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満月日和  作者: 海月 星
第一章 生と死と
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拒否権を持たない一歩

ちょっと短めです。

 心地よい風が頬を撫でる。

 太陽の暖かさも相まって浮上しかけた意識が沈んでいく。だが、直射日光ユヅキの顔に遠慮なく突き刺さっていた。

 眩しさに身をよじるも日光が陰る様子はなく、仕方なしにユヅキは瞼を持ち上げた。

 ゆっくりと体を起こし欠伸を一つ。目をこすり爽快な辺りを見渡した。

 視界に入ってくる木、木、木、木。見渡す限りの樹木はどれもこれも数十メートル。背の高い樹木の間にポツリと、ユヅキは置き去りにされていた。


「…えっ、まじ?」


 ふいに出た言葉。状況は一向に飲み込めず、どこかの施設の次は森かよ、と、うなだれてみるもだからと言って何が変わるわけでもない。

 ユヅキ一度深呼吸すると、静かに自分が起こった事を整理した。


 一、自分は異世界にいる。らしい。(セツ曰く、世界から呼ばれたとの事。アニメでよく見る異世界召喚とかの分類だろう)

 二、セツと言う男に助けられた。(多分助けたんだと思う)

 三、セツに飛ばされる。(パパッて言ってたから場所指定はしてないと思う)

 四、今森の中にいる(実はここは、元の世界でしたみたいなオチはそもそも考えない方がいいと思う)


 はっきり言って最悪。この状況を長いため息一つで済ませたことを褒めて欲しいくらいだ。

 断言できる事柄は一つもなく、むしろ状況を整理すればするほど色々な疑問が湧いてくる。

 確かにユヅキの性格上追い詰められた時こそ何故か冷静になるのだが、これは冷静と言うよりただの諦めに近いかもしれない。

 元の世界に帰りたいし努力もする。

 しかし、今の状況は受け止め難いものであってどうも他人事のように思えている。詰まる所自分自身の事柄として捉えることを諦めていた。

 それを彼女自身、自覚をしているし、それこそ自分の嫌いな所でもあった。

 自分が自分でないような感覚。今自分が何を思って何を感じているのか。まるで合わせ鏡を見ているようだ。

 だが、そのおかげでパニックになっていないのは不幸中の幸いだろうか。

 感情が無関心に塗り潰されていく。数秒後には、もう焦りも呆れもなくなっていた。

 もう一度大きく深呼吸。清々しさを感じるのは現代における化学物質を多く含んでいないからなのか、それとも異世界となれば空気すら違うのかはわからない。

 新鮮な空気が肺に満たされ、そして吐き出される。

 完全に切り替わった脳内で周りを見渡した。

 前を見ても木、右を見ても木、左を見ても木、最後に後ろを見れば木。…?

 と、そこには似つかわしくない青み掛かった蒼銀の何かが太陽の光を盛大に反射させていた。ユヅキ同様置き去りにされたような形で倒れるソレが無性に気になった。

 立ち上がり近くに歩み寄る。近づいてすぐにわかった。ソレはドラマやアニメなどでよく出てくる一本の剣だった。日本刀より洋刀の類だろうそれは、剣に詳しくないユヅキが見ても美しい物だった。

 剣を持ち上げればずっしりと重みを感じ、あたかも本物じみている。

 鞘から抜き取れば刀身に文字なのか模様なのかわからないものが薄く彫刻されている。象形文字のようなミミズのような図形のような模様。何を意味するのかユヅキには微塵もわからない。

 なんとなしに刃の部分を触ってみると、ピリッと痛みが走る。


「ん?」


 刃を触った指先から真っ赤な血が手のひらまで伝っていた。驚きのあまりユヅキは口をあんぐり開けて固まる。それはもうカチカチに。

 偽物だと思っていたものが実は本物でしたなんて冗談でも笑えない。こんなところに本物が落ちているとは思いもよらなかった。

 落ち着きを取り戻したユヅキは静かに刀身を鞘にしまい地面に戻すとそのままゴロンと仰向けになった。


「…もう、やだ…」


 力なく発した言葉に返してくれる人はおらず虚しさだけが心に残る。じんわりとした虚しさに浸っている自分が馬鹿らしくなり体を起こした。そして脇に置いた蒼銀の剣を手元に持ってくる。

