたんでしょ?多分それ魔法陣だけど、どこかに何かを飛ばす魔法なんて存在しないし魔法陣を書いてもできないと思…ん?待てよ…なら、いや…でも」


 長い長い独り言の後、一人で考え込んでしまいユヅキは隣でそれを眺めることしかできない。

 ユヅキはゆっくりコップの中の半透明な液体を一口含み喉へと通す。美味しいが麦茶にしては色が薄く水にしては紅茶のようにしっかりしている謎の液体。


「ちょっといい?」

「あっ、はい…」


 要らぬ思考に浸っていた所、急に話し掛けられてユヅキは肩を揺らす。リネアはそんな事を気にする様子は見せずに言葉を続けた。


「セツという男の容姿を覚えてる?」


 真剣な声色にユヅキは少々恐怖を覚えた。が、質問しているのは向こうで答えなければならないのはこっちだ。

 視線を空へと向け、思い出す。空は憎たらしいほどに晴れ渡っていた。

 あの男は主に悪い意味で異様に印象的だった。だからなのか、彼の容姿をはっきり思い出すことができない。


「たしか…銀髪で着物を着ていて…身長が高くて狐のお面を頭に付けてる…ですかね」

「そっかー。目は何色だった?」

「えっと…真っ赤でした」

「赤かぁ」


 単純な会話はそこで一旦中断される。リネアがブツブツと何かを言い出して考えに浸り出したからだ。ここまで集中しているとユヅキは黙って待つしかない。視線をコップに落としてゆっくり待つことにした。

 二分か三分か。少しだけ時間が経つとリネアは顔を上げた。

 その表情はどこか覚悟を決めているようで。リネアは真っ直ぐ視線を前にやると、


「よし、信じよう!」


 と、元気よく言い放ったのだ。

 それは単純に言えるものではない。それなのにリネアはたった数十分の仲のユヅキを信じると言ったのだ。こんな馬鹿げた話を、だ。

 ユヅキの口がポカンと開かれる。


「…はい?」


 あまりの事にユヅキの方が疑念を抱く。

 争いも何もない平和な生活を送ってきたユヅキだが、さすがに人を疑う心は持っている。むしろ言い切れる方が恐ろしい。

 リネアはユヅキの反応が不思議で仕方がないように首を捻った。


「いや、だから君の話を信じるよ。その異世界を信じる信じないかは別だけど、確かに君は何も知らないみたいだし、このままほっといたらまた餓死してしまうかもだよ?

 それに服で普通じゃないのは分かるしね」


 クスクス笑ってリネアは目線を下に向けた。

 ユヅキの即席の和服は世界が変わっても変である事は変わらないらしい。出来ることならそこは指摘して欲しくはなかったのだが、まぁそれで信じてもらえるのならユヅキにとっては願ったり叶ったりだ。

 リネアがにこやかに言葉を紡ぐ。


「じゃあ、私と君は相棒だね。」

「…あ、相棒?」

「そう!相棒!」


 よく分からぬ言葉。いや言葉の意味はわかる。わかるのだがなぜそうなったのかが理解できない。

 リネアは急に立ち上がり数歩歩き出して振り向いた。その瞳は子供のように輝いている。


「旅のお供。信頼し合える関係!憧れだったんだよ!相棒って響きがもう凄くいいし。

 元々、私の旅は特に目的地を決めてるわけじゃないから君に合わせられるよ。君の目的がウィザーデンで、私の目的は色んな所を放浪する事。ほら、利害一致でしょ?」

「えっと…これはなんというか利害一致とか相棒とかの問題の前に…あたし達何も知らないですよね?お互いの事」

「これから知ればいいでしょ?」

「…あたし、嘘ついてるかも」

「そしたらそしただよ。単に私の見る目がなかったってだけだし、君が気にする必要はないよ」

「…あたしの所為で、こう…誰かに追われるとか…」

「これでも私結構鍛えてるから」

「でも…」

「ああ、もう!」


 痺れを切らしたようにリネアは声を上げる。強い眼差しを向けられたユヅキはその視線を逸らさない。

 リネアは一度息を吸うと、


「私は君と旅がしたい。君との旅は楽しそうだって私が思った。私が勝手に決めた。拒否権はなし!」

「えぇ、理不尽…人権侵害はんたーい…」

「はいそこ静かに!」


 静かな反抗は無意味に終わりリネアは有無を言わさない態度で「だから!」と言い、ユヅキに手を差し出した。


「今日から君は私の相棒!」


 生き生きとするリネアはユヅキの目にとても輝いて見えた。椎名とは違う輝き。けれど誰かを導く者の輝き。

 どうしてユヅキを気にかけるか分からない。どうして手を差し伸べてくれているか、全く理解できない。

 ただのお節介にしてはやり過ぎで、まるでこれからの未来を心配して手を差し伸べているかのように。リネアはそれだけ真剣に手を差し伸べているのだ。

 だからだろうか。

 その光をユヅキが直視できなかったのは。

 気付いた時には俯いていて服を握りしめていて、ユヅキの体は訳も分からない重圧がのしかかっていた。

 リネアは信用していい。そう体が訴えている。けれどもそれを理性が拒否した。

 太陽のように明るい彼女を、一点の曇りもない純白な光を。自らが取って良いのかと。

 なんの取り柄もない。神から授かった力も、この世界に来た時に与えられた特別な道具も。何もない。

 人柄も良いとは言えず、こんな真っ直ぐな人の側にいて良いのか。馬鹿な考えだろうが、小心者のユヅキには大きな問題で、何よりも無視できない事柄なのである。

 けれど──

 ──死にたくない


「はい…じゃあ喜んで」


 ユヅキは無理やり笑顔を浮かべその手を取った。

 リネアは嬉しそうに笑うと「なら、私たちは対等、平等、敬語はなし!」と元気よく言ったのだった。

 ユヅキは笑う。

 自分の心を見ないで。自分の心を押し殺して。逃げてばっかな自分を、諦めてばかりな自分を、それで強がって、自分勝手で他人の事なんて考えてなくて、結局はなにもできない無力な自分を。

 ──自分が嫌い

 嫌いで嫌いでたまらない。けれども変わらない願いが、ユヅキの心を支配した。

 ──死にたくない

 そうしてユヅキは、初めて人間を利用した。

 生きるために、死なないために、ユヅキはリネアという一人の少女の手を、利害のためだけに手を取った。

 合理的でも正当でも、ユヅキは自分の為だけに誰かを利用する事を嫌い、それを今行った。


 ユヅキの心に、深い闇が生み出された瞬間だった。

自分はどうしてこんなに汚いのだろうか

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