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満月日和  作者: 海月 星
第一章 生と死と
14/38

暗赤色

 ──一度色辞典で調べたことがある。


 母の鮮やかな紅色ではなく、父の燃えるような緋色でもない暗赤色。

 リネア・フランシールが生まれ落ちた一族はみな、とても美しい赤い髪を持っていた。

 燃え盛る炎のような赤。咲き誇る薔薇のような赤。熟した果実のような赤。

 太陽に照らされ、光り輝く赤い髪を持つのはその一族、朱羅の民だけだった。

 魔獣の瞳が赤いように、それは当たり前として捉えられ、誰もなぜその一族だけが赤髪なのかを追求する者はいなかった。

 山々に囲まれ、隠れるように住む彼らの中に一人だけ。とても珍しい色で生まれてきた。

 華やかさを象徴する朱羅の民に、暗く、落ち着いた赤い色。

 鮮やかさなんて欠片もない。華やかさなんて程遠い。

 汚い。穢らわしい。不気味だ。

 一族の中でそう言われ、誰もそれを否定しない。本人だってそう思う。

 母のように鮮やかな紅色ではなく、父のように燃えるような緋色でもない暗赤色。


 暗赤色、それは──


 ──血の乾いた色だった。


 ーーーー


 リネアの産まれた一族の特徴は髪色が赤の系統というだけだった。

 生まれた時から体力があるだとか筋力がだあるとか。そういう特別な何かを持っているわけでもなく、ただただ髪が赤い一族だ。

 珍しい。

 それが理由だけで奴隷狩りに合うこともあるが、なにせ住んでる場所が森のど真ん中。ほとんど毎日魔獣と戦っている一族だ。

 そんな彼らがそこら辺にいる奴隷商人に負けるはずもなく、数倍の返り討ちをお見舞いしては笑い話にする。

 それが日常であるが故、特殊能力を備えた一族と謳われやすいが、実際のところ、そんなもの持ってはいないのだ。

 ほとんどが自給自足の生活でそれ以外特に何事もなく平和な生活だった。


「なんで私たちは森の中で住んでるの?」


 幼い頃、リネアが父親に聞いた事がある。

 隠れる必要がどこにあるのか理解できず、また、魔獣の本拠地である森の中で暮らす理由がわからなかった。

 夕暮れ時。

 父親はとても優しく笑う人だった。

 その日も疲れているはずなのにリネアに付き合い、朝から晩まで共に過ごした。

 筋肉質な体はとても頼り甲斐があり、リネアはその背中が大好きだった。

 燃え盛るような緋色の髪を持つ父はリネアを肩車しながら静かに答える。


「それがなぁ、お父さんにもわからないんだ。大昔のご先祖様が人嫌いでここに住み着いたって話もあれば、大罪を犯した罪人達が追放されて住み着いたとか。もう昔の話だから誰も知らないんだ」

「ならみんなでここから出ようとは思わないの?」

「うん。それは思わないな」


 父は首を振ると、空を見上げてこう言った。


「人間っていうのはね、守りたいものを見つけてしまったらもうどこにも行けやしないのさ」


 遠い記憶の片隅に残った父の言葉だった。


 ーーーー


 リネアが産まれた時は年がら年中平和で、昨日は雨が降ったとか、苗が子供に踏まれたとか、奴隷商人を打ち負かしたとか。日常茶飯事の出来事しかない平和な集落だった。

 そこに産まれた一つの異種。

 鮮やかさも華やかさも感じ取れない暗赤色。

 物心ついた時にはもう、リネアの世界は決まっていた。

 下方の目と似た黒みがかった赤色。

 毒々しいその色を綺麗と言ってくれるのは両親だけだ。他とは違うと褒めてくれた。

 それがリネアにとってどうしようもなく嬉しいかった。

 例え、髪のせいで友人ができずともリネアは両親さえいてくれればそれでよかったのだ。


 ある日の昼下がり。

 集落中心にある一番の大きな木のてっぺんでリネアは読書に浸っていた。題名は『飛べない姫の英雄弾3』。

 とある王国の長女として産まれたアザベルはなんの特技もなく、次女や三女に全て劣っていた。けれども長女であるが故に国を任されようとした時、アザベルの国王就任反対派が城を攻め落としに来るのだ。命からがら逃げた三姉妹はそこで初めて庶民の暮らしを知って行きながら城を取り戻し、アザベルが国王へ就任するお話だ。未だ完結していない。