 これが何故落ちていたのかは知らないし誰かの持ち物かもしれない。

 ポジティブ&王道で考えると、これは途轍もなくチートな武器で、持っているだけで勝利は確定したも同然の代物で、使用者を選ぶとされている剣はここ数千年鞘は抜かれる事なくその力は発揮されないまま真偽を問われ捨てられたところ、異世界に来たユヅキがたまたま拾い、たまたま鞘が抜け、そして世界を滅ぼさんとする魔王との戦いが今始まる──!!


「…馬鹿か…」


 自分で想像した輝かしい未来を一言で壊す。

 そんな簡単に事が運ぶのはアニメやゲームだけ。実際はそんなトントン拍子で世界なんざ救えないだろう。そもそも世界を救わなきゃいけないと誰が決めた。

 夢なんか持たない。輝かしい未来なんか待っていないのだからこれは単なる武器の一つ。ただそれだけなのだから例えどんな暗唱をしたって何が出るわけでもない。それで出たのなら人生苦労しない。


「──ファイヤァァァァァァァァ!!!」


 ──もちろん大声でやった。

 しかし、やはりというかなんというか、鞘から抜き出した刀身からは何も出ない。微塵の炎だって出やしない。


「トルネードォォォォォォォォォ!!」


「フリィィィィィィズゥゥゥゥゥ!!」


「サンダァァァァァァァァァァァ!!」


「キュアァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」


 知っている範囲の魔法の名前を叫んでみるが、悲しい事に何一つ変わりはしない。

 冷たい風が木々を抜けて過ぎ去った。


「いいじゃないか…夢くらい見たって…!!」


 ユヅキは膝から崩れ落ちて半泣きする。

 異世界ファンタジーに良くあるチート能力は一つだって存在せず、崇められ、素晴らしい功績を残して元の世界に戻る、という主人公ルートは虚しくも崩れ去ったのだった。悲しかな。

 ユヅキは身を起き上がらせ握りしめている剣を空に掲げるとニコリと笑った。


「お前も、あたしと同じなんだなぁ…」


 できの悪い、という親近感を剣に抱くとは思ってもいなかった。まるで人間のような剣は応答するように、一層太陽の光を反射させた。

 と、思うくらいにはユヅキの脳内は重症だった。

 見知らぬ所で何も持っていない不安と追いつかない状況変化に頭が拗れ、この剣の持ち主が目の前に現れても離すまいとユヅキは強く心に刻んだ。


 立ち上がり、いざ出陣!との所でふと自分を見下ろせば随分と見すぼらしい姿だった事に気がつく。

 体に所々巻きつけられた包帯とセツから受け取った羽織。それしか身につけておらず、羽織に関しては帯が無いため前が大きく開いておりかっこが悪い。卑猥さはユヅキの扁平な体型のおかげで醸し出されていなかった。

 顎に手を当て宙を見る。数秒後、周りに人がいない事を確認し体に巻きつく包帯を全て取り払う。羽織。着物と同じ要領で巻き、帯の代わりに包帯を使えば先ほどよりか幾分かマシな格好になった。

 剣を腰に刺し、ユヅキはそのまま右に進んだ。

 理由など特には無く、ただ右利きだからという理由で右に行ったまでだった。正確な方角以前に、どこに人里があるのかすらわからないのだ。ここはもう運任せにするしかできない。

 不安はある。恐怖もある。

 けれど前に進まなければ何もない事をユヅキは知っている。

 前に、前に進む。

 足掻いて足掻いて手を伸ばす。

 例え地べたに這い蹲ろうとも、ユヅキは望む未来の為に一歩足を踏み出すのだ。


 ──踏み出すしか、道がないのだ。

その覚悟、いつまで続く

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