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満月日和  作者: 海月 星
第2章 直立不動の真実
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元の世界side 椎名の正義

一方その頃

 病院とは、真っ白な場所だ。

 白い蛍光灯と白い壁。床に至っては足元が反射するほど透明感のある白だ。道路沿いの壁には天井まである大きな窓が来る人を歓迎していた。

 広いロビーには五、六人が座れる長椅子が縦に四列、横に五列並んでおり、計二十の長椅子が適度な間隔を空けて置かれている。

 それでも尚狭いとも思わせない病院は、大学病院並の大きさだ。

 受付カウンターで手続きを済ませて歩き出す。

 奥ばった所にエレベーターがあり、車椅子の患者や見舞いの女性などが扉が開くのを静かに待っていた。

 それを見た一人の青年はエレベーターの先にある真っ白い階段に足を向けた。

 元からエレベーターを使う気ではなかったのだろう。その歩みに迷いはない。

 淡々とした足取りで三階まで上がる。

 短い黒髪が窓ガラスから差し込む光に反射してキラキラと光った。しかし黒縁眼鏡が白く光りその瞳を隠す。

 長い廊下を渡り、階段から五つ目の病室の前で立ち止まる。

 壁に備え付けられた六つの名前が書かれたプレートに『南 柚月』という文字を見つける。その青年はゆっくりとスライド式扉を開けた。

 白のカーテンで区切られた六つのベッド。開けられた窓から涼しげな風が吹き込み、優しくカーテンを揺らし続けた。

 部屋の左の一番奥。そこが青年の目的地だ。

 四つのベッドを通り過ぎ、閉まるカーテンをそっと開いた。


「ん?」

「あっ…こんにちわ」


 カーテンの奥には先客がいた。

 栗色の髪をハーフアップに纏め上げ、白いワンピースを見に纏う少女。

 ぱっちり二重に長い睫毛、透き通るような白い肌、適度に膨らんでいる胸は服で隠されている。露出の少ない洋服は、その少女の清楚感を引き立てておりとても似合っていた。

 彼女の名を水木 椎名という。

 柚月とは小学校からの幼馴染で、あの日、柚月がトラックに轢かれた日、共にいた少女でもある。

 椎名は負い目を感じてか部活が休みの日には必ず見舞いに来ていた。

 青年──南 拓人は無表情にお辞儀した。

 三つ上の兄である拓人もまた、最低でも週に一度は見舞いに来ている。

 共働きの両親の代わりに顔を見に来てはいるが、5分ほど顔を出してすぐ帰ってしまう。

 心配していないと言えば嘘になる。しかし自分ができる事はないのだからその場にいるだけは無意味だろう、そういう考えなのだ。

 椎名は気まずそうに目をそらすとポツリと言葉を零した。


「目、覚ましませんね」

「そうだな。まぁこいつ休みの日は一日十二時間は寝てるやつだ。寝ようと思えば一ヶ月なんざ簡単なんだろ」


 拓人はぶっきらぼうに答える。その言葉に椎名は「それも、そうですね」と苦笑いを零した。

 再び流れる沈黙に、耐え切れない椎名は俯きながら呟いた。


「…すいません、私ののせいで…」

「別にこいつが勝手にとった行動だ。責める必要がない」


 まるで責め立てるような、けれど慰めるような言いように、椎名の頭は上がらなかった。

 柚月が事故に遭って約一ヶ月。

 一命は取り止めたものの、脳を強く打ったらしく今の今まで目を覚ます事はなかった。

 遷延性意識障害せんえんせいいしきしょうがい、俗にいう植物状態とは三ヶ月以上昏睡状態でなければ診断されない。

 つまり柚月の現状は単なる昏睡状態。目を覚ます可能性は充分にあった。

 拓人は柚月をチラリと見ると体を少しだけ出入り口に向けた。


「まだ居るんだろ?俺はもう帰るから気をつけて帰れよ」

「あ、あのっ…!」


 そのまま帰ろうとする拓人に椎名はあわてて静止の言葉を投げた。

 拓人は振り返ると椎名の澄んだ目と視線が交わる。急いで逸らす椎名に拓人は一つため息をついた。

 それからお互い話すことなく、一秒、二秒とすぎて行く。

 秒針を刻む音が病室に響き、拓人は眉を顰めた。

 何も言わない椎名に変わって言葉を紡ごうと口を開く。が、その前に椎名の消えかかるような声が拓人の耳に届いたのだった。


「…あの、私…ずっと気になってた事があるんです…」


 あまりにも緊張した趣で話すので、拓人は怪訝な顔をした。

 拓人に対しての疑問なのか柚月に対しての疑問なのか、それすらも分からぬ言葉に続きを急かそうと「おい」と声をかける。

 椎名はそれに反応してか否か、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「柚月が事故に遭った日…柚月はギリギリのところで命を取り止めた。もう少し救急車が遅ければ死んでいた。…そうですよね…?」


 何をそんなに緊張しているのか椎名の握りこぶしがより一層強く握られる。

 拓人の視線も真剣なものとなり、質問には答えず次の言葉を待つ。


「…私、一度事故があった場所から出動した救急車がある消防署まで行った事あるんです。…歩いて三十分。車だと十分弱」

「…前置きはいい。で、何が言いたい?」


 拓人の言葉に椎名は深く俯く。その背中はまるで泣いているかのように弱々しく頼りないものだ。

 椎名はゆっくり、言葉を紡いだ。


「──早すぎるんです。救急車がその場に着くのがあまりにも」


 椎名の言葉にひどく疑問を覚えた。

 それの何がいけないのか、何がおかしいのか、分からないまま拓人は顎に手を当て、そして気づく。

 怠そうだった目は大きく見開かれ、眼球が宙を泳ぐ。

 あり得ないものを見た、あり得ない答えに辿り着いた。そんな様子だった。


「本来なら事故が起きて、電話をして、それから来るはずなのに。あの時来たのは五分だって経ってなかった…!」


 椎名の声が涙を我慢するように震えている。

 拓人は椎名の言っている意味を汲み取ると額から背中から、冷や汗が冷たく輪郭をなぞった。

 椎名の叫びは批判ではない。むしろ早く来てくれたことに感謝している。

 しかし、心に引っかかった。突っかかってしまった。

 見逃して仕舞えば楽だったものを、見て見ぬ振りをすれば簡単だったものを。椎名の正義感がそれを拒んでしまった。

 椎名の口が、ゆっくりと開かれる。


「私たちは、まだ見えてないものがあるんじゃないでしょうか。これはただの交通事故じゃない…」


 もう最後まで言わなくてもいいだろう。

 偶然の事故?偶然の救助?偶然の一致?

 否。否。

 これは偶然なんかじゃない。

 たまたま、なんて言葉で纏められない。

 これは、これは───



「──計画、犯罪…?」



 拓人の言葉が病室に響く。

 ──歯車が廻る、音がした。

次異世界視点に戻ります

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