 その間に恋愛したり失恋したり、希望が見えたと思えばどん底に突き落とされたりと、人と人とが対立する胸熱くなる冒険物語だ。

 リネアが今まで読んできた本の中で一番好きな物語である。

 物語はいい。

 可能性が詰まった世界観。ありえなくもない話。もしかしたら、明日自分の身に降りかかるかもしれない災難。

 終わらない絶望。終わらない冒険にどう終止符を打つのか。話にのめり込まれたら最後、終わるまで抜け出すことができない。

 リネアにとって物語というのは、そういうものだった。

 集落の人々の賑わいはもう聞こえない。

 脳はすでに物語へと入り込み、周りの喧噪はどこか遠くへ追いやられる。

 文字を追う瞳が早くなり、ページをめくる音だけをその耳が捉えていた。

 しかし、


「わっ…」

「バーカ!ノロマー!」


 罵声と共に読んでいた本を素早く取り上げられる。

 聞き慣れた声に驚く事なく、揺れる木から落ちぬよう太い木の幹に腕を絡ませた。

 揺れが収まるのを確認するとリネアは呆れたように振り返った。


「きったねー色しやがって!」

「女の癖に男より暗いって変なのー!」

「悪魔め!」


 テンポよくリネアに悪口を言う彼らは所謂(いわゆる)いじめっ子というやつで、鮮やかな唐紅色からくれないいろの少年と、紅の八代色くれないのやしろいろの細い少年と、洋紅色ようこうしょくの太った少年はいつもリネアにちょっかいを出すトップスリーだ。

 数少ない同年代の中でもリネアに声をかけるのもこの3人である。他の子供はリネアの髪色を怖がって話しかけてきたりはしなかった。

 一つ下の太い枝から本を盗んだのは唐紅の少年。彼は木から降りると本を捨てて罵倒している。

 リネアは自分が罵倒されたことよりも、本を無下に扱った事の方が怒りを覚え眉をひそめた。


「ぼっちー!」

「チビー!」

「髪ツヤツヤー!」

「…最後の何か違くない?」


 その表情に気を良くしたのか、3人は再び息のあったテンポで言葉を並べるが、あまり言葉を知らない彼らについつい突っ込んでしまう。

 貶したいのか褒めたいのかわからぬ言葉に眉を顰めつつも、気を取り直してリネアは木の上から彼らを見下ろし指を指す。

 そうして言い返す言葉はいつも同じ。


「たかが髪色でそんなこと言うなんてみっともないやつ!」


 これは父がリネアの髪色を悪くいう大人たちに対して言った言葉だった。

 夜な夜な今後の方針を決める大人たちの会議にこっそり家を抜け出して、集落の端にある大きめの家屋に遊びに行った時のこと。

 次の収穫は誰が行くだとか、もうそろそろ成人の儀を行なって良い年頃の子がいるだとか。

 あまり聞いてても面白くない話に興味をなくし、さっさと家に帰ろうとした時だった。リネアの処遇をどうするのかという話が出たのは。

 あの髪色は不吉の前触れだ、と誰かが言った。それに賛同する者たちの声が次々に上がり、幼きリネアでも追い出されることを覚悟した。

 しかし、


『たかが髪の色が暗いだけでその子の人生を奪うなんてみっともないと思わないんですか?』


 父の声が喧噪を沈めた。

 たった一言でその場にいる全員を黙らせた。

 胸の奥底が熱くなるのを感じ、リネアは胸をぎゅっと抱きしめる。

 “たかが”。その言葉だけで、リネアの感じていた重圧がスゥっと軽くなっていった。


『…それであんたの身に何があっても』

『安心してください、そんなことは起こりません。なんせ俺の一人娘ですから』


 父の笑う声を背に、リネアは緩む頬を隠せぬまま家へと帰って行った。

 それからというもの、リネアはその言葉を口癖のように言い続けた。

 どれだけ馬鹿にされようとも、どれだけ拒絶されようとも、リネアは父の確固たる想いを胸に、悲しむことも怒ることもせず、笑って過ごした。

 その日も変わらず口角を上げながら木の上から飛び降り、腰に刺してあった木刀を振り回して少年三人組を追い返す。

 日常と化したこの追いかけっこを誰も止めようとはせず、いつも笑って見過ごした。

 誰も馬鹿にする事を注意せず、子供の戯れだと笑い飛ばし続けた。


 それがリネアの日常だった。


 ーーーーーーーー


 木でできた一階建の小さな家。煙突からは白い煙が立ち上がり、リネアの帰りを待っているようだった。

 小さくても暖かいその家に、紅色の髪を持つ優しい母が待っていた。


「お母さん!」

「あらおかえりリネア。手はちゃんと洗ったの?」


 母のその細い背中に飛びつく。暖かい背中に頬を擦り付け、その様子を見た母は目尻を下げて優しく笑った。

 体を反転し、母はリネアと目線を合わせると割れ物を扱うかのように、丁寧に、繊細に、リネアを抱きしめた。

 太陽の匂いが鼻腔をくすぐる。大好きで、何よりも落ち着く匂い。母が離れるとその匂いも離れてしまった。

 昼間できた頬の傷を見ると、母は悲しそうに眉を寄せた。


「また今日も何か言われたの?」


 頭を撫でながら心配してくれる母が大好きで、怪我も悪くないなと思えてしまう。自分を見てくれている、そう思えるから。


「大丈夫だよ!私強いから追い返せたよ!」


 母を安心させるため歯を見せて笑う。

 父に多少の稽古をつけてもらっているリネアはこの歳にしては強い方だ。そこら辺の男子よりも強いと断言できる。

 お母さんは「そう…」というと悲しそうに頭を撫でた。


「…ごめんなさいね」


 ポツリと。誰にいうわけでもなく母は静かにそう呟いた。

 その言葉をとても悲しそうに言うものだから、リネアは焦ったようにとびっきりの笑顔で首を振る。

 悪くない。お母さんはなにも悪くない。そう口にしたところで母がまた悲しそうに笑うものだから、リネアもだんだん悲しくなってくる。

 どうにかしてこの場の雰囲気を変えようと、リネアは話題に切り替えた。


「お父さんは?」

「外で木を運んでもらってるの。そろそろ帰ってくると思うけど、外で待ってる?」

「私一人で待ってるよ!お母さんはごはん作っていて!」

「そう。気をつけてね」


 ニコリと笑って走り出す。その場から逃げるように立ち去ったのだ。

 母はたまにリネアにああやって謝ることがある。それはその髪色でごめんねか、はたまた産んでごめんね、なのか。

 はっきりとした意味はこの時のリネアはまだ汲み取れていなかったが、あまりいいものではないとはわかっていた。

 優しい母を悲しませてしまう自分が許せなかった。


「お父さん!」

「お!リネアか!」


 外、と言っても集落の外ではない。山の中に約2メートルの板で囲まれた集落内での話だ。

 薪ようの木を詰めた倉庫に行く途中の道で父を見つける。今日分の木を片手に持ち、手を振る父に飛びついた。

 大きくって強い父はリネアの自慢の父親だった。

 飛びついてもびくともしないその逞しい腕。集落で一位二位を争うほど狩りの腕前は圧倒的だ。


「なんだ?手伝ってくれるんじゃないのか?」

「残念!今日は手伝う気分じゃないからだめー」

「お?ついにリネアも反抗期か?お父さんとお風呂入るのもう嫌だとか?」

「ん?それって前から嫌だったけど?」

「リネア…もう少し優しさを持とうか…」


 精神的傷を受けた父が胸を抑える。が、リネアはなにに傷ついたのかわかっておらず、頭に疑問符を浮かべている。わざとじゃない辺りが、父の心に深く突き刺さっていた。

 涙ながらに眉をハの字に下げる父と、無垢な瞳で首をかしげる娘の手はしっかりと繋がれていた。

 家に着くと先ほどの雰囲気はどこにもなく、家族三人は母の作る美味しいごはんを食べたのだった。


「今日もガキンチョ共を成敗したらしいな。また、強くなったんじゃないか?」


 ワシャワシャと撫でる手つきは豪快で、けれどもリネアの大好きな撫で方だ。

 嬉しくなって弾んだ声で今日の出来事を最初から最後まで話し続けた。所々言葉が見当たらず、わかりにくい説明であったが、父と母はなにも言わずその全てを飽きずに聞いてくれていた。


「あの三人いっつも同じやり方だから私が飽きてきちゃったよ。同い年で私より強い子居なくなっちゃったし!」

「でもリネア。人を傷つけてはだめよ」

「わかってるよお母さん!ねえお父さん明日稽古つけてよ!」

「ああ、いいぞ!」


 母の心配性と父の大胆さはリネアの心の支えだった。

 心配される嬉しさと背中を押してくれる強さがあればリネアの心は絶対折れない。そう思えた。

 寝る前になると、父は必ず昔話をしてくれた。

 父は所謂狩人で、集落の外で魔獣を狩っては町で売り、この家に帰ってくる。一ヶ月帰ってこないこともあるが、外の世界を誰よりも知っていた。

 リネアはまだ集落の外には出たことがない。その為、父が話す外の世界が大好きだった。


「今日はどんなお話をしてくれるの?」

「そうだな、今日はとある騎士の話をしよう」


 父の話し方がうまいのか、リネアの興味が強いのか、その話で寝れた試しがない。家事を終えた母に怒られるまで話は続き、それでもなお話を続けた父とリネアは、その晩、長い長い説教を正座しながら聞かされた。

 説教が終わった頃にはもう夜が明けており、リネアと父は大きく笑ったのだった。

 父は話の終わりには決まってこう言っていた。


「髪色なんて気にするな。結界を出れば必ずお前自身を見てくれる人がいる」


 父は帰って来るたびこの髪色が好きだと言ってくれた。

 父が大好きだと言ってくれるこの髪を、大切にしようと心に誓った。

 よわい九つの事である。


 ーーーーーー



 ある日、リネア周りには不幸が続いた。

 目立った境はなかったが、十四の誕生日を迎えた以降から、段々とその不幸は増えていった。

 リネアが怪我をする事が多くなったのだ。本を読んでいたら木が折れたり、何もないところで派手に転んだり、畑仕事で腰を痛めたり。

 些細な事であり、よくある事であったが、それが続けば疑問を持つというもの。そして可笑しな現象はそれ以外にも起こったのだ。

 リネアをいじめていた三人の少年。彼らもまた怪我をする回数が増えていった。

 リネアと会話をすれば次の日には大人も子供もほとんどが怪我をした。

 軽い打撲などではない。骨のヒビや骨折。腱が切れるなど、命に別状はないが軽い怪我の範囲ではなかった。

 誰かが言い出したのか知らない。が、それを呪いだと言った。


 ──呪われた子。


 一族の中でリネアはそう呼ばれるようになった。

 老若男女問わずリネアを避けるようになっていった。

 十五になると成人の儀を行うこの集落特有の文化では、家族以外の大人に酒を注いでもらい、それを一気に飲み干す事で晴れて成人として認められ、集落の外へ出ることを許されたのだ。

 けれど、誰もリネアに酒を注いでくれる大人はいなかった。

 成人の儀を行わなければ集落を出る事は許されず、憧れていた外を見る事が出来なくなる。村全員に頼みに行ったが、誰もその首を縦に降ることはなかった。

 それでも両親は大丈夫、気にするなと言っ言い続けてくれた。

 リネアも自分に大丈夫だと言い聞かせ、毎日毎日、集落の大人達に頼みに行ったのだ。


「お父さん。今回はいつ帰ってくるの?」


 集落の結界を出る為に設置された一つのこじんまりとした門の前に数人の男性とその別れを告げる者たちが集まっていた。

 今日、父が狩りをしに結界の外に出る日だった。

 成人の儀の事もあり、ほんの少しだけ寂しい気持ちはあったが、これもまた生きていく為、仕方がないことだ。


円二つ(えんふたつ)くらいだから安心しろ。今回はそこまで遠くには行かないさ」


 父が言うように円二つとはそう長くない。

 腕が良ければ良いほど狩りに出払ってしまう為、父は他と比べ狩りに行っている期間の方が長い。悲しみを紛らわせるように手を振れば、父は頭をわしゃわしゃと大きな手でリネアを撫でた。

 ぐしゃぐしゃになってしまった髪を整えながら「もう!」と言って父を見上げる。


「大丈夫だ。お土産持って帰るからな!」


 そう言って笑う父。別にお土産が欲しいわけでもないが、帰ってくる、その一言が嬉しかった。


「うん!約束!」

「ああ、約束だ!」


 大きく手を振ってお父さんを見送る。

 見えなくなってもまだそこに立っていた。待っていてもすぐには帰ってこないとわかっていても待ちたかった。


「おい!」


 懐かしい声に呼ばれ後ろを振り向く。

 そこには最近話しかけてこなかった唐紅色の髪を持つ少年が、仁王立ちしてリネアに立ちはだかっていた。

 少年は鼻を鳴らしながら上から目線で口を開く。


「俺は今度成人の儀を行う」

「へー」

「誰よりも早く行う」

「ふーん」

「同年代で誰よりもいっち番早く行う」

「それで?」

「い、良いだろ…」

「うん。よかったね」


 真正面で話した事はこれが初めてで、リネアはあいも変わらず笑顔で対応するが、少年はどこか戸惑ったように視線を泳がせた。

 いつもの如く皮肉だと思い、手を挙げ「じゃ」っと早急に帰ろうとすれば大声で静止の言葉をかけられた。


「…なに?どうしたの?」

「だ、だから!俺が一番なんだって!」

「熱でも出た?医者呼ぼうか?」

「やめろ、あのババアは痛いだけのただのヤブ医者だ…」


 逸れていく話に気づいたのか、少年は一つ咳払いをすると、腕を組みリネアを見下げて言い放った。


「俺がお前の酒注いでやるから首洗って待っとけ馬鹿が!」


 まくしたてあげるように放たれた言葉を理解する間もなく、少年は全力で走り去り残されたリネアはポカンと固まってしまった。

 クスクスという母の笑い声で意識が戻り、先ほどの言葉の意味を咀嚼する。

 段々と理解できてきた言葉にリネアは目を見開いた。

 そして少年が走り去って行った方に体を向け、


「い、今の言葉忘れないでよ!絶対だからね!」


 大声で叫んだ。

 背を向けて走る少年は手をあげて応えるとそのまま見えなくなった。


「行きましょ?」


 母に声をかけられ、リネアは満面の笑みを浮かべた。

 少年の行動は、誰にも相談しないで行ったのだろうというのは簡単に想像できた。

 大人に相談すれば絶対に反対され、友人に相談すれば冷やかされるのは目に見えていた。

 独断で行った口約束。

 この集落で約束を破る事は何よりも重い罪であり、それはただの口約束でもそうだった。

 一度結んだ約束を破る事は許されず、また何人たりとも口出しをしてはならない。

 結ばれた約束。

 憧れていた外の世界が間近に迫った。そんな気がした。

 緩む頬に手を当てて早く父に話したいと願う。

 友達のようでそうでない彼の事を、父にも会ってほしい。そう思えた。

 母と並んで帰った夕暮れ時を、今もずっと覚えている。


 ーーーー


























 ──父のの死体が運び込まれたのは、夜が二つ明けてからだった。

